学位論文要旨



No 127858
著者(漢字) 守山,裕大
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,ユウタ
標題(和) メダカ変異体Double anal finを用いた真骨魚類尾部骨格に関する進化発生学的研究
標題(洋) Evolutionary developmental study of the caudal skeleton in teleosts utilizing the medaka spontaneous mutant Double anal fin
報告番号 127858
報告番号 甲27858
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5861号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 講師 小柴,和子
 理化学研究所 グループディレクター 倉谷,滋
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

脊椎動物は進化の過程で尾部の形態を変化させてきた。特に水中環境に生息する種では様々な形態を示し、それらは大きく以下のように分類することができる。軟骨魚類にみられるような尾部が背側に歪曲し背腹非対称な形態となる歪型尾、シーラカンスなどの肉鰭類やポリプテルス属などにみられるような尾部が屈曲せず伸長し背腹対称な形態となる両型尾、そして真骨魚類にみられるような内部構造は非対称なものの、外見的には背腹対称な形態となる正型尾の3つである(図1)。正型尾は真骨魚類に特有の形態であり、水中環境での遊泳に最も適した形態であると考えられている。外見上は背腹対称な形態であるが、内部構造は極端に背腹非対称な形態となっている。尾部骨と呼ばれる脊椎後端部が背側に屈曲し、下尾骨と呼ぼれる特殊化した腹側の骨要素が拡大し、尾鰭を支える形となっている。正型尾は真骨魚類の進化における最も重要な新規形質の一つであると考えられているが、どのような遺伝学的・発生学的メカニズムによって形成されるかはこれまで全く明らかになっていなかった。そこで、本研究では正型尾の形態が変化するメダカ自然突然変異体Double anal fin(Da)に着目した。

Daは自然集団から単離された自然突然変異体であり、ホモ接合体で生存可能で形態が特異的に変化する。背ビレや色素パターン、体型が変化するという表現型に加え、尾の形態が変化するという興味深い表現型を示す。野生型メダカは他の真骨魚類同様に尾部骨が背側に屈曲する正型尾を有するが、Daでは尾部骨が背側に屈曲せずにまっすぐに伸長し、その結果として菱形の尾ヒレとなる(図2)。このように、Daは正型尾の特徴を失い両型尾に似た尾部骨格を示す変異体であり、脊椎動物の尾部骨格の発生と進化を研究する上で有用なモデルであると言える。

先行研究により、Daの原因領域はメダカゲノム上の174kbに絞り込まれており、その領域内にはジンクフィンガータイプの転写因子をコードするZic1とzic4(以下zic1/zic4と記す)遺伝子のみが存在することが明らかにされていた。zicl/zic4は脊椎動物において神経管、体節中胚葉において発現することが知られており、発生過程において細胞増殖や分化決定などといった様々な役割を担っている。両遺伝子は近接して存在し、その発現パターンもほぼ一致することが報告されている。しかし、Daにおいてzic1/zic4のコード領域に変異はみられず、またDaでは中胚葉特異的な発現の消失がみられた。以上から、私はDaにおいてzicl/zic4周辺の非コード領域に変異が生じ、その結果として両遺伝子の中胚葉エンハンサーの活性が特異的に阻害されているのではないか、そのために尾部骨格の形態が変化しているのではないかという作業仮説を立て、研究を進めた。

【結果】

Daにおける変異を探索するために、zicl/zic4周辺の非コード領域の配列を調べた。DaのFosmid Libraryを作製し、スクリーニングによってzicl/zic4周辺領域をインサートに含むクローンを単離し、ショットガンシーケンスによってその配列を決定した。その結果、Daでは45kb以上ものDNA断片がzゴ04の下流8.6kbの位置に挿入されていることが明らかとなった。このDNA断片は挿入部位に順向き反復配列が挿入され、その両端には逆向き反復配列がみられた。これら二点はDNA型トランスポゾンの特徴であることから、挿入されている巨大DNA断片はDNA型トランスポゾンであると考えられる。これまでに報告されているDNA型トランスポゾンよりもはるかに巨大であり、新規のものである。私はこれを"aIbatross"と名付けた。

次に、zic1/izic4の中胚葉エンハンサーの探索を行った。具体的には、zic4の下流およびzic1/zic4の近傍領域について、レポーターアッセイによりそのエンハンサー活1生を検討した。その結果、zic4の下流に存在する非コード領域は体節中胚葉における発現が、またzic1/zic4近傍領域に存在するものでは神経管における発現が高頻度に観察された。以上から、zic1/zic4の体節エンハンサーはzic4の下流に存在することが示唆された。これら非コード領域は、albatrossよりも遠位に存在する。

zicl/zic4が実際にDaの原因遺伝子であるかということを証明するために、zfcl/zic4を含むDNAコンストラクトをDa胚に導入し、トランスジェニック系統を作ることで表現型がレスキューされるかを検討した。まず、zicl/2ic4と両遺伝子の全ての調節領域を含むようなBACクローンをレポーターアッセイにより探索・同定した。次に同定したBACクローンについて、相同組換え技術によりzic1,zic4それぞれのコード領域をレポーター遺伝子に組換えたコンストラクトを作製し、Da胚に導入した。その結果、zic1,zic4両方、またはどちらか一方のみを導入したトランスジェニックDa系統では表現型が完全にレスキューされた。また、zic1,zic4両方をレポーター遺伝子に置き換えたコントロールBACコンストラクトでは、Daの表現型はレスキューされなかった。以上から、zicl/zic4はDaの原因遺伝子であることが示された。

次に、尾部の発生過程を詳細に観察、記述した。その結果、メダカ胚はst.33(受精後4日胚)で尾部が背側に屈曲し始めることが明らかとなった。また、体節形成に着目したところ、メダカ胚ではst.30(受精後3日胚)で体節が35個形成されるものの、さらに発生が進むと後方体節(31-35番目体節)が融合し、st.33では体節数が31個となることが明らかとなった。体節融合により生じた領域について切片を作製し組織観察を行ったところ、硬節細胞が大部分を占める組識になっていることが明らかとなった。体幹部では筋節が大部分を占め、硬節はその中のごく一部を占めることから、体節融合によって生じた領域は体幹部とは異なり、特殊な組織であると言える。発生が進むとこの領域から尾部骨格が形成されることから、私はこの領域を"caudal-skeleton forming mesenchyme"(CSM)と名付けた。Daでは体節融合とそれに伴う3SM形成は正常であるが、尾部の屈曲は生じない。

次に上記で明らかとなった尾部の発生過程において、zicl/zic4がどのよう,に発現しているかを詳細に観察した。その結果、st。33において背側CSMで強く発現することが明らかとなった。また、この背側CSMにおける発現は尾部骨格の形成中も維持されていた。一方Daでは体節背側の発現同様、背側CSMの発現も消失していた。以上から、背側CSMにおけるzic1/2ic4の発現が尾部の屈曲を制御していることが示唆された。

研究を進める過程で、私はDa集団中から、表現型が部分的にレスキューされるリバータント系統を単離した。この系統はホモ接合体において尾部の形態のみが野生型と同様な形態を示す。私はこの系統を"Da(rcf)"(rcf,rescued caudal fin)と名付け、以下の解析に用いた。まず、DaとDa(rcf)を交配し、両表現型が分離しないことを確かめ、Da(rcf)がDaのアリルであることを確認した。albatrossにっいて調べると、Da(rcf)においてもDaと同じ位置にalbatross様のDNA断片が挿入されていることが明らかとなった。Da(rcf)におけるzic1/zic4の発現を調べたところ、st.33において体幹部体節での発現はほとんどみられなかったが、背側CSMにおける発現は野生型と同程度にまで回復していた。このことから、背側CSMにおけるzic1/zic4の発現と尾部の屈曲の相関が強く支持された。

さらに、メダカ同様に真骨魚類であり正型尾を有するゼブラフィッシュにおける尾部組織とzicl/zic4の発現を調べた。その結果、受精後42時間胚において尾部でCSMが形成されていること、また、zic1/zio4が背側CSMで強く発現していることが明らかとなった。このことから、zicl/zic4による尾部屈曲のメカニズムは真骨魚類内で保存されていることが示唆された。

最後に、尾部が屈曲しないポリプテルスとアフリカツメガエルについて尾部の組織とzic1/zic4の発現パターンを調べた。その結果、ポリプテルス、アフリカッメガエル共に発生後期における尾部でCSM様の組織構造は観察されず、またzic1/zic4の尾部(CSM相当部位)背側における強い発現は観察されなかった。以上から、CSMとCSM背側におけるzic1/zic4の発現が正型尾形成を制御していることが示唆された。

【考察】

本研究では、Daにおける変異を同定し、さらにCSMという硬節細胞に富む特殊な組織を初めて記載した。CSMからは下尾骨や上尾骨といった尾部骨格が形成される。ポリプテルスは条鰭類で両型尾を有する種であり、本研究においてポリプテルス胚でCSMが観察されなかったことから、CSMの形成が正型尾形成に重要なステップであることが考えられる。さらにDaの解析結果から、CSMが上尾骨、下尾骨といった肥大化した特殊な骨要素を作り、それらがzic1/zic4の発現によって背腹の非対称な形態へ変化すると考えられた。ゼブラフィッシュにおいてCSMの形成とzic1/zic4の背側CSMにおける発現が観察されたことから、以上のメカニズムは真骨魚類内で保存されていることが考えられる。また、ポリプテルスとアフリカッメガエルにおいてCSMが観察されなかったことから、真骨魚類に至る系統においてCSMが獲得されたことが考えられる。

本研究の結果から、背側CSMにおけるzic1/zic4の発現が正型尾形成を制御していることが示された。さらにDa(rcf)のzic1/zic4の発現パターンから、体節とCSMの転写制御領域は別個のものである可能性が高い。実際、体節背側におけるzic1/zic4の発現は脊椎動物内で保存されている。本研究の結果から、脊椎動物の進化の過程で、真骨魚類に至る系統においてzic1/zic4が背側CSMへco-optionされ、背腹非対称な尾部骨とそれによる正型尾が獲得されたと考えられる。

本研究は脊椎動物における重要な形質である尾部骨格について、その発生と進化の一端を明らかにした。本研究はゲノム、細胞、組織、器官と様々な階層からのアプローチによるものであり、このような統合的研究は進化発生学分野における新たな方向性を示すものであると期待できる。

図1脊椎動物における尾部骨格代表的な尾部形態の名称と脊椎動物の系統関係。赤矢じりは脊椎後端部の方向を示している。

図2メダ力野生型(wt)とDouble anal fin変異体(Da)Daでは尾部骨格の形態が変化する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、メダカ自然突然変異体Double anal fin (Da)とその原因遺伝子zic1, zic4を手掛かりとし、条鰭類・真骨魚類における正型尾形成機構を明らかにしている。正型尾は真骨魚類に特有の形態であり、水中環境での遊泳に最も適した形態であると考えられている。外見上は背腹対称な形態であるが、内部構造は極端に背腹非対称な形態となっている。尾部骨と呼ばれる脊椎後端部が背側に屈曲し、下尾骨と呼ばれる特殊化した腹側の骨要素が尾鰭を支える形となっている。正型尾は真骨魚類の進化における最も重要な新規形質の一つであると考えられているが、どのような遺伝的・発生的メカニズムによって形成されるかはこれまで全く明らかになっていなかった。本論文では正型尾の形態が変化するメダカ変異体Daを手掛かりとして真骨魚類尾部骨格の発生と進化のメカニズムの一端を明らかにした。

先行研究によりDaの原因領域はメダカゲノム上の174kbに絞り込まれており、その領域内にはzic1とzic4(zic1/zic4)というジンクフィンガータイプの転写因子をコードする2つの遺伝子が近接して存在することが明らかにされていた。しかし、Daにおいてzic1/zic4のコード領域に変異はみられず、その発現はDaでは中胚葉特異的に発現が消失していた。以上から、論文提出者はzic1/zic4周辺の非コード領域に変異が生じ、その結果として両遺伝子の中胚葉エンハンサーの活性が特異的に阻害され、そのために尾部骨格の形態が変化しているのではないかと作業仮説を立て、研究を進めた。

Daにおける変異を探索した結果、Daでは41kb以上のDNA型トランスポゾンがzic4の下流8.6kbの位置に挿入されていることが明らかとなった。これを"Albatross"と名付けた。さらに、zic1/zic4のシス制御領域(エンハンサー)の解析結果から、DaではAlbatrossによってzic1/zic4の中胚葉エンハンサーの活性が特異的に阻害されていることが示唆された。

zic1/zic4が実際にDaの原因遺伝子であるということを証明するために、zic1/zic4を含む野生型BACコンストラクトをDa胚に導入し、トランスジェニック系統を作ることでその表現型がレスキューされるかを検討した。その結果、zic1, zic4両方、またはどちらか一方のみを導入したトランスジェニックDa系統ではその表現型が完全にレスキューされた。以上から、zic1/zic4はDaの原因遺伝子であることが示された。

次に、尾部の発生過程を詳細に観察した。その結果、メダカ胚はstage (st.) 33(受精後4日胚)で尾部骨先端部が背側に屈曲し始めること、またその際に後方体節が融合し、硬節細胞に富む特殊な組織が形成されることが明らかとなった。発生が進むとこの領域から尾部骨格が形成されることから、この領域を"Caudal skeleton forming mesenchyme"(CSM)と名付けた。Daでは体節融合とそれに伴うCSM形成は正常であった。しかし、尾部の屈曲は生じなかった。

次に上記で明らかとなった尾部の発生過程において、zic1/zic4がどのように発現しているかを詳細に観察した。その結果、st. 33において背側CSMで強く発現することが明らかとなった。一方Daでは体節背側のzic1/zic4の発現同様、背側CSMの発現も消失していた。以上から、背側CSMにおけるzic1/zic4の発現が尾部の屈曲を制御していることが示唆された。

さらに、メダカ同様に真骨魚類であり正型尾を有するゼブラフィッシュにおける尾部組織とzic1/zic4の発現を調べた。その結果、受精後42時間胚において尾部でCSMが形成されていること、また、zic1/zic4が背側CSMで強く発現していることが明らかとなった。このことから、zic1/zic4による尾部屈曲のメカニズムは真骨魚類内で保存されていることが示唆された。最後に、尾部が屈曲しないポリプテルス(進化的に最も古い条鰭類)とアフリカツメガエルについて尾部の組織とzic1/zic4の発現パターンを調べた。その結果、ポリプテルス、アフリカツメガエル共に発生後期における尾部でCSM様の組織構造は観察されず、またzic1/zic4の尾部(CSM相当部位)背側における強い発現は観察されなかった。以上から、CSM形成とCSM背側におけるzic1/zic4の発現が正型尾形成には必須であることが強く示唆された。

論文提出者は、メダカ変異体Daを手掛かりとして長年不明であった真骨魚類における正型尾の形成メカニズムを明らかにした。さらに、様々な脊椎動物種を用いる事により、その進化の一端を明らかにした。本論文はゲノム、細胞、組織、器官と様々な階層からのアプローチによるものであり、このような統合的研究は進化発生学分野における新たな方向性を示すものであると期待できる。

なお、本論文は、河西通氏、中村遼平氏、塚原達也氏、隅山健太氏、Maximiliano L. Suster氏、川上浩一氏、豊田敦氏、藤山秋佐夫氏、安岡有理氏、長尾佑介氏、猿渡悦子氏、清水厚志氏、若松祐子氏、日比正彦氏、平良眞規氏、岡部正隆氏、成瀬清氏、橋本寿史氏、島田敦子氏、武田洋幸氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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