学位論文要旨



No 127861
著者(漢字) 荒木,裕行
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ヒロユキ
標題(和) 版築による土塀の材料特性と地震時挙動
標題(洋) Material Properties and Seismic Performance of Rammed Earth Walls
報告番号 127861
報告番号 甲27861
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7629号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 准教授 清田,隆
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

版築技法は礫,砂,粘土等の土質材料を層状に突固めることによって基壇や壁材を構築する古典的な建築技法のひとつであり,紀元前から土塁,山城,住居の壁材等の築造に用いられてきた.我が国においては,版築技法は基壇や土塁,寺社等を取り囲む築地塀を作製する際に使用され,歴史的価値の高い版築構造物も数多く現存している.伝統的に継承されてきた版築技術における経験や感覚に基づく情報に対して,最新知見に基づく工学的な解釈を加えることは,歴史的にも貴重な版築構造物を適切に維持・管理,補修・改修を行う上で重要である.

また,1995年兵庫県南部地震では,重要文化財に指定されている西宮神社の大練塀が大きな被害を受けた.2008年には中央防災会議から文化財構造物の将来の被災可能性が発表されており,木造建築物の耐震性評価が急務課題として進められている.しかし,主として締固め土からなる版築構造物の地震時挙動は未解明であり,耐震性に関する検討も進められていない.そのため,地盤工学の知見を活かすことで,版築構造の耐震性評価と必要な対策の実施を推し進めていくことが必要である.

一方で,近年では自然材料への関心が高まりから土質材料を建材として個人住宅や公共施設に使用する動きが世界各地で見られる.このため,版築壁が室温や湿度などの住環境に及ぼす影響に関しては研究が進められているものの,地震時挙動や不飽和土としての強度変形特性などについてはほとんど検討されていない.

以上の背景を踏まえ,本研究では(1)石灰等の改良剤を添加していない伝統的版築材料のせん断・引張強度の把握,(2)気中で養生された不飽和石灰改良土のせん断・引張強度の把握,(3)数値解析による版築塀の地震時挙動の評価手法の検討と補強材を用いた耐震化対策の評価,(4)既存版築塀の地震時挙動の評価,を目的とした.

本研究で対象としたのは,伝統的版築材料(Case H)と石灰改良土(Case M)の2種類の材料である.Case Hはわが国の伝統的版築塀の改修工事で使用された材料であり,含水比調整に際して蒸留水を用いたケース(Case H-1)と,伝統的版築技法でしばしば用いられるにがり水に相当する3%の塩化マグネシウム水溶液を用いたケース(Case H-2)を準備した.また,Case Mは千葉県で採取された細粒分質砂と生石灰を用い,その混合率(生石灰質量/土材料質量)は当該細粒分質砂に関する既往研究から得られた最適値である11.4%とした.供試体は最適含水比に調整した材料を修正プロクター相当のエネルギーを用いて突き固めることで作製した.

版築材料のせん断強度,引張強度,初期剛性を明らかにするため,Case H-1,Case H-2およびCase Mの室内気中養生供試体を対象として,一軸圧縮試験,一軸引張試験,割裂引張試験を実施した.

Case H-1およびCase H-2の一軸圧縮強度は含水比の低下に伴って増加し,含水比10%程度で500kPa,含水比1%程度で4500kPa程度となることが確認された.Case Mの一軸圧縮強度は養生日数の増加に伴って増加し,養生日数84日以降では4000kPa程度でほぼ一定となった.各材料の初期剛性についても,一軸圧縮強度と同様の増加傾向を示した.

Case H-1, Case H-2に関しては,一軸・割裂引張強度においても含水比の低下に伴う強度増加が確認された.同じ含水比で比較すると,一軸引張強度は一軸圧縮強度の約5.0~10.0%であった.一方,Case Mについては養生日数28日で比較すると,圧縮強度の15~21%であった.いずれの供試体も供試体作製時に形成された突固め層境で引張破壊が生じており,層境が弱部となっていることが確認された.

不飽和条件下での版築材料の強度特性には含水比の低下に伴うサクションの増加が顕著に作用していると考えられる.そこで,版築材料の水分特性曲線を評価するため,蒸気圧法を用いて保水性試験を実施した.Case H-1とCase H-2の水分特性曲線を比較すると,塩化マグネシウムの添加による保水性の向上が確認された.Case Mについては,Case H-1, H-2よりもヒステリシスが顕著であり,一度排水されると吸水し難い性質があることが明らかとなった.また,相対湿度11~98%rhの間で乾湿サイクルを3回与えた場合,いずれの材料においても1~3サイクル目の吸水曲線はほぼ一致し,乾湿履歴の回数は吸水過程の水分特性に影響しないことが明らかとなった.

強度とサクションの関係を評価するため,蒸気圧法でサクションを制御した供試体を作製し,一軸圧縮試験を実施した.土中水が各湿度条件と平衡状態となったとみられる養生日数140日以上の供試体の試験結果で比較すると,相対湿度75%rh以下(サクション38.3MPa以上)で管理した供試体の一軸圧縮強度はCase H-1,Case H-2ともにほぼ同じであったが,湿度93.1%rh以上(サクション9.53MPa以下)で管理した供試体の一軸圧縮強度はCase H-2の方が小さかった.また,養生中に湿度条件を変えることで排水・吸水履歴を与えたCase H-1・H-2の供試体は,同じサクション状態で比較すると排水過程だけを与えた供試体よりも含水比は低いものの強度はほぼ同じであり,強度特性は相対湿度によって定まるサクションに依存していることが明らかとなった.

Case Mについても蒸気圧法を用いてサクションを制御した供試体を作製したが,含水比の変化は養生日数140日時点においても明確に収束しなかった.養生日数140日における含水比は,前述した室内気中養生を行った供試体よりも高く,一軸圧縮強度も最大で約2000kPa大きかった.Case Mはサクションよりもセメンテーションの発現の影響を顕著に受け,高含水比が長期にわたって保持されると強度の増加も継続するものと考えられる.

室内試験の結果を基に,版築材料のせん断・引張破壊基準を設定した.Case H-1・H-2については,マトリックサクションとせん断強度の関係を非線形関数で,マトリックサクションと引張強度の関係を線形関係で定式化した.また,排水過程の水分特性曲線を用いてサクションの影響を補正した排気三軸圧縮試験結果を用い,内部摩擦角をCase H-1が49.4°,Case H-2が52.7°と評価して,せん断破壊基準に使用した.

一方,Case Mについては,セメンテーションの発現の影響が顕著であったため,室内気中養生供試体の一軸圧縮強度と養生日数の関係を基に,養生日数を変数としてせん断・引張強度式を定めた.なお,内部摩擦角は一定と仮定し,養生日数28日で評価した45.3°とした.

Case H-2およびCase Mを用いて作製された版築塀試験体の既往振動台実験を再現するため,有限要素解析を実施した.Case H-2についてはサクション,Case Mについては養生日数を用いて,前述したせん断・引張強度式で求めた材料定数を入力した.また,層境要素を設けることで,層境の強度を変更可能とした.

Case H-2およびCase Mを用いた試験体が破壊した加振ケースを再現したところ,層境要素の引張強度,粘着力,弾性係数,破壊エネルギーをその他の要素の0.2倍(強度低減係数α=0.2)程度とすると,振動台実験を概ね良好に再現できた.

αを0.2とし,Case Mを用いて竹筋およびジオグリッドで補強した試験体の振動台実験の再現を行った.竹筋で補強した試験体では竹筋を導入した箇所付近に引張応力が選択的に生じ,ジオグリッドで補強した試験体ではジオグリッドよりも内側の版築要素に引張応力が生じた.補強材周辺の層境で部分的な破壊は生じたものの,補強材を用いることでその破壊の進行が抑制されていることが確認された.

次に,実在する版築塀を参考に数値モデルを作製し,有限要素解析を用いて実大版築塀の地震時挙動の評価を行った.版築材料はCase H-2とし,材料定数は外気の湿度変化を考慮して定め,αは0.2とした.外気の相対湿度が15%rhまで低下し,これと版築塀の土材料内の水分が平衡状態となっていると想定した解析ケースでは,加速度レベル207.3galのL1地震動(BCJ-L1波)を入力しても破壊は見られなかったが,加速度レベル355.7galのL2地震動(BCJ-L2波)を入力すると約340galの入力で版築塀下部において破壊が生じた.また,外気の相対湿度が78%rhと高い状態を想定した解析ケースでは,BCJ-L1波を入力したところ約200galの入力加速度で破壊が発生した.つまり,外気の湿度が15%rhから75%rhに上昇することで,破壊が生じる加速度レベルは約140gal低下することが明らかとなった.

本研究で明らかとなった知見の中でも,伝統的版築材料の強度特性は湿度によって生じるサクションに依存して変化する点,塩化マグネシウムの添加は強度特性の向上には寄与しない点,不飽和石灰改良土の強度特性はセメンテーションの発現に依存する点に関しては,版築構造の強度を検討する上で重要な工学的知見である.また,層境の強度を低減することで版築塀の地震時挙動を評価可能であった点に関しては,既存版築塀の耐震性評価を行う上で有用な知見である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「版築による土塀の材料特性と地震時挙動」と題した和文論文である。

地盤材料を層状に突固める版築技術を用いて製作された土塀には、例えば法隆寺や西宮神社に現存する室町・鎌倉時代からの土塀など、歴史的な価値の高いものがある。また、現代においても、環境配慮型の建材としての地盤材料に注目した版築住宅が建設されるようになってきている。しかしながら、わが国の版築塀が過去の地震で被害を受けた事例もあり、その耐震性については未解明な点が多い。

以上の背景のもとで、本研究では、不飽和状態にある版築材料の強度変形特性と版築塀の地震時挙動を、地盤工学的な観点から明らかにすることを目的とした検討を実施している。

第一章では、研究の背景と既往の研究を整理したうえで本研究の目的を設定し、論文全体の構成について説明している。

第二章では、セメントや石灰等の改良剤を用いない伝統的な版築材料と、建設発生土の再利用を想定して石灰改良を実施した地盤材料を対象として、粒度・締固め特性などの物理的性質の計測結果と、締固め後の土粒子構造の微視的観察結果をまとめている。実際の工事例で版築材料に与えられた締固めエネルギーは2700 kJ/m3程度と推定されることと、伝統的な版築材料に添加されるにがり(塩化マグネシウム)は締固め特性に影響を及ぼさないことを明らかにしている。

第三章では、室内で気中養生した供試体の一軸圧縮試験と排気三軸圧縮試験を実施した結果をまとめている。伝統的な版築材料の一軸圧縮強度と初期剛性は含水比との相関性が高く、これらの関係は養生時間の違いや繰返し載荷履歴の影響を受けないが、石灰改良した材料の場合は、養生時間の増加とともに発現するセメンテーションの影響を受けて、これらの関係が変化することを明らかにしている。また、伝統的な版築材料ににがりを添加すると、同じ含水比における強度を増加させる効果に加えて、含水比自体を増加させる効果もあるため、同様の養生条件下では、添加しない材料と同程度の強度となることを見出している。

第四章では、室内気中養生を行った供試体の一軸引張試験と割裂引張試験の結果をまとめている。石膏で不飽和供試体を固定する従来手法で一軸引張試験を実施すると、局所的に含水比が増して引張強度を著しく過小評価することを見出し、エポキシ樹脂を用いて固定する新しい手法を適用している。その結果、一軸引張試験による引張強度は、割裂引張試験結果と比較して同程度か小さな値となり、前者の試験結果が弱部である締固め層境の影響を受けていることを明らかにしている。

第五章では、蒸気圧法を用いた高サクション領域での保水性試験と、同じ蒸気圧法でサクションを制御した一軸圧縮試験の結果をまとめている。排水・吸水過程での水分特性曲線は異なり、同じサクションでも異なる含水比の状態が生じるが、強度特性は変わらないと考えられることを見出している。一方で、本研究で用いた一軸供試体は、伝統的な版築材料の場合は制御したサクション値との平衡状態が得られるまでに84~140日程度を要し、石灰改良した材料の場合は140日を経過しても平衡していないことを明らかにしている。

第六章では、前述した各試験結果を総合的に分析し、せん断・引張強度と初期剛性を定式化した結果をまとめている。これらの特性は、伝統的な版築材料の場合はサクションの関数として定式化できるが、石灰改良した材料の場合はサクションの影響よりも養生時間の影響のほうが支配的であり、後者の関数として定式化できることを明らかにしている。

第七章では、本研究と同じ材料で製作した土塀模型を用いて実施した既往の振動台実験を対象に、有限要素解析を行った結果をまとめている。無補強の模型の場合、いずれの材料においても締固め層境での引張強度と粘着力を0.2倍に低減することにより、実験結果を妥当に再現できることを示している。また、竹筋で底部を固定した模型とジオグリッドで内部を補強した模型では、締固め層境で生じる引張破壊領域の進行をこれらの固定・補強材が抑制する効果が発揮され、耐震性が向上することを解析的に明らかにしている。

第八章では、実大規模の土塀の地震時挙動を有限要素解析で評価した結果をまとめている。本研究で定式化した伝統的な版築材料の特性を用いて、外気の相対湿度78 %rhおよび15 %rhとの平衡状態を仮定した場合には、それぞれ200 galと340gal程度の入力加速度において塀下部での破壊が生じることを示している。

第九章では、本研究で得られた成果を結論としてまとめ、今後の課題を整理している。

以上をまとめると、本研究では、版築技術を用いて製作する土塀の材料特性と支配的な影響要因を、系統的な室内土質試験を実施して明らかにし、さらに、これらの特性を利用した解析的検討により、土塀の地震時挙動を評価できることを検証している。このことは地盤工学の進歩への重要な貢献である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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