学位論文要旨



No 127862
著者(漢字) 宮本,崇
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,タカシ
標題(和) 想定される地震動の集合が有する情報量を反映した設計地震動の合成
標題(洋) Synthesis of Design Input Motion Reflecting Information of Possible Ground Motions
報告番号 127862
報告番号 甲27862
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7630号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 特任教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 高田,毅士
内容要旨 要旨を表示する

構造系の耐震性能照査に用いられる設計地震動の時刻歴波形には,強震動シミュレーションなどに基づいて建設地点の物理的情報を詳細に反映した地震動波形を利用することが可能となりつつある.一方で,地震現象の不可避な不確実性を考慮すると,特定の地震シナリオに対応する地震動波形は無数に想定される.従来は,そうした波形群の中から応答スペクトル値や構造モデルの応答値などの指標値が大きな波形を設計地震動として採用してきたが,実構造系の挙動は強い非線形性を有した複雑なものであり,そうした非線形現象に対する影響の強弱を指標値の大小だけでは適切に評価できない可能性がある.したがって,設計地震動の信頼性を確保するためには,指標値の単純な大小ではなく適切に照査用外力としての有用性を評価した上で,入力波を選定,合成する必要がある.

上記のような背景を踏まえ,本研究は,地震動の強さを評価するという従来の考え方によらず,地震動が有する情報量によって設計地震動としての有用性を定量化し,要求される有用性に適合する設計地震動を合成する手法の構築を目的とする.

本手法は,2段階から構成される.最初の段階では,設計地震動として複数の波形を用いることを想定した上で,それらの波形の集合が有する特性の多様性によって,設計地震動としての有用性を評価する.これは,互いに異なる特性を有する波形から構成される地震動の集合は,実構造系の挙動を支配する様々なメカニズムに対して影響の強い地震動波形を包含していることが期待されるため,設計地震動としての有用性が高いという考え方に基づいている.従来の手法では,地震動の特性に加えて,強さという地震動間の順序関係を評価する必要があったが,本手法で着目する地震動の集合の多様性は地震動間の特性の差異のみから評価されるため,相対的に信頼性の高い評価が可能であると考えられる.

本手法では,地震動特性を,パラメタにばらつきを有する構造系に与える応答値の確率密度関数として評価する.これにより,パラメタの変動に対する感度という観点からも地震動特性を評価することができ,地震動間の特性の差異を精度良く検出することが可能となる.その上で,地震動の集合が有する多様性を,地震動特性の指標の確率密度関数から算出される情報エントロピーを用いて,その地震動の集合が有する情報量として定量化する.

提案手法の有効性の検証として,性能照査の対象となる構造系と,ある地震シナリオの下で想定される多数の地震動群を仮想的に設定した数値シミュレーションを実施した.解析の結果,地震動の集合の情報エントロピーの値が高いときには,それらの地震動の集合に対して耐えられるように設計された構造物が損傷する確率は低くなることが示され,情報エントロピーによって地震動の集合の設計地震動としての有用性を定量化できることを示す結果が得られた.また,集合に属する地震動の数を増やしていくと,地震動の集合が有する情報エントロピーは上限に達するが,このとき設計地震動としての有用性も上限に達する結果が得られた.これは,特定の地震シナリオ下で性能照査時に考慮した設計地震動の集合の十分性を,情報エントロピーから判断が可能であることを意味している.このことは,想定される地震動が無数に存在する中で,どの程度の数の地震動を性能照査時に考慮することが十分かどうかという問題に対して解決策を与えるものであり,提案手法が有する利点であると考えられる.

提案手法の第2段階では,情報量の程度に基づいて決定された設計地震動の集合に対して,その集合を代表する波形を合成する.前述したように,実構造系に対する影響の強さを事前に知ることは難しいため,想定した地震動の集合よりも強い波形を指標に基づいて選定,合成しようとする手法は必ずしも適切ではない.そこで,本手法では,設計地震動として想定している個々の地震動が有する特性を学習させていくことで,波形の集合が有する性質を反映した波形を合成する方法を提案した.

本研究では,地震動が有する性質を構造系の応答値の確率密度関数として表現し,情報幾何空間と呼ばれる確率密度関数の為す空間上に地震動を写像する.これにより,情報幾何空間上の距離関数として広く用いられるKLダイバージェンスを用いて地震動間の性質の差異を定量化することが可能となる.本手法では,この空間上で,学習対象となる地震動波形に近づくように地震動の特性の修正を繰り返すという波形合成のアルゴリズムを提案する.学習に伴う合成波形の特性の修正においては,ウェーブレット変換を利用して波形の時間周波数特性の操作を行う.

提案手法の有効性を検証するため,道路橋脚を対象構造系とした数値シミュレーションを実施した.提案手法により合成された波形は,IMなどに基づく従来の手法により合成された波形に比較して,実構造系に対する影響が大きなものとなり,実構造系に与える影響に関して地震動の集合を代表するものであることが示された.

本論文では,以上の2段階から構成される設計地震動の設定手法を仮想的な性能照査事例に適用し,従来の設計地震動の設定手法との比較を行いながら,その有効性の検証を行う.第1段階の手法に関する数値シミュレーションでは,従来の手法に基づく設計地震動の有用性の定量化手法では,前述した地震動強さの定量化の不完全性に起因して,推定された設計地震動の有用性に対して実際に有している有用性はばらつきを有したが,これに比較して情報エントロピーに基づいて設計地震動の集合の有用性の定量化を行った場合には,推定された有用性と実際の有用性の関係のばらつきが相対的に小さいことが確認された.第2段階の手法に関する数値シミュレーションでは,合成波形は波形群の有する特性の学習を適切に行っていることや,情報幾何空間内での移動量の最大化によって行われる様々な特性の付加によって適切に対象構造系への影響を獲得していることが確認された.このため,振幅のスケーリングなどによる波形の合成手法と比較して,提案手法は初期波形によらず高い信頼性で設定された波形群を代表する,十分に強い波形を合成可能であることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

宮本崇氏の論文「想定される地震動の集合が有する情報量を反映した設計地震動の合成」は,地震動および構造物の非線形挙動の不確実性を考慮して合理的な設計要地震動を合成する手法を提案するものである.既往の研究では,設計地震動の信頼性の評価に確率を用いることが多かったが,本論文では,考慮すべき事象の不確実性の確率的特性があきらかでないという点を考慮し,情報量の考え方を用いて評価する手法を提案している.また,同様の考え方に基づき,具体的に地震動を合成する手法を提案し,その性能を数値実験により検証している.

以下に,本論文の概要を整理する.

本論文で扱う研究の背景には,想定しうる無数の地震動の中から,設計用地震動を選定することの必要性がある.従来は,応答スペクトル値等の地震動強度指標が大きい波形が設計地震動として採用されてきたが,,実構造系の非線形挙動の複雑さを考慮すると,強度指標値の大小だけでは適切な波形を選出できない可能性があることに鑑み,設計地震動の信頼性を確保するためには,照査用外力としての有用性を評価して,設計用地震動を選定,合成する必要があることを指摘している.

上記に鑑み,本論文では,想定すべき地震動の集合を考慮し,設計においてはその集合を代表する波形を用いるという手法を提案している.具体的には,地震動に対する応答値の確率密度関数を定義し,その情報量によって,地震動の集合の設計地震動としての有用性を定量化する考え方を定式化し,そのうえで,設計用地震動として,想定する地震動の集合を代表する波形を合成する手法を提案している.

提案手法は,2段階から構成される.第1段階では,設計地震動として複数の波形を用いることを想定した上で,それらの波形の集合が有する特性の多様性によって,設計地震動としての有用性を評価する.互いに異なる性質を有する様々な波形から構成される地震動の集合は,構造系の挙動を支配する様々な要因に対応する地震動波形を包含していることになるため,設計地震動としての頑強性が高いと考えられることを示している.提案する手法では,地震動特性を,パラメタにばらつきを有する構造系に与える応答値の確率密度関数を用いて評価することにより,地震動強度指標のパラメタの変動に対する感度という観点からも地震動特性を評価することを可能としている.その上で,地震動の集合が有する多様性を,地震動特性の指標の確率密度関数から算出される情報エントロピーを用いて,その地震動の集合が有する情報量として定量化する手法を提案している.

提案手法の有効性の検証として,性能照査の対象となる構造系と,ある地震シナリオの下で想定される多数の地震動群を仮想的に設定した数値シミュレーションを実施し,地震動の集合の情報エントロピーの値が高いときには,それらの地震動の集合に対して耐えられるように設計された構造物が損傷する確率は低くなることを示す結果を得た.これにより,提案手法の有効性を検証している.また,集合に属する地震動の数が,想定する地震シナリオ下で考えるべき設計地震動の集合に対して十分なものであるかどうかを,地震動の集合が有する情報エントロピーを用いて判断することが可能であることを示唆する結果も得ている.

提案手法の第2 段階では,情報量の程度に基づいて決定された設計地震動の集合に対して,その集合を代表する波形を合成する.効率的に,想定する地震動波形の集合が有する性質を反映した波形を合成するための手法として,初期値として設定した地震動を,集合に属する他の想定地震動を順次学習させて更新していく手法を提案している.

提案手法では,地震動が有する性質を構造系の応答値の確率密度関数として表現し,情報幾何空間と呼ばれる確率密度関数の為す空間上に地震動を写像する.これにより,情報幾何空間上のノルムとしてKLダイバージェンスを用いて地震動間の性質の差異を定量化することが可能となる.そして,学習対象となる地震動波形に近づくように地震動の特性の修正を繰り返すという波形合成のアルゴリズムを提案している.

提案手法の有効性を検証するため,道路橋脚を対象構造系とした数値シミュレーションを実施し,提案手法により合成された波形は,対象とする構造系に与える影響の大きさにおいて,地震動強度指標に基づく従来の手法により合成された波形よりも,想定する地震動の集合を代表する性能の高いものであることを示している.

最終審査では,提案手法の理論的背景や数値解析による有効性の検証についての説明を行った.既存研究との関係や,理論的背景に含まれる仮定の工学的な意味についての議論を踏まえ,今後の研究課題とすべき点も指摘されたが,新しい考え方にもとづく手法の基本的な方向性を示したことは評価できるものと判断された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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