学位論文要旨



No 127863
著者(漢字) 山崎,大
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ダイ
標題(和) 世界の大陸河川における大規模氾濫の物理的モデリングに関する研究
標題(洋) Physically-based Modelling of Large-scale Flooding in Continental-scale Rivers of the World
報告番号 127863
報告番号 甲27863
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7631号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 准教授 竹内,渉
 東京大学 准教授 田島,芳満
 東京大学 准教授 片山,浩之
 東京工業大学 准教授 鼎,信次郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,世界の大陸河川における大規模氾濫を,全球河川モデルの枠組みで物理的に表現することを目的としている.大陸河川による地表水輸送を計算する全球河川モデルは,大気海洋結合モデルにおいて陸域から海洋への淡水フラックスを算定するために開発が始められ,現在では河川流量シミュレーションを基礎とした洪水渇水予測や水資源アセスメントなど様々な分野に応用されている.気候変動や人間社会の変化で将来の水問題がより逼迫すると考えられる中で高精度な河川流量シミュレーションが求められており,近年では日単位の河川流量予測など詳細な地表水動態プロセスの再現が課題となっている.しかしながら,既存の全球河川モデルは水深や浸水域といった地表水の貯留形態を十分に考慮できなかったため,とりわけ地表水動態が水面勾配で決定される大陸河川の大規模氾濫時の流量予測は経験的な手法に頼っていたと言える.そこで本論文では,大陸河川における大規模氾濫を物理的に予測するモデルを構築し,日スケールの河川流量変動を決定する地表水プロセスは何か,大規模氾濫の予測精度を向上させるにはどのような工夫が必要か,河川流量に伴って予測される水深や浸水域は観測と比較して妥当なものか,という議論を行った.大陸河川における大規模氾濫の物理モデル化は地表水動態の予測をロバストにするため,地球規模の水問題解決に向けてより確実性の高い陸域水循環の情報を提供できると期待できる.

上記の目的を達成するために,全球河川モデルの枠組で水深や浸水域といった水の貯留形態を実地形に基づいて算定する手法を考案し,大規模氾濫に伴う日単位の河川流量変動を物理的に説明する全球河川モデルを開発した(2章と3章).また,全球河川モデルにおける氾濫原地形の抽出に用いる衛星地形データの解析を行い,大規模氾濫の予測精度向上に必要な誤差の修正法を提案した(4章).次に,開発した全球河川氾濫原を用いてアマゾン川における地表水動態シミュレーションを行い,地表水動態を物理的に表現することで河川流量だけでなく水位変動も妥当に再現できることを確かめた(5章).また開発した全球河川モデルの応用例として,メコン川流域を対象に現在気候と将来気候での河川流量シミュレーションを行い,河川流下過程の物理モデル化によって洪水将来予測がどう変化するか議論した(6章).以下に各章の要旨を述べる.

第2章では,氾濫原の浸水過程を物理的に記述した全球河川モデルを構築し,河川流量シミュレーションを実行して氾濫原の導入と流下計算の物理モデル化が大規模氾濫の予測精度に与える効果を議論した.氾濫原の浸水は全球モデルの解像度よりも小さなスケールの地形に規定されるため既存の全球河川モデルでは考慮できなかったが,ここでは衛星地形データからサブグリッドスケールの氾濫原地形パラメータを抽出することで,全球河川モデルの枠組みで貯水量から現実的な水深と浸水面積を診断するスキームを構築した.これにより水位が現実的に再現されるため,水面勾配に基づいて流速と流量を物理的に算定する拡散波方程式の導入に成功した.河川流量シミュレーションの結果,氾濫原浸水過程の導入により大陸河川における大規模氾濫時の日流量変動の再現性を大幅に向上させること,また拡散波方程式の導入によって流量だけでなく水位や浸水域も現実的に再現できることを確認した.

第3章では,第2章で開発した全球河川モデルの河道網構築と地形パラメータ導出の際に用いた表面流向データの解像度変換アルゴリズムの詳細を説明する.既往のアルゴリズムでは河道網の流下方向は隣接8方向に限定されていたため,解像度変換後に手作業による河道網の編集が不可欠であった.ここでは,流下方向をフレキシブルに設定できる新たな解像度変換アルゴリズムを提案することで河道網の自動構築および高解像度化に成功した.また,手作業による修正を挟まないことで解像度変換後の河道網から元の表面流行データを参照することが出来るため,全球モデルの各グリッドにおいて貯水量と水深と浸水域の関係を実地形に基づいて記述することが可能になった.

第4章では,大規模氾濫を考慮した全球河川モデルの地形パラメータの基礎となる衛星地形データの誤差解析と修正を行った.氾濫シミュレーションの精度を上げるには高精度かつ高解像度のデジタル標高モデル(DEM)が必要となるが,現存する衛星DEMは植生キャノピーやピクセルスケール以下の地形などに起因する様々な誤差が含まれ,流れの連続性を阻害している.ここでは,DEMに河道や流域界情報を埋め込むことで作成された表面流向データを参照することで,現実的な標高と流れの連続性の双方を満足するようなDEMの誤差修正アルゴリズムを構築した.修正DEMを用いて氾濫シミュレーションを行ったところ,とりわけ氾濫原においてはDEM修正によって河道と氾濫原をつなぐ細いチャネルを表現することが,氾濫計算の精度を向上させるのに重要であることを突き止めた.

第5章では,アマゾン川の地表水動態を対象に,第2章~第4章で開発した全球河川モデルが河川流量だけでなく水位変動を再現できるかを検証した.アマゾン川流域は非常に平坦な盆地に広がるため,水動態は地形勾配よりも水面勾配に支配されており,潮汐による海面変動が河口から1000 kmほど上流まで伝搬することが知られている.アマゾン川流域全体の水動態シミュレーションを行い,再現された水位変動を衛星高度計による観測と比較した.その結果,アマゾン川本流の河口から1500 km上流までの区間でモデルが予測した水位変動は衛星観測と高い相関を相関を示し,水位の季節変動が良好に再現できることを示した.また,絶対的な水面標高(海面からの標高)も衛星高度計による観測値と直接比較できる精度であることがわかった.さらに,河口境界条件で潮汐による変動を考慮したシミュレーションを実行したところ,河口から800 km上流のObidos観測所でも潮汐による15日周期の水位変動成分の卓越が確認された.潮汐あり/なしのシミュレーションで再現されたの河川流量の差違を調べることで,河川流量の偏差が河口から上流へ伝搬することで,アマゾン流域の内陸部での潮汐による水位変動が引き起こされるメカニズムが示された.

第6章では,開発した全球河川モデルの応用として,メコン川流域における気候変動の影響評価を行った.メコン川本流からトンレサップ湖への季節的な大規模逆流を含め,メコン川下流の低平地における水動態は非常に複雑である.これまでに下流域のみを対象とした2次元氾濫モデルによる浸水計算は行われてきたが,河川流量などの境界条件が入手できない将来予測に必要な流域全体を対象とした実験は既存モデルでは対応できなかった.ここでは,まず現在気候におけるメコン川全域の河川シミュレーションを行い,急勾配の上流域だけでなく,氾濫原を有する中流域およびトンレサップ川の逆流も含めて開発した全球河川モデルは河川流量を良好に再現できることを確認した.次に,気候モデル出力を用いて温暖化時の洪水流量予測を行った.その結果,メコン川本流では降水量の増加に伴って洪水ピーク流量が増加する傾向を確認したほか,トンレサップ流域では降水量の増加は見られないにも関わらず本流の水位上昇で逆流が激しくなるために浸水が激しくなることが予測された.

最後に第7章に結論として,全体のまとめと今後の展望を示した.

審査要旨 要旨を表示する

気候変動や人間社会の変化に伴い、水問題が今後世界的に逼迫すると考えられる中で、グローバルな河川流量の高精度シミュレーションが必要とされている。しかしながら、既存の全球河川モデルは水深や浸水域といった地表水の貯留形態を十分に考慮できなかった。これに対し、本論文は、大陸河川における大規模氾濫を予測する数値モデルを構築したものである。

第1章での研究の背景、動機づけの説明の後、第2章では、氾濫原の浸水過程を物理的に記述した全球河川モデルが構築され、河川流量シミュレーションを実行して氾濫原の導入と流下計算の物理モデル化が大規模氾濫の予測精度に与える効果が議論された。まず、衛星地形データからサブグリッドスケールの氾濫原地形パラメータを抽出し、全球河川モデルの枠組みで貯水量から現実的な水深と浸水面積を診断するスキームが構築された。これにより水位が現実的に再現されるようになり、水面勾配に基づいて流速と流量を物理的に算定する拡散波方程式の導入が可能となった。河川流量シミュレーションの結果、氾濫原浸水過程の導入によって大陸河川における大規模氾濫時の日流量変動の再現性を大幅に向上させること、また拡散波方程式の導入によって流量だけでなく水位や浸水域も現実的に再現できることが確認された。

第3章では、第2章で開発した全球河川モデルの河道網構築と地形パラメータ導出の際に用いられた表面流向データの解像度変換アルゴリズムの詳細が説明されている。既往のアルゴリズムでは河道網の流下方向は隣接8方向に限定されていたため、解像度変換後に際し、手作業による河道網の編集が不可欠であった。これに対し本論文では、流下方向を柔軟に設定できる新たな解像度変換アルゴリズムを提案し、河道網の自動構築および高解像度化に成功している。また、全球モデルの各グリッドにおいて貯水量と水深と浸水域の関係を実地形に基づいて記述することも可能となっている。

第4章では、大規模氾濫を考慮した全球河川モデルの地形パラメータの基礎となる衛星地形データの誤差解析と修正とが論述されている。本論文では、デジタル標高モデル(DEM)に河道や流域界情報を埋め込むことで作成した表面流向データを参照し、現実的な標高と流れの連続性の双方を満足するようにDEMの誤差を修正するアルゴリズムが構築された。修正DEMを用いた氾濫シミュレーション結果から、特に氾濫原において、河道と氾濫原をつなぐ細いチャネルが表現されていることが、氾濫計算の精度を向上させるのに重要であることが明らかとなっている。

第5章では、アマゾン川の地表水動態を対象に、第2章~第4章で開発した全球河川モデルが河川流量だけでなく水位変動を再現できるかどうかが検証されている。アマゾン川流域は非常に平坦な盆地に広がるため、水動態は地形勾配よりも水面勾配に支配されており、潮汐による海面変動が河口から1000 kmほど上流まで伝搬することが知られている。アマゾン川流域全体の水動態シミュレーションの結果、本流の河口から1500km上流までの区間でモデルが予測した水位変動は衛星観測と高い相関を示し、水位の季節変動が良好に再現された。また、絶対的な水面標高(海面からの標高)も衛星高度計による観測値と直接比較できる精度であることが示されている。さらに、河口境界条件で潮汐による変動を考慮したシミュレーションにより、河口から800km上流のObidos観測所でも潮汐による15日周期の水位変動成分の卓越が確認され、河川流量の偏差が河口から上流へと伝搬することで、アマゾン流域の内陸部での潮汐による水位変動が引き起こされるメカニズムが示された。

第6章では、メコン川流域における気候変動の影響評価結果が示されている。まず、現在気候におけるメコン川全域の河川シミュレーションが行われ、急勾配の上流域だけでなく、氾濫原を有する中流域およびトンレサップ川の逆流も含めて開発した全球河川モデルが河川流量を良好に再現できることが確認されている。次に、気候モデル出力を用いて温暖化時の洪水流量予測が行われた。その結果、メコン川本流では降水量の増加に伴って洪水ピーク流量が増加する傾向を確認したほか、トンレサップ流域では降水量の増加は見られないにも関わらず本流の水位上昇で逆流が激しくなるために浸水が激しくなることが推計された。

このように、本論文は、大河川の氾濫を物理的に考慮することによって河川水位や流量、氾濫面積、さらには逆流など、グローバルスケールでは不可能であった河川水循環の高精度数値シミュレーションを可能とし、現象の解明に寄与すると共に、実用的な予測精度の向上にも寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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