No | 127864 | |
著者(漢字) | 渡部,哲史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワタナベ,サトシ | |
標題(和) | 水分野における気候モデル出力値補正手法に関する研究 | |
標題(洋) | A study on the bias correction of the GCM output for water cycle management | |
報告番号 | 127864 | |
報告番号 | 甲27864 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7632号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大気大循環モデル(GCM)を用いた気候変動予測研究の結果を踏まえ、様々な分野で気候変動によって生じる影響を評価する研究が盛んに行われている。水資源量や水災害のマネジメントの分野でもGCM出力値を用いた研究が多数存在しており、それらから多くの知見が得られている。気温や降水量の変化は社会に多大な影響を及ぼす。これらの変化について適切に評価し、対策を考えていくことが求められている。 通常、影響評価を行う時空間的なスケールはGCM出力値のそれと比べて細かい。従って、影響評価を行う際にはGCM出力値に対して空間解像度を変換するための何らかの手法が必要となる。また、影響評価研究においては、例えば、10%の降水量増加といったような相対的な変化量に関する情報よりも、100mm以上の降水量の発生頻度といったような絶対値に関する情報の方が有用である。そのため、観測値が得られている期間でGCM出力値と観測値を統計的に比較し、それらから得られた情報を基にGCM出力値を補正しようとする試みが多くの研究で行われている。影響評価研究への期待が社会で高まるにつれ、多くの影響評価研究でこのような補正方法が適用されるようになった。しかしながら、この補正手法はこれまで必ずしも十分に検証されてきたとは言えない。多くの影響評価研究では先行研究が採用した手法を十分な検証を経ないまま用いている。さらに、気候変動に関する研究では複数のGCM出力値の結果を併せて考慮することが一般的であるが、複数のGCM出力値を用いた補正手法の検証については殆ど行われていないのも問題である。 このような背景に鑑み、本研究はその目的を、GCM出力値補正手法に関する総合的な知見を得ること、また、それらの知見を基によりよい手法を提案することとした。水分野においては気温と降水量が最も重要な変数である。よって、これら2つの関数を補正の対象とした。これらの補正手法の検証および提案は複数のGCM出力値の利用を前提としている。 これまでの多くの研究では日単位(もしくは数時間単位)のデータが必要な場合、直接必要となる時間解像度のデータを補正することが多かった。しかしながら、本研究ではまず、補正方法を検証するにあたり月単位出力値に注目した。これは、日単位出力値に比べ月単位出力値はグローバルな観測データの存在する期間が長く、複数のGCM出力値を考慮することが容易であるからだ。また、日単位データはGCM出力値および観測値の両方で不確実性がより高い。よって、月単位出力値について予め補正することで、月単位の変動に関しては、より高精度な補正を行うことができると考えた。この場合、補正した月単位出力値を保存した上で日単位の変動に関して補正を行う必要がある。従って、そのような手法について提案を行い、これらを既往の日単位出力値を直接補正する手法と比較した。 まず、手法の特性を明らかとするために、補正手法の統計的な特徴に注目し、理論的に既往の手法を分類することを試みた。その結果、既往の手法は2つの観点から4つの型に分類できることが明らかとなった。特に、GCM将来出力値の統計量を考慮した上で補正を行う場合と、それらを考慮しない場合では手法の特性が大きく異なることがわかった。前者の場合、将来の統計量に応じて補正量(補正前後での値の差)が異なる。一方、後者の場合では補正量が対象とする将来データによって変化しない。本研究では、これらの違いによって生じる補足後の値の差は無視できないと考え、両者の差に注目して解析を進めた。 次に、GCM出力値および観測値を用いて補正を実際に行い、その結果から手法の特徴を明らかにすることを試みた。ここでは2つの実験を行い手法を比較した。1つめの実験では観測値が得られている期間を2つに分け、一方で補正を行うための補正手法の較正を行い、もう一方で実際に補正を行った結果を観測値と比較し、補正後の値がどの程度観測値を再現できているかを確認した。もう1つの実験ではGCM将来出力値に対して補正を行い、その結果を補正手法間で比較し、各手法による将来予測値の補正結果がどの程度異なるかを調べた。前者の実験は補正結果を観測値と比較することで手法の誤差の特徴を調べることが目的であり、後者の実験は気候変動の影響が大きいと考えられる将来のデータに対して補正を行うことで、手法間の差がどの程度の大きさであるかを明らかにすることが目的であった。 まず、補正手法による誤差の大小は補正の有無による誤差の大小と比べるとそれほど大きくないということが、観測値の再現性に関する検証を行った結果からわかった。特に気温に関しては補正手法による結果の差は小さかった。一方、降水量に関しては、平均値の誤差を補正手法間で比べた場合の差は小さいものの、上位5%タイル値および下位5%タイル値に関しては若干の差が見られた。平均値のみ補正し標準偏差については較正期間の観測値をそのまま用いる手法では、補正の誤差が他の手法に比べて小さいという傾向が気温、降水量ともに見られた。これは、今回検証のために設定した2期間では平均値および標準偏差の変化がそれほど大きくないことが影響していたと考えられる。このことは観測値の再現性に注目した検証の限界を示しているといえるだろう。 一方、補正手法による補正結果の値の差が観測値の再現性を比較した場合に比べ大きいということが、GCM将来出力値の補正結果に関する検証を行った結果から明らかとなった。この補正手法による補正結果の差は、GCM出力値が示した現在から将来への変化量と比較して決して小さくない値であった。気温に関しては現在から将来への変化量と比較して最大30%程度、降水量に関しては最大50%程度が、補正手法の選択によって異なり得ることがわかった。観測値の再現性を比較した際は手法間の差はそれほど大きくなかったにも関わらず、GCM将来出力値に関してはその差が小さくはなかった。このことから、補正手法の評価および選択の際は観測値の再現性のみならず、GCM将来出力値の補正結果の傾向についても考慮する必要があることが示唆された。 将来においては、補正手法による補正結果の差が小さくないことが明らかとなったが、GCM将来出力値に関しては正解となる値があるわけではない。よってそれらのうちどの手法が良いかについて判断することは難しい。そこで各手法の統計的な特徴から理論的により適切であると考えられる手法を選択することにした。既往の手法は、GCM将来出力値の統計量を考慮するか否かにより2つに分類されることが手法の調査により明らかであった。これらのうち将来の統計量を考慮しない場合の補正手法では、GCMが示した現在から将来への変化量と、補正後の値の現在から将来への変化量が基本的に一致しない。一方、将来の統計量を考慮する場合には、それらの変化量を一致させることが可能である。前者の場合、観測値が得られている期間においてGCM出力値と観測値との間の統計的な特徴を比較することにより、両者を結ぶ関係式を求めている。しかしながら、この関係式が将来も同様に成り立つ保証はない。この関係が同様に成り立たないと考えるならば、現在から将来への変化に関してはGCM出力値の情報を保存することが望ましいと考えられる。いま、将来の統計量を考慮する既往手法では平均値に関しては変化量を一致させることが可能であるが、変動係数に関しては一致することができない。よって、本研究ではGCMが示す現在から将来への平均値および変動係数の変化量を保存することができる手法を提案した。 将来の統計量を考慮しない補正手法の場合、補正手法を適用するとGCMが示した現在から将来への変化量が、補正後の値が示すそれと結果的に異なってしまう。つまり、補正手法を適用することにより、GCMが示す現在から将来への変化量に対して不確実性を増加させる可能性がある。もちろん、逆にこの変化量に含まれるバイアスを除去できる可能性もある。そこで、既往の手法はこの変化量に関する不確実性を増加させているかどうかについて調べるために実験を行った。その結果、気温および降水量ともに殆どの地点において不確実性が増加していることがわかった。この結果は、本研究で提案したGCM出力値が示した現在から将来への変化量が補正値のそれと一致する手法が、変化量に関する不確実性を増加させないという点において既往手法より優れていることを示している。 最後に、これまでに提案した月単位補正手法を反映した、日単位出力値を補正するための新規手法を提案した。ここで提案する手法は月単位出力値の値を保存したまま日単位の出力値を決定する方法である。提案した手法についてその特徴を把握するために観測値の再現性を既往の手法と比較した。その結果、月単位出力値を日単位出力値に先立って補正することによって、日単位出力値を直接補正するよりも月単位出力値の観測値の再現性が向上することがわかった。また、日単位の変動に関しても、日平均気温の上位30平均を除いて既往の手法と同程度の再現性があることがわかった。 気候モデル補正手法はこれまでに必ずしも十分に検証されることなく多くの研究に用いられてきた。観測値の再現性について注目し、より適切な手法を提案する研究はこれまでには数例存在している。しかし、本研究で提案したような、GCM出力値の平均値および変動係数に関して現在から将来への変化量を保存するという、GCM出力値の変化量に注目したものはこれまでになかった。この点は本研究の主要な成果の一つであり、今後の影響評価研究に大きく資するだろう。気候変動に対して適切な適応策を取ることができるよう、本研究で得られた成果を基に、今後さらに水分野の影響評価研究を進めていかなければならない。 | |
審査要旨 | 本論文では、大気大循環モデル(GCM)による出力値を補正する手法を、とくに水分野で最も重要な出力変数である気温と降水量について研究している。GCMによる気候変動予測を用いた影響評価研究は、水分野を含む様々な分野で行われており、GCMの解像度・精度を補うための出力値の補正が適用されているが、補正手法自体について十分な検証が行われていないのが現状であった。それに対して、本論文では、既往研究の補正手法のレビューを体系的に行い、その知見をもとに新規手法を開発している。 本論文の2章では、既往研究の補正手法をレビューし、4つのタイプに分類している。特に、GCM将来出力値の統計量を考慮して補正を行う可変型と、考慮しない固定型に分類できることを示した点が本論文において重要な意味を持っている。 本論文の3章では、既往手法を比較するため、実際のGCM出力値に適用している。既往研究の多くでは、過去に得られた観測値をもとに将来のGCM出力値を補正するため、補正により出力値の精度が向上したか検証することが困難であったが、本研究では、過去の観測値の得られている期間を2つに分けて、前半部の観測値をもとに後半部のGCM出力値を補正することで、観測値による検証を可能にした点に特徴がある。その結果、異なる手法間の補正値の違いは、観測値と補正値の違いに比べると、一般的に小さいことを示している。 本論文の4章では、前章までの結果をふまえて新規手法の開発を行っている。新規手法は、可変型の方法であるが、月単位への適用を念頭におき、Lモーメント法を用いたパラメータ推定を行っている点に特徴がある。 本論文の5章では、将来のGCM出力値に補正手法を適用した結果を考察している。その結果、異なる補正手法間の補正値の違いが、現在から将来の変化量と比較して、気温の場合最大30%程度、降水量の場合最大50%程度と、無視できない程度に大きいことを示している。3章では、前半部と後半部で観測値の傾向が大きく変わらないため、補正手法間の違いが目立たなかったが、将来気候に適用する際には補正手法間の違いが大きくなり、補正手法の選択が重要であると述べている。しかしながら、将来気候については観測値が利用できないため、検証を行うことが難しい。そこで、理論的な面から、手法の適切さについ議論を行っている。固定型の手法では、現在気候において求めた補正関数を将来気候にそのまま適用しており、GCMにおける現在から将来への変化量が保存されないという特徴がある。一方、可変型の手法では現在から将来への変化量が保存される。補正関数が将来についても変化しないと考えるだけの根拠がない以上、GCMにおける現在から将来への変化量を保存することのできる可変型の手法が望ましいと結論している。 本論文の6章では、固定型の手法における現在から将来の変化量を実際に調べて、変化量のGCM間のばらつきが補正によって拡大することから、可変型の手法に比べて、固定型の手法が優れているとは言えないと述べている。 第7章では、第4章で述べた月単位の補正結果をもとにした日単位の出力値補正手法を提案している。既往の手法では、日単位の出力値を直接補正しているが、本提案手法では、月単位の補正結果を保存したまま日単位の補正を行う点に特徴がある。既往の手法に比べて、提案手法による補正結果は、月単位の再現性が良くなり、日単位についてもほぼ同程度の再現性を示している。 本論文の主要な成果の一つとしては、GCM出力値の補正手法が可変型と固定型に分類されることを示し、両者の特徴を明らかにしたことがあげられる。このような分類は既往研究では行われておらず、将来GCM出力値に適用した場合に両者の補正結果が大きく変わることを示した意義は大きい。可変型と固定型のどちらが優れているかを客観的に示すことは困難であるが、理論的な考察に基づき可変型の利点を述べ、現在から将来への変化量に関する複数GCM間のばらつきに着目した独自の評価基準を導入することで、固定型における問題点をある程度客観的に明らかにした点は、新規性と独創性の点から評価できる。 また、既往手法ではクオンタイルマッピングの利用や日単位の出力値を直接補正することが行われていたが、本論文では月単位と日単位の2段階で補正を行い、Lモーメント法を用いた確率分布パラメータの推定を導入することで、よりロバストな補正手法を開発することに成功している。既往手法では、日単位で長期の観測値が必要であるが、提案手法では月単位で一定の期間の観測値があれば、月単位の補正を比較的高い精度で行うことができるという点で、実用性が高いと評価できる。 以上のように、本論文はGCMの出力値補正手法という工学的に関心の高い問題について、理論面と実用面の双方で新たな知見を示すことに成功しており、工学的な価値が高いと評価できる。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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