学位論文要旨



No 127868
著者(漢字) 金,亨俊
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンジュン
標題(和) 高温環境下におけるポリマーセメントモルタルの変状に伴う爆裂機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 127868
報告番号 甲27868
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7636号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 講師 北垣,亮馬
内容要旨 要旨を表示する

近年、日本国内でのコンクリートの生産量は減少傾向を示しているが、コンクリート構造物の累積量は徐々に増加しているため、既存構造物の長寿命化が要求されている。さらに、建築物の維持管理に必要な費用は膨大なものになると予想される。そこで、耐久性や経済性の面から環境および人類への負担をできるだけ最小に押さえる構造物の建設や既に劣化し始めた構造物に対する最適な補修・補強工法が必要である。ポリマーセメントモルタルはセメントモルタルの結合材の一部をポリマーで代替したもので、セメントモルタルにポリマー混和剤(セメント混和用ポリマーとも呼ぶ)を混和してつくられたもので、母材との接着性、水密・気密性の組織構造、耐薬品性、化学抵抗性等が優れ、コンクリート構造物の補修・補強には必要不可欠な材料となっている。ポリマーセメントモルタルはセメント質量比5乃至10%程度のポリマー混入によってその性質を改善させており、ポリマー混入が増えるほど接着性が向上することが確認されているため、鉄筋コンクリート構造物の断面補修用の修復材として建築物補修に大量に使用されているのが位置つけられている。しかし、ポリマーセメントモルタルは、混入されるポリマーが合成樹脂系やゴム系の有機物が使われているので、火災時の高温状態での性状は一般のセメントモルタルの無機系材料とは異なる性状が予想され、防耐火性能が懸念される。平成12年の建築基準法改正では、ポリマーセメント比(以下、P/C)が4%を超えるものについては、防耐火性の確認が必要であるとされているものの、これに関連する研究はポリマー結合材の量を必要最小限度に抑える研究や難燃剤などを添加した研究しかなされておらず、一定の評価方法も示されていない状況にある。ポリマーセメントモルタルの防耐火上の問題として爆裂、着火および耐火性低下などが挙げられる。そこで、本研究では、ポリマーセメントモルタルの爆裂に対するメカニズムを明らかにすることを目的として、高温環境下におけるポリマーセメントモルタルの変状をミクロ的に確認し、ポリマー混入量および温度上昇に伴い発生する現象(爆裂、着火、耐火性低下)の要因について検討した。

まず、ポリマーセメントモルタルの燃焼特性および力学特性を把握し、各温度域での化学反応や内部組織の変化について考察した。さらに、その結果に基づいてポリマーセメントモルタルの爆裂および着火へのアプローチを提案した。

第一章では、本研究の背景、目的、論文の位置付けおよび構成について述べた。

第二章では、高温下におけるポリマーセメントモルタルの燃焼特性に関する研究を行った。既往研究を分析し、本研究で適用する試験方法を選定した。高温下におけるポリマーセメントモルタルの燃焼特性と爆裂および着火現象を把握し、把握した燃焼特性や現象に基づいて、ポリマーセメントモルタルの爆裂および着火の原因を再整理した。また、予備実験として、改正された建築基準法で提示したコーンカロリーメーターを用いた発熱性試験を行い、以下の知見を得た。

・ポリマーセメントモルタルの調合の考え方として、一般的には、結合材(セメント)に対するポリマー量の比(P/C(%))で表現されることが多いが、熱的性質の検討を行う場合には、ポリマーの絶対量が問題になると考え、相対量であるP/Cではなく、単位容積当たりのポリマー量単位容積当たりのポリマー量(kg/m3)として表現することが望ましい。そこで、本実験では、ポリマーの種類、ポリマーの量に関する調合条件として、単位ポリマー量とP/Cの関係を変えたポリマーセメントモルタルの発熱性試験を行い、ポリマーセメントモルタルの発熱性を評価する場合には、P/Cではなく単位ポリマー量を指標として評価することが妥当であるといえる。

・発熱性試験において、試験体の厚さが薄いほど、発熱量は大きくなる傾向にある。これは試験体の温度上昇によるものと考えられ、10mm程度の厚さであればおおよそ安全側の評価になると考えられる。

・単位ポリマー量、試験体体積、ボンブ発熱量試験によるポリマー発熱量により計算された潜在的発熱量と発熱性試験に伴うポリマーセメントモルタルの総発熱量の結果を比較すると、発熱比(総発熱量/潜在的発熱量)はポリマーセメントモルタルの着火および爆裂に関係し、EVAポリマーセメントモルタルが他のポリマーセメントモルタルより爆裂危険性が高いと考えられる。

第三章では、高温下におけるポリマーセメントモルタルの力学特性について研究を行った。現在、現場でよく使用されている再乳化形粉末樹脂を選び、P/Cを変化させたポリマーセメントモルタル供試体を作製、出口らの高温圧縮試験方法を参考として、予熱炉で200℃~800℃までの異なる温度履歴を与えた場合の圧縮強度、静弾性係数などの力学特性に関する実験を行い、その結果についてまとめた。予め、予備実験を実施し、従来の熱間実験方法との違いに伴う検討を行い、従来の熱間実験結果との相関性について検討した。

また、常温におけるポリマーの種類およびP/Cによる圧縮強度および静弾性係数を検討した後、高温時における圧縮強度および静弾性係数についても検討を行い、以下の知見が得られた。

・ポリマーセメントモルタルが高温を受けると200℃までの加熱区間において、加熱温度の増加とともに結合水の分離が生じ、同時にポリマーの燃焼による空隙量が増加することで強度低下が生じると考えられる。また、200℃から600℃までの加熱区間では、コンクリートと同様に水酸化カルシウムの分解、細骨材との付着力の低下による圧縮強度低下が生じると考えられる。

・高温時における圧縮強度および静弾性係数は、ポリマーの種類に関わらず温度上昇とともにポリマーセメント比の増加によって低下する傾向を示した。なお、応力-ひずみ曲線も同一な傾向を示した。

・加熱温度が500℃を超える場合には、熱間実験および冷間実験の結果、水酸化カルシウムの分解が起こり、硬化体の組織が崩壊することにより、剛性が極端に低下していることが伺える。

第四章では、高温下におけるポリマーセメントモルタルの化学反応および内部組織変化について検討を行うため、一連の実験を実施し、ポリマーセメントモルタルの爆裂、着火および耐火性低下の要因を考察した。示差熱-熱重量同時測定実験方法とDSC測定実験を用い、熱分析を行い、本実験では、EVAポリマーセメントモルタルが高温環境下になると、200℃付近で熱分解によって発熱し始め、ポリマーの混入量に従って反応熱量が大きなる。また、500℃付近で水酸化カルシウムの分解のため吸熱反応が起こり、ポリマー混入量に伴う熱反応速度および反応熱量が大きくなることが分かった。なお、コーンカロリーメーター試験を実施、熱分解したガスの成分を把握した後、熱分解温度域におけるポリマーセメント比に伴う熱分解ガスの定量化を行った。熱分解ガスの外部との通路となる空隙構造変化は、ポリマーの混入率の増加に伴って、いずれの試験体も加熱温度の上昇により全空隙量および細孔径が増加する。高温環境下になると、温度の上昇によって0.01~0.1μmの空隙は増加し、空隙径も増加する傾向を示した。なお0.01~0.1μmと0.1~1.0μm細孔径の累積空隙量は、加熱温度およびポリマー混入量の増加に従って細孔空隙も増加する傾向にあるため、ポリマーセメントモルタル内部の連続空隙は増加すると考えられる。

一方、内部圧力測定実験の結果、酸素が持続的に供給される状況で一定な加熱速度を受けるポリマーセメントモルタルでは、ポリマー混入量の増加および厚さが厚くなるほど、分解ガスの拡散係数が大きいことが分かった。これは、空隙量との関係を結びつけると加熱による分解ガス量の増加速度が空隙量の増加速度を超えると、分解ガスが拡散しにくくなり、内部圧力が増加して爆裂する可能性が高いと考えられる。逆に、分解ガス量の増加速度が空隙量の増加速度を超えないと分解ガスが拡散しやすくなり、連続空隙を通路として外部の火原によって着火する可能性が高いと考えられる。有酸素加熱の試験体の空隙量の増加が無酸素加熱の試験体の空隙量より多く、酸素の供給が空隙構造の変化に影響すると推察される。持続的な酸素の供給によって、ポリマーセメントモルタルのポリマーが熱分解し、分解ガスは増加した空隙構造を通じ、分解ガスを放出する。なお、放出されたガス成分中の可燃性ガス(CH4)は、着火源によって着火する。しかし、酸素の供給が少ない場合(無酸素加熱)は、ポリマーの炭化のため、空隙量の増加速度は有酸素加熱より低くなり、そのまま温度だけが上がっていくことで、爆裂しやすくなると推察される。

第五章では、高温下におけるポリマーセメントモルタルの着火および爆裂のメカニズムについて研究を行った。第四章の実験結果を元に、ポリマーセメントモルタルの着火および爆裂メカニズムへのアプローチを提案することを目的とした。

ポリマーセメントモルタル試験体が熱を受けると、有酸素加熱では、一定な加熱速度(100℃/1h)で表面からポリマーが熱分解し始め、内部の連続空隙が増加し、連続空隙を通じ、分解ガスが外部に放出する過程によって爆裂可能は少なくなり、むしろ外部の発火原による着火可能性が高くなる。しかし、無酸素加熱では、酸素に触れてない状態で、加熱により先にポリマーが炭化し、ポリマーの混入量に従う空隙構造が変わらないまま低い透気性のため、ガスが通りにくくなり、400℃~600℃温度域でセメント硬化体の脱水によって多量に発生するガスによって内部圧力が増加して爆裂すると考えられる。

なお、圧力ポテンシャルは、爆裂可能性の指標となり、本実験では、無酸素加熱時のポリマー混入量が多いほど爆裂可能性が高いと考えられる。また、有酸素加熱では、ポリマー混入量の増加に伴って爆裂可能性がしにくくなる。

有酸素加熱で熱分解ガスの大部分はコーンカロリーメーター試験の結果、300℃~600℃温度域では、CO2ガスがほとんどであるが、無酸素加熱では、400~600℃温度域でCa(OH)2、C-S-Hが分解され、多量の水分が発生して、試験体内部で独立的に閉塞した空隙に残存している炭素と反応を起こし、CO、CO2ガスが細孔中で多量に発生すると推察される。以上の結果をまとめると、ポリマーセメントモルタルの爆裂は無酸素燃焼による空隙閉塞と温度上昇によるポリマーセメントモルタルの脱水によって発生するCO、CO2ガス圧の爆裂と考えられる。また、以上の結果を参考として、ポリマーセメントモルタルの爆裂および着火に至らしめる過程(アプローチ)を提案した。

第六章では、本論文のまとめを示すと共に、今後の課題について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

金亨俊氏から提出された「高温環境下におけるポリマーセメントモルタルの変状に伴う爆裂機構に関する研究」は、建築物のコンクリート部分が劣化した場合、およびかぶり厚さが不足している場合の補修に汎用的に用いられているポリマーセメントモルタルの耐火性能(火災時における耐荷重性能)を、綿密な実験を行うことによって明らかにしたものである。構造部材の補修に適用されるポリマーセメントモルタルにはコンクリートと同様の耐火性能が求められるが、条件によっては爆裂現象や着火現象が生じることが知られており、そのメカニズムを探り、耐火性能を確保するための方策を見出すことは、建築物の火災安全性確保の観点からは緊要の課題となっている。本論文は、これらの問題の所在および解決策を明らかにし、建築基準法に関わる技術的規準の整備に向けて適切な方向性を与えるものであると言える。

本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景・目的、既往の研究との関係における本研究の位置づけ、および論文の構成が適確に述べられている。

第2章では、各種ポリマーセメントモルタルの燃焼特性に関する実験が行われ、発熱速度および総発熱量の観点から、ポリマーの種類・混入量および試験体の厚さの違いによって、発熱速度・総発熱量に差異が生じること、爆裂・着火現象に差異が生じること、ポリマーセメントモルタル中の単位ポリマー量を基に耐火性能を論じることが適切であることなどが見出されており、耐火性能を確保する上で必要となる基礎的な技術資料が得られている。

第3章では、火災時高温下におけるポリマーセメントモルタルの力学特性を明らかにするためのポリマーの種類および混入量を要因とした熱間実験(高温状態での実験)が行われており、火災時高温下における強度および静弾性係数の低下に対しては、ポリマーの混入量の影響はあるが種類の影響はないこと、冷間実験(冷却後の実験)と比較して熱間実験での影響は小さいことなどが明らかにされている。

第4章では、第2章および第3章において明らかにされた、耐火性能に多大な影響を及ぼす爆裂現象に焦点を絞り、爆裂を生じた特定のポリマー(エチレン・酢酸ビニル)に関して、ポリマーの混入量を要因として、その発生メカニズムを探るための実験および詳細な分析がなされており、温度上昇に伴う化学成分の熱分解と続いて生じるガスの発生に関する速度論的な考察がなされるとともに、ポリマーの加熱分解および燃焼に伴うポリマーセメントモルタル硬化体の空隙構造の変化の測定、ならびに水蒸気およびポリマー起因ガスの発生による内部圧力の増大現象の把握がなされ、爆裂メカニズムに対する考察が的確になされている。さらに、爆裂を生じさせる一要因としての無酸素状態でのポリマーの燃焼に対する実験もなされており、ポリマーセメントモルタルの火災時における爆裂の発生シナリオが適切に導かれている。

第5章では、第2章から第4章における一連の実験・分析結果に基づいて、ポリマーセメントモルタルの爆裂メカニズムに関する個々の現象に対する十分な考察がなされており、火災によるポリマーの熱分解によるガスの発生速度と空隙の増加速度との大小関係の観点から、火災条件下においてポリマーセメントモルタルが爆裂・着火現象に至る過程の時系列的な整理が適切になされ、ポリマーセメントモルタルを用いる場合、爆裂を生じさせないために必要となる重要な知見が得られている。

第6章では、各章で得られた知見の取り纏めがなされ、本論文の結論としての総括がなされている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク