学位論文要旨



No 127869
著者(漢字) 佃,悠
著者(英字)
著者(カナ) ツクダ,ハルカ
標題(和) 高齢者の居住を支える行動拠点の拡がりと役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 127869
報告番号 甲27869
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7637号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 講師 川添,善行
 東京大学 教授 大方,潤一郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、超高齢社会を迎え、高齢者の増加がみられる日本において、高齢者の地域とのかかわりを場所利用の視点から明らかにすることを試みるものである。このとき、利用場所の中でも特有の行為と人とのかかわりがみられる場所を行動拠点と定義し、健常な高齢者のプレ高齢期から高齢期への移行期および、異なる3地域に居住する要介護高齢者の場所利用の実態から、その拡がりと役割を明らかにするものである。

本論文は全7章で構成される。

第1章では、本研究の社会的および理論的背景、研究の目的、位置づけ、構成を示し、さらに調査概要および分析の方法について説明している。

第2章では、既存集合住宅団地である柏市豊四季台団地の居住者を対象とし、プレ高齢期から後期高齢期までの場所利用の変化と、主に健常な高齢者の日常生活にみられる行動拠点、その行動拠点の就業期との関連性について考察している。

1964年に入居が始まった豊四季台団地は、現在建替えが進んでおり、世帯総数自体は2004年の建替え開始後大きく減少しているが、当初からの入居者が多く残っているため、高齢者世帯が増加している地域である。

プレ高齢期から後期高齢期までの利用場所として、回答が多く見られた医療機関と購買施設では、いずれも年齢が上がるごとに自宅周辺での利用が多くなっている。

65歳以上高齢者への詳細なヒアリング調査を元に、世帯、性別毎にサポート関係、利用場所、行動拠点を整理し、購買施設、医療機関については団地から柏駅までの利用が多いこと、購買施設利用は男女の差があること、医療機関は必要な医療に応じて選択していることを示した。さらに、行動拠点は主に仕事や趣味の場所で、遠距離に位置するものもあり、行動範囲を拡げる役割を果たしていることを示唆した。元々仕事をしていた人は、「新たに職場を求める」「役割を見いだす」「職場に代わる場所を見いだす」「職場周辺の拠点とかかわり続ける」といった、職場とそれに関わる場所とのかかわり方が高齢期においてもみられ、特に、場所自体に意味がある場合には、その場所を使い続けており、移動手段が確保できるかどうかが、その場所を拠点として持ち続けるための要因になっていることを指摘した。

第3章では、第2章で対象とした豊四季台団地に居住する要介護高齢者を対象に利用場所と行動拠点の拡がりについて考察している。

外出の契機は限られており、家族や介護サービスから物資や移動のサポートを受けることにより生活を補っているが、単身世帯でも一人での移動が可能であれば、団地内および団地周辺の範囲で利用場所を確保するなど、団地という徒歩圏での計画が有効に働いている様子がみられることを示した。また、介護度が高くてもヘルパーや有償ボランティアを利用して、遠距離の場所や昔なじみの場所を使い続けることが可能になっていることを指摘した。

第4章では、過疎地域に暮らす要介護高齢者として、名寄市に住み、通所介護施設を利用する高齢者を対象に利用場所と行動拠点の拡がりについて考察している。

外出の契機は、病院への通院、通所介護施設、買物に限られ、他に自宅の庭もしくは周辺での畑仕事もみられた。買物等生活上必要な行為は家族がおこなうため、利用場所自体が少なく、大半が市立病院や老舗デパート等市街地の特定の施設の利用に限られ、行動拠点としての役割を果たしているような場所はみられなかった。また、夏冬通じて外出自体が少ないため、季節による生活の違いはないとの回答が多くみられたが、冬でも外出する高齢者からは、雪による外出の困難をあげる様子もみられた。利用場所が少ない中で、通所介護施設が家族以外の人と交流する接点となり、買物会等の行事により普段利用しない場所をつなぐ役割を果たしていることを指摘した。

第5章では、3 つの富山型デイを利用する高齢者を対象とし、利用場所と行動拠点の拡がりと、富山型デイが持つ役割について考察している。

富山型デイ利用者の要介護度は、一般の通所介護施設に比べて高く、容易に外出できない高齢者も多いが、富山型デイの役割として、「経由地としての役割」、「人と出会う場所としての役割」、「趣味等の場所としての役割」、「普段いる場所としての役割」、「住まいとしての役割」があることを示し、これらが重度高齢者の在宅生活を支えていることを示唆した。さらに、これらの役割を実現させているのは富山型デイの運営上や場所としてのフレキシビリティであることを指摘し、富山型デイの特徴との関連を示した。

第6章では、第3、4、5 章で分析をおこなった豊四季台団地居住者、名寄市通所介護施設利用者、富山型デイ利用高齢者の利用場所や行動拠点の拡がりを比較するとともに、富山型デイの特徴を参考にして豊四季台団地および名寄市において、今後継続的居住を可能にするために必要な行動拠点について考察している。

特に、名寄市では、重度高齢者は入院や入所してしまうことが多いことから、富山型デイのような共生型デイがあることにより、重度化した高齢者の在宅生活を支える可能性があることを指摘した。

第7章では、各章を総括し、本研究で得られた知見をまとめ、高齢期における行動拠点の持つ意味と地域とのかかわり方を示している。

本研究で得られた知見として、まず、場所とのかかわりには、性差があり、特に男性において身体状況・世帯状況が変化した時に、影響が大きいことを指摘した。次に、高齢期にも仕事やそれにかわる場所利用がみられたが、仕事場所として利用している場合には、サードプレイスのような場所利用や経由地としての役割等、行動拠点となる利用の様子がみられることを指摘した。最後に、より面的な地域とのかかわりである散歩について、高齢者、特に要介護になるほど、歩くこと自体が目的となり、その場合、周囲の環境を物理的な目安として扱っており、「一定の範囲を目安とする」「自然の地形を目安とする」「街区や通路を目安とする」「場所を目安とする」の4つに分類できること、高齢者の散歩を目的とした街路などを計画する際は、楽しみながら歩く視点だけでなく、距離の目安となるような工夫も必要であることを指摘した。

利用場所の拡がりはプレ高齢期から後期高齢期にかけて徐々に減少して行くのに対して、行動拠点は自宅からの距離にかかわらず利用がみられ、高齢期の行動拠点の拡がりの継続には移動手段の確保が重要であることを指摘した。また、高齢期になっても自身が役割を担う場所や主体的な行為をおこなう場所が行動拠点として継続しているが、要介護高齢者の在宅生活を支える富山型デイでは、普段いる場所としての役割や住まいとしての役割等自宅に近い役割もみられるため、健常時にはセカンド・プレイスを求めていた地域との関わり方は、ファースト・プレイス-自分のいる場所の確立に収斂し、このような場所が自宅以外にもあることで、身体状況が変化した場合に、継続的な居住を可能にすることを示唆した。最後に、移動が困難になる高齢期においては、地域に対して点としてのかかわりが重要となってくるため、高齢者が半数近くを占める今後の社会では、面的な地域の形成の仕方に加えて、富山型デイでみられた行動拠点の役割を踏まえ、点としての場所の質をより高めていく必要があることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、超高齢社会を迎え、高齢者が増加していく日本において、高齢者の地域とのかかわりを場所利用の視点から明らかにすることをテーマにしている。健常な高齢者のプレ高齢期から高齢期への移行期の場所利用および異なる3地域の要介護高齢者の場所利用の実態調査から、利用場所の中でも特有の行為や人とのかかわりがみられる行動拠点に着目し、その拡がりと役割を明らかにするものである。

本論文は全7章で構成される。

第1章では、研究の社会的および理論的背景についてまとめ、研究の目的、位置づけ、構成、調査概要、分析の方法について述べている。

第2章では、既存集合住宅団地である柏市豊四季台団地居住者を対象とし、プレ高齢期から後期高齢期までの場所利用の変化、主に健常な高齢者の日常生活にみられる行動拠点、その行動拠点の就業期からの関連性について明らかにしている。

場所利用の変化については、特に医療・購買施設について、団地周辺を中心としながらも、年齢が上がるごとに遠距離に位置する場所の利用が少なくなっていることを示した。また、65歳以上の健常な高齢者について、世帯、性別毎にサポート関係、利用場所、行動拠点を整理し、利用する医療・購買施設等が自宅周辺に限られていく中で、行動拠点については、主に仕事や趣味の場所がみられ、行動範囲を広げる役割を果たしていることを示した。特に、元々仕事をしていた人は、「新たに職場を求める」「役割を見いだす」「職場に代わる場所を見いだす」「職場周辺の拠点とかかわり続ける」といった、職場とそれに関わる場所とのかかわり方が高齢期においてもみられ、プレ高齢期から高齢期の移行期における地域とのかかわり方として重要であることを示唆した。

第3章では、第2章でも対象とした豊四季台団地に居住する要介護高齢者を対象に利用場所と行動拠点の拡がりについて明らかにした。

外出の契機は限られており、家族や介護サービスから物資や移動のサポートを受けることにより生活を補っているが、単身世帯でも一人での移動が可能であれば、団地内および団地周辺の範囲で利用場所を確保するなど、団地という徒歩圏での計画が有効に働いている様子がみられることを示した。

第4章では、過疎地域に暮らす要介護高齢者として、名寄市に住み、通所介護施設を利用する高齢者を対象に利用場所と行動拠点の拡がりについて明らかにした。

買物は家族がおこなうため、利用場所自体が少なく、大半が市立病院や老舗デパート等市街地の特定の施設の利用に限られることを示した。また、夏冬通じて外出自体が少ないため、通所介護施設が家族以外の人と交流する接点となり、買物会等の行事により普段利用しない場所をつなぐ役割を果たしていることを示した。

第5章では、3 つの富山型デイを利用する高齢者を対象とし、利用場所と行動拠点の拡がりと富山型デイが持つ役割を明らかにした。

富山型デイ利用者の要介護度は、一般の通所介護施設に比べて高く、容易に外出できない高齢者も多いが、富山型デイの役割として、「経由地としての役割」、「人と出会う場所としての役割」、「趣味等の場所としての役割」、「普段いる場所としての役割」、「住まいとしての役割」があることを示し、これらが重度高齢者の在宅生活を支えていることを示唆した。さらに、これらの役割を実現させているのは富山型デイの運営上や場所としてのフレキシビリティであることを指摘した。

第6章では、第3、4、5 章で分析をおこなった豊四季台団地、名寄市、富山型デイ利用高齢者の利用場所や行動拠点の拡がりを比較するとともに、富山型デイの特徴を参考にして豊四季台団地および名寄市において、今後継続的居住を可能にするために必要な行動拠点について考察をおこなった。

特に、名寄市では、重度高齢者は入院や入所してしまうことが多いことから、富山型デイのような共生型デイがあることにより、重度化した高齢者の在宅生活を支える可能性があることを指摘した。

第7章では、各章を総括し、本研究で得られた知見をまとめ、高齢期における行動拠点の持つ意味と地域とのかかわり方を示した。

以上のように本論文は、行動拠点という新しい視点を用いることで、地域とかかわりながら長い高齢期を在宅で生活することに寄与する場所の持つ役割について明らかにしたものである。このような理由から、今後の高齢者の居住に関して方向性を示唆する研究として、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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