学位論文要旨



No 127870
著者(漢字) 裵,ソンイ
著者(英字)
著者(カナ) ベ,ソンイ
標題(和) 病院に見る機能の分散化による部門構成の変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 127870
報告番号 甲27870
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7638号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 千葉,学
 千葉大学 教授 中山,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

医療施設は疾病構造、医療政策の変化、医療技術の発展などといった医療をめぐる環境の変化に影響を受ける。なかでも、病院ではさまざまな医療行為が総体的に行われているため、医療環境の変化への要求にもっとも敏感な施設といっても過言ではない。

人口構造の変化や疾病構造の変化、医療政策の変化、医療技術の発展などといった医療環境の変化で病院建築も変化してきた。したがって病院ではこういった社会の変化に対する要求が反映されて現れている。

本研究では医療環境が著しく変化してきた1970年代、1980年代に竣工された病院が時間が経ち、現地で全面新築・改修された事例を通じて、ここ30-40年間、病院建築でのパラダイムの変化が何であったかを「病院機能の分散化」の側面から明らかにした。

病院の機能が分散化されることにより、部門の構成にも影響を与えると予想される。しかし、病院機能の分散化といった変化が現れているにもかかわらず、建築がどのように対応しているかについては整理されていないのが事実である。また、近年、環境的・経済的側面から病院でも既存の建物で増築・改築をするなど、リニューアルへの意識が高まってきており、将来のことまで考慮しながら各部門のゾーニングや配置を考えなければならないという意見も出ている。このためにも一先ず各部門で担う機能の特性を明らかにし、各部門の構成に関する考え方まで見直す必要があると考えられる。

第1章では研究の背景と目的、研究の範囲と位置づけを明らかにしている。

本研究では医療環境が著しく変わってきた1970年代から2000年代に建設された病院の内部での機能の分散化の傾向を病院の中核の部門である病棟部、外来部、診療部を中心に調べ、病院建築の視点で病院機能の分散化がどのように現れているかを明らかにする。その結果を基に病院機能の分散化と病院の部門の構成や配置の関係性を明らかにし、これからの病院建築計画に役立てるのを目的とする。

第2章では病院建築に変化をもたらす要因を人口構造の変化、医療制度の変化、疾病構造の変化、医療技術の発展といった環境的変化と、部門の分類基準の変化、病院のライフスパン、病院のリニューアルといった内在的変化に分けて明らかにした。

医療施設において、変化は様々な要因によって発生する。この要因は大きく2つに分けられるが、一つが「環境的要因」でもう1つが「内在的要因」である。中でも「内在的要因」は独立的に働くのではなく、環境の変化が発生してから2次的に病院の内部で発生する要因として捉えられる。

環境的要因は主に社会的変化を示す。

ここで「社会的変化」とは、人口構造の変化や所得水準の変化、疾病構造の変化などが挙げられる。また、医療制度の変化や科学技術の発展による医療装備の飛躍的発展も環境的要因として区分した。

「内在的要因」とは、医療施設に変化をもたらす直接的な原因になるものであり、大半が環境的要因が生じてから2次的に病院の内部で発生する要素である。

前述のように時代の流れと共に、各種の医療機器が開発され、病院では新たな医療機器の導入により既存の部門が細分化さやれるなど、変化が起きる。病院の建物はこういった変化に対応するべく共に変化しなければならない。新たな医療機器が置ける空間が必要となり、その医療機器の導入に従い副次的な空間まで求められる。したがって増築改築のような変化が必然的に起きるのである。

また、疾病構造の変化に従い、既存には広い面積を占有していた診療科を縮小させ、過去にはなかった診療科などを新設するようになる。

第3章では調査対象の病院に見る時代別変化を面積の変化の視点から述べた。

まず、調査対象は過去竣工され、一定の時間が経ち、現地で建て直された病院を対象としていおり、これらの調査対象病院の概要を示し、調査・分析の方法を明らかにしている。

この章では調査対象病院の面積・1病床当たり面積・部門別面積構成比を中心として時代別病院建築の特性を面積の視点から明らかにしている。

調査対象病院は日本の病院5件、韓国の病院2件である。

いずれの事例としても同一病院の新旧を比較しているが、時代ごとの変化を探り出すためには各時代に建設された病院を対象にするよりも運営主体、経営方針、周辺の環境などの諸条件が一致している同一物件での変化を洗い出すのが論理的にも妥当であるためである。

こういった仮説に基づき、最初の竣工から時間が経ち、現地で改築された病院、もしくは当初の建物の中身を空にし、部門や諸室などを再配置した病院や大規模改修した病院を選定した。また、病院の中では竣工から数十年に渡り増築と改築を繰り返している病院もあるが、今回は 病院のライフスパンといわれているおよそ30年の間病院の更新があった事例を対象とした。

第4章では第3章の調査対象病院の中で「病棟部」、「外来部」、「診療部」での機能の分散化の傾向を主に扱っている。

2000年に入ってから病院の変化、その中でも「病院機能の分散化の動き」に関する論議がなされ始まる。この論議は近年の情報化の急速的な進歩から病院建築でも既存とは違う形の計画が必要となってくることを前提とし、これまでの病院建築計画の再考と反省、そしてこれからの病院建築計画において正しいありかたとは何かという疑問から始まったのである。

病棟部は「病室部分」、「患者諸室」、「看護諸室」、「機械室」、「EVコア」に機能を分類し、病棟部と性質が異なる外来部と診療部は「検査・治療機能」、「診察機能」、「病棟機能」、「供給機能」、「管理機能」に分類して分析を行った。また、得られた結果を基に病棟部、外来部、診療部での機能の分散化の原因を洗い出し、現代の病院に見る機能の分散化の傾向を明らかにした。

第5章では、調査対象病院の中で2件の病院に対し、病院の経年的視点から見た病院機能の分散化の傾向を明らかにした。旧病院の竣工当時、解体直前、新病院の竣工の3時点での機能の分散化について分析を行った。

この章でも病院で直積的な医療を提供するとされている病棟部、外来部、診療部で起きる分散化の傾向を病院の経年的観点から検証する。

4章までの分析は同一病院の新旧を、すなわち、旧病院の竣工時の計画と新病院の竣工時の計画を比較することにより旧病院の竣工当時と新病院の竣工当時の病院機能の分散化の傾向を明らかにすることが目的であった。しかし、2章でも述べたよう、病院は常に成長と変化を繰り返しており、したがって病院機能の分散化の傾向も経年的に現れると予想される。

従い経年的変化んが追跡できる病院を中心に病院の経年的変化から見た病院機能の分散化の傾向について分析した。

第6章では、病院機能の分散化による部門配置の変化の可能性について述べた。

病院では病院を構成する各部門と部署の面積の配分のみならず配置の類型も病院を利用する利用者に影響を及ぼすことになる。したがって病院建築計画分野では病院建築の形態や各部門の配置に関する研究もなされてきた。

各部門で現れている機能の分散化は部門の配置や構成にも影響を与えており、機能の分散化により部門の配置や構成にも変化が現れる可能性があることから分析を行った。病院は時代ごとに面積だけではなく、建築の類型も変わっているのが確認できる。

中でも外来部と診療部の配置の関係に注目したい。

既存の外来部での診療に対し「機能中心的」価値観であり、医療提供者側から医療の提供がしやすい方向で発展してきた。しかし、近年「患者中心的」価値観が広がり、患者ではなく医療提供者や物品が患者のところに移動してくるのが理想的であるとされている。すなわち、既存の方式だと患者が自分に必要な診療科をあっちこっちへと行ったのだが、診療科の協力診療体系が整ってきた最近には患者が診療科を歩き回る手間が減ったのである。

既存の病院では患者が外来部にある診療科に訪れても検査のために診療部まで移動する必要があったが最近は外来部の診療科が専門化・センター化することにより診療部まで行く必要が減少しているのである。こういった場合、既往研究は過去の文献で外来部と診療部が垂直的に分離されて配置されるのは非論理的であったとされていたのが現在には再考の余地があると考えられる。

第7章では、以上をまとめ、病院に見る機能の分散化の傾向を明らかにし、機能の分散化による部門構成の変化の可能性を考察する。

以上のことから同一の病院であっても竣工時期が30年から40年離れている新旧病院での各部門での面積、1床当たり面積で違いが現れている。

全部門に渡って新病院のほうが面積及び1床当たり面積が増加しているが、すべての部門での面積の増加率が一律的ではなく、ある部門では面積が飛躍的に増加している反面、ある部門は旧病院に比べ面積の変化がほぼない部門もある。これは時代の流れと共にどの部門への要求が増加し、どの部門で面積に対する要求がなかったかを示す指標となる。

病棟部、外来部、診療部を構成する各諸室を「機能別」に分類して分析した結果、同じ部門であってもその部門を構成する各機能の占める比率に変化が現れているのを確認した。時代によって各部門の面積の増加率にも違いが現れたのと同様、各部門を構成する「機能」の面積の増加率もそれぞれであることから、時代によって各機能に対する要求度にも変化が現れている。

部門を構成する機能に対する要求度の変化は部門自体が既存とは異なる性質である可能性を内包していると判断され、部門の性質の変化は部門の配置の類型にも変化を及ぼすと考えられる。

このように、およそ30年という短い期間でも病院の内部では変化が活発に起きているため、社会的変化を柔軟に受容できる計画が必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、病院建築計画分野において1990年代に「患者サービス」、「患者アメニティ」といった概念が注目を浴び始めることにより行われた様々な試みの中で、以前は医療提供側の論理であるとされていた病院機能の中央化が近年、患者サービスのために病院機能が分散化されていることに着目し、病院機能の分散化が病院の部門構成にどのような影響を与えているかを明らかにすることを目的としている。

本論文は全7章で構成される。

第1章では、 本論文の背景 および研究の目的、既往研究と本研究の位置づけ、論文の構成を明らかにしている。

第2章では、病院建築に変化をもたらす要因を人口構造の変化、医療制度の変化、疾病構造の変化、医療技術の発展などといった医療環境の変化の側面から示した。また、病院をとりまく医療環境の変化が病院建築計画分野にどのような影響を与えてきたかを既往研究に示されている内容を基に整理した。

第3章では、 調査対象の病院に見る時代別変化を面積の視点から述べた。

本研究は日本の病院5件、韓国の病院2件を対象にしている。本章では調査対象病院の選定の基準(竣工されてから一定の時間が経ち、現地で建て直された病院)や、選定された調査対象病院の概要を示し、調査・分析の方法を明らかにした。

分析の方法としては、調査対象病院の面積、1床当たり面積、部門別面積構成比を中心とし、時代別の病院建築の特性を面積の視点から明らかにしている。

面積の視点から分析を行った結果、調査対象病院の新旧病院での部門別面積構成比には大きな変化は現れなかったものの、部門別面積、1床当たり部門別面積は新病院のほうで面積が大幅に増加していることがわかった。

第4章では、病院の部門の分類基準である病棟部、外来部、診療部、供給部、管理部の5つの部門の中で、病院の中核の部門である「病棟部」、「外来部」、「診療部」での機能の分散化の傾向を明らかにした。

病棟部は「病室部分」、「患者諸室」、「看護諸室」、「機械室」、「EVコア」に機能を分類し、病棟部と性質が異なる外来部と診療部は「検査・治療機能」、「診察機能」、「病棟機能」、「供給機能」、「管理機能」に分類して分析を行った。

病棟部では「病室部分」、「患者諸室」、「看護諸室」で機能の分散化の傾向が著しく現れているのが確認できた。その原因として、病室タイプの変化、分散トイレの拡大、医療スタッフのコミュニケーション空間の拡充などが挙げられる。

外来部では「検査・治療機能」、「管理機能」で大きな変化が現れた。

「検査・治療機能」は 過去には診療部内に設けていた検査室、治療室などが外来部に吸収・分散配置されたためであると考えられる。外来部で「検査・治療機能」の増加の原因を類型化すると(1)旧病院では診療部にあった機能が外来部に流入されたため(2)旧病院では診療部にあった機能が外来部と診療部の両方に設置されたため(3)新しい診療科が登場したためである。「管理機能」は 外来部の診療科が専門化されることにより、診療科内に検査室が配置される。このことにより外来部が拡張し、これに従い管理機能が増加していると予想される。

「診療部」では 「検査・治療機能」と「管理機能」の分散化の傾向が著しく現れている。

その理由として、診療部の診療科は時代の流れと共に多様化している診療科が挙げられる。

第5章では、調査対象病院の中で2件の病院に対し、病院の経年的視点から見た病院機能の分散化の傾向を明らかにした。旧病院の竣工当時、解体直前、新病院の竣工の3時点での機能の分散化について分析を行った。

その結果、外来部での経年的変化が最も著しいことがわかった。また、一旦建てられた病院では環境の変化に対応することが難しく、病院では増築や、病床数の増床や減床、諸室の用途変更などを繰り返しながら対応していることがわかった。この2つの事例を分析することから病院は常に変化し、部門内の変化や変更に柔軟に対応できる計画が大事であることがわかった。

第6章では、 病院機能の分散化による部門配置の変化の可能性について述べた。

各部門で現れている機能の分散化は部門の配置や構成にも影響を与え、変化が現れる可能性があることから分析を行った。その結果、既存の病院では患者が外来部にある診療科に訪れても検査のために診療部まで移動する必要があったが、最近は外来部の診療科が専門化・センター化することにより、診療部まで行く必要がなくなっている。こういった場合、既往研究では外来部と診療部が垂直的に分離されて配置されるのは非論理的であったとされていたのが、現在には再考の可能性があると示している。

第7章では、 以上をまとめ、病院に見る機能の分散化の傾向を明らかにし、機能の分散化による部門構成の変化の可能性を考察した。

以上のように本論文は、 医療環境の変化による病院での変化に着目し、その変化の様相の1つとして、「病院機能の分散化」が進んでいることを明らかにした。

今まで病院で成長と変化が繰り返して現れているとの可能性を示した研究はなされつづけられてきたが、病院の変化を「病院機能」の視点から分析を行った研究はなかったことから、本研究に意義があると判断される。

このような理由から、今後の病院建築計画分野において方向性を示唆する研究として、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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