学位論文要旨



No 127871
著者(漢字) 楊,欣潔
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,シンジェ
標題(和) 耐火建築物における発泡系外断熱構法の延焼性評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 127871
報告番号 甲27871
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7639号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 講師 北垣,亮馬
内容要旨 要旨を表示する

近年、地球温暖化の影響が深刻化しているため、環境問題や省エネ意識が高まってきた。建築物の省エネ性能を向上させるための対策の一環として、耐火建築物の外壁に発泡系外断熱構法や有機系材料を使用した外装システムなどが導入されている。しかし、近年発泡系外断熱構法に関する重大な火災がいくつか発生し、耐火建築物の外壁に発泡系外断熱を施工する場合の火災安全性についての議論が高まった。過去の火災事例によれば、発泡系断熱材を含有する外断熱構法は、火災発生時に外壁面上に大規模な火炎伝播を短時間に発生させる。さらに、発泡系断熱材は燃焼による溶融落下現象が発生する特性があるため、下方向燃え広がりや下階延焼を引き起こす危険性が明らかになった。

耐火建築物の外壁に発泡系外断熱構法の施工に関する法的な規制としては、昭和60年の建築指導課長通達「耐火構造の外側に施す外断熱工法の取扱いについて」で「外断熱工法に係る防火性能試験方法」が規定されていた。しかし、平成12年建築基準法の改正にともない、前述の試験方法が廃止された。さらに、平成14年日本建築行政会議「耐火構造の外壁に木材、外断熱材等を施す場合の取扱い」により、耐火構造に必要な性能を損ねないと判断できる程度のものであれば、その外壁に可燃材を施すことが可能とされた。

なお、耐火性能の定義は「通常の火災が終了するまでの間、当該火災による建築物の倒壊及び延焼を防止するために当該建築物の部分に必要とされる性能をいい、部位に応じて非損傷性、遮熱性、遮炎性の3つの組合せから成る」としている。そのため、建築基準法施行令第107条耐火性能に関する技術的基準において「倒壊の防止」、「延焼の防止」を目的とした耐火建築の技術基準が規定され、外壁に非損傷性、遮熱性、遮炎性、3つの性能を要求している。したがって、上述3つの性能が確保されれば、外壁に可燃物を施工しても法的に問題ないのが現状である。

一方、建築基準法では耐火建築物の火災拡大防止は区画外部へ延焼させないことを目的として防火区画の概念で対策を規定しており、耐火性のある区画部材を配置することにより火災規模を局部に封じ込めるよう制度設計されている。しかし、耐火建築物の外壁に発泡系外断熱構法を施工する場合、火炎が発泡系外断熱構法を延焼経路として外壁面上に急激な燃え広がりを引き起し、区画部材を破壊させることとなり、火災が他区画への延焼や隣棟延焼を引き起こすことが予想される。その結果、耐火建築物において火災規模を局部に封じ込めるという延焼防止目的の確保は困難となることが考えられる。

したがって、耐火建築物の外壁に発泡系外断熱構法を施工することにより、大規模な火災を引起す危険性があり、耐火建築物の「延焼の防止」という機能を確保できなくなる可能性があると考える。しかし、日本では耐火構造の外壁の火災安全性の確保は耐火試験のみによって評価を下し、外壁面上の火炎伝播及び延焼性に関する評価を行っていないのが現状である。前述の理由より、発泡系外断熱構法に対する延焼性評価手法を構築することが急務となっている。

本研究では発泡系外断熱構法が施工された耐火建築物の「延焼の防止」という機能を確保するため、発泡系外断熱構法の延焼性を評価することが可能な手法の構築を目的とした。建築防火性能設計の概念を導入し、検証方法としての計算評価手法及び試験評価方法の構築を中心に論じ、さらに発泡系外断熱構法の延焼性に対する性能基準の枠組みを構築することより、発泡系外断熱構法の火災安全性能の確保という最終目的が実現可能と考える。

なお、耐火建築物における発泡系外断熱構法の延焼性評価手法を構築することを達成するため、以下のような研究項目を明らかとすることとした。

■発泡系外断熱構法の燃焼性状及び壁面上の延焼拡大プロセスの解明(第三章)

■外壁の防火性能に関する既存の試験方法の検討(第三章)

■外壁延焼試験方法の開発(第四章)

■外壁延焼性の評価に対する試験の運用体制とその整合(第四章)

■下方向燃え広がり性状把握の基礎研究(第五章)

■上・下階延焼評価手法及び隣棟延焼評価手法の構築(第六章)

■延焼評価手法の構築及び統合(第六章)

■発泡系外断熱構法の延焼性能基準の枠組み及び評価システムの構成(第六章)

本論文は全七章で構成され、各章の概要及び主な内容は下記のようにまとめる。

■第一章 序論

本章では、この研究の背景及び目的、本論文の構成を述べる。

■第二章 既往研究における文献調査

本章では、火災事例の考察を通じ、火炎が可燃性外壁を介して延焼拡大の火災特徴をまとめた。また、壁面上の燃え広がり性状、開口噴出火炎による延焼予測手法及び隣棟延焼予測手法などに関する既往の研究を本研究との関連を中心にまとめた。

■第三章 外壁の防火性能に関する各種試験方法の検討

本章では、発泡系外断熱構法に関する法的な背景及び火災安全への懸念などを検討し、発泡系外断熱構法の火災安全に対する必要な要求性能を提案した。また、開口噴出火炎による外壁面上の可燃物を介した燃焼拡大のプロセスを整理し、各火災階段に応じた発泡系外断熱構法の延焼性を評価するための試験法として備えるべき評価項目を提案し、これらの評価項目を基準として試験方法の適用性を検討した。最後に、壁面の防火性能に関する既存の試験方法を検討し、各試験方法においての評価可能な項目及び困難な項目を整理した。

その結果、コーンカロリーメータ試験は火災初期においての発熱量、発熱速度の測定が可能であることがわかった。ICAL試験は隣棟火災からの放射加熱を受けた際の燃焼性状について検討するのに有効な試験法であることがわかった。中規模ファサード試験は、火炎伝播性状を把握することで上・下方向の延焼評価がある程度可能な試験方法であることが分かった。しかし、実火災を模してないこともあり、改良が必要なことがわかった。したがって、EPS外断熱構法の延焼性評価に関し、これら既存の試験方法のみでは適正な評価が困難であることを明らかにした。

■第四章 外壁延焼試験方法の構築

本章では、発泡系外断熱構法外壁の延焼性を確認する試験法の一例を提案した。実験の設定は外壁にEPS外断熱構法を施した建物内部で火災が発生し、開口部から火炎が噴出する場合を想定したものである。実験はEPS断熱材の厚さ、開口端部の処理方法などの異なる試験体を用いて実施した。実験中に試験体の受熱量、熱気流温度及び延焼性状を把握することより、各試験体の燃え拡がり性状及び延焼性について評価した。その結果、本研究で提案した外壁延焼試験方法は、条件の異なる試験体間の火災安全性の比較が可能な試験法であると確認できた。

さらに、既存試験法及び外壁延焼試験方法の検討結果を踏まえ、延焼性評価を行うときの試験費用、評価効率、合理性などの実際の運用状況を考慮し、外壁延焼評価に対する試験方法の位置付けを検討して合理的な運用システムを提案した。

■第五章 下階延焼性状に関する基礎的研究

本章では、下階延焼性状を検討するため、実験を通じて下方向燃え広がりの巨視的性状モデルの検討を行った。その結果、EPS断熱材の下方向燃え広がり性状について、燃焼初期において火炎が緩慢な速度で下方向に燃焼拡大するという「燃え下がり現象」が進行した。その後、火炎が溶融物質を伴う落下が発生し始め、燃焼が急激に激しくなるという「溶融・落下現象」に変わったことを明らかにした。これらから、EPS試験体の下方向燃え広がり性状は、「燃え下がり現象」と「溶融・落下現象」、2つのシナリオに分けて検討する必要があることがわかった。さらに、溶融落下の発生で急激な燃焼を促進することが明確になり、その溶融落下速度の最大値は20 cm/sであることがわかった。

■第六章 延焼性評価手法の構築に関する研究

本章では、建築基準法の延焼防止対策の現況及び問題点をまとめ、延焼性評価手法を構築するための基本方針を提案し、上・下階延焼評価手法及び隣棟延焼評価手法を構築した。

上階延焼評価手法に関しては、既往研究では外壁可燃物自体の燃焼が考慮されず、温度を過小評価していることを明らかにした。本研究では、既往文献で示した上階延焼予測手法を基本とし、その一部を補い、発泡系外断熱構法の燃焼を考慮した上階延焼評価手法を提案した。さらに、建築条件に応じた評価フローチャートを提案した。

一方、下方向燃え広がり性状や下階延焼に関する研究がほとんどない状況を鑑み、本研究独自の実験を実施し、発泡系外断熱構法の下方向燃え広がり性状による下階延焼評価手法及びを評価フローチャート提案した。

隣棟延焼評価手法に関しては、建築基準法は受害防止を重視しているが、合理的な隣棟延焼防止では、受害防止性能と加害防止性能の相互補完を要求する必要がある。そのため本章では、発泡系外断熱構法の燃焼を考慮し、隣棟延焼の加害性と受害性を評価可能な隣棟延焼評価手法を提案した。さらに、建築条件に応じた評価フローチャートの提案を行った。

最後に、上・下階延焼評価手法及び隣棟延焼評価手法の統合を行い、発泡系外断熱構法の延焼性評価手法を取りまとめた。また、上述2つの評価手法、要求水準及び機能要件をまとめ、発泡系外断熱構法の延焼性能基準の枠組みを提案した。さらに、延焼性評価としての試験評価手法と計算評価手法の位置付けを検討し、延焼性評価手法に対する総合的な運用システムをまとめた。

■第七章 結論

本論文における総括として論文の全般的なまとめを行った。

本研究では、評価方法としての計算評価手法(発泡系外断熱構法の延焼性評価手法)及び試験評価方法(外壁延焼試験方法)の提案及び延焼性能基準の枠組みの構築を行った。さらに、延焼性評価手法に対する総合的な運用システムを構築した(図1)。この評価手法の運用システムにより、本研究の目的として「発泡系外断熱構法の火災安全性能の確保」を達成することができると考える。

図1 発泡系外断熱構法の延焼性に対する評価システムの構成

審査要旨 要旨を表示する

揚欣潔氏から提出された学位請求論文「耐火建築物における発泡系外断熱構法の延焼性評価手法に関する研究」は、近年、地球温暖化問題に対する対策として注目を浴び普及しつつある、発泡系断熱材が外壁の屋外側に施された外断熱建築物において、世界各国で大規模な火災が発生して多数の死傷者が生じるなどの大問題が発生していることに鑑み実施されたものである。すなわち、上記の学位請求論文は、耐火建築物の外壁に発泡系外断熱材が施された場合において、上階延焼・下階延焼・類焼を防止することを目的として、既存試験方法の適用可能性の検討を行うとともに、新たな性能評価試験方法および評価モデルの提案を行い、さらには、建築基準法の改正を見据えた性能評価システムおよび性能評価基準の提案までをも行ったものである。

本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景・目的・意義および論文の構成が適確に述べられている。

第2章では、本論文に関連する火災事例とその拡大原因について考察がなされるとともに、本論文に関連する研究の現状、すなわち、壁面上の燃え広がり性状、開口噴出火炎による上階延焼および隣棟への類焼に関する研究の現状の整理が適確になされており、可燃性外装材の設置に伴う上階延焼・下階延焼・類焼の危険性を確実に低減させるために、本研究で明らかにすべき内容が明確に述べられている。

第3章では、発泡系外断熱構法で必要となる火災安全性能の整理が行われており、新たな評価項目として、延焼拡大防止性能および加害・受害防止性能が必要となることが明らかにされている。また、必要とされる新たな性能評価に対して、既存の試験方法であるコーンカロリーメータ試験、ICAL試験および中規模ファサード試験の適用可能性について検討が行われており、コーンカロリーメータ試験およびICAL試験は受害防止性能の評価には利用でき、中規模ファサード試験もある程度の延焼拡大防止性能の評価には利用できるが、発泡系外断熱構法の延焼拡大防止性能の評価を適切に行うためには、新たな試験方法の開発が必要であることが明らかにされている。

第4章では、発泡系外断熱構法に限らず、可燃性外装材が施された耐火建築物の外壁における延焼拡大防止性能を評価できる試験方法について、可燃物の量と種類、可燃物の設置仕様などが異なる試験体を用いての綿密な実験的検討がなされ、上階延焼・下階延焼の防止性能を評価可能な試験方法の提案がなされるとともに、さらに実務面に踏み込んで、コーンカロリーメータ試験、ICAL試験および新たに提案する試験方法を用いての認証システムの提案までもがなされている。

第5章では、発泡系断熱材に特有な下方向への燃え広がり性状を予測するためのモデル構築に必要となる基礎データの取得が実験によってなされており、発泡系断熱材のような火災で溶融が生じる樹脂系建築材料の場合には、木材等において従来から把握されている燃え下がり現象以外に溶融・落下現象が生じ、その溶融・落下速度は最大で20cm/sを見込めばよいことが明らかにされている。また、樹脂系建築材料の溶融・落下現象発生のクライテリアに関する考え方も示されており、今後の基準の整備に資する知見が示されている。

第6章では、第2章から第5章までの研究成果に基づき、発泡系外断熱構法に対する上階延焼評価手法および下階延焼評価手法の提案、ならびに加害・受害の両者を包含した隣棟延焼評価手法の提案がなされるとともに、それらを統合した性能評価手法が構築されており、火災の拡大と延焼の防止を機能要件とする建築基準法における性能評価体系の提案までもがなされている。

第7章では、各章で得られた知見の取り纏めがなされ、本論文の結論として適確な総括がなされている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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