学位論文要旨



No 127874
著者(漢字) 佐藤,利昭
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トシアキ
標題(和) 接触問題を考慮した木材の破壊条件の評価 : スギ材を用いた材料試験と個別要素法による数値実験
標題(洋)
報告番号 127874
報告番号 甲27874
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7642号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤田,香織
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 講師 北垣,亮馬
 東京理科大学 教授 永野,正行
内容要旨 要旨を表示する

永続的な資源供給が可能である木材は, 今後の需要拡大が予想され, 木材を構造部材とする木質構造の適用範囲はさらに拡充すると言われており, この気運の高まりは, 公共建築の木造化などの具体的な形で, 我が国の政策にも既に組み込まれている。これに対して, 木質構造建物の構造設計は独特の設計体系を成しており, 他の構造形式に比して仕様規定の色合いが強く, このためか崩壊メカニズムなど建物全体のバランスを確認しながら設計を進めることは, 未だ困難を伴う。もちろん, これらの設計体系は一概に否定すべきものではなく, 数十年に渡り積み重ねられてきた知見を踏まえた一つの方法であり, 同時に第四号建築物に代表される住宅需要も満足させてきた背景もあるが, いわゆる一般の構造設計者が, 新たに木質構造の設計に取り組むには多少の労力を要するのも事実である。したがって, 先に述べた他構造との併用といった技術的・社会的な進展に併せて, 各種の設計方法を見直すことは喫緊の課題であり, その中でも現在普及している標準的な設計手法, 例えば増分解析などによって架構全体の特性を把握する方法などは, 最低限整備しなければならない環境と考えられ, そのためには材料特性や部材断面といった基本的な情報から積み上げられた, 解析モデルの構築が必要不可欠である。

これらの背景を踏まえ, 本研究は木材の材料特性に着目し, 特に接触状態にある木材の破壊条件の評価を試みたもので, 木質構造分野の基礎研究に位置付けられる。木質構造建物を構成する部材間の接合はすべて機械的接合によるため, 建物を構成する木材は, 必ず接触面を持つことになる。したがって, 建物全体の解析モデルを構築する上では, 接触状態にある木材の特性が最も基本的な情報となるが, 現在でも実験的な評価に頼る以外に, この特性を把握する有効な手立ては殆どない。当然ながら, このままでは設計自体が不可能であるため, 現在ではそれらの性質も含めた接合部全体の特性を実験結果に基づいて評価し, それを建物全体のモデルに組み込むことが慣用となっている。しかし, 多種多様な木質構造の接合部をすべて実験的に評価することは困難であるばかりか, 得られる特性も実験条件に強く依存するため, 建物の実挙動と乖離した条件下で実施した試験であれば, 有効性に乏しい結果が得られることも考え得る。したがって, 今後予想される木質構造建物の適用範囲の拡大に伴って必要となる種々の性能評価や, 既存の枠に収まる建物の応答予測精度の向上という観点からみても, 第一義的に解決すべき課題は, 解析モデル構築の根幹にある木材の特性を適切に評価することにあると考えられる。

以上を背景と目的として, 本研究では, 材料試験に基づく実験的な評価と個別要素法による解析的な評価の二つを軸に検討を進めた。以下, これら二つの内容をまとめる。

(1) 材料試験による実験的評価

天然材料である木材の材料試験では, 同一個体から試験体を採取することをはじめ, 生育環境によって現れる部材内での差異, すなわち強度特性や年輪配列に代表される種々の性質が試験体の採取位置によって異なる点も考慮しておかなければ, 適切な試験結果を得ることは難しい。また, その力学的性質は, 木材繊維の方向によって大きく異なることで知られるため, 本研究で準備した試験体は, すべて試験条件毎, 繊維方向毎に同一年輪内, かつ可能な限り近い位置で採取することを心がけたものであり, 可能な限りばらつきの影響を除去した試験結果を得ている。本研究で実施した材料試験には, 標準的な樹種としてスギ材を使用し, 数種類の圧縮試験で基本的な特性を把握した他, 試験条件を限定した引張試験, せん断試験, 摩擦試験も併せて実施することで, 試験結果の分析を通して次の性質に関する知見が得られた。

・ 寸法効果による強度特性のばらつきと繊維方向の関係

・ 木材が持つ粘弾性的な性質と強度の関係

・ 年輪半径方向と年輪接線方向の強度特性の関係

・ 木材と鋼材の接触面における摩擦特性と接触条件の関係

これらの性質は, 後述する解析的な検討で考慮すべき内容である他, 一つ一つが実験的に得られた重要な知見であると考えられる。

(2) 個別要素法による解析的評価

個別要素法は, 不連続体解析の一つの方法として提案されたもので, 解析対象を粒子とそれらを結ぶバネ要素に置換することを基本的なアイデアとし, 連続体解析に使用する場合には, 特に拡張個別要素法と呼ぶことがある。しかし, 既往研究で示されてきた拡張個別要素法では, 連続体の性質を材料物性から導くには至っておらず, 解析ケース毎に各種の設定を調整することが必要不可欠であった。本研究では, まずこの点を改善することを一つの目標として解析手法の修正をはじめ, 一般に認められている物理法則から基本方程式を導き直した他, 解析モデルの構成を工夫することによって, 現段階では適用範囲こそ限定されるものの, 連続体に対する解析を可能とした。またこの妥当性は, 弾性論に従った理論値との比較を通して検証してあり, さらには解析的な特徴として, 減衰や質量の設定方法なども検討した。

本解析手法の最大の特徴は, 解析モデルの構成にあり, 軸方向バネ三本を一組として粒子同士を結合することで, 粒子の幾何学的な変形によって様々な挙動が再現できることにある。既往研究では, 軸方向バネのみでモデルを構成することはなく, せん断バネや回転バネを併用して解析モデルを構築する方針をとっていたが, これらの方法ではバネ要素の特性を定める上で任意性が残されるため, 材料特性と結びつけることが困難であった。この点を改善したことが, 連続体の応力解析という観点からみて, 新規性のある特徴として挙げられる。また, 接触状態にある木材の性質を考慮する上で, もう一つの工夫が施してあり, 解析対象とする木材の表面に相当する箇所に, 解析モデルでは粒子から剛体棒をのばすようにモデルを構成しており, 動的な摩擦モデル, 例えば Lu-Gre モデルに代表されるブリストルの効果を, 古典的な摩擦モデルを剛体棒の先端に設定することで考慮できるようになっている。これら解析モデルの構成を工夫した理由は, 木材が不均質性, 異方性, 非線形性, 粘弾性的性質といった複雑な材料特性を持つためで, 一般にはこれらの複雑な性質をすべて同時に評価することは困難であるが, 本解析モデルでは, モデルの構成を最大限に単純化することで, 一軸のバネ要素にすべての特性を押しつけることができ, 明快に理論構築できるという意図を持つ。

以上で述べたように, 本研究では木質構造建物の解析モデルを構築することを目的に, その最も基礎的な検討にあたる, 接触状態における木材の性質に着目し, 特定の接合部などを設定することはせずに, 接触状態にある木材の応答性状とその破壊に寄与する因子の解明を試みたものである。当然ではあるが, 天然材料である木材を相手にする上では, その特性に寄与するすべての因子を人間の発想の範疇で拾い上げることはできないが, 本研究では, 実験と解析の両側面から検討を進めることで, 木材の応答性状に関わる可能性を持つ因子を把握すると共に, その因子が応答性状に及ぼす影響を確認し, それぞれの重要性が判断できるように整理したつもりである。これらの検討結果を直接的に構造設計に反映するためには, 今後さらなる検証作業が必要であるが, 近い将来に想定される新たな技術を含めた木質構造の安全性の評価において, 基礎的な検討の段階で利用できることを目的に一つの成果としてまとめた次第である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,木質構造の解析環境の構築を目的として,木材の組織構造に立脚した解析モデルを用いた個別要素法に基づく連続体の応力解析手法の提案を行ったものである.本論文は全6章で構成されている.

第1章は序章であり,研究の背景と目的,本論文の構成が述べられている.既往の研究の概要を整理した結果,木材を対象としたシミュレーション解析の環境として必要な条件を,(1)木材の直交異方性を考慮できる三次元解析であること,(2)接触問題を前提とした解析手法であること,(3)木材の組織構造に立脚した特性に基づくこと,(4)粘弾性など木材の未解明の性質を今後組み込み易い構成をもつこと,の4点であるとし,このような解析環境の構築を本研究の目標としている.

第2章は個別要素法による連続体の応力解析について述べられている.まず,個別要素法の概要およびその変遷,更に連続体への適用方法について解説した上で,本研究で提案する個別要素法を用いた解析モデルについて述べられている.個別要素法は不連続体の解析方法として提案されたもので, 解析対象を粒子とそれらを結ぶバネ要素に置換することを基本としている.個別要素法を連続体解析に適用する試みは過去から行われてきたが(拡張個別要素法とも呼ばれる),連続体の性質を材料物性から導くことは困難であることが既往の研究から知られている.本研究では,質量と大きさをもつ球状の剛体(内部粒子)とこれらをつなぐ3本1組の軸方向弾性バネ(間隙バネ)で構成される解析モデルを提案することにより,個別要素法による連続体の応力解析を行っている.軸方向バネを3本1組として内部粒子間を結ぶことで, 内部粒子の幾何学的な移動のみで様々な挙動が再現できる点が特徴的である.提案した解析モデルおよび解析方法を用いて,一様な弾性棒の引張および片持ち梁を対象とした解析を行い,弾性論に基づく理論値との比較検討を行い,解析手法の妥当性と基本的な材料特性との関係について確認を行っている.更に,減衰や内部粒子の半径,接合半径など各種パラメーターが解析結果に与える影響に関する考察を行っている.

第3章では,スギ材を用いた材料試験の結果について述べられている.木材の試験片は木材繊維の方向によって力学的な特性が大きく異なることを考慮し,同一個体から試験条件毎・繊維方向毎に同一年輪間で採取することを基本としている.材料試験は圧縮試験に加えて, 試験条件を限定した引張試験, せん断試験, 摩擦試験を実施した.その結果,寸法効果による強度特性のばらつきと繊維方向の関係,木材が持つ粘弾性的な性質と強度の関係,年輪半径方向と年輪接線方向の強度特性の関係,木材と鋼材の接触面における摩擦特性と接触条件の関係,等に関する考察を行っている.

第4章は木材の機械的性質とモデル化として,木材繊維の組織構造に立脚し2章で提案した解析モデルを木材に適用する方法を述べている.木材の破壊性状と強度特性に関する既往の研究を整理・考察し,第3章の材料試験結果も踏まえた解析モデルは,(1)内部粒子は晩材に集中して配置,(2)間隙バネはL方向:晩材部の繊維方向,R方向:繊維方向を区別しない早材部,T方向:晩材部の繊維直交方向,それぞれの特性を反映して設定する,(3)間隙バネの引張強度は,L方向:R方向の10倍とする,ことを提案している.R,T方向の間隙バネの引張強度は材料試験結果をもとにし,内部粒子の粒子半径と接合半径の設定および回転運動の評価における慣性モーメントの設定に関しては数値実験をもとに定める必要があることが示されている.更に,木材の粘弾性特性と摩擦特性については十分評価できておらず,今後の課題であることが示されている.

第5章は木材のシミュレーション解析と数値実験である.第2,4章で提案したモデルと解析方法による解析結果と材料試験結果の比較検討を行ったものである.その結果,T方向全面圧縮については最大耐力から降伏後(1/30程度)まで,R方向全面圧縮では最大耐力まで精度良く再現でき,破壊の進行と形状に関しても良く一致することを確認している.最大耐力以降は,解析結果では荷重が急激に低下し試験結果と一致していない.この点に関しては,提案したモデルでは接触問題の解法としてペナルティー法を用いているが,接触した内部粒子を破壊面に固着させる制御を加えることにより荷重低下後の挙動も比較的良く一致させることが可能であることが示されている.更に,既往の研究による部分圧縮試験結果に本解析モデルを適用したところ,最大耐力または降伏後の荷重の推移に関して必ずしも一致しない場合はあるものの,概ね荷重変形関係を再現できることを確認している.

第6章では本論文の結論と課題が述べられている.本研究では,木材の組織構造に立脚した解析モデルを提案すると同時に,これを用いた個別要素法に基づく連続体の応力解析手法の提案を行っている.提案した解析モデルおよび解析手法を用いた解析結果と,スギ材の全面圧縮試験および部分圧縮試験結果との結果を比較検討しその有効性を示すと同時に,モデルの適用範囲を明らかにしている.

本研究は,内部粒子とこれを繋ぐ弾性バネで構成された解析モデルを,木材の組織構造を反映した形で構築し,木材試験片の荷重変形関係を最大耐力近傍まで精度良く再現すると同時に破壊の進行に関しても比較的精度良く再現することに成功している.限定された数の試験体の再現に留まっており,粘弾性・摩擦等の特性を十分に評価できていないが,木材の微視的な組織構造をもとに構造解析に適用しうる解析モデルを提案した点は高く評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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