学位論文要旨



No 127875
著者(漢字) 高瀬,幸造
著者(英字)
著者(カナ) タカセ,コウゾウ
標題(和) 木造住宅における現場実測に基づく各種暖冷房方式の評価とヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房システムの開発に向けた研究
標題(洋)
報告番号 127875
報告番号 甲27875
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7643号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 知花,武佳
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「木造住宅における現場実測に基づく各種暖冷房方式の評価とヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房システムの開発に向けた研究」と題し、住宅において温熱快適性を確保しつつ、エネルギー効率の高い空調方式の提案を行うという課題に対して、実験・CFD解析・現場実測による各種暖冷房機器使用時の温熱環境・エネルギー消費量の評価を行うとともに、快適な温熱環境の実現・省エネルギー化が特に困難とされる吹抜け等を持つ一室空間住居を対象としたヒートポンプ利用蓄熱式床暖房システムの開発を行うことで、住宅の温熱快適性の確保とともに空調消費エネルギーの削減を目的とする。

床暖房方式における省エネルギー化の解決策として、「エネルギー効率の高いヒートポンプ方式の有効利用」を検討する。また、温熱環境快適性の向上として、「蓄熱利用による室温変動の安定化の実現」を目指し、使用体積・重量に対して大きな蓄熱量を確保することが可能な潜熱蓄熱材を使用した、木造住宅において実用的なヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房システムの開発・評価を行う。

本論文は2部構成とし、第一部では、実験室実験や実住宅における現場実測から、熱源・エネルギー源・空調方式ごとの温熱環境快適性、消費エネルギーについて評価を行い、現在の住宅における空調時の温熱環境の実態把握とともに、得られた知見を整理している。まず、実験室実験・CFD解析により、単室における各種暖冷房方式によって形成される温熱環境の特徴を明らかにする。また、複数の環境配慮型住宅を対象とした実住宅の現場実測による温熱環境等の評価を行う。特に吹抜け等の開放的な空間を採用した場合には、空間に適した空調方式を選択するとともに、適切な配置計画を行うことが快適な温熱環境を確保するために極めて重要であることを明らかにする。

第二部では、第一部で得られた結果より、特に大空間を採用した住宅の暖房時に快適な温熱環境を得るためには床暖房の適切な利用が必要と考え、温度むらの抑制のために床暖房を採用した複数の住宅を対象とした検討を行った。ヒートポンプのエネルギー効率は外気温度や設定温度等によって左右されるため、長期間にわたる現場実測を通じた検討を行った。その結果、省エネルギー化のために温水ヒートポンプ床暖房・エアコンを採用し、温熱環境快適性のために潜熱蓄熱材利用による大きな熱容量の確保を目的とした、木造住宅に適した快適かつ省エネルギーな潜熱蓄熱式床暖房の研究開発を行った。

次に、本論文の各章の構成を以下に示す。

1章においては、本論文における研究背景と目的・構成について示している。

第一部:実験室実験・CFDおよび実住宅の現場実測による空調時温熱環境の実態把握

2章において、代表的な空調方式について実験室実験で温熱環境に関する検討を行った。まず、各空調方式(エアコン暖冷房、パネル暖冷房、温水床暖房)での定常時における放射・対流による熱バランスを実験室実験結果とこれを再現したCFD解析により示した。次に、各空調方式の暖房時の立ち上がりについて検証を行った。最後に、エアコン暖房時の居室の断熱・気密性能の違いによる温度分布等について、実験室実験とCFD解析により検証した。これらの検討により、個室における各空調方式での暖冷房時の温熱環境に関する特徴を整理した。なお、ここでは個室空調を対象としたが、3章以降では実住宅を対象とし、より広い空間での暖房時の実態を示すこととした。

3章において、環境省エコハウスモデル事業にて建設された全国のエコハウス(環境配慮型住宅)での短期現場実測による、暖房時の温熱環境・快適性(温度むら・立ち上がりや室温安定性)と空調消費エネルギーの分析を行った。実住宅において吹抜けや開放的な空間計画を採用した場合について、設計・空調機の配置計画の注意点を示すとともに、温熱環境・消費エネルギーの課題点を挙げた。

4章において、吹抜けのあるモデル住宅での短期測定結果から、床暖房・エアコン使用時の温熱環境を示した。3章では、各エコハウスにて設計者が想定した空調方式による調査を行ったが、4章では同一の住宅にて空調パターンを変更した場合の温熱環境について着目した。エアコン・床暖房使用時の温度むらや立ち上がりについて分析をし、大空間を持つ住宅においては床暖房を使用することで温度むらの抑制が可能となりうることを示した。

以上、2章から4章の結果から、吹抜けなどの開放的空間を持つ住宅では、快適性の点から床暖房とその他の空調方式を併用することが必要であることを明らかにした。そこで第二部では、快適かつ省エネルギーな床暖房方式の検討・開発を行うこととした。第一部では短期実測による結果のみを評価したために、空調期間を通じた消費エネルギーについて十分な検討ができておらず、第二部では長期にわたる実測結果を用いた評価を行っている。

第二部:長期間の現場実測に基づいた、木造住宅における快適で省エネルギーな温水ヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房の開発

5章において、温度むらの抑制だけでなく、深夜電力時間帯の運転による電気ヒーター利用水蓄熱式床暖房を採用することで、低ランニングコスト・一日の室温変動の安定化・昼間の空調消費エネルギーの削減を設計意図とした木造住宅を対象に評価を行った。冬期を通じた長期測定を行うことで、各室温度は快適に維持することができる反面、日中には開口部からの日射熱取得によるオーバーヒートや電気ヒーターによる消費エネルギー量が多いという課題点を明らかにした。

6章において、従来の電気ヒーターよりも高いエネルギー効率を示すことが期待される冷温水ヒートポンプを使用し、温熱環境の改善のために水蓄熱式床暖房・放射パネル暖冷房を併用した木造住宅において長期実測を行った際の暖冷房実態評価を行った。実測によるヒートポンプのエネルギー効率を示し、電気ヒーター式に対する優位性を示すとともに、温熱環境に関しては日中に開口部からの日射熱取得によってオーバーヒートし室温変動が大きいなどの課題点を残すことを示した。

7章において、冷温水ヒートポンプ利用水蓄熱式床暖冷房システムを採用した住宅について検討を行った。6章の対象物件とは異なり、鉄骨造を採用したことで、2階床スラブのコンクリートと水パックによって大きな蓄熱量を確保したことが特徴である。冷温水ヒートポンプの実効率を示すとともに、RC造でなくとも大きな熱容量を確保することで室内温度変動の安定化が可能である点について示した。一方、日本で一般的な木造住宅では、2階スラブに水やコンクリートによって蓄熱容量を確保する構成とすることは構造の制約から困難であり、蓄熱部位の仕様については課題を残した。

8章において、木造住宅において実用的かつ快適性が高く省エネな暖房方式として、温水ヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房システムを開発し、実住宅に実装した結果について評価・検証を行った。7章までで、温水ヒートポンプ床暖房のエネルギー効率について明らかにし、床内部に大きな蓄熱量を確保することで室温の安定化が見込まれることは示したが、木造住宅では構造の制約からコンクリートや水では大きな熱容量を確保することが難しいという課題があった。そこで、単位重量あたりの熱容量が大きい潜熱蓄熱材を床内部に使用することで、温度安定性に優れ、ヒートポンプに適した負荷率での運用が可能な床暖房システムを開発した。まず、潜熱蓄熱材を使用した空調システムについて既往研究・技術のレビューを行った上で、本システムで採用する配管部材・潜熱蓄熱材等の検討、設計案に対してのシステムの妥当性を事前検討し、竣工後に2年間の現場実測を行った。まず1年目に、本システムの運用状況の把握を行い、潜熱蓄熱利用の有効性を確認した。さらに2年目には、温水ヒートポンプの運用改善提案を行い、本システムの運用に適した制御が可能なヒートポンプ熱源機に更新を行った効果について評価を行った。

以上により、第二部では、木造住宅における実用的な快適かつエネルギー効率の高い空調システムとして、ヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房を開発するにあたり、その検討経緯と開発したシステムを採用した実住宅における評価について示した。

最後に9章において、第一部・第二部の検討をふまえ、本論文のまとめとしている。また、第8章で開発・提案したシステムの、今後検討すべき内容についても示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「木造住宅における現場実測に基づく各種暖冷房方式の評価とヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房システムの開発に向けた研究」と題して、住宅において温熱快適性を確保しつつエネルギー効率の高い暖房方式の提案を行うという課題に対して、実験・CFD解析・現場実測による各種暖冷房機器使用時の温熱環境・エネルギー消費量の評価を行うとともに、快適な温熱環境の実現・省エネルギー化が特に困難とされる吹抜け等を持つ一室空間住居を含めて対象とできるヒートポンプ利用蓄熱式床暖房システムの開発を行うことで、住宅の温熱快適性の確保とともに空調消費エネルギーの削減が可能であることを示している。

なお本論文では第1部において、数多くの多様な空間構成・構法を有する実在の戸建住宅を対象にして、実測とシミュレーションによって設計時の意図と実際との整合/不整合を検証している。第2部では、第1部の結果をさらに設備の改良や建物の他要素の設計に反映させることで、より最適な設計解に近づけてゆくという手法を取っている。この手法は、工学における従来の開発・研究手法である、要素を限定した大量の実験や試作・測定による確認・シミュレーションによる一般化による開発・研究とはかなり趣を異にしている。業務用建築を対象とした研究では既往例が見られるが、戸建住宅を対象とした研究では類例が少ない手法と考えられる。過度な仮定を前提とせず、多くの要素が複雑に関与する住宅の室内環境形成の現状について実例を通して直視・分析し、その知見に基づき最適システムの提案にまで至っている本研究は、新たな研究手法を提示するものといえる。

特に従来の住宅設計では意匠設計者が設計の大部分を決定し、温熱環境に関わる外皮性能と空調設備(換気、暖冷房)については十分に検討されていない例も多い。業務系建築の設計実務では意匠設計者以外にも設備の担当者が建物の負荷を計算し、その負荷に見合った能力の換気・暖冷房設備を導入するということが一般的である。一方で住宅設計では、限られた設計期間・設計料・人件費の制約、さらには外皮性能と設備容量・機種選定の適切な設計法の体系化が遅れていることからこのような問題が生じているものと考えられる。また、

このような実態を踏まえて、本研究では実在の戸建住宅を数多く実測・評価し、現状の日本の住宅設計(特に暖房用途)で生じている問題点を明らかにし、今後の住宅設計の在り方を問うこととしている。

本論文は前述の通り2部構成とし、以下に示す内容とした。

第1部では、熱源・エネルギー源・暖房方式ごとの温熱環境快適性・消費エネルギーについて評価を行い、今日よく見られる開放的な空間を持つ住宅における暖房時の温熱環境の実態把握を行うとともに、得られた知見を整理した。まず、実験室実験・CFD解析により、単室における各種暖冷房方式によって形成される温熱環境の特徴を明らかにした。さらに、複数の環境配慮型住宅を対象とした実住宅の現場実測による温熱環境等の評価を行った。特に、近年の省エネルギー・省CO2の要求とともに使用が増えると思われる、ヒートポンプ式暖房や薪・ペレットなどの木質バイオマス燃料を用いた暖房についても網羅的に評価・考察を行った点については、日本における他の研究例はない充実したものである。

近年で多く見受けられる開放的な空間を採用した場合には、断熱・気密性能の確保の上、空間に適した空調方式を選択するとともに、適切な配置計画を行うことが快適な温熱環境を確保するために極めて重要であることを確認し、吹抜けなどの開放的空間を持つ住宅では快適性の点から床暖房とその他の空調方式を併用することが有効であることを明らかにした。しかし床暖房方式は快適性の確保が容易な一方で、立ち上がりが遅い、床表面温度の上限値があり自然対流と放射でしか室内に熱投入できない、設計時に建物の熱負荷に見合った放熱面積を確保できないと十分な放熱量が確保できず主暖房としての用に足りないといった課題があることも示した。

第2部では、第1部の検討に基づき、特に大空間を採用した住宅の暖房時に快適な温熱環境を得るためには床暖房の適切な利用が必要と考え、温度むらの抑制のために床暖房を採用した複数の住宅を対象とした検討を行った。ここで既存住宅における床暖房システムの検討を進めていった後に、快適かつ省エネルギーな潜熱蓄熱式温水ヒートポンプ式床暖房システムを提案した。

これまでに挙げられた床暖房方式の課題を克服するため、提案システムを採用した住宅においては、放熱面積を可能な限り確保する計画とした。さらに、温熱環境快適性(室内温度変動の抑制、温度むらの抑制)の確保や、1日を通じた床温度変動が小さいことによる安定した負荷率でのヒートポンプの運転を目標とし、潜熱蓄熱材利用を採用した。潜熱蓄熱材は、同体積・同重量あたりの蓄熱量がコンクリートや水等の顕熱蓄熱材よりも大きく、温水ヒートポンプが高い効率を発揮すると想定される低温送水に適した、相変化温度30℃程度のものを床内部に配置することで、木造住宅に適した快適かつ省エネルギーな温水ヒートポンプ利用潜熱蓄熱式床暖房とした。

提案システムの実測評価については、ヒートポンプのエネルギー効率が外気温度や設定温度等によって左右されるため、長期間にわたる現場実測により検討を行った。また、実測評価結果をもとに、提案システムの運用中にもシステムの改良・運用方法等の更なる改善を行い、従来のシステムと比較し良好なエネルギー効率での運用が可能な事を示した。

このように本研究は、住宅の既往の暖房方式のみならず今後普及が予想される種類を含めその実性能を把握するとともに、その知見に基づきつつ住宅設計の多様化に対応した温熱環境形成能力を有するのみならず高い省エネルギー性能と経済性を有する、既往例のない暖房システムを開発するまでにいたった、大変充実したものである。その内容はそのまま社会に有用な知見として役立つのみならず、開発された暖房システムは住宅の温熱環境改善および省エネルギー有効に利用・応用されていくことが期待される。

以上より、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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