学位論文要旨



No 127878
著者(漢字) 土屋,直子
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ナオコ
標題(和) 鉄筋コンクリートのひび割れ周辺部における不飽和状態での水分移動に関する研究
標題(洋)
報告番号 127878
報告番号 甲27878
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7646号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 講師 北垣,亮馬
 名古屋大学 准教授 丸山,一平
内容要旨 要旨を表示する

省資源、低エネルギー社会に向け、鉄筋コンクリート構造物の長寿命化が望まれる。

そのため、既存・新規構造物の適切な耐久性の評価が必要であり、劣化要因の特性を把握することは必要である。鉄筋コンクリートの耐久性にはコンクリート中の含水率が大きく関係することが知られる。例えば中性化の進行には含水率により進行速度が異なり、鉄筋腐食には鉄筋周りの含水率により大きく腐食速度が異なる。物質の状態は、非平衡状態から平衡状態へと向かい、その過程として速度の特性が現れる。コンクリート中の水分状態も非平衡から平衡状態へ向かうわけであるが、その移動特性は空隙構造や温湿度に依存する。

鉄筋コンクリートの空隙は、セメント水和物であるセメントペーストがnmからμmといった範囲の空隙径を複雑な形状をもち、さらにこれらの細孔径より少し大きめな粗骨材や鉄筋とセメントペーストの界面に生ずる遷移帯及びボンドクラック、またμmからmmオーダーといった範囲でひび割れが存在する。

このような空隙構造を持つコンクリート中の水分移動特性の評価は、水分拡散係数やそれに含まれる平衡含水率曲線や水分特性曲線の勾配や水分伝導率などにより行われ、これらにより水分状態が予測できる。既往の研究によるこれらの物性値の取得は広範囲の空隙径を含んだ平均的な値を取り扱っている。

しかし実際の鉄筋コンクリート構造物の劣化現象は、建物全体が一様に劣化をするわけではなく、劣化が著しく進行している部分もあれば、健全である部分もある。これらの劣化進行の速度は、その局所部における温湿度状態や空隙構造の特徴によるものと考えられる。例えば、コンクリートのひび割れがどの程度鉄筋腐食に影響を及ぼすか?は未だにはっきりした答えが出ていない原因として、ひび割れや鉄筋周囲の水分状態や空隙構造などが明らかとされていないためであることが一因として挙げられることからも、広範囲の空隙径を含んだマクロでの水分移動の特性からよりミクロな視点での水分移動特性に着目して取り扱う必要がある。

一方、近年、非破壊イメージング装置として知られる中性子ラジオグラフィ装置によりコンクリート中の含水率変化を測定している研究が行われている。この手法は他のコンクリート中の含水率測定方法に比べて高空間時間解像を有すため、既往の水分移動特性値の取得方法と比べてよりミクロな視点で評価が可能であると考えられる。そこで本研究では中性子ラジオグラフィ装置を用いて空隙径がセメントペーストの細孔空隙径からひび割れの空隙といった範囲の空隙を有すコンクリートの水分移動について、よりミクロな視点で水分移動特性の評価を行った。

国内における中性子ラジオグラフィ装置のコンクリート中の水分測定への適用は、著者らの他には沼尾らにより測定がされているのみであり、コンクリート中の水分定量化を精度良く行い新たな知見を得るためには、装置適用への基礎情報の取得が必要かつ重要である。そのため、まず定量精度や定量方法の確認を行った。その結果、

(1)中性子線が試料とぶつかった際に生じる後方散乱の影響は試料とコンバータとの距離を10cm離すことで空間分布への影響をなくすことができる。

(2)中性子線がCCD素子に及ぼすホワイトスポットノイズはミニマムフィルタ処理に用いる枚数により、時間分解能の低下及び空間分解能の増加とともにノイズ処理ができる。コンクリート試料をコンバータとの距離を10cmとして測定したとき、時間分解能が8秒のときには空間精度は標準偏差として0.136であり、24秒のときには0.023、40秒のときには0.017となった。

(3)中性子線を連続照射した際に生じるコンバータの一時的な劣化現象により、測定される透過率が減少する。セメントペースト試験体の場合、12時間の連続照射では透過率が約0.05程度減少する。またコンクリート試験体の連続1時間照射では、空間解像を約0.1mmとすると透過率は平均値から約±0.02の範囲でばらつき、そのため透過率の減少はあまり見られなかった。また,空間解像能を約0.3mmの場合には,平均値から約±0.01の範囲であり,空間領域を大きくすることで解像能は下がるものの誤差は少なくなる。また1時間における透過率の時間変化における標準偏差は試料によらず0.003であった.

(4)含有水量が絶対的に多い厚さ1cm以上ペーストや4cm以上のコンクリートでは,単位体積中の水の質量である水かさ密度が増加しても差分巨視的断面積が大きく増加せず、また厚さが増すほど質量吸収係数が減少する。これらの結果より,一定厚さの試験体中の水分定量であっても,水かさ密度が0.1から0.4というように大きく変化する場合には,含水量の多さにより質量吸収係数が異なることが考えられる.

(5) コンクリート中のセメントペースト体積比率とコンクリートの質量吸収係数は直線関係を有す。

(6)各セメントペースト厚さにおける湿潤状態及び絶乾状態の質量吸収係数の差分とその厚さにおける自由水分量は線形関係を有す。そのため、水分の厚さを考慮したコンクリート中の相対含水率を定量化することが可能である。

と言う知見が得られ、コンクリート中の水分定量化手法を提案した。

これらの知見に基づき、次にコンクリート中の水分移動について実験を行い、水分移動の速度特性の知見を得た。また実験結果から水分状態を予測するための各物性値を取得した。その結果を空隙種類ごとに以下に示す。なおrは空隙径を示す。

【セメントペースト及びモルタル細孔空隙中(nm<r<μm)(空隙容積率約30~45%)】

コンクリート中の水分状態の予測モデルに用いられる水分拡散係数の取得を行った。概ね次に述べるコンクリート中の水分拡散係数と同じ傾向を有す。

【遷移帯(数10μm<r<100μm)(全空隙容積の約20%)を含むコンクリート空隙中】

粗骨材周囲に生じる遷移帯の空隙の存在により、セメントペーストやモルタルの細孔空隙に比べて局部的に水分移動が早くなり、その結果平均的な水分分布もセメントペーストやモルタルと異なる濃度分布を示し、濃度分布が比較的なだらかとなる。また遷移帯を含むコンクリートの水分拡散係数の取得を行った。水分拡散係数は温度や水セメント比による差異は少ないが時間依存性が見られた。水分拡散係数は含水率に強く依存し、水分供給前に含水率を有していない場合、拡散係数は拡散係数は含水率が約5から90%に関しては含水率の増加とともに拡散係数が10から100倍増加する傾向を示した。一方、約5%以下の含水率では拡散係数が大きくなることもあり、さらに0%に近い部分で著しく低い拡散係数が見られた。また試験体によるが含水率が90%以上の含水率で拡散係数が小さくなる傾向も見られた。また水分供給前に細孔中に水が存在すると、水分供給前に含水率を有していない場合の拡散係数と含水率の関係図を含水率側に圧縮したような形状の関係図となる。

【ひび割れ(0.01≦r≦0.05mm)】

上記までの界面張力が支配的な空隙径と異なり重力の影響が現れる。界面張力と重力が釣り合うまでの時間が10秒ほどであり、水分移動の速度がコンクリートの細孔空隙中における水分移動と比較して速い。また水分移動の駆動力となる毛管力を得た。なお、この毛管力はひび割れからその垂直方向のコンクリートへ吸水現象も含む見かけの毛管力である。コンクリートの含水率が0から60%のとき、0.05mm以下のひび割れでは0.05mmにおける見かけの毛管力を最大にして屈曲の影響により毛管力は小さくなることが示唆された。また水分移動速度式において用いられる粘性について、コンクリートのひび割れの中における水分移動速度式に適用するため、ひび割れと垂直方向への吸水があることを考慮した見かけの粘性係数を得た。この幅での水平方向及び垂直方向に差異はない。

【ひび割れ(0.1≦r≦0.3mm)】

水平方向及び重力方向でひび割れ中における水分の移動速度に差が生じ始める。また見かけの毛管力は含水率が0、60%のときには0.05mmの値より小さくなる。また見かけの粘性係数は水平方向では0.05mm幅以下の場合と比較して若干大きい程度であるが、重力方向では非常に大きくなる。また0.3mmを超えると水平方向でも重力方向と同じ程度に大きくなる。

【鉄筋周囲の付着損失領域】

鉄筋コンクリートにひび割れが生じた際などに見られる鉄筋周囲の付着損失部について、鉄筋に沿って鉄筋周囲部に一気に水分が移動すし、その後コンクリート中へ浸透する。遷移帯と同様に、マクロ視点での水分拡散係数を得た結果、付着損失領域の水分拡散係数は健全部に比べて約100~1000倍となった。またひび割れなどが無い場合にも、鉄筋下部においてブリージングの影響と考えられる他部より卓越した水分移動が観察された。

審査要旨 要旨を表示する

土屋直子氏から提出された「鉄筋コンクリートのひび割れ周辺部における不飽和状態での水分移動に関する研究」は、鉄筋コンクリート構造物の耐久性、すなわち、物理的寿命に最も影響を及ぼす鉄筋の腐食現象を支配する水分のコンクリート中への侵入に関して、その正確な予測を実施するために必要となる水分移動に関わる物性値を中性子ラジオグラフィによって導出しようとしたものである。従来、コンクリート中の水分の移動を正確に捉えることは困難であったが、世界に先駆けて、中性子ラジオグラフィがコンクリート中の水分挙動の評価に用いられ、これまでに提案された様々な物理モデルに基づく水分移動シミュレーションの検証に必要となる正確なデータが取得されており、今後、本研究で得られたコンクリートの各種条件下における水分移動データは、日本に限らず、世界各国の研究者からも参照されるものと考えられる。

本論文は7章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景・目的および論文の構成が適確に述べられている。

第2章では、本論文に関連する研究・技術の現状、すなわち、コンクリート中の水分移動に関わる物理モデルとその特性値の測定方法、コンクリートのひび割れ中の水分移動現象に関する研究の現状の整理が適確になされるとともに、コンクリート中の水分移動を左右する要因の整理が適確になされており、より正確に水分移動を評価するために、本研究で明らかにすべき内容が明確に述べられている。

第3章では、中性子ラジオグラフィによるコンクリート中の水分挙動の正確な評価に必要となる各種の測定条件が明らかにされるとともに、水分移動の定量的評価を行うための測定結果の評価方法についての検討がなされている。すなわち、散乱効果の除去方法、ノイズの処理方法、測定誤差の処理方法、水分量の定量化手順などについての検討がなされ、第4章以降で得られる実験データを評価するための基礎資料が得られている。

第4章では、水分が不飽和の状態にあるコンクリート中の詳細な水分移動現象が、空隙構造(水セメント比)、骨材の存在、含水状態、環境温度などを要因とした中性子ラジオグラフィを用いた実験によって正確に捉えられるとともに、毛細管による水分の吸収現象と水蒸気・液水の拡散現象の両者を見掛け上の水分拡散現象として捉えたうえで、簡易なシミュレーションモデルで用いられる水分の拡散係数が算出されている。

第5章では、コンクリート中への水分の主な侵入経路となるひび割れにおける水分移動現象が中性子ラジオグラフィを用いた実験によって精緻に明らかにされており、ひび割れの幅・方向・屈曲度、およびひび割れ周辺コンクリートの空隙構造(水セメント比)・含水率の影響についての定性的な知見が得られている。また、実験結果に基づいて、ひび割れにおける水分移動を予測する場合に必要な情報である、水分移動の駆動力となる毛細管張力と水分移動の抵抗に関わる粘性係数が適切に算定され、その妥当性について的確な考察がなされている。

第6章では、鉄筋コンクリート構造物で生じるひび割れのうち、鉄筋の腐食に多大な影響を及ぼすと考えられる鉄筋の軸方向に直行するひび割れを対象として、そのひび割れ近傍および鉄筋軸方向への水分移動現象が中性子ラジオグラフィを用いた実験によって明らかにされている。また、実験結果を基に、鉄筋周囲の微細なひび割れを含むコンクリート中におけるマクロな水分移動を拡散現象として捉え、引張を受けて微細ひび割れが発生した鉄筋周辺部のコンクリートにおける水分拡散係数は、健全部の10~100倍になることを明らかにしている。

第7章では、各章で得られた知見の取り纏めがなされ、本論文の結論として適確な総括がなされている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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