学位論文要旨



No 127884
著者(漢字) 張,偉栄
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,イエ
標題(和) 室内の変動温度分布性状を考慮する建物の期間空調エネルギーシミュレーション手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 127884
報告番号 甲27884
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7652号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 准教授 岩船,由美子
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、「室内の変動温度分布性状を考慮する建物の期間空調エネルギーシミュレーション手法に関する研究」と題してCFD(計算流体力学)に基づいて汎用性の高い室内の対流熱輸送に関するネットワーク解析組込み用のモデルを算出する手法を開発・検証する。この手法をエネルギーシミュレーションに組込み、室内の温度分布の不均一性を生かして快適と省エネルギーの達成を目指す室内環境設計などを対象に両者のエネルギーシミュレーションツールの開発を論じたものである。

従来、建物内の熱や物質の輸送はネットワーク化したモデルで解析されることが多い。この場合、3次元的様相を示す室内空間の状態量は、空調される室内では熱や物質がよく混合されることを仮定し、空間積分平均値などで代表され、室内の空間分布は考慮されない。近年、タスク・アンビエント空調に代表されるように室内環境に空間分布を許し、不均一な室内環境を高度に利用することが行なわれる。しかし、室内で生じる複雑な3次元輸送を空間解像の不十分なネットワークモデルで近似する手法は、必然的に多くの調整すべき経験定数を必要とし、モデルの汎用性が限られる。一方、CFD解析は、室内を空間格子で三次元分割するので、気流場、温度場の室内分布や換気効率解析に数多く利用されている。しかしながら、その計算負荷の高さゆえ、代表性のある負荷条件、室内条件が設定された数ケースの解析の実施に限られる場合が多い。CFDとネットワーク化したモデルを直接的に連成させるダイレクトカップリングでは、室内に流入、若しくは発生する熱負荷変動を伴う期間エネルギー使用量の算出も理論的には可能であるが、計算量が莫大になり、現状の計算機速度では、実務における実施は困難と考えられる。

この課題に対して、本論文ではCFD解析によって得られる気流の予測情報を活用した評価手法である室内温熱環境形成寄与率CRI (Contribution Ratio of Indoor Climate)を用い、それをネットワークモデルへ組込むことで、室内の変動温度分布性状を考慮する建物の期間空調エネルギーシミュレーション手法を提案することを目的とする。

本論文は、本章を含め全8章で構成される。

第1章では、本研究の研究背景、研究目的および論文の構成を述べる。

第2章では、建築環境工学におけるエネルギーシミュレーションについて説明する。現在ビルディングシミュレーションにおいて主に用いられるネットワークモデルとCFD解析の原理、計算方法をそれぞれ説明する。また、CFDとネットワークモデルを直接連成させるカップリングに関する既往研究をまとめ、本研究の目的と位置づけを明確に記述する。

第3章、第4章、第5章では、室内温熱環境形成寄与率CRIの拡張モデルの開発に関して説明する。

第3章では、室内温熱環境形成寄与率CRIに関する基礎理論やCRI概念の基づいた仮定を説明した上、温度、汚染質、湿気のCRIおよび放射分配係数を含めた室内環境におけるさまざまなCRIの定義と計算法をまとめて紹介する。

第4章では、室内温熱環境形成寄与率CRIを用いて自然対流が支配する室内の温熱環境を評価することを目的として、自然対流場における個々の発熱源に対し、その発熱量に対応した一様分布吸熱源を設定したCRIの計算法を提案する。一様分布吸熱源により、CRIは無限大の分布ではなく、自然対流場の個々の熱源による温度上昇、下降を表す有限な分布を与えるものとなる。この計算法に基づいて、自然対流や放射が卓越するアトリウムを対象としたCFD解析を行い、北壁の室内各点におけるCRIを算出し、CRIの時間感度の検討を行う。

第5章では、CRIに対する危惧が大きいと思われる熱輸送の線形仮定の条件、すなわち、空調制御により室内供給風量が変わる場合、VAVによる室内環境の変化を想定し、風量の変化によるCRIの変化を実験で確認する。また、風量によるCRIの変化を考慮して、基準ケースで測定されたCRIを、風量が変化した場合のpurging flow rateの変化の予測を加味して補正する方法を提案した。風量が変化する場合のCRI利用による室内のスカラー分布をより精度良く評価できることを示す。

第6章、第7章では、CRIモデルのエネルギーシミュレーションへの適用に関して説明する。

第6章では、自然対流が支配する室内の熱伝達性状を把握することを目的とし、非空調時の熱輸送性状をCFD解析により対流と放射に分離して観察する。これにより、壁体間の熱輸送における放射と対流の寄与の変化を検討する。非空調時における室内熱輸送の近似モデリング手法を提案する。そして、自然対流場における室内温熱環境形成寄与率CRIを用いて、この提案手法で算出された各壁面の対流熱量の変動に対する室温分布を計算する方法を説明する。計算フローを具体的に紹介するため、自然対流や放射が卓越するアトリウムを対象とし、本提案手法を用いて室内壁面間の熱輸送、さらに室温分布の予測を行い、本提案手法の有効性を確認する。

第7章では、期間エネルギーシミュレーションの実現を目的とし、室内温熱環境形成寄与率CRIをネットワークモデルに組込み、室温分布に起因した貫流熱量の分布と、空調の任意のセンサー位置の温度に対応した空調投入熱量を決定する手法を提案する。計算フローを具体的に紹介するため、床吹出し空調方式を適用したオフィスルームを対象とした計算手法と計算結果を示す。また、室内温度成層を利用して居住域のみの温度制御を行った場合の省エネ効果を定量化し、ネットワークモデル単体に対する本提案モデルの優位性を確認する。

第8章では、本研究のまとめ、今後の課題の汎用モデルの開発、および設備システムを含めてエネルギーシミュレーションなどについて述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「室内の変動温度分布性状を考慮する建物の期間空調エネルギーシミュレーション手法に関する研究」と題して、CFD(計算流体力学)に基づいて汎用性の高い室内の対流熱輸送に関するネットワーク解析組込み用のモデルを算出する手法を開発・検証する。この手法をエネルギーシミュレーションに組込み、室内の温度分布の不均一性を生かして快適と省エネルギーの達成を目指す室内環境設計などを対象に両者のエネルギーシミュレーションツールの開発を論じたものである。

従来、建物内の熱や物質の輸送はネットワーク化したモデルで解析されることが多い。この場合、室内の熱や物質はよく混合し、多少の3次元空間分布性状を示しても、その性状は空間平均値などで良く代表されると仮定して解析しても、この仮定による誤差は小さいものと考えられる。近年、タスク・アンビエント空調に代表されるように室内環境に空間分布を許し、不均一な室内環境を高度に利用することが行なわれる。しかし、室内で生じる複雑な3次元輸送を空間解像の不十分なノード点モデルで近似する手法は、必然的に多くの調整すべき経験定数を必要とし、モデルの汎用性が限られる。一方、CFD解析は、室内を空間格子で三次元分割するので、気流場、温度場の室内分布や換気効率解析に数多く利用されている。しかしながら、その計算負荷の高さゆえ、代表性のある負荷条件、室内条件が設定された数ケースの解析の実施に限られる場合が多い。CFDとネットワーク化したモデルを直接的に連成させるダイレクトカップリングでは、室内に流入、若しくは発生する熱負荷変動を伴う期間エネルギー使用量の算出も理論的には可能であるが、計算量が莫大になり、現状の計算機速度では、実務における実施は困難と考えられる。

この課題に対して、本研究ではCFD解析によって得られる気流の予測情報を活用した評価手法である室内温熱環境形成寄与率CRIを用い、それをネットワークモデルへ組込むことで、室内の複雑な3次元熱輸送に起因した3次元的な室温分布を考慮し、且つ実務レベルに耐えられる軽い計算負荷により利用可能な建物エネルギーシミュレーション手法の開発を行っている。

研究の第1段階である「CRIモデルの拡張」に対し、本研究は、CRIに対する危惧が大きいと思われる熱輸送の線形仮定の条件、例えば空調制御により室内供給風量が変わる場合、非空調時など室内の熱輸送が自然対流と放射熱伝達によって生じる場合などを対象として、自然対流場における個々の発熱源に対し、その発熱量に対応した一様分布吸熱源を設定したCRIの新たな計算法を提案した。また、スカラー輸送能力の固定化を線形性維持の条件として設けているCRIが、実際の状況下で流れ場の変化に対応してどの程度の感度を持って変化するのかを実験により確認した。風量が変化した場合のpurging flow rateの変化の予測を加味して補正することで、風量が変化する場合のCRI利用による室内のスカラー分布をより精度良く評価できることを示した。従来の強制対流場におけるCRIを用いた空調時におけるエネルギーシミュレーションと組み合わせることで、室内の変動温度分布および空調のON/OFF、変風量システムを考慮したエネルギーシミュレーションを実現することが可能となった。

研究の第2段階である「CRIモデルのエネルギーシミュレーションへの適用」に対し、本研究は、非空調時の熱輸送性状をCFD解析により対流と放射に分離して観察することにより、壁体間の熱輸送における放射と対流の寄与の変化を検討し、非空調時における室内熱輸送の近似モデリング手法を提案した。さらに、室内温熱環境形成寄与率CRIをネットワークモデルに組込み、室温分布に起因した貫流熱量の分布と、空調の任意のセンサー位置の温度に対応した空調投入熱量を決定する手法を提案した。計算フローを具体的に紹介するため、床吹出し空調方式を採用したオフィスルームを解析対象とし、室内に温度分布が形成される室内空間における空調負荷計算を行った。本手法の組み込み、すなわち温度分布を考慮した計算を行うことで、従来の瞬時完全混合を仮定するノード点モデルと比べ、およそ20%低い空調負荷が算出された。本手法を適用することにより、年間のエネルギーシミュレーションの精度をノード点モデルと比較して格段に向上させることが可能となる。特に、温度差分布を積極的に利用した空調方式の省エネルギー効果の定量的な把握に有効であると考えられる。

以上より、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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