学位論文要旨



No 127889
著者(漢字) 原,祐輔
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ユウスケ
標題(和) 移動時の意思決定主体の動学的特性に着目した利用権取引制度の設計とその実証
標題(洋)
報告番号 127889
報告番号 甲27889
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7657号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 羽藤,英二
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 清水,英範
 京都大学 教授 小林,潔司
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,近年導入が検討される共同利用型交通サービス(以下モビリティシェアリング)の導入可能性と効率的運用のための理論的解析と実証的分析を行った.そこではモビリティシェアリングを時間帯別/OD別利用権に分解し,その利用権市場を設計することで,社会的厚生を最大化しつつ,モビリティシェアリングの時空間OD接続性を満たすよう,運用可能であることを示した.また,実証的な分析より,モビリティシェアリングに対する利用権市場について利用者の動学的意思決定を実証的に分析し,将来意思決定がどのように形成されるのかについて明らかにした.

モビリティシェアリングとは利用者がある一代の車両を一定時間自由に運転(利用)可能となる交通サービスである.このサービスは非軌道性の公共交通サービスであり,乗り捨て可能とすることで手段補完性を取り除く性質がある.また,一台の車両を複数の利用者で利用することから一日内での効率的な運用が課題となる.

このような性質をもったモビリティシェアリングは都市空間に与える重要性として次の二点を挙げることができる.まず,都市空間や駐車スペース,車両をシェアすることによって低負荷かつ効率的な移動が実現できる点である.営業時間中動き続ける公共交通と異なり,自家用車や私有自転車は一日のうち駐車場・駐輪場に停められている時間が長く,これにより都心部という魅力的な空間の多くを駐車スペースに割く必要が生じている.二つ目は既存のライフスタイルにとらわれない新しい移動の自由の実現である.自家用車による移動はその手段補完性のために,一見自由な移動に見えて制約を課している部分も少なからず存在する.しかし,モビリティシェアリングであれば様々な交通手段を組み合わせた自由な移動を行うことが可能となる.

しかし,モビリティシェアリングには課題も存在する.一点目はモビリティの空間的偏在である.モビリティシェアリングにおいては利用者は自由にポート間の移動が行えるため,需要量(利用者数)に対して供給量(モビリティ数)は多いが,移動したいODの出発ポートに存在しないということが生じうる.サービス供給側が再配車を行うことも考えられるが,そのコストは小さくないと指摘されている.二つ目の問題は希望利用時間帯における需給のミスマッチである.一点目の問題を空間的偏在と定義したため,この問題は時間的偏在と定義することもできる.時間を無視した供給量と需要量が一致していたとしても,それらが各時間帯で接続されていなければ同様に利用者にとっては利用不可能である.

以上の問題を抱えるモビリティシェアリングでは効率的な運用を実現するためには利用者間での「時空間OD接続性」を満たす必要がある.そのためには1)前もって利用時間帯を利用者が確定していること,2)前もって利用OD(ポート間移動)を利用者が確定していること,3)移動需要とサービス供給を調整するようなメカニズムを有していることが必要となる.1),2)を満たすためには交通サービスの利用権制度(予約制度),3)を満たすためには利用権の価格メカニズムを利用する必要がある.上記の問題意識より,モビリティシェアリングの利用権取引制度に関する理論的・実証的研究を行った.

第2章では既存の交通システム,交通サービスの料金制度や料金設計に関する既往研究の整理を行った.また,本研究における分析手法としてオークション理論や利用者の動学的意思決定を表現する動学的離散選択モデルに関する既往研究の整理を行った.

第3章ではモビリティシェアリングの利用権取引制度の理論研究として,利用者が時間帯別/OD別利用権に入札を行う状況下において,モビリティシェアリングの時空間OD接続性とオークションメカニズムとして満たすべき性質である効率性(efficiency)と耐戦略性(strategy-proof)を満たす利用権オークションメカニズムの設計を行った.利用者が利用時間帯変更を行う場合・行わない場合によってVCG メカニズム下における勝者決定問題を定式化し,それぞれの解法アルゴリズムを示した.勝者決定問題とそれに伴う利用権価格計算は利用時間帯変更を行わない場合は個別車両の問題に分解可能であり,greedy な解法で勝者決定を行えるのに対し,利用時間帯変更を行う場合は個別に分解不可能であり,勝者決定問題の計算負荷が大きく異なることが示された.

第4章では,交通ネットワーク上における乗り捨て可能なモビリティシェアリングについて,利用権取引制度と対称的な予約システムとの関係性について理論的検討を行った.早い者勝ちの通常の予約システムをモビリティシェアリングに適用すると時空間OD接続性が満たされない可能性があるという問題点を指摘し,その改善のための浮動型動的予約システムを提案した.浮動型動的予約システムには各個人の利用の確実性に対する選好を表明するインセンティブが存在し,社会的厚生を通常の予約システムに比べて改善することを明らかにした.利用権取引制度と2つの予約システムを効率性と公平性の観点から比較のために数値シミュレーションを行った結果が図1である.この図より,浮動型予約システムが利用権取引制度のセカンドベストとして適用可能な準オークション型予約システムであることを示した.

第5章では,実証研究として実際に横浜都市圏において共同利用型自転車の利用権取引制度を社会実験として実装し,その際に取得されたデータを用いて,利用権取引制度下における利用者の時間的な意思決定の変化に関する分析を行った.社会実験ではプローブパーソン調査によって各利用者の2ヶ月弱の活動・交通行動データを取得するとともに,連動する形で共同利用自転車サービスの利用権オークション市場を設計した.このシステム間の関係性を図2に示す.既存の離散選択モデルは静的な選択結果しか扱えなかったのに対し,選択確率の変化や意思決定タイミングを記述可能な動学的離散選択モデルを構築した.このモデル分析により,既往研究では予見できていなかった意思決定の先延ばし行動や意思決定タイミングの重要性が示され,先延ばし行動と利用者の日々の活動行動パターンとの関係性を明らかにした.また,利用権に対する選択行動とその意思決定タイミングを同時に扱う動的離散選択モデルのパラメータ推定を行うことで,意思決定行動に与える要因を定量的に明らかにした.図3では各被験者の動学的意思決定の再現例を示しているが,これより利用権日時が近づくにつれてスケジュールの確定性が高まる情報の価値と意思決定を先延ばしすることで得られるオプション価値が先延ばし意思決定に影響を与えていることが示された.

以上のように,本論文では,モビリティシェアリングという交通サービスとその効率的な運用のための利用権取引制度を対象に,理論的なベンチマークの算出,実適用が容易な準オークション型予約システムの理論的検討,利用権取引制度下における動学的利用者意思決定の実証的な分析を行った.利用権取引制度はモビリティシェアリングの時空間OD接続性を満たすことで効率的な運用を可能とする一方で,利用者意思決定においては,通常の交通行動に関する意思決定に比べてより複雑な意思決定を求めることも実証研究より示唆された.そのため,利用権取引制度の実適用のためには,1回きりの市場ではなく,多期間の市場の存在の重要性が示唆された.この点にかんしては今後の課題としたい.

図1.数値計算による各制度の効率性と公平性の比較(右に行くほど良い性質)

図2.横浜都市圏で行った社会実験で実装されたシステム図

図3.休日利用権(左)・平日利用権(右)に対する動学的意思決定の再現例

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文は、「移動時の意思決定主体の動学的特性に着目した利用権取引制度の設計とその実証」に関する研究を行ったものである。論文は1)研究のフレームワークの提示、2)既往研究のレビューと研究の位置づけの整理、3)モビリティシェアリングの利用権取引制度の成立性に関する理論的証明と挙動解析、4)モビリティシェアリングに対する動的予約システムのアルゴリズム提案とその評価、5)利用権取引制度の実証実験の結果と意思決定の動学的特性の分析から構成される。

利用権取引制度に関する本研究はオークション研究のひとつとして考えられる。本研究ではオークション研究の端緒を切り拓いたVickely(1961)の収入同値定理を下敷き展開されるVCGメカニズムに着目し、これを援用しつつモビリティシェアリングの基本的な特徴である時空間接続に着目して、その基本的な性質について解析的な検証を加えた。その結果、設定したモビリティオークションの取引メカニズム下で、オークション参加者に利用権の選好顕示を正直に行うインセンティブが存在すること(strategy-proof)、メカニズム適用後の利用権の割り当てによって社会的余剰が最大化されること(efficient)であるこを証明している。さらに具体的な利用権の割り当て組み合わせを求めるための解法の提案を行い、厳密解アルゴリズムが組み合わせ数に対して指数時間を要するのに対して、枝刈りを行う近似アルゴリズムでは多項式時間で解を求めることが可能であることを数値計算により示した。提案したオークションメカニズムそのものは単純なものの移動の本質的な現象(ODの時空間接続)を十分に記述している。ラウンドトリップを認めるレンタカーなどとの関係性の整理は今後の課題といえるものの、提案しているアルゴリズムを援用することで、一般的なモビリティサービスのメカニズムデザインへ展開できる可能性も十分に有すると判断する。

次に本論文では、利用権取引制度に予約という概念を持ち込んだ上で、そこで生じる早い者勝ちのシステムが資源配分上非効率を生じさせることに着目し、浮動型動的予約システムの提案を行っている。展開ゲーム形式で仮予約と再予約の行動組み合わせの分析を行い、システムの社会的厚生と順序確定性指標について比較評価を行った。従前のVCGメカニズムにおける価格決定の不確実性が持つ問題に対して、利用確定性に選択性を持たせた本システムでは、単純な予約サービスと比較してシステムがパレート改善すること、オークションサービスと比べると順序確定性指標が高いことなどが示された。価格を事前に設定しなければいけないのが提案システムの大きな特徴であり、価格設計が必要な点はオークションの特徴を犠牲にしているといえようが、その反面予約順序の確定性を高めていることでシステムの許容性が高いと判断できる。したがって、現実に展開可能なシステムのアルゴリズム提案とその特徴が十分評価できているといえるだろう。

最後に、利用権取引制度を導入したシステムを横浜市において実際に適用した際の意思決定主体の時系列の行動変化データを収集し、モデル推定によって定量的な分析を行っている。動学的な意思決定の分析では、そのマルコフ性を考慮しDPとして記述される必要がある。こうした問題に対してBellman最適性原理を適用し再帰方程式として定式化することを考え、時間で変化しない変数と変化する変数を識別した上でパラメータ推定を行う方法を用いている。従前の同分野の研究でこうした構造方程式を用いた例は少なく、実証的なデータを自らフィールドで収集し、モデル推定まで行っていることの意義は少なくない。パラメータ推定の結果、スケジュールの確定性が高まる情報価値と、意思決定を先延ばしにするオプション価値が、先延ばしの意思決定に影響を与えること、時間割引き率が社会経済属性によって異なることなどを示している。こうした結果は、ここまで提案してきたシステムの成立性に対して、反応の異質性や時間安定性の問題提起をしているもので、システム改良の方向性について示唆に富んだ結果が高度な行動分析によって初めて明らかになったと判断できる。本研究の大きな成果のひとつといえよう。

現実のカーシェアリングにおけるトリップチェインの記述などに関して課題を残すものの、移動利用権のオークションに固有のメカニズムデザインについて、その基本的な考え方を示し、現実的な解法アルゴリズムを提案するととともに、実証的にシステムの挙動を確認できたことは、大きな成果といえる。車の私有という利用形態が、ITによってシェアされる時代へと大きく変わろうとする中、意思決定者の動的なメカニズムが相互に作用するその市場をどのように設計すべきか、理論的かつ実証的に取り組んだ本研究は野心的でかつ新規性のきわめて高い将来有望な研究と判断する。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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