学位論文要旨



No 127894
著者(漢字) 神尾,武史
著者(英字)
著者(カナ) カミオ,タケシ
標題(和) 複雑地形設置風車のための数値風況解析法
標題(洋)
報告番号 127894
報告番号 甲27894
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7662号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 准教授 飯田,誠
内容要旨 要旨を表示する

現代社会はこれまで化石燃料に強く依存してきたが,地球温暖化問題やエネルギーセキュリティーの観点から,化石燃料に代替して使用するエネルギーとして再生可能エネルギーへの関心が高まり,風力エネルギーをはじめとして太陽光,地熱,バイオマスなどの技術開発が活発に行われるようになった.中でも風力エネルギーは事業性などで他よりも進んでおり,大規模導入も進められている.現在,風力エネルギーの利用においては,国際電気標準会議によるガイドラインが存在する.しかし,このガイドラインは穏やかな風条件を仮定しており,複雑な地形上の風,及び高乱流風況の場合には,強度設計において適切に荷重を評価できず,結果風力発電機の故障が頻発するなど問題が多いとされている.日本は急峻な地形が多くこの問題に当てはまること,また欧州においても徐々にウインドファーム用地が内陸部に進出し始め,穏やかな風条件ばかりではなくなってきていることから,ガイドラインの改訂が求められている.

本論文では,LES大気シミュレーションコードを使用し,複雑地形における高乱流風況を対象として,風況精査に即した時間スケール解析において,1) 入力データや境界条件についてまとめとその影響を明らかにする,2) 乱流場データから乱流特性を解析し,また地形と格子解像度,解析領域の影響を明らかにする,3) 風洞試験解析と数値シミュレーションとの比較による議論,4) 数値サイトキャリブレーションによる風速評価手法の精度を示す.この4つにより,高乱流風況の数値予測の精度向上を目指す.

第2章では,数値風況解析における要件を明らかにするため,入力する地形形状データ,流入条件についてまとめ,それぞれの評価を行った.地形形状データについては,実際の複雑地形サイトに対して,水平解像度で10mと50mの数値地図データを用意し,それぞれを使用してテスト解析を行った.また,同じ数値地図で計算格子解像度を変化させた場合の影響を見ることで10m地図データの方が結果のばらつきが小さくよいという結果を得た.これにより10m地図データを使用することとした.流入条件については,特に,LES解析にとっては適切な乱流場となっていることが必要であり,乱れの与え方が重要であり,乱れを与える方法には,乱数法,乱流要素法,周期境界法などがある.しかし,本論文においては,実際の地形について,海に面しているような特定の条件については,解析内部において適度な乱れが生成されるため,特に乱れを与えず,定常流入風を用いても良い結果が得られることも示した.実際のサイト上の変動風解析については,海に面した西風,南西風ケースについては定常流入風,海に面していない北西風ケースについては周期境界条件を用いて解析を行った.この時水平格子解像度は10m,解析領域として主流水平方向に8km,それに直交する水平方向に3km,鉛直方向に2.5kmを設定した.主流速度は12m/sに設定し,レイノルズ数は10の9乗のオーダーであった.その結果では,サイトに設置されたマストによる実測データとの比較で,速度で8%,乱流強度で20%の誤差で予測することが可能であることを示した.

第3章では,先の解析により実サイトの変動風解析において観測データとよい一致を示すデータを得ていることから,このデータを用いて複雑地形における乱流特性についてスペクトル解析を用いて詳細に分析した.またこの分析から渦スケール,相関度の分布について見ることで,複雑地形における乱流場解析における格子解像度,解析領域のサイズについて言及した.マスト位置における乱流スペクトルを求め,パワースペクトル密度モデルに当てはめて分析,パワースペクトル密度モデルのパラメータを求め,示した.またこの時,渦スケールが約10mであることが求まったことから,格子解像度については10m以下の解像度が必要であると言える.次に,マスト位置の乱流スペクトルと上流方向に移動した点の乱流スペクトルからクロススペクトルを求めて,相関度を分析した結果からは,マスト位置から約2kmの地点において相関度が大きく変化することが確認された.これより,解析においてマスト位置に対して大きく影響するのは約2kmまでの範囲であり,解析領域としてマスト位置から半径2kmの範囲が重要であると言える.このように,格子解像度について10m,解析領域について2kmという目安を示した.

第4章では,数値解析において重要な基礎的議論として,風洞試験との比較を示した.まず,本研究で使用したLES大気コードMSSG-Aは本来風洞スケールでの解析は想定されていないため,最も基礎的な解析対象となる孤立峰について,風洞試験スケールにおいてレイノルズ数が10の4乗という条件でMSSG-Aで解析,風洞試験データとの比較を行った.結果比較では数値解析データと風洞試験データはよく一致しており,このことよりMSSG-Aは風洞スケールの解析においても十分な性能を持っていると判断した.次に,実際のサイトに対する風洞試験データとの比較を行った.風洞試験は,新エネルギー・産業技術総合開発機構による次世代風力発電技術研究開発(基礎・応用技術研究開発)事業の下で産業技術総合研究所で行われたものである.風洞試験ではレイノルズ数で10の4乗のオーダーで解析されたと考えられるが,数値解析においてはLESとして解析しやすくするため10の8乗のオーダーで解析を行った.この数値解析では風速について5%,速度の標準偏差について24%の誤差で風洞試験について予測を行うことができていた.

第5章では,数値風況解析の応用として数値サイトキャリブレーション技術について,実際のの3つのサイトについて数値サイトキャリブレーションを行い,その精度を示した.数値サイトキャリブレーションは風速を予測するための技術であり,ある地点から別の地点の風を予測するため,その間の補正係数を数値解析により求めるものである.係数は16方位別に求めるが,それに対して数値解析も16方向で行う方法,180方向の解析データから単純平均,重み付き平均を行う方法なども試した.重み付き平均の重みづけは,観測データを反映して,風向の出現頻度を重みとして,180方位のデータに対して重みづけし,実際の風況を考慮することで精度向上が期待される.比較的平坦な地形のサイトでは16方位計算で9.8%の誤差だったものが180方位の単純平均では8.7%,180方位の重み付き平均では8.5%と精度が向上した.複雑な地形のサイトでは16方位計算で36.7%の誤差だったものが180方位の単純平均では36.2%,180方位の重み付き平均では35.4%,また別の複雑な地形のサイトでは16方位計算で20.8%の誤差だったものが180方位の単純平均では34.4%,180方位の重み付き平均では33.0%となった.必ずしも平均化処理により精度向上となったわけではないが,最大でも36%の誤差で風速予測が可能であることを示した.

以上より,本論文ではこれまでの数値風況解析よりも短い時間スケールで解析を行った結果において,1)実際の複雑地形に対する変動風解析における,地形入力データ精度の重要性と流入条件の考え方についてまとめ,そして実際の変動風解析において速度で8%,乱流強度で20%の誤差で予測することが可能であること,2)その変動風解析の結果から乱流スペクトルの解析によりパワースペクトル密度モデルのパラメータを示し,また複雑地形における解析の要件として格子解像度について10m,解析領域について2kmという目安を示した.また,3)複雑地形を解析するための風洞試験との比較においても,風速について5%,速度の標準偏差について24%の誤差で予測することが可能であることを示した.そして,4)数値サイトキャリブレーションについて実際の地形を対象とし,最大でも36%の誤差で風速予測が可能であることを示した.最後に,5) これらの解析はLES大気シミュレーションコードを使用し,風況精査に即した時間スケールで解析したものであり,この場合における精度を示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,日本などにおいて問題とされる急峻な地形における乱流風中に設置される風力発電機の設計を目的として,実際の地形を対象とした数値解析による解析精度と,その時の解析手法,手順について論じたものである.

実際の地形を対象とし,ラージ・エディ・シミュレーションによる乱流風の数値解析の結果を示し,観測データとの比較により,乱流量について定量的に評価を行った.その結果,風力発電機の設計に対する数値解析の利用可能性を明らかにし,それらの解析手法,手順について提案している.また,風速補正を目的とする数値サイトキャリブレーションと呼ばれる応用技術の利用可能性について検討した.

第1章では国内,国外の風力発電の状況,これまでの発電量予測などにおける数値解析技術利用の状況についてまとめた.将来の課題として複雑地形における乱流風の予測の重要性を示しつつ,数値解析手法としてラージ・エディ・シミュレーションを用いた.本手法が乱流量を定量的に予測できることに着目し,設計に応用可能な解析精度の実現と,この時の解析条件を明らかにすることの必要性を論じている.

第2章では,実際の日本の複雑地形を対象として乱流風のラージ・エディ・シミュレーションを行い,解析データとの比較から解析精度を示した.乱流強度について約20%の予測精度であり,風力発電機の設計に応用できるものであるとしている.また同時に,入力する地形データの選択や,解析解像度の影響,そして境界条件についてまとめ,これらの重要性を主張している.

第3章では,第2章の数値解析結果が良い予測精度であることから,このデータが実際の状況をよく再現しているとし,このデータを元に複雑地形の乱流特性について論じている.このときパワースペクトル密度モデルのパラメータにおける渦スケールを利用し,解析解像度として10mという指標,またクロススペクトル解析による相関解析の結果より,複雑地形上における乱流の影響範囲として約2kmという指標を提言している.

第4章では,風洞実験データと数値解析の比較から,複雑地形における乱流解析について検討している.同時に,限定された境界条件である風洞実験との比較において,解析誤差は速度について約5%,速度の標準偏差について約24%であり,本論文におけるラージ・エディ・シミュレーションの妥当性とが確認されている.

第5章では,数値サイトキャリブレーションと呼ばれる風速補正を行う応用的な数値解析技術を提言している.具体的には,複雑な地形を含む3つの実際の地形を対象とした解析精度を示し,この技術の実用化に向けた検討を行っている.またこの数値サイトキャリブレーションの手法についても,従来から行われる1方位に対し1解析データのみの16方位解析手法の問題点に着目し,1方位に対して約10ケースの解析データを単純平均,または重付平均を行う180方位解析手法の提案し,その解析精度を示している.3つの地形に対する解析からは平坦な地形において約9%,複雑な地形において約36%の精度で解析が可能であるとし,実用化に向けた議論が行われた.

第6章では,本論文,特に第2章,第3章において得た知見について整理している.また数値解析における手順を1) 解析ソフトウェアの選択,2) 地形データの選択と作成,3) 解析解像度の設定,4) 解析領域の設定,5) 境界条件の設定,6) 解析の実行,7) 解析データ整理と評価,の7ステップに分けられるとし,得られた知見と各ステップの関連を説明し,解析法が論じられている.

第7章では,本論文の結論を述べている.実際の複雑地形を対象とした乱流風の数値解析について,入力データや解析条件,境界条件について整理し,ラージ・エディ・シミュレーションによる高精度な解析結果が得られた.この解析データからは複雑地形における乱流風の乱流特性についても論じられ,同時に解析解像度や解析領域の指標の提案が行われた.また,本論文における数値解析の妥当性については,風洞実験と比較する数値解析より確認されている.数値サイトキャリブレーションについては3つの地形を対象とした解析精度を示し,実用化に向けて議論されている.そして本論文において得た知見より,複雑地形における乱流風解析の要件や手順についてまとめと提案がなされた.

以上により,本論文は,複雑地形における乱流風の数値解析について,乱流量の予測精度と,この時の解析条件,手順についてまとめ,風力発電機の設計における数値解析の利用の可能性を明らかにした.また,数値サイトキャリブレーション技術にも挑戦的に応用を試み,成果を上げている.これらの研究成果は,複雑地形における風力発電機の設計に対して,大きく貢献できるものと判断した.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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