学位論文要旨



No 127898
著者(漢字) 伊藤,太久磨
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タクマ
標題(和) 歩行空間の対人文脈を考慮した搭乗型自律低速移動体の構成論
標題(洋)
報告番号 127898
報告番号 甲27898
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7666号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

現在の日本では,超高齢社会の到来に伴う様々な社会問題の一つとして,高齢者の健康維持・向上が求められている.高齢者の健康の問題というと,足腰の衰えなど肉体面での健康に注意が向けられがちであるが,精神的な健康維持の問題も重要な要素となる.高齢者の精神的な健康維持を考える上で重要となるのが閉じこもりの予防と支援であり,そのための外出や社会参加の継続が必要となる.そして,この様な高齢者の移動を助けるのが様々な移動具である.しかし,高齢ドライバの交通事故が社会問題の一つとして挙げられる様に,一般的に高齢者は老化の進行に伴って様々な移動体の操作が難しくなる.そのため,この様な高齢者の不安全運転行動による事故等を防ぐ為には,高齢者の身体的な衰えを考慮した移動具が求められる.本研究では,肉体的能力や知覚的能力の衰えた高齢者が安全に外出するためには,既存のユーザ操作による移動具では不十分であり,歩行空間を対象とした完全自律型の知能化移動体が必要であると考えた.

この様な現状に対し,本研究では高齢者の最低限の外出・社会参加の継続を実現させるために,「町内自律Door to Door」を目指すべき将来像として設定した.自宅周辺の友人宅や病院等の公共施設までの近距離の移動が達成出来たならば,ある程度の社会参加の継続が可能になると考え,搭乗型知能化移動体の自律移動機能によってこの近距離移動を実現する様な将来像を目指した.この将来像を実現するには,町内の目標地点間に存在すると考えられる歩行空間での安全な自律走行が必要不可欠であるが,この様な移動体を実現するためにはどの様な要素を検討し,どの様な技術を開発するべきか,という構成論がこれまでに整理されていない.そのため,個別の要素技術に関しては既存の移動体の延長として様々な技術開発が成されているが,それらの技術がどの様に活用されるべきか,そして一方でどの様な技術が不足しているか,という点が明らかになっていない.その結果として,本研究が目標としている様な搭乗型自律低速移動体は未だ実現していない.

本研究ではこの問題を解決するために,高齢者の外出・社会参加の継続を可能にし,精神的な健康の維持・向上を可能にする様な移動体の構成論を確立する事を目指した.

本論文は,以下に示す8つの章で構成されている.

第1章「序論」では,本研究の序論として研究の背景,目的,新規性と意義について簡単にまとめた.また,本論文の構成を説明し,本論文における幾つかの単語の定義を示した.

第2章「歩行空間での自律低速移動体の課題」では,現在の超高齢社会の状況を整理し,高齢者の健康維持のための継続的なモビリティの必要性を説明した.そして,高齢者のモビリティの現状の整理を基に,完全自律型の搭乗型低速移動体が必要である事を示した.本研究が目指す移動体の将来像について説明し,その将来像を実現するための移動体の構成論を示した.そして,その構成論と既存研究の比較から未解決問題を整理し,この問題を解決するために"歩行空間の対人文脈"という観点からの新しい自律移動のあり方を提案し,それに基づいた要素技術の実現可能性を確認するために以下の三点について本研究で実証的開発を行なう事とした.

・共存する多様な交通参加者を考慮した自律移動

・走行環境の動的特性を考慮した自律移動

・搭乗者の存在を考慮した自律移動

また,これらの課題を基に研究方針の具体化を行い,研究を実施する上で諸設定について整理した.

第3章「歩行空間での周辺交通参加者とのインタラクションの検討」では,歩行空間で共存する様々な交通参加者に対して,自律移動体がどの様に振舞う事が望ましいかについて検討を行なった.先ず,歩行空間の特性について整理し,特に歩道での自律走行について注目する事とした.そして,歩道での周辺交通参加者とのインタラクションについて整理を行い,対面交通状態での対向回避と並走状態での進路変更の予測が重要となる事を示した.そしてそれぞれのインタラクションを自律移動体が適切に実施するために,対向回避に関しては既存研究で提案されている交通モードという考え方に注目し,交通モード推定に基づくインタラクティブな対向回避機能を開発する事とした.また,進路変更の予測に関しては,周辺交通参加者のインタラクションの予測に基づいた加減速制御機能を開発する事とした.

第4章「周辺交通参加者の移動手段・移動能力等の推定に基づくインタラクティブな自律移動機能の開発」では,歩道上での対面交通状況における周辺交通参加者との対向回避を安全かつ円滑に実施するために,周辺交通参加者の交通モード推定に基づくインタラクティブな対向回避機能を開発した.単眼カメラとレーザレンジセンサを組み合わせた外界環境センシングモジュールを試作電動車いすに搭載し,two-stage JointHOG を活用した交通モード推定モジュールを構築した.そして,実験により構築したシステムのパラメタを最適化し,実際に模擬走行環境において対面交通参加者の交通モードに応じてインタラクティブに対向回避を実行する事を確認した.

第5章「周辺交通参加者のインタラクションの予測に基づくインタラクティブな速度制御の開発」では,歩道上での並走状況において周辺交通参加者が進路変更する際の周辺歩行者との接触回避を目的として,周辺交通参加者の進路変更の予測に基づく加減速制御機能を開発した.外界環境識別モジュールによって周辺交通参加者や静的構造物との位置・速度関係を把握し,周辺交通参加者の進路変更予測モジュールを構築した.そして,実験により構築したシステムの動作確認を行い,進路変更の予測に基づいた加減速制御を適切に実行する事で,周辺交通参加者に対する適度な近接度を保てる事を確認した.

第6章「自律低速移動体の搭乗者のためのHMIの開発」では,自律低速移動体の搭乗者に安心感を提供するためのHMI を開発した.自律移動体の搭乗者にとってどの様な情報提供が有益であるかを検討し,自律移動の動作予告と周辺状況の情報提示を搭乗者に伝達する事とした.小型サーボモータを用いた試作HMI を構築し,ドライビングシミュレータ実験の結果を基に各機能の主要なパラメタを決定した.そして試作HMI を試作電動車いすに実装し,実際の走行状況において搭乗者に情報を伝達出来ている事を確認した.

第7章「歩行空間での自律移動の実用化に向けた検討」では,ここまで開発してきた各要素技術を俯瞰的に整理し,本研究で開発した技術がどの様な新しい自律移動を達成したかを議論した.そして,各要素技術の統合・発展のための課題の抽出とその解決策の検討を実施した.また,マルチエージェントシミュレーションを通じて本研究で開発した要素技術の複雑な現実の歩行空間への適用可能性について確認した.さらに,歩行空間での自律移動技術の今後の展望について検討した.

第8章「結論」では,本論文を総括し,結論と今後の展望を述べた.結論をまとめると,本研究では現在の社会状況の整理から新しい移動体のあるべき姿について検討し,未解決要素技術を解決する切り口として「歩行空間の対人文脈」という考えを提案し,その考えに基づいた要素技術の実証的開発を行ない,「歩行空間の対人文脈」に基づいた自律移動技術の実現可能性を確認した.これにより,本研究ではこれまで整理されていなかった高齢者向けの歩行空間を対象とした搭乗型自律低速移動体の構成論を確立した.

審査要旨 要旨を表示する

現在の日本では,超高齢社会の到来に伴う様々な社会問題の一つとして,高齢者の健康維持・向上が求められており、病気の予防などとともに外出や社会参加の継続が必要となる。高齢者の移動を助けるのが移動具であるが、一般的に高齢者は加齢により移動体の操作が難しくなり、不安全運転行動による事故等を防ぐ為に、身体的な衰えを考慮したものが求められる。本研究では、高齢者が安全に外出するためには、既存のユーザ操作による移動具では不十分であり、歩行空間を対象とした完全自律型の知能化移動体が必要であると考え、その構成論について検討を行うものである。

本研究では高齢者の最低限の外出・社会参加の継続を実現させるために、「町内自律Door to Door」を目指すべき将来像として設定し、搭乗型知能化移動体の自律移動機能によってこの近距離移動を実現することを目指した。このような移動体を実現するためにはどのような要素を検討し、どのような技術を開発するべきか、という構成論が必要となるが、これまであまり議論されておらず、個別の要素技術に関しては様々な技術開発がなされているが,それらの技術がどの様に活用されるべきか、そして一方でどの様な技術が不足しているか、という点が明らかになっていない。

本研究ではこの問題を解決するために,高齢者の外出・社会参加の継続を可能にし,精神的な健康の維持・向上を可能にする様な移動体の構成論を確立する事を目指し、以下に示す8つの章で構成されている。

第1章「序論」では、本研究の序論として研究の背景・目的・新規性と意義について簡単にまとめた。

第2章「歩行空間での自律低速移動体の課題」では、現在の超高齢社会の状況を整理し,高齢者の健康維持のための継続的なモビリティの必要性を説明し、高齢者のモビリティの現状の整理を基に完全自律型の搭乗型低速移動体が必要である事を示した。本研究が目指す移動体の将来像について説明し,その将来像を実現するための移動体の構成論を示した。その構成論と既存研究の比較から未解決問題を整理し、この問題を解決するために"歩行空間の対人文脈"という観点からの新しい自律移動のあり方を提案した。

第3章「歩行空間での周辺交通参加者とのインタラクションの検討」では、歩行空間で共存する様々な交通参加者に対して,自律移動体がどの様に振舞う事が望ましいかについて検討を行い、歩行空間の特性について整理し、歩道での周辺交通参加者とのインタラクションについて対面交通状態での対向回避と並走状態での進路変更の予測が重要となる事を示した。

第4章「周辺交通参加者の移動手段・移動能力等の推定に基づくインタラクティブな自律移動機能の開発」では、歩道上での対面交通状況における周辺交通参加者との対向回避を安全かつ円滑に実施するために、周辺交通参加者の交通モード推定に基づくインタラクティブな対向回避機能を開発した。単眼カメラとレーザレンジセンサを組み合わせた外界環境センシングモジュールを試作電動車いすに搭載し、交通モード推定モジュールを構築し、実験により模擬走行環境において対面交通参加者の交通モードに応じてインタラクティブに対向回避を実行する事を確認した。

第5章「周辺交通参加者のインタラクションの予測に基づくインタラクティブな速度制御の開発」では、周辺交通参加者が進路変更する際の接触回避を目的として、進路変更の予測に基づく加減速制御機能を開発した。外界環境識別モジュールによって周辺交通参加者や静的構造物との位置・速度関係を把握し、周辺交通参加者の進路変更予測モジュールを構築し、実験により構築したシステムの動作確認を行い、進路変更の予測に基づいた加減速制御を適切に実行する事で周辺交通参加者に対する適度な近接度を保てることを確認した。

第6章「自律低速移動体の搭乗者のためのHMIの開発」では、自律低速移動体の搭乗者に安心感を提供するためのHMI を開発し、自律移動体の搭乗者にとってどの様な情報提供が有益であるかを検討し,自律移動の動作予告と周辺状況の情報提示を搭乗者に伝達することができた。

第7章「歩行空間での自律移動の実用化に向けた検討」では、ここまで開発してきた各要素技術を俯瞰的に整理し、本研究で開発した技術がどの様な新しい自律移動を達成したかを議論し、各要素技術の統合・発展のための課題の抽出とその解決策の検討を実施した。また、マルチエージェントシミュレーションを通じて本研究で開発した要素技術の複雑な現実の歩行空間への適用可能性について確認した。

第8章「結論」では,本論文を総括し,結論と今後の展望を述べている。以上、要するに、本研究では現在の社会状況の整理から新しい移動体のあるべき姿について検討し、未解決要素技術を解決する切り口として「歩行空間の対人文脈」という考えを提案し、それに基づいた要素技術の実証的開発を行ない、自律移動技術の実現可能性を確認した。これにより、これまで整理されていなかった高齢者向けの歩行空間を対象とした搭乗型自律低速移動体の構成論を確立したものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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