学位論文要旨



No 127899
著者(漢字) 森本,敬治
著者(英字)
著者(カナ) モリモト トシハル
標題(和) 大圧下熱間圧延による鋼板内部組織制御のための鋼板内部組織予測手法
標題(洋)
報告番号 127899
報告番号 甲27899
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7667号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 帯川,利之
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 准教授 泉,聡志
 東京農工大学 教授 桑原,利彦
 山形大学 教授 黒田,充紀
内容要旨 要旨を表示する

21世紀に入り環境負荷軽減要求が強く、薄鋼板製造時及び利用時の省エネルギーが強く望まれている。しかしながら日本における鋼板製造時のエネルギー原単位は低く、これ以上のエネルギー原単位低減は容易ではない。そこで薄鋼板の高強度化により輸送機器等を軽量化し、利用時のエネルギー原単位を低減して環境負荷低減に貢献する。従来より高強度鋼板は存在していたが、構造体に加工する際の塑性加工性が伴わず十分実用化されていなかった。鉄鋼材料を含む構造用金属材料の強度や塑性加工性に関連する機械的特性は、材料の内部構造に依存した特性である。従って薄鋼板の強度・塑性加工性を制御するためには、鋼板内部組織の制御を行わなければならない。本論文は、大圧下熱間圧延を利用した鋼板内部組織制御を適用事例としつつ、そのための鋼板内部組織予測手法についてまとめたものである。

以下のように本論文を構成した。第1章の序論では、従来の内部組織制御手法であるThermo Mechanical Controlled Processと違い、希少合金元素を使用せず短パス間時間の連続大圧下圧延で超微細粒鋼板を創製する大圧下熱間圧延法を説明する。また再結晶の繰り返しや熱間連続圧延によるひずみの累積とパス間でのひずみの回復を考慮できる、転位密度を状態変数とする増分形再結晶解析を説明する。 第2章は増分形再結晶・変態解析とオロワン圧延理論解析と差分温度解析により連成理論解析モデルを構成することで、熱間薄板連続圧延と線材圧延における内部組織の予測精度を検証した。差分温度解析は被圧延材と圧延ロールの間にスケール層を想定することが特徴である。通常熱間圧延時の内部組織予測精度は良好であったが、大圧下熱間圧延時の内部組織予測精度が低かった。その理由としてフェライト変態が粒界核生成モデルに基づくためであろうと推定した。第3章では、粒内核生成モデルに基いた転位セル組織からのフェライト変態を考慮することで、大圧下熱間圧延により超微細粒鋼の生成が予測できることを示した。同時にオロワン圧延理論の非対称圧延への拡張と、熱間圧縮試験機と後方散乱電子解析を用いた再結晶率測定により、重要な材料定数の1つであるオーステナイト低温域での熱間再結晶速度の見直しを行った。ついで、異方性の予測に研究を進め、変形および変態集合組織の予測手法を第4章で提案した。大圧下熱間圧延による鋼板の集合組織を予測するため、オロワン圧延理論から計算したひずみ・スピンを用い、アサロモデルと組み合わせテイラー変形集合組織予測手法を構築。熱間圧延中の結晶の滑り変形に必要な臨界せん断応力を、圧延負荷・内部組織を一貫して解析できる連成理論解析モデルから導出する特徴を持つ。更に予測したオーステナイト変形集合組織からクルジモフ‐ザックス関係によりフェライト変態集合組織まで予測する手法を提案する。第5章では再結晶集合組織の予測手法を提案した。前章で予測した圧延変形集合組織予測手法から結晶方位滑り変形履歴情報を引き続くことで冷間焼鈍集合組織と熱延焼鈍集合組織を精度良く予測する手法を開発した。臨界せん断応力は、実測した圧延負荷データからオロワン圧延理論を使って相当応力へ換算し、一定値のテイラーファクターで除して算出するものである。第6章では深絞り性の指数であるランクフォード値とヤング率とリジング量を前章で予測した結晶方位から予測した結果を示した。金属内部組織から機械的特性・塑性加工性を予測する研究はまだ完成されておらず今後の課題である。第7章は結言である。大圧下熱間圧延は大圧下冷間圧延と同様、残留転位密度が大きくなり転位セルができる現象であり、残留転位密度からのフェライト粒径予測式や熱間での転位セル生成条件を提示した。大圧下熱間圧延で製造されている鋼板は、IF鋼から高炭素鋼まで多品種に渡り、通常熱間圧延材より塑性加工性が向上し、環境負荷低減要求に応えている。

第2章(加工中内部組織変化、変態による内部組織変化)から変形集合組織(第4章)、再結晶集合組織(第5章)へとつながる一貫した予測手法を、実生産されている大圧下熱間圧延について可能としたのは、世界初の試みであり成果でもある。

審査要旨 要旨を表示する

輸送用機器等に広く利用されている薄鋼板は,その製造時および利用時の環境負荷低減への要求を強く受けている。薄鋼板の利用時の環境負荷を低減するためには、軽量化を可能とするための高強度化が必須であるが、同時に、薄鋼板を構造体に加工する際の塑性加工性を良好に保つ必要性がある。鉄鋼材料を含む構造用金属材料の強度や、塑性加工性に関連する機械的特性は、材料の内部構造に依存した特性である。従って、薄鋼板の強度・塑性加工性を制御するためには、内部組織の制御を行わねばならない。従来の内部組織の制御は、合金組成の制御(例えばNb等のマイクロアロイ元素の添加)と加工熱処理条件の制御を組み合わせて行われる。1970年代に始まるTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)は各種高強度鋼板の製造プロセスとして発展しており、世界最高水準にある我が国薄鋼板製造技術の基盤となってきた。一方で、合金組成の制御への依存を出来るだけ省き、その代わりに加工条件の制御によって内部組織制御を行うおうとする研究がここ10年程度盛んに行われている。これを工業的に実現するためには、加工条件つまり多パス加工における加工量、温度、速度の配分を、数理モデルであらかじめ予測しておく必要がある。

本論文は、大圧下熱間圧延を利用した鋼板内部組織制御を適用事例としつつ、そのための鋼板内部組織予測手法についてまとめたものである。大圧下熱間圧延による薄鋼板の製造は、今世紀初頭に世界に先駆けて我が国で実用化された。大圧下熱間圧延による薄鋼板の製造の意義や製造条件探索のための予測手法の重要性、さらに高強度鋼板への社会的要求等の背景について、第1章の序論としてまとめた。さらに序論には、通常薄鋼板製造に適用される従来の内部組織予測手法がまとめられている。第2章は従来の予測手法による大圧下熱間圧延後の鋼板内部組織の予測結果である。ここまでの予測手法では、大圧下された鋼板に特有の、高い残留転位密度を持つ組織からの加速変態に伴う細粒組織(粒径2~3ミクロン)生成の予測精度に問題があることが明らかになったので、第3章では、大圧下熱間圧延後の転位セル組織からの変態を考慮した解析を新たに実施し、細粒鋼の生成が予測できることを示した。ついで、内部組織により支配される鋼板の機械的特性の予測に研究を進めた。第4章では変形および変態集合組織の予測手法を提案し、第5章では再結晶集合組織の予測手法を提案した。第6章では、代表的な成形性である深絞り性に影響するr値や、リジング性等の予測結果を示した。

第2章、第3章(加工中内部組織変化、変態による内部組織変化)から変形集合組織(第4章)、再結晶集合組織(第5章)さらに成形性予測(第6章)へとつながる一貫した予測手法を実生産薄鋼板製造に適用できる形で実現したのは本論文が世界初であり、このことで、大圧下熱間圧延による薄鋼板製造条件の探索が可能となったことは、工業的に意義あるものと評価できる。さらに、この予測技術を利用して数値実験した結果より、変態時の粒内核生成と粒界核生成を分け隔てる転位密度が求められたこと、実験での観察が不可能である変態集合組織生成メカニズムの類推が可能となったこと、等の工学的な新たな知見が得られている。以上を要するに本論文は、数理モデルを援用した高度な薄鋼板製造への道を拓きつつ、新たな薄鋼板製造に関わる新たな工学的知見をももたらしたものとして、高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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