学位論文要旨



No 127900
著者(漢字) 焼野,藍子
著者(英字)
著者(カナ) ヤケノ,アイコ
標題(和) 摩擦抵抗低減制御下の壁乱流準秩序構造の力学機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 127900
報告番号 甲27900
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7668号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

エネルギー資源制約を受ける21 世紀の地球環境時代を迎え,省エネルギー技術の開発は極めて重要である.航空機などの輸送機器における流体力学的摩擦抵抗は,運航時の消費エネルギーの半分以上になるため,乱流制御による摩擦抵抗低減技術への期待は大きい.時空間周期性を有する制御入力によるプレデターミンド制御は,一般に高い摩擦抵抗低減率を得られることが知られている.特にスパン方向壁振動制御は,スパン方向に壁面を時間周期振動させることで,顕著な摩擦低減が得られることが知られている.しかし,実用化には投入エネルギーを抑えつつ正味のエネルギー利得を向上させることが重要である.そうした技術目標を達成するには,制御下でレイノルズ応力の低減を生み出す壁近傍の準秩序構造の変化の詳細に関する知識が必要である.従来,スパン方向壁振動制御下の乱流場を対象として,乱流統計量を用いて壁乱流の自立機構の変化を摩擦低減の主たる原因とする推測がなされて来た.しかしながら,実際に自立機構を司る流体安定性や乱流制御下での縦渦構造の変化を具体的に解析した研究例は無い.

本論文ではまず,非制御時において,基本流としてポアズイユ流と乱流の平均速度分布をおいた流れ場の過渡安定性解析を行った.その結果,最大過渡成長率は,スパン方向波長が比較的短いモードは乱流平均速度分布の方が高いが,比較的長いモードはポアズイユ流の方が高いことを示した.次に基本流に乱流平均速度分布をおき,さらに乱流粘性による線形近似を施すと,最大過渡成長率は,スパン方向波長がおよそλz+ = 100 付近と,λz / h = 4.0 付近において,二つの極大値が確認された(図1参照).これらのスケールは,平行平板間流れの直接数値計算で見られる内層構造(ストリーク構造) のスケールと,チャネル幅規模の外層構造(大規模構造) のスケールに一致している.この事実は,ストリーク構造と大規模構造の形成にエネルギー過渡成長過程と類似の過程が関与している可能性を示唆している.

次に,ポアズイユ流にストークス層が重畳する場では,エネルギー過渡成長率は顕著に増加する.従って,ポアズイユ流にストークス層を加えることは,流体力学的安定性を増すことに繋がらないことを示した.一方,基本流に乱流平均速度分布を設定し,攪乱方程式に乱流粘性近似を施した場合は,ターゲット時間に依存して,過渡成長率の変化の様子が変わる.前述の内層スケールモードはτ+ > 30 ではいずれの制御周期でも最大過渡成長率は減少する(τ+ = 60 付近で,T+ = 50 では50%,T+ = 250では5%減少,図2参照).しかし外層スケールモードはτ+ > 200 でT+ = 50 では減少し,T+ = 250 では初期位相によって発散する場合がある(図3参照).これらの結果から,ストリーク構造と大規模構造の生成はスパン方向壁振動により影響を受ける可能性が示唆される.しかしながら,直接数値計算で見られる摩擦抵抗低減と攪乱の過渡成長率の低減の間に,関係性を見いだすことは出来ていない.

次に,直接数値シミュレーションを用いて,壁振動の有無による乱流統計量の位相変化を調べた.レイノルズ応力の四象限解析の結果,いずれの制御周期においても摩擦抵抗低減の主な原因はレイノルズ応力のQ2イベントの低減であることが明らかとなった.一方,長い制御周期で摩擦抵抗低減が抑制される主な原因は,レイノルズ応力のQ4イベントの増加である.このとき,Q4イベントだけでなくQ1イベントとQ3イベントの増加もみられるが,Q4イベントの増加が卓越するため,結果的にレイノルズ応力が増加し,摩擦抵抗低減が抑制される.比較的強い渦運動を保持する縦渦構造の条件付き抽出を行い,制御下の渦構造とその周りの乱流統計量の変化を観察した結果,Q2イベントが顕著に弱まる位相,さらにQ4イベントが顕著に強まる位相が見られ,四象限解析でのレイノルズ応力のQ2イベントの低減とQ4イベントの増加の原因と考えられる.条件付き抽出された縦渦構造周りで,Q2イベントが顕著に弱まる位相は,スパン方向制御速度が渦の回転方向と対向する位相と一致する.この時,縦渦構造周りのu"の低速領域が弱まり,Q2イベントが弱まると考えられる.一方,抽出された縦渦構造周りで,Q4イベントが顕著に強まる位相では,縦渦構造のスパン方向傾き角度も大きく,縦渦構造の生成維持に寄与する構造内部のエネルギー再分配の値も大きくなる.すなわち,これらの現象の間には力学的因果関係が存在すると考えられる.

以上,スパン方向壁振動制御下で,従来議論されて来たレイノルズ応力の低減を生み出す構造変化の詳細を,平行平板間乱流速度分布の過渡安定性解析,およびシミュレーションデータから条件付き抽出される縦渦構造の観察を通じて考察した.これらの結果は,一般に,壁乱流の自立維持機構を担うストリークの安定化,縦渦構造の発生の抑制が,顕著な摩擦抵抗低減を可能とする有力な制御法と成り得ることを示唆している.

図 1 平行平板間乱流速度分布の過渡安定性解析による最高エネルギー成長率の分布(左はReτ = 150, 右はReτ = 500)

図 2 ストリーク構造に相当する波長モードのストークス層重畳下の最高過渡成長率(λx+ = 無限大, λz+ = 100)

図 3 ストリーク構造に相当する波長モードのストークス層重畳下の最高過渡成長率(λx+ = 無限大, λz+ = 600)

図 4 条件付き抽出した縦渦構造とその周りのレイノルズ応力Q2とQ4イベントのコンター (T+ = 250)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「摩擦抵抗低減制御下の壁乱流準秩序構造の力学機構に関する研究」と題し,5章より成っている.

省エネルギーや環境負荷軽減の観点から,摩擦抵抗低減,伝熱促進,騒音低減などを目指した乱流の高効率で自在な制御技術への要請が高まっている.工学上対象となる流れ場の多くは壁面に沿うせん断乱流であり,優れた制御を達成するには,壁面近傍の縦渦構造に適切な作用を施すことが有効であることが,近年の研究で明らかにされている.一方,様々な乱流制御法の中で,壁面の横幅(スパン)方向の周期振動が,顕著な抵抗低減効果を達成することが知られている.比較的単純な制御則ではあるものの,抵抗低減機構には未解明の部分が多く,最適化,実用化に向けてさらに詳細な解析が必要である.本論文では,基本的な壁面乱流のひとつとして二次元チャネル乱流を取り上げ,線形安定解析のひとつである過渡安定解析,そして直接数値シミュレーションと条件付き抽出法を通じて,制御下の乱流準秩序構造の力学機構に対して新たな知見を得ることを試みたものである.

第一章は序論であり,従来の関連研究を概観している.特に,壁面に沿う乱流の維持に主たる役割を果たすとされる準秩序構造の自立的な維持機構について,現在の知識をまとめている.また,自立機構の中の撹乱の増幅過程に対し,流れの安定性の観点から,ポアズイユ流の線形安定性あるいは過渡的安定性について行われた従来の理論的な研究を紹介している.さらに,本論文の解析対象とする,スパン方向壁面振動による乱流摩擦抵抗低減に関する研究をまとめ,最適な周期や振幅についての知見をまとめている.その上で,模擬的な乱流場に対する過渡応答解析と,直接数値シミュレーション(DNS)データの条件付き抽出法から,力学機構の詳細を論ずるとしている.

第二章では,壁面の周期振動を伴うチャネル乱流場の解析の詳細を示している.チャネル内の層流と発達乱流に相当するせん断流の速度分布において撹乱の時間的増幅率を調べる過渡安定解析について,さらに基礎方程式と固有モード分解による数値計算スキームについて触れている.

第三章では,過渡安定解析による結果を示し,その物理的な示唆を探っている.まず,非制御下のポアズイユ流と乱流の各速度分布形状を有する層流において,スパン方向波長の大小によって攪乱の過渡成長率に差があることを明らかにしている.さらに,乱流速度分布と渦粘性を仮定した場合においては,発達乱流の内層ストリーク構造(λx+=1000, λz+=100)と外層大スケール構造(λx/δ=∞, λz/δ =4)に対応する二つの攪乱モードにおいて,過渡成長率が極大値を取る事実を明らかにしている.乱流速度分布の形状が,こうした二つの典型的な攪乱モードに対して特異な増幅率を与えることは,流体力学的に重要な指摘である.さらに,スパン方向壁面振動によりストークス層が重畳する場合には,ポアズイユ層流では増幅率は増大する傾向にあり流れの安定化に向かわないこと,一方,乱流速度分布では内層構造に対応するモードの増幅率は減少し,外層構造に対応するモードは振動周期によって増減する場合があることなどが示されている.しかし,これらの解析結果は,次章で論じられる摩擦低減をもたらす最適振動周期などと,一貫した整合関係にはないとしている.

第四章では,DNSと条件付き抽出法による解析結果を示している.まず,制御下における基礎的な統計量を求めている.解析は,平均,位相平均,乱れの3成分分解に基づいている.その結果,乱れ成分から生じるレイノルズ応力が最大となる位置に存在する縦渦構造は,その秩序構造をある程度維持しているものの,制御によるより大きな時間スケールの位相変動の影響を受けていることを指摘している.

次に,縦渦構造の条件付き抽出の結果から,抵抗低減に伴う二つの主要な構造変化を指摘している.第一に,どの振動周期においても,縦渦構造周りでレイノルズ応力を生じる運動モードである(低速流体の壁から離れる)Q2イベントが,縦渦構造の傾き角度の変化に伴って変形を受け,ある特定の位相で顕著に減衰することである.第二に,比較的長い振動周期において,もうひとつの応力生成の運動である(高速流体の壁に近づく)Q4イベントが強化され,結果として抵抗低減率が低下すること,それは縦渦構造の傾き角度,内部の圧力ひずみ相関に基づくエネルギー再分配過程の変化と関係していることを指摘している.そして,これらの二つの相反する効果が重畳することから,最適な制御周期が決定されるとしている.

第五章は結論であり,本論文で得られた主要な成果をまとめている.第一に,チャネル流の過渡安定解析において,ポアズイユ型層流にスパン方向壁振動を与えることは流れの安定性に寄与しないこと,渦粘性を有する乱流型の速度分布においては内外層特有の二種の乱流構造に対応すると考えられる攪乱モードの増幅率が顕著であること,さらに壁振動によって有意な影響を受けるものの,その事実を壁振動による摩擦抵抗低減機構に直接関係づけることは難しいことを指摘している.第二に,壁振動制御によって壁近傍の渦構造の傾き角度,変形度,渦内部のエネルギー再分配機構などが影響を受け,レイノルズ応力のQ2,Q4イベントの有意な増減が生じ,乱流摩擦抵抗の増減,ひいては最適条件が決定されると結んでいる.

以上,本論文では,壁面の横方向の周期的振動によって,壁面せん断流の安定性や乱流特有の渦構造がどのような変化を生じるかに焦点を当て,理論解析,数値シミュレーション行い,新たな知見を得たものである.これらは,乱流制御法の最適化,実用化に向けて有用であり,乱流工学および熱流体工学の発展に寄与するものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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