学位論文要旨



No 127901
著者(漢字) 崔,復圭
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ボッギュ
標題(和) 高効率発電及び大容量電力貯蔵が可能な燃料電池・蓄電池の開発
標題(洋) Development of Fuel Cell/Battery System for Highly-Efficient Power Generation and High-Capacity Energy Storage
報告番号 127901
報告番号 甲27901
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7669号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 准教授 菊地,隆司
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言

燃料電池と二次電池は両者共に化学電池の一種で、二つの電極と電解質で構成されている。しかし、燃料電池は二次電池に比べ、2桁大きいエネルギー密度を持つが、出力密度が1桁小さいという特徴を持つ。このような燃料電池と二次電池の特徴の違いは、エネルギー供給法と電極構造の違いによる。燃料電池では外部から燃料及び酸化剤が連続的に供給できるので、エネルギー密度が高いが、二次電池ではエネルギーを蓄える量が電極量により制限されてしまい、エネルギー密度が小さい。一方、反応場をみると、二次電池は活物質と電解質との二相界面で電気化学反応が起こるが、燃料電池では電極、電解質およびガスの三相界面でしか反応が進まない。(出力)=(反応速度)×(界面積)であるから、燃料電池は界面積が2~3桁小さいため出力密度が二次電池に対して非常に小さくなる。そこで、燃料電池の利用には出力を大きくするために白金触媒を用いて反応速度を上げ、かつセルを集積化して大型スタックとしているが、高価なものとなるとともに、過電圧が大きくなり発電効率が40%程度となっている。上記のように二次電池は、出力密度は大きいがエネルギー密度が小さい、燃料電池は、エネルギー密度は大きいが出力密度が小さいという相反する特徴を持つ。

そこで本研究では、燃料電池のアノード、カソードに水素および酸素をそれぞれ保持させれば、燃料電池のエネルギー密度で、二次電池並の出力密度を持つエネルギー変換システムができると考え、これを燃料電池・蓄電池(Fuel Cell/Battery: FCB)と名付けて開発を行った。Figs. 1と2に燃料電池・蓄電池の原理図を示す。このようにセルを構成することによって、燃料電池反応が、気固反応と電池反応の固液反応に反応分割されており、すべての反応は気固および固液の二相界面で起こるため、二次電池並の出力密度を持つことが可能となる。以下、FCBシステムの開発における研究内容を纏めた。

第2章 水素吸蔵合金を用いたFCBのアノードの開発

FCBシステムを実現する為にアノードでは水素貯脱蔵能、電気化学的な水素酸化還元能の両機能を持つ必要がある。その電極材料として水素吸蔵合金に着目した。水素吸蔵合金は水素貯脱蔵能(式1)だけではなくニッケル水素二次電池のアノードとして用いられる等、電気化学的な水素酸化還元能(式2)も有していることが知られている。

水素貯脱蔵反応:M + 1/2H2 〓 MH (1)

水素酸化還元反応:MH + 1/2OH- 〓 M + 1/2H2O + 1/2e- (2)

そこで、本研究ではLaNi5系水素吸蔵合金をFCBシステムのアノードとして用い、上記の特性を調べた。実験は水素吸蔵合金が入った反応器に水素ガスを初期圧力0.3、0.5 MPaで導入し、水素ガス充電を行った。充電後6 M KOH水溶液において放電実験を行い、液-固における放電特性を測定した。その結果、水素吸蔵合金に水素ガスを初期圧力0.3及び0.5 MPaで水素ガスを供給することで、理論容量の7割を2分間吸蔵させることができ、高速ガス充電が可能であることが分かった(Fig. 3)。また、ガス充電による貯蔵電力はほぼ全て放電できることが分かった。この結果から、水素吸蔵合金はFCBシステムのアノードとして適していることが分かった。

第3章 Ni(OH)2/MnO2電極を用いたFCBのカソードの開発

本章ではニッケル水素二次電池に燃料電池の機能を加えることにより、電極量により制限される理論容量以上の高容量を持つFCBシステムの開発を行った。そのために、既存のカソードの活物質である水酸化ニッケル(Ni(OH)2)の一部を、酸素還元反応性を有する二酸化マンガン(MnO2)に置換したカソードを用いた。実験は、過充電により発生する気体が貯蔵できるように実験セルの構造設計・製作を行い、そのセルを用いてカソード規制セルを作製、過充電実験を行った。その結果をFig. 4に示す。過充電より発生した酸素はカソードの構成物質の一つであるMnO2の燃料電池反応により還元されることができ、二次電池として作用した場合と比べて放電容量が約2倍向上したことが確認された。しかし、二次電池の活物質としてβ型のNi(OH)2は過充電するとカソードの体積が2倍ほど膨張するため、過充電/放電時の反応が不安定であることや電極劣化等の問題点も見出された。

第4章 Alをドーピングしたα-Ni(OH)2の電気化学特性

カソードの水酸化ニッケル(Ni(OH)2)の性能向上を目的とし、Alをドープしたα-Ni(OH)2のインターカレーションを制御することで、放電容量の向上を図るとともに、安定な充放電を可能とする方法について検討した。共沈法によりAl-doped α-Ni(OH)2を作製し、Alを20%添加したものが最も高い放電容量を示し、焼成によりそのサイクル特性が向上することを確認した。また、導電物質にCoを用いない場合において、充放電によりα-Ni(OH)2中のAlが電解液中に溶出することで、放電容量が低下するという問題点を抽出し、その解決策として電解溶液中にAlを添加することを試みた。その結果、電解溶液中に少量のAlイオン(50 μg/ml)を加えることでα-Ni(OH)2内にAlO2-がインターカレートし、α-Ni(OH)2構造を補修,安定化し、サイクル特性が向上されることを確認した。

第5章 α-Ni(OH)2を用いたNiMH型FCBの電気化学特性

第3章でNiMH-based FCBの問題点として挙げられた過充電によるカソードの体積変化から起こる高分子ヒドロゲル電解質と電極の接触不良を解決するために、化学的な方法として過充電しても体積変化が起こらないAl-doped α-Ni(OH)2をカソードの活物質として導入し、FCBシステムの評価を行った。α-Ni(OH)2電極の充放電曲線を見ると乱れはほぼなく、安定した反応が起こっていることが確認された。これは高分子ヒドロゲル電解質との反応が安定しているからだと考えられる。また、β-Ni(OH)2電極のFCB実験結果(第3章)と同様に過充電度の増加と共に放電容量も増加し、1.3 Vと0.8 Vの二つの作動電圧も確認された。この結果から、α-Ni(OH)2をカソードに用いることにより、過充電時に発生する体積変化を抑制し、電極の劣化を防げることが確認できた。

第6章 MnO2を用いたFCBのカソードの開発

二酸化マンガン(MnO2)1電子反応時は安定な電気化学的な酸化還元反応を有する(式3)、1電子反応後に生成されるMnOOHは酸素ガスにより化学的に酸化される(式4)、酸素還元触媒として使用できる(式3と4より)等の特徴を有し、FCBシステムのカソードとして利用できることが考えられる。

γ-MnO2 + H2O + e- 〓 MnOOH + OH- (3)

MnOOH + 1/4O2 → MnO2 + 1/2H2O (4)

そこで、本章ではFCBシステムのカソードとしてMnO2を用いて電気化学的な酸化還元反応及び酸素ガス供給による充電(化学的充電)等の特性を調べた。その結果、MnO2電極は1電子反応では安定な充放電サイクル特性を示したが、2電子反応では放電容量及び作動電位の低下が見られた。充放電サイクル実験後に行ったX線回折測定結果から、2電子反応を行った電極からはMn3O4の生成が確認された。Mn3O4は不活性な物質で、電極反応で抵抗として働く。したがって、MnO2は1電子反応(式3)時において安定なサイクル特性を持つといえる。次に1電子放電を行ったMnO2電極に酸素ガスを供給し、その際の電位挙動を調べた。その結果をFig. 5に示す。Fig. 5(a) を見ると、放電後、生成されたオキシ水酸化マンガン(MnOOH)に酸素ガスを供給すると、放電を休止した電極電位は1時間の酸素供給で-0.19 Vまで回復し(式4)、酸素遮断した後40分間の放電ができた(理論容量の約13%が充電)。また、Fig. 5(b)を見ると、生成されたMnOOHに放電を維持したまま酸素を一時間供給した場合(燃料電池のカソード反応)の電極電位は-0.26 Vまで回復し、酸素遮断後20分間の放電ができた(理論容量の約7%の充電)。以上の結果から、FCBシステムのカソードとして、安定的な充放電反応及び、酸素ガスにより再充電ができるMnO2が適していることが分かった。

第7章 ファイバー状MnO2電極の開発及び電気化学特性

第6章で使用した電極は活物質と導電助剤との接触が悪く、放電において過電圧の原因となる。そこで本章では、集電体として電子伝導性を有するカーボンファイバーを用いて表面に電解析出法でMnO2を析出させ、ファイバー状MnO2電極を作製し、電極構造で生じる過電圧を減らすことを考えた。ファイバー状MnO2電極は0.66 M MnSO4と0.34 M H2SO4の電解液でカーボンファイバー表面にMnO2を析出させて作製した。電解液の温度は85 °C、電流密度は10 mA dm-2、電解析出時間は1、2、3、4時間の条件で、4つのサンプルを作製した。

Fig. 6に電解析出後に作製されたファイバー状MnO2電極のSEM画像を示す。10 mA dm-2の電流密度で1時間電析を行った電極の表面には(Fig. 6(a))、カーボンファイバー表面に粒径2-4 μmのMnO2の二次粒子が析出する。電析時間を2時間以上にすると、カーボンファイバー表面がMnO2で覆われ、そのファイバーの直径は9(b)、11(c)、14 μm(d)と電析時間と共に増加することが分かった。Fig. 7にファイバー状MnO2電極と市販のEMDで作製したペースト状電極の放電特性を示す。電析時間が2時間以下のファイバー状電極はペースト状の電極に比べて作動電位及び放電容量が向上することが分かった。これは、析出したMnO2層が薄く、活物質と導電体との接触が向上したためであると考えられる。

第8、9章 今後の課題と結論

総じて、本研究では燃料電池と二次電池を一つのデバイスに一体化した新規の電池、FCBシステムの開発を行った。以上の結果からFCBシステムはアノードとしては水素吸蔵合金(MH)、カソードとしてはMnO2を用いることによって構築することができる。このシステムは基本構造として大出力化が可能で従来にはない高い効率を持つ燃料電池、大容量化が可能な二次電池の両機能を有し、(1)電池と同等の高出力密度、(2)燃料電池と同等の高エネルギー密度、(3)高発電効率、(4)電気充電と共に急速ガス充電が可能、(5)低コスト化、小型化、耐久性向上が可能等の特徴を持つ。

Fig. 1 Concept of fuel cell/battery system

Fig. 2 Cell configuration of fuel cell/battery system

Fig. 3 Time profiles of absorbed H2 and corresponding charge amount system

Fig. 4 Potential behaviors of single cell test with different SOCs (SOC: State of Charge)

Fig. 5 Potential behaviors of EMD: (a) charge by O2 gas, (b) discharge under O2

Fig. 6 SEM for MnO2 electrodeposition on the carbon fibers at a current density of 0.01 A dm-2 over (a) 1, (b) 2, (c) 3 and (d) 4 h

Fig. 7 Discharge curves of pasted EMD and MnO2 electrodes electrodeposited on carbon fibers for 1, 2, 3 and 4 hours

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Development of Fuel Cell/Battery System for Highly-Efficient Power Generation and High-Capacity Energy Storage(高効率発電及び大容量電力貯蔵が可能な燃料電池・蓄電池の開発)」と題し、燃料電池のアノード、カソードに水素および酸素をそれぞれ保持させ、燃料電池のエネルギー密度で、二次電池並の出力密度を持つエネルギー変換システムができると考え、これを燃料電池・蓄電池(Fuel Cell/Battery: FCB)と名付けて開発を行ったものである。本論文の構成は9章から成っている。

第1章は序論であり、燃料電池はエネルギー密度が大きいが、電気化学反応が三相界面で起きるため出力密度が小さいという問題があるのに対して、FCBシステムは、アノードの水素還元と電気化学的酸化およびカソードでの酸素による酸化と電気化学的還元がすべて二相界面で起こるため、出力密度が二次電池並という特徴があることが述べられている。

第2章では、LaNi5系水素吸蔵合金をFCBシステムのアノードとして用い、水素ガス充電および放電特性を調べた。その結果、水素吸蔵合金は高速ガス充電が可能であるとともに全て放電できることが明らかにしている。

第3章では、既存のニッケル水素二次電池のカソード活物質である水酸化ニッケル(Ni(OH)2)の一部を、酸素還元反応を有する二酸化マンガン(MnO2)に置換したカソードを用いたFCBシステムの特性を、過充電により発生する気体が貯蔵できるように実験セルを用いてカソード規制での過充電実験を行って確認している。過充電より発生した酸素はカソードの構成物質の一つであるMnO2の燃料電池反応により還元されることができ、二次電池として作用した場合と比べて放電容量が約2倍向上したことが述べられている。しかし、過充電・過放電時の反応が不安定であることや電極劣化等の問題点も指摘している。

第4章では、カソードの水酸化ニッケル(Ni(OH)2)の性能向上を目的とし、α-Ni(OH)2にAlをドープしインターカレーション制御することで、放電容量の向上を図るとともに、安定な充放電を可能とする方法について検討している。共沈法によりAl-doped α-Ni(OH)2を作製し、Alを20%添加したものが最も高い放電容量を示し、焼成によりそのサイクル特性が向上することを確認している。また、導電物質にCoを用いない場合において、充放電によりα-Ni(OH)2中のAlが電解液中に溶出することで、放電容量が低下するという問題点を抽出し、その解決策として電解溶液中にAlを添加することを試みている。その結果、電解溶液中に少量のAlイオンを加えることでα-Ni(OH)2内にAlO2-がインターカレートし、α-Ni(OH)2構造を補修,安定化し、サイクル特性が向上されることを確認している。

第5章では、過充電によるカソードの体積変化から起こる高分子ヒドロゲル電解質とカソードの接触不良の問題を解決するために、過充電しても体積変化が起こらないAlをドープしたα-Ni(OH)2をカソードの活物質として導入し、安定な充放電反応が可能で電極の劣化を防ぐことができることを確認している。

第6章では、FCBシステムのカソードとしてMnO2を用いて電気化学的な酸化還元反応及び酸素ガス供給による充電(化学的充電)等の特性を調べ、2電子反応では不活性なMn3O4が生成し放電容量及び作動電位の低下が見られたが、1電子反応では安定な充放電サイクル特性を示し、酸素ガスによっても再充電ができることを見いだしている。

第7章では、MnO2電極の過電圧の低減を図るため、カーボンファイバーの表面に電解析出法でMnO2を析出させたファイバー状MnO2電極構造を提案している。電解析出条件を制御することによって、従来のペースト状電極に比べて作動電位及び放電容量を向上することを確認している。

第8章、9章には、それぞれ今後の課題と結論が述べられている。本研究では、アノードに水素吸蔵合金(MH)、カソードにMnO2を用いることで、電池と同等の高出力密度、燃料電池と同等の高エネルギー密度、高い発電効率、電気充電と共に急速ガス充電が可能等の特徴を持つFCBシステムを構築できることを示した。

以上に示すように、本論文は、高効率発電及び大容量電力貯蔵が可能な燃料電池・蓄電池(FCBシステム)の開発を行ったもので、ここで得られた知見は、エネルギーを高度に有効利用するエネルギー変換システム開発に資するものであり、機械工学およびエネルギー工学に大きな貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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