学位論文要旨



No 127902
著者(漢字) 多喜川,良
著者(英字)
著者(カナ) タキガワ,リョウ
標題(和) 金マイクロバンプを用いた低温接合による光素子のハイブリッド集積に関する研究
標題(洋)
報告番号 127902
報告番号 甲27902
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7670号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 日暮,栄治
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 金,範埈
内容要旨 要旨を表示する

集積回路(IC)やマイクロエレクトロメカニカルシステムズ(MEMS)など幅広く利用されるシリコン(Si)プラットフォーム上に機能ごとに優れた異種材料光素子を高精度表面実装し、パッシブアライメントにより光素子間を接続させていくハイブリッド集積技術は次世代の多機能・高集積光デバイスの実現に向けて有効な手法である。従来、半導体レーザダイオードなどの光素子の表面実装には機械的特性に優れた金錫(AuSn)共晶はんだ接合法が利用される。しかしながら高温プロセス(接合温度:300 ℃程度)であるため、1)光素子に熱応力が発生2)熱膨張係数が大きく異なる材料同士の接合が困難3)耐熱性の低いポリマーなどの材料の集積化が困難であるといった課題があった。近年、このAuSn共晶はんだ接合の課題を克服する新しい接合技術として、大気中でも酸化せず、電極としても利用できる金(Au)に着目した表面活性化接合法を利用した大気中低温接合技術の研究が行われている。Au薄膜を介することでSi基板上に半導体レーザ素子の大気中低温接合(接合温度:150 ℃)が報告されている。しかしながら、高速光変調器や波長変換素子のみならず、表面弾性波デバイスとしても利用されるニオブ酸リチウム(LiNbO3)といった材料は、Siと熱膨張係数が大きく異なるため、さらなる低温接合技術が要求される。表面活性化接合法の場合、Siウエハなどの極めて平滑な表面同士(表面粗さRa: 1 nm以下)の接合では無加圧での接合が可能であることが報告されているが、金属薄膜ではこのような平滑性が望めないため、2つの表面を原子レベルで密着させることは容易ではない。このような場合、薄膜表面の凹凸を変形させ、接触面積を増やすためには、大荷重が必要となる。しかしながら、光素子実装において大荷重は素子劣化につながるため、低荷重接合が求められる。低荷重で塑性変形しやすいバンプ形状のAuを利用することが有効なアプローチの一つである。そこで本論文では、次世代のハイブリッド集積型光システムに向けて、アルゴン(Ar)高周波減圧プラズマによる表面活性化接合法というアプローチからAuマイクロバンプを利用した大気中低温接合技術によりSi基板上に異種材料光素子(半導体レーザダイオードチップ、LiNbO3光変調器チップ)のハイブリッド集積化を目的とした。

第2章では、電子ビーム(EB)蒸着で成膜(膜厚:2.5 μm)後パターニングすることより作製したAuマイクロバンプ(高さ:2 μm, 直径:5 μm)を利用し、表面活性化接合法による大気中低温接合技術によりSi基板上に半導体レーザダイオードチップのハイブリッド集積化を検討した。従来のAuバンプはめっき法により作製されており、表面粗さが非常に大きくなってしまうた(表面粗さRa: 100 nm以上)め、平滑な接合面が要求される表面活性化接合法には望ましくない。また、バンプの高さにもばらつきが生じてしまうため、接合不良を起こしてしまうといった課題がある。そこで、表面粗さを抑えるため、数十μmの膜厚のめっき膜ではなく、EB蒸着により数μm膜厚のAuを、フォトリソグラフィーによりパターニング後、Arガスによるドライエッチングにより、Auマイクロバンプを形成させた。蒸着膜であるため、バンプの高さにばらつきが小さく、バンプの高さも低いため、接合時による大変形による実装精度の低下も抑えられることが期待できる。まず、高温プロセスである従来のAuSn共晶はんだ接合でSi基板上に、半導体レーザダイオードチップを実装し、素子のL-I-V特性の評価を行った。結果として、複数回の加熱プロセスを行った場合、熱膨張係数差から生じる残留応力により素子劣化を引き起こしてしてしまうことが分かった。次に、塑性変形しやすい構造であるAuマイクロバンプを用いた場合とAu薄膜同士の接合を行い、ダイシェア試験による接合強度測定を行ったところ、低温・低荷重化が図られ、Si基板上に半導体レーザ素子の大気中常温接合で、MIL規格を超える非常に強固な接合強度が得られた。接合前後で素子のL-I-V特性(CW駆動)の評価を行ったところ大きな変化は見られなった。

第3章では、熱膨張係数が大きく異なる材料同士であるLiNbO3/Siハイブリッド構造をAuマイクロバンプを用いた表面活性化接合技術により実現する。LiNbO3(Z-cut)チップをSi基板上に大気中低温接合(接合温度:100 ℃、加圧:300 MPa)を行った。引張り試験の結果、約70 MPaの接合強度が得られた。引張り試験後の破断面観察の結果、基板上のAuマイクロバンプの上にチップ側のAu薄膜の一部が移着されていることが確認できた。これは、Au/Au接合界面では、十分な接合強度が得られていることを示していると考えられる。接合温度を150 ℃まで上げて接合を行ったところ、チップにクラックが発生した。熱膨張係数の大きな違いにより、加熱時に強い応力が接合界面に生じるためと考えられる。それゆえ100 ℃以下の低温接合が必要不可欠である。また、同じ条件で常温接合も成功し、約15 MPaの強固な接合強度が確認された。また、バルク形状のみならず、膜形状での集積化に向けて転写手法についても検討した。サポートLiNbO3上に仮接着したLiNbO3を研磨により、薄片化(厚さ:5 μm)し、マイクロマシニングプロセスが施されたSi基板上に接合後、ウエットプロセスで接着層を溶解させサポートLiNbO3を剥離することで、基板上へのLiNbO3膜転写を行った。薄膜形状での集積化のためには、従来の高温プロセスの接合技術では困難であるこことがわかった。本転写手法はヘテロエピタシャル成長などの薄膜堆積法では困難であるマイクロマシニングプロセスが施されたSi基板上への集積化にも有効であると期待できる。

第4章では、Si基板上におけるLiNbO3光デバイスのパッシブアライメント実装と光素子間の低損失接続を検討する。Auマイクロバンプを用いた大気中低温接合(接合温度: 100 ℃)により、光ファイバ固定用V溝が形成されたSi基板上へ、Ti拡散によるシングルモードの光導波路が形成されたLiNbO3光導波路チップの高精度表面実装を行った。 引張り試験の結果、MIL規格を大きく超える非常に強固な接合強度が得られた。LiNbO3チップとSi基板の低温接合(接合温度: 100 ℃)を行い、基板水平方向の実装精度の測定を行ったところ、± 1.0 μm程度であったのに対し、SiチップとSi基板の実装精度は、± 0.7 μm程度となった。すなわち、熱膨張係数差がある異種材料同士の場合、実装精度の低下が生じてしまうことを示しており、特にLiNbO3/Siのような熱膨張係数が大きく異なる材料の組み合わせの場合は低温接合が有効であることがわかる。一方、Auマイクロバンプの変形による基板垂直方向の実装精度を評価した結果、±0.2 μm程度であった。V溝上に光ファイバ(シングルモード)を固定し、パッシブアライメントによりLiNbO3光導波路との接続を行った。実装時に発生した位置ずれによる接続損失は約0.5 dBとなった。基板水平・垂直方向ともに± 1.0 μm程度の高精度実装が得られたことにより低損失接続を実現した。

第5章では、Auマイクロバンプを用いた大気中低温接合技術により、Si基板上にLiNbO3光変調器チップのハイブリッド集積化を行うとともに、Si基板上での光変調特性について検討した。高い比誘電率を有するSi基板がLiNbO3共振型高速光変調器に近づくと変調周波数が低周波数側にシフトしてしまう。そこで、基板の影響を防ぐため、エアーギャップ構造の集積化を提案した。低温接合技術とSiマイクロマシンニング技術を融合することでこの構造の集積化に成功し、Siの影響を受けないLiNbO3光変調器を実現した。

本論文では、Auマイクロバンプを用いた大気中低温接合技術(接合温度: < 100 ℃)の光素子実装への応用として有効であることを示し、Si基板上に半導体レーザダイオードチップ、LiNbO3高速光変調器チップのハイブリッド集積化を実現した。以上より、

(1)光素子に大きな熱応力を加わらないため、複数回の接合プロセによる3次元光マイクロシステムへの応用

(2)熱膨張係数が異なる材料(LiNbO3、ガーネットなど)のハイブリッド集積化

(3)金属を介した接合であるため、Si側に電気配線を形成することができるため、異種材料光素子とSi-LSIとの融合

(4)耐熱性の低い材料(ポリマーなど)との集積化が可能となる。高温プロセスである接合技術と比べ、集積できる材料や集積構造の自由度が広がるため、従来にないSiベースの多機能・高集積デバイスの実現が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

半導体デバイスは、微細化の極限の追究により(More Moore)、高速化、省電力化、低コスト化を同時に進めることができ、コンピュータをはじめさまざまな分野の発展に寄与してきた。一方、CMOS (Complementary Metal Oxide Semiconductor)トランジスタ動作原理の微細化限界が近づき、高集積化・微細化だけではなく、多様なデバイス機能の実現が求められ(More than Moore)、それらを実現するための集積技術開発の重要性が増している。本論文は、「金マイクロバンプを用いた低温接合による光素子のハイブリッド集積に関する研究」と題し、シリコン(Si)プラットフォーム上に、機能(発光や変調など)ごとに優れた異種材料光素子を低温ハイブリッド集積する技術について論じており、全6章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成が述べられている。Siプラットフォーム上に異種機能を集積化するために、低温接合技術の重要性を論じている。本論文では、金(Au)マイクロバンプ(直径: 5 μm、高さ:2 μm)を用いた表面活性化低温接合技術を開発し、これによりヒ化ガリウム(GaAs)およびリン化インジウム (InP)系半導体レーザ、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)光変調器のハイブリッド集積化を実証することを目的とした。

第2章は、「半導体レーザダイオードチップの大気中常温接合」と題し、Auマイクロバンプを利用したGaAsおよびInP系半導体レーザチップのSi基板上への大気中常温接合技術に関し論じている。Au薄膜どうしの接合と比較を行い、種々の接合条件下で接合された界面の機械的強度の比較検討がなされ、Auマイクロバンプを用いた提案手法が有効であることを示している。接合前後のレーザダイオードチップの光出力-電流-電圧特性から、接合によるチップの劣化についても検討を行い、ダメージを与えない接合条件を実験的に導出している。

第3章は、「ニオブ酸リチウム-シリコンハイブリッド構造の実現」と題し、Siと熱膨張係数が約一桁異なるLiNbO3の大気中低温接合について論じている。接合後のマイクロバンプの塑性変形の観察や引張試験後の破断面の観察から、Auマイクロバンプを適用することにより、Au薄膜どうしの接合と比べて、接合強度が大幅に改善することが示されている。さらに、強い光閉じ込め効果および導波路への電界集中効果が期待できるLiNbO3薄膜構造(厚さ:5 μm)をSi基板上に常温でフリップチップ転写することにも成功している。LiNbO3薄膜構造は、低膨張材料基板と接合することにより、温度変化による伸縮の抑制が期待できることが有限要素法解析から示されている。

第4章は、「ニオブ酸リチウム光導波路チップのパッシブアライメント実装」と題し、LiNbO3光導波路チップのSi基板上での高精度実装法について論じている。アライメントマークを用いたビジュアルインデックスアライメント法とAuマイクロバンプを用いた大気中低温接合技術により、LiNbO3光導波路チップをSi基板上に、水平方向および垂直方向それぞれ±1 μm、±0.2 μm程度で高精度実装可能であることが示されている。光ファイバ固定用V溝付きSi基板上にLiNbO3光導波路チップをハイブリッド集積し、シングルモード光ファイバとのパッシブアライメントを行った結果、アクティブアライメントと比較して過剰損失約0.5 dBと低接続損失を実証している。

第5章は、「ニオブ酸リチウム高速光変調器のハイブリッド集積化」と題し、LiNbO3光変調器をSi基板上にハイブリッド集積した際の変調特性について論じている。LiNbO3光変調器がSi基板に近接した場合の変調特性に与える影響を有限要素法による電磁界解析を行って調べることにより、10 GHz共振型LiNbO3光変調器の共振周波数が低周波数側にシフトしてしまうことを導出し、これを解決するためにエアギャップを集積した構造を提案、実験によりその有用性を実証している。

第6章は、総括であり、各章の主要な成果をまとめ、本論文の結論および将来展望について述べている。

以上、本論文は、低温・高精度・大気中などの接合技術に対する要求を満足する、Auマイクロバンプを用いた表面活性化接合技術(~100 ℃)を提案・実証し、実際にGaAsおよびInP系半導体レーザ、LiNbO3チップおよびLiNbO3薄膜をSi基板上へ低温集積可能であることを検証するとともに、LiNbO3光導波路チップのパッシブアライメントおよびエアギャップ構造LiNbO3高速光変調器を実現し、シングルモード光ファイバとの低接続損失、高速変調(10 GHz)をSiプラットフォーム上で実証している。このように将来の異種機能集積デバイスの創成に役立つ成果が得られており、光エレクトロニクス分野および実装分野を含む精密工学の学術分野に大きく貢献している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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