学位論文要旨



No 127914
著者(漢字) 合田,隆
著者(英字)
著者(カナ) ゴウダ,タカシ
標題(和) 二酸化炭素地中貯留の安全な実施のための大域的最適化アプローチの構築
標題(洋)
報告番号 127914
報告番号 甲27914
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7682号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,光三
 東京大学 教授 伊庭,斉志
 東京大学 准教授 増田,昌敬
 東京大学 准教授 松島,潤
 東京大学 准教授 村上,進亮
内容要旨 要旨を表示する

二酸化炭素(CO2)の過剰排出に対する実効的な抑制策として,CO2回収・貯留技術(CCS, Carbon dioxide Capture & Storage)が注目されており,深部塩水層や枯渇油・ガス田といった堆積盆地へのCO2貯留は世界各地で実証試験が稼動または計画されている.今後2050年までに3000以上の大規模なCO2地中貯留プロジェクトを実施する必要があるとの予測があり,長期安定性の確保を目的とした最適な貯留システムの早期確立が必要不可欠である.CO2地中貯留には油・ガス田開発で培われた多くの技術を転用できるものの,経済的なインセンティブは期待できないため,これまでとは異なる,より効率的なアプローチが要求される.本研究では,CO2地中貯留の安全な実施に向けた工学的アプローチの構築を目的として,圧入したCO2を地層内で安全に留めるための坑井配置の最適化と,地層の不均質性を少数のパラメータで効率的に推定するヒストリー・マッチングに取り組んだ.

流動シミュレータにはTOUGH2/ECO2Nを用いた.地下環境における流動現象の観点から,孔隙中でCO2が不動化される残留ガストラッピングは貯留信頼性に重要な貢献を果たすと言われており,本研究においてもこのメカニズムをシミュレーション上で再現できるよう,Landのモデルに従ってImbibition過程の相対浸透率を計算するような改良を加えた.また,地層内におけるCO2の存在形態を可動,不動,溶解に分類し,それぞれの形態のCO2の質量を計算する機能を追加することによって,貯留信頼性に関する定量的な評価を可能にした.さらに,実際の地質構造を簡便にモデリングするためのグリッド・システム構築手法を確立し,実用に資する統合的なシミュレーション・ツールを開発した.

本研究で取り組む問題はいずれも大域的最適化問題として定式化できるが,最小化または最大化する目的関数の値は流動シミュレーションを用いて評価されるため,要する時間の制約を受けて,関数評価回数は十分に大きくできない.この問題に対応するため,数値積分や大域的感度分析などに用いられるラテン超方格サンプリングの構成法に着想を得て,新規大域的最適化手法「繰り返しラテン超方格法」を開発した.目的関数の各入力変数に対して最適解が存在すると期待される区間ほどサンプル点の間隔が小さくなるような順位付けに基づく確率モデルを導入し,ラテン超方格サンプリングを繰り返し用いながら,各入力変数に対する確率モデルを逐次更新していく,という手順によって有界な高次元空間内の大域的最適解を探索する多点探索法である.この手法に必要な制御パラメータは繰り返し1回あたりに用いるサンプル数と確率モデルに要する指数の2つだけである.

まず,性質が異なる多数のベンチマーク関数を用いた性能評価によって,問題の次元に応じた適切な制御パラメータの設定についての指針を得た.次に,その設定に基づいて様々な次元の問題に適用した結果と他の多点探索法であるNelder-Mead法,粒子群最適化法,差分進化法を用いて計算した結果を比較し,本手法の工学的な有効性を検証した.さらに,CO2圧入坑井配置の最適化に適用するため,離散変数を含む混合変数関数の大域的最適化手法に拡張した.拡張のために用いた方法では,同じ繰り返しのステップにおいて同一の目的関数値を取るサンプルが複数存在し得るため,各サンプルの順位をどのように与えるかが問題となる.そこで,幾つかの順位付けの方法を考え,ベンチマーク関数を用いた性能比較によって適切な方法を選定した.

以上のように改良を加えた流動シミュレータと開発した大域的最適化手法を用いて,CO2圧入坑井配置の最適化と,不均質性を効率的に推定するヒストリー・マッチングに取り組んだ.まず前者では,貯留信頼性の高いCO2地中貯留を実施するための方策として,坑井配置を適切に決定することで,キャップロックの遮蔽性に依らない残留ガストラッピングと溶解トラッピングによって地層内に留まるCO2の質量を最大化する問題として定式化した.圧入レートが固定されている時に,圧入坑井の数を1本から3本まで変えて,各坑井の位置と圧入レートの割合を同時に最適化するような計算を繰り返しラテン超方格法によって試行した.1坑井の場合には,事前に全ての解の候補に対してシミュレーションを実行し,それによって得られた解析解に一致するまで最適化計算を実行した.その結果,独立した多数の試行全てで候補数より大幅に少ない関数評価回数で解析解と一致する結果が得られた.2坑井の場合,最小化された目的関数の値についてはどの試行でも類似しており,工学的な区別がつけられなかったが,坑井配置の最適解は異なる2つの分類に大別されるような配置となった.3坑井の場合には,どの試行でも目的関数の値,坑井配置ともに類似した解が得られた.どの坑井数の問題でも少ない関数評価回数で最適化したが,油層工学固有の近似的手法が算出する解との比較によって,得られた最適解が良好であることが確認された.

ヒストリー・マッチングについては,観測データと流動シミュレーションによって評価される結果のずれを最小化する問題として定式化し,最適化するパラメータの探索には繰り返しラテン超方格法を用いた.多くの坑井を掘削できないCO2地中貯留では,事前に浸透率や孔隙率などの不均質性について情報を得ることは困難である.したがって,CO2を圧入してから得られる坑底圧やCO2の広がりなどの観測データに合うように,ヒストリー・マッチングを行って推定することになる.離散化された全てのグリッドの値を推定しようとすると,パラメータ数がグリッド数と等しくなるため,数千や数万といった極めて高次元の最適化問題を扱うことになる.これを回避するために,少ないパラメータ数で不均質な分布を近似できるような基底関数の線形和を用いた次元削減法を提案した.油層工学の分野における多くの文献では,事前に不均質な分布が推定されていることを前提としているが,本研究で提案するアプローチではその必要はない.基底関数としては正規直交基底をなすルジャンドル多項式,コサイン関数,Walsh関数の3つを取り上げた.

グリッド数よりも少ない数のパラメータで分布を近似することの妥当性を検証するため,次のような数値計算例を示した.不均質な分布が既知であると仮定して、それをグリッド数と同じ数のWalsh関数で分解し,その中から対応する係数の絶対値が大きい順に部分集合を取り出して分布を復元する.このようにして復元される分布が元の分布に近ければよいことになる.実際に地球統計学的手法を用いてランダムに発生させた分布を分解・復元すると,少ない基底関数の線形和でも元の分布に類似した分布が得られることが定量的に確認された.また,分布に大きな影響を及ぼす基底関数は主に次数ないし交差数が少ないものであった.

グリッド数の異なるモデルを用いて擬似観測データを作成し,それにマッチングするような浸透率の不均質性を推定した.次数あるいは交差数の少ない基底関数をあらかじめ抽出し,それらの線形和に表れる各係数を最適化するパラメータとして,シミュレーション結果が観測データと一致するように繰り返しラテン超方格法を用いて計算した.観測データには圧入井と観測井における圧力変化と観測井へのCO2到達日時を考慮した.不均質性が異なる幾つかのモデルで擬似観測データを作成して,3つの次元削減法でヒストリー・マッチングを試みたが,どの試行についても観測データと良く一致するようなシミュレーション結果が得られた.この計算例では,グリッド数1024に対して,不均質性の推定に用いたパラメータ数は25と十分に少なく,効率的にヒストリー・マッチングができたと言える.

最後に,新潟県南長岡の岩野原実証試験サイトで実施されたCO2地中貯留プロジェクトで得られた地質モデルと,圧力・CO2到達日時の観測データを用いて,実際のヒストリー・マッチングを試みた.ここで用いるモデルでは1回のシミュレーション実行に要する時間が数分から数十分であるが,GPU(Graphics Processing Unit)を用いた数値シミュレーションの高速化と多点探索における関数評価を並列に実行できる環境の整備を行うことによって,数日程度という現実的な時間でのヒストリー・マッチングが可能になった.

浸透率の不均質性のみ推定する問題,浸透率と孔隙率の不均質性を併せて推定する問題,浸透率の不均質性と岩石圧縮率や相対浸透率に関わる他のパラメータを併せて推定する問題の3つを取り扱い,いずれの場合にも本研究で構築したアプローチが有効であることが示された.観測井で囲まれた領域内における浸透率の不均質性は,どの次元削減法を用いても傾向の類似した分布が得られた.一方,孔隙率の不均質性まで併せてヒストリー・マッチングを図っても,観測データとのずれは改善されなかったことから,あまり重要なパラメータではないと考えられる.また,不均質性以外のパラメータを考慮した場合に,最も当てはまりの良い結果が得られた.各問題で最適化するパラメータ数は25,50,45と異なるが,関数評価回数はこの個数に比例するように設定しており,問題の次元に応じて関数評価回数を大幅に増加させなくても良好な解が得られることが分かった.

審査要旨 要旨を表示する

二酸化炭素地中貯留は、地球温暖化の主要因と考えられている二酸化炭素の大気中過剰排出に対する実効的な対応策として期待されている。過度に多数の坑井を掘削することなしに、二酸化炭素地中貯留を安全に実施するためには、情報が少ない不確実性下で最適な操業を遂行するための手法が不可欠であり、その技術開発が喫緊の課題として認識されているところである。

当該博士論文は地下環境における二酸化炭素の流動現象の観点から、二酸化炭素地中貯留技術を最適化するための工学的アプローチ構築を目的とし、具体的には

1)流動シミュレータの改良

2)簡易的な流動モデリング

3)二酸化炭素圧入坑井配置の最適化

4)ヒストリー・マッチングによる未知パラメータの推定

に関する研究成果を纏めたものである。

本論文ではオープン・ソースの流動シミュレータTOUGH2/ECO2Nを用いており、まず項目1)では以後の課題解決に必要な機能、即ち、多相流動に見られる相対浸透率のヒステリシス効果、二酸化炭素存在形態の可動・不動・溶解への定量的分類、ならびに柔軟なグリッドシステム構築などが追加されている。一方で、計算に膨大な時間を要する流動シミュレーションに対峙するアプローチとして、項目2)の簡易的流動モデリングにも取り組み、状況に応じた解析手法の多様化を可能としている。

項目3)4)は共に大域的最適化問題である。実際の貯留層を対象として最適化するには流動シミュレーションを用いて計算される値を最小化ないし最大化することになる。この場合、最適解を探索するためのシミュレーション実行回数は要する時間の制約を受けるため、無制限に設定することはできない。当該論文ではそこで、ラテン超方格法の構成法に着想を得た新規大域的最適化手法、即ち、繰り返しラテン超方格法を開発し、多数のベンチマーク関数を用いた数値実験ならびに他手法との性能比較によって、工学的な有用性が明らかにされている。

開発された最適化手法を用いて項目3)4)に取り組み、3)では、キャップロックの遮蔽性に依らないメカニズムによりトラップされる二酸化炭素量を最大化し、貯留信頼性・安全性を向上させるという目的で坑井位置と各坑井の圧入量割合の最適解を求めることに成功している。油層工学固有の近似的手法が算出する解との比較によっても本手法の優位性が示されている。

浸透率のように地層内で不均質な分布を有する物性は、把握が難しく不確実性が高い一方、二酸化炭素の流れに大きく影響する。したがって、限られた観測データと整合的な分布を推定することは重要な課題として認識されている。項目4)では、不均質な分布を効率的に推定するための次元削減法として、正規直交基底をなすルジャンドル多項式、コサイン関数、Walsh関数が取り上げられている。次数あるいは交差数の少ない基底関数をあらかじめ抽出し、それらの線形和に表れる各係数がパラメータとして選ばれている。シミュレーション結果が観測データと一致するように繰り返しラテン超方格法を用いた計算を実施し、3つの次元削減法で良好かつ効率的なヒストリー・マッチング結果が示されている。

更に、新潟県南長岡の岩野原実証試験サイトで実施された二酸化炭素地中貯留プロジェクトで得られた地質モデルと、圧力・二酸化炭素到達日時の観測データを用いて、実データに対するヒストリー・マッチングが試みられている。次元削減に加えて、GPU(Graphics Processing Unit)を用いた数値シミュレーションの高速化と多点探索における関数評価を並列に実行できる環境整備を行うことによって、数日程度という現実的な時間でのヒストリー・マッチングを可能とした。浸透率・孔隙率・相対浸透率に関わるパラメータ等を併せて推定する問題を取り扱い、当該論文で構築したアプローチが有効であることが示されている。

論文審査会においては、上記のような研究成果と今後の研究展開について論文提出者より説明があり、その後審査委員よりその内容についての諮問が行われた。当該論文では大きく分けて、大域的最適化手法の開発と二酸化炭素地中貯留の安全な実施に資するための実際的問題への応用の2点が議論されている。前者の開発手法に関して、実際的問題への応用を念頭に置いた場合の繰り返し数の適切な設定方法、ならびに更新履歴の活用について質疑応答があった。また,後半の応用では,より大規模貯留層モデルを用いた長期観測データを想定した場合の提案手法の拡張性・適用可能性についての議論があった。何れの質疑に対しても、妥当な回答ならびに今後の発展的研究指針が論文提出者より適切に示された。また、当該論文には、新規性・有用性・外部発表実績が十分に備わっていることも確認された。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク