学位論文要旨



No 127916
著者(漢字) 村山,敏夫
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,トシオ
標題(和) 高周波電磁界有限要素解析のための効率的反復解法
標題(洋) Efficient Iterative Solvers for Full-wave Electromagnetic Finite Element Analyses
報告番号 127916
報告番号 甲27916
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7684号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 中島,研吾
 東京大学 准教授 出町,和之
 東京大学 准教授 村山,英晶
内容要旨 要旨を表示する

高周波電磁界解析は近年の電子機器の小型・高速化に伴い多くの分野で研究され,EMC(Electromagnetic Compatibility)やAP(Antenna Propagation)等の現象の理解に広く利用されている.特に,微細構造をモデル化し正確に挙動を得るためには辺要素を用いた有限要素法が広く用いられている.辺要素有限要素法は電磁界の接線連続性を要素境界で保持するために考案されたものであるが,Maxwellの方程式を離散化する場合に核空間を持つため,その部分空間に属する解ベクトルの収束性が極端に悪く,解析を困難にしていることが知られている.それに対し反復解法の収束性を向上させる手法として従来から不完全Cholesky分解や対角スケーリングなどの前処理手法が提案され一定の効果を上げているが,詳細モデルや大規模モデルではまだ収束性の向上に課題が残されている.

本研究ではまず,電磁界における電界・磁界の接線連続性という性質を保存したまま離散表現が可能である辺要素を用いた有限要素法の定式化について,構造メッシュおよび非構造メッシュ双方を用いて定式化を行い,解析領域境界には電磁波の反射を抑えるための吸収境界条件(Perfectly Matched Layer)を導入した.さらに,これまでに研究されてきた前処理手法について調査し,よく用いられている不完全Cholesky前処理や近年多くの研究が報告されているマルチグリッド前処理についてその特徴と,電磁界解析に応用した場合の課題について説明した.

続いて本研究では,これらの課題を解決するために高周波電磁界解析を辺要素で離散定式化した支配方程式の数理的特性を固有値の分布をもとに研究し,収束性を悪化させる原因の究明とそれに対する有効な前処理手法の開発を目指した.離散化された高周波電磁界解析方程式は原点付近に固有値が集中する部分とその他の部分に分布が分かれ,周波数に比例して原点付近の固有値の値が変動する.この原点付近の固有値が行列の条件数を悪化させている最大の原因であることを解明した.さらに,集中的にこの固有値に対応するための前処理手法を検討した.その際,近年普及しているマルチコア計算機環境に有効な並列性を備えた前処理となるように構成し,並列化効率の良いオーダリングスキームを提案した.

この研究で,Maxwellの方程式から導かれる離散三次元Helmholtz方程式の解空間をCurl Free部分空間とDivergence Free部分空間に直和分解してそれぞれの固有値の特徴から,Curl Free部分が解析周波数に比例して変化し,周波数が低くなるほど条件数を悪化させること,長波長誤差成分が収束性悪化の主要な原因であることを解明した.そこでCurl Free部分空間を集中的に対応した前処理手法である重畳マルチグリッド前処理手法を提案し,Poisson方程式の固有値分布と条件数変化に関する数値実験によりその有効性を確認することができた.さらに図1に示す節点パッチをもとに,並列性を維持しながら長波長成分の改善に対応できるように改良した交互方向乗法Schwarz前処理手法(図2)を提案した.この手法は,メモリ効率に優れ,マルチカラーオーダリング(図3)により個々の部分ブロックを干渉せずにThread safeな並列前処理が可能であるように構築されている.数値検証のためにCOCG法及びCOCR法ソルバの前処理としてプログラムを作成した.

これらの新規アルゴリズムについて,多線路クロストークや表面電流問題といった複雑な物理現象を含む詳細構造を持つ解析対象について数値実験によりその有効性を確認した.その結果200MHz~1GHzの広大域において図4のような数百万自由度を超える解析対象で従来手法である不完全Cholesky法に比較して解析時間,収束反復回数のいずれにおいても5~10倍以上の性能向上が得られた.さらに,有限要素法の性質として,メッシュのアスペクト比が大きくなると収束特性が劣化することが知られているが,実際の高周波電磁界解析でこの現象を確認するとともに,本提案手法ではこのような悪条件でも収束特性が低下することなく,安定して収束することを確認している.

またこの前処理手法の特徴として,反復解法前に各部分ブロックをLU分解する必要がある(Setup time).この部分は非常に時間がかかる部分であるが,並列処理により全体の解析時間への影響がほとんどない程度で処理ができる.また他の特徴として節点パッチの組み合わせ方に自由度があり,解析プラットフォームの使用可能メモリ量やCPUコア数等により柔軟に形成することができる.本研究では一方向に伸長させた拡張節点パッチ以外にも,プレーン型にしたものや,非構造格子への適用など様々な解析対象に適用し,いずれも従来法である不完全Chokesky分解よりも最低でも5倍以上の解析パフォーマンスが得られている.

また,近年の発展が目覚ましいマルチコアプロセッサでの並列化実装も行い,ベンチマークを行った.その結果,12スレッド使用時のパフォーマンスは1スレッド実行時と比較して最大7倍の並列化効率が得られた.通常のマルチカラーオーダリングでは色数を変化させると並列粒度が異なり,収束回数が変動したり,パフォーマンスが悪化することがある.しかし提案している手法はマルチカラーオーダリングでの色数を変更させても大きな変化はなく,安定して並列化効率が得られている.

これらの結果から,本提案手法の利点として

・周波数依存性が少なく,安定した収束性が得られる

・形状が複雑で良導体を含む悪条件問題でもロバストな収束パフォーマンスが得られる

・並列化効率に優れ,マルチコアプロセッサに適している

・Setup time は並列化により従来手法とそん色ない,解析時間に影響を与えない時間内で行うことができる

があげられる.

一方で以下のような課題があることも明確になった.

・プログラム作成がやや複雑である

・最適な組み合わせ,節点パッチ幅等は経験則である

・分散メモリ型並列環境ではデータ転送が少なくなるような分割が必要

といったことがあげられる.

これらの結果より,本提案手法は高周波電磁界解析において従来手法に比べ広帯域において収束性の改善効果が著しく,有効でかつロバストな前処理手法であると結論することができる.

今後とも,最適な部分ブロック形状,組み合わせ等を実験に基づいて決定する手法の開発を進め,複雑な形状を持つ実設計データの解析を実用的な時間内に解析できるシミュレーションスキームを構築する予定である.

図 1 節点パッチ

図 2 拡張節点パッチ

図 3 マルチカラーオーダリングの例

図 4 ベンチマークモデル

審査要旨 要旨を表示する

電子機器の高速化、高密度実装化の進展により高度な信号処理を応用した様々な電子機器が開発され、実用に供されている。このような電子機器の動作時には複雑な電磁気現象に基づいた電磁雑音が発生し、無線通信障害や医療機器の誤動作などの様々な問題を発生させている。このような課題を解決するために数値電磁界解析手法が盛んに研究され、報告されてきている。しかしながら電磁雑音問題に代表される高周波周波数領域の数値解析は支配方程式であるヘルムホルツ波動方程式を辺要素で離散化した場合に悪条件となり、広く用いられている反復解法では求解困難となるため、その解決のための有効な解決策が必要である。これまでにも問題を一部簡略化した静電界・静磁界現象、渦電流問題などに対して悪条件を緩和させる行列解析手法が多々報告されているが、高周波問題、特に100万自由度以上の複雑形状解析で有効な手段を報告した例は非常に少ない。また支配方程式の悪条件の要因となっている非回転場がどのような数理的原因により反復解法の収束性を悪化させるかという理論的定量的な検討はほとんど見られない。そこで本論文では支配方程式の数理的特徴を固有値分布の観点から検討し、クリロフ部分空間法における収束悪化原因を究明している。さらに、それらの原因に対して有効な前処理手法を新しく提案し、数値実験によりその有効性を確認している。また共有メモリ型並列計算機上で並列実装を行い、提案手法が並列化にも有効であることを実証している。

本論文は9つの章から構成される。

第1章は序論であり、本研究の背景と工学的価値、位置づけについて論じている。従来の高周波電磁界解析に対して得られている知見とその概要をまとめた後、本研究の意義と目的を述べている。

第2章では研究の背景となる定式化理論について述べている。従来より広く用いられている離散定式化手法である辺要素を用いた六面体および四面体メッシュを用いた数学的背景について説明し、支配行列を導いている。

第3章では支配方程式であるヘルムホルツ波動方程式の数理的特徴を媒体材質の特性に基づいた固有値分布に基づき分析するとともに、行列解法として複素対称行列のクリロフ部分空間法であるCOCG法及びCOCR法の特徴を述べている。この際、解くべき行列の条件数と収束に要する反復計算との関係を論じている。

第4章では反復解法の収束性を改善するための前処理手法について高周波電磁界解析への適用について説明し、前処理手法として従来用いられているマルチグリッド法の特徴と課題について述べている。

第5章において、本研究の主題となる固有値操作による収束改善手法を、数理的特性をもとに新規提案している。考案した「重畳マルチグリッド法」による固有値操作の有効性を数値的に確認し、それを発展させた「拡張節点パッチ」と呼ばれる前処理手法について提案し、その目的と効果を論じている。

第6章では本提案手法の並列化について、マルチカラー手法に基づいた効果的な順序付けを提案し、最終的な実装プログラムの精度について理論値との比較を通じてその信頼性を示している。

第7章では複雑な構造を持ついくつかの解析対象について、構造・非構造メッシュで構成されるモデルについて一方向、面拡張を含む様々な前処理手法について実験を行い、従来法に比べ10倍程度の高速化を実現している。

第8章では、第6章で論じた順序付けについて数値実験を行い、本手法の共有メモリ計算機上での並列化効率を確認し、有効性を検証している。

第9章は結論であり、本研究で得られた知見と今後の研究の方向性について論じている。

以上を要するに、本研究では高周波周波数領域電磁界問題の数値解析分野において、問題の数理的特徴を明らかにして収束性困難原因を解明し、その知見に基づいて新たな前処理手法を提案、検証することによって、従来困難であった複雑形状対象物の効果的な解析を実現した点はシステム創成学分野にとって大きな価値があり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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