学位論文要旨



No 127919
著者(漢字) 稲守,孝哉
著者(英字)
著者(カナ) イナモリタカヤ
標題(和) 超小型衛星における姿勢制御システム高精度化の方法論に関する研究
標題(洋)
報告番号 127919
報告番号 甲27919
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7687号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 小泉,宏之
 国立天文台 教授 小林,行泰
内容要旨 要旨を表示する

近年, 超小型衛星を用いたリモートセンシングや天文観測等のサイエンスミッションが短い開発期間, 低コストといった特徴から注目を集めつつあり, 多様なミッションへの応用が検討されている. これらのミッションの中には従来の大型衛星に劣らない高解像度の地表画像や高精度な科学データ取得を目的としたものがあり, 観測中にarcsecオーダーの姿勢安定度を要求するものが出てきている. このような動向のなかで東京大学中須賀研究室は国立天文台JASMINE検討室と共同で, 35 kgの超小型衛星を用いて全天の星の3次元位置情報を取得するNano-JASMINEの開発を行った. 本衛星は位置天文衛星JASMINEのパスファインダーミッションとして観測原理や観測機器の技術実証の他に, 星の位置や固有運動のサイエンスデータを得る事を目的としている. 本ミッションにおいては全天の星の位置を計測するため2年間のミッション期間の9割を観測に充て, その間1 arcsecという姿勢安定度を維持する事が要求される. 過去に1 arcsec精度の姿勢安定度を達成した衛星の多くは1トン級をはじめとした大型の衛星であり, 50 kg以下の衛星ではまだ達成されていない. このような高精度姿勢制御を達成するためには超小型衛星の小さなサイズや質量から生じる制約の中で, 従来の衛星とは異なる新たな技術的問題点を解決する必要がある. 以上より, 今後超小型衛星においてarcsecオーダーの姿勢安定度を要求する衛星が増加するなかで従来の大型衛星とは異なった新たな制約, 問題点を明らかにし, これらの対応について検討する必要が生じた. 本研究では50 kg以下の衛星において1 arcsecの姿勢安定度を達成するための方法論について検討を行う.

超小型衛星は打ち上げコストを抑えるため重量やスペース, さらに電力について厳しい制約が生じる. これらの厳しい制約下において従来の大型衛星と同精度の姿勢安定度を得るためには以下三点の問題を解決する必要がある. 一点目は, 従来の大型衛星にて使用する高コスト, 重量, 高消費電力の高精度の姿勢センサー, アクチュエータの使用が困難である点である. 例えば1 arcsecの姿勢安定度を計測するレートセンサーは容量, 重量, 消費電力, 費用何れをとっても搭載が困難である. さらに高い周波数振動を制御可能なアクチュエータは高消費電力, 重量が大きく, これらを用いての擾乱抑圧は非常に困難である. 二点目は超小型衛星は小さな慣性モーメントから外乱に弱く姿勢が乱れやすく, さらに支配的となる外乱が従来衛星と異なる点である. 例えば磁気外乱は1トン級大型衛星と比較して単位時間に100倍程度の角速度変化が生じる. 従来の衛星では影響の小さな磁気外乱は重要視されないケースも存在するが, 超小型衛星では最も支配的な外乱であり超小型衛星における外乱環境の検討とこれらを押さえ込む新たな枠組みが必要である. 三点目はセンサーやアクチュエータの地上較正, さらに地上でのEnd-to-End試験の実施が困難である点である. 高い精度で姿勢を安定させるためには, センサーの各種ノイズや機器間のミスアライメントの高精度での補償が必須である. しかしながら研究開発機関の保有する較正施設は従来の比較的大型な衛星の較正を目的としたものが多く, 超小型衛星に搭載する機器の高精度の較正が非常に困難である. 例えば超小型衛星は小さな出力トルクや磁気モーメントのアクチュエータを用いるが, 外乱の大きな地上でこれらを精度よく較正することは非常に困難である. さらに超小型衛星の開発は一般的に小さな組織で行われる事が多く較正施設を持たないため, 施設借用, 準備などを含め較正に要する時間や費用のコストも大きい.

本研究ではこれら三点の問題点の解決方法について検討を行う. 従来の高精度姿勢制御機器や高周波擾乱抑圧のアクチュエータの使用が困難である点に関しては, 超小型衛星に搭載可能な機器の有効利用方法や擾乱源排除についての検討を行う. 例えばミッション望遠鏡やSTT, 太陽センサーを用いた画像を用いた高精度姿勢レート推定, さらにRWの擾乱対応としては外乱からRWが吸収する角運動量を磁気アクチュエータで小さく抑え, 擾乱の小さな小型RWを搭載して擾乱を低減する方法についての提案を行う. 外乱に弱い点に関しては, 構造設計及び軌道上での外乱推定とフィードフォワード補償による影響低減方法について検討を行う. 地上較正が困難である点に関しては, 軌道上において衛星機器のミスアライメント他, 各種パラメータを推定し軌道上で機器モデルの再構築を行う事で要求姿勢精度を達成する手法について検討する.

本論文においては, これら上述した問題点とその対応について一般的な観点から議論した後, 具体例として30 kg級天文衛星Nano-JASMINEと10 kg級リモートセンシング衛星PRISMにおいてそれぞれ1 arcsecと10 arcsecの姿勢安定度を達成する際の問題点と対応をより具体的な観点からまとめる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 稲守孝哉提出の論文は、「超小型衛星における姿勢制御システム高精度化の方法論に関する研究」と題し、8章と補遺からなっている。

近年、超小型衛星を用いたリモートセンシングや科学ミッションが、短い開発期間、超低コストといった特徴から注目を集めつつあり、3から5m分解能の高解像度の地表画像や高精度な科学データ取得を目的としたミッションが実施されつつある。例えば東京大学で開発した位置天文衛星Nano-JASMINEでは、35 kgという衛星サイズでは初めての1 秒角の姿勢安定度が要求されるなど、それにあわせて超小型衛星の姿勢制御に対する要求も厳しくなりつつある。このような動向を踏まえ、本研究は、超小型衛星において高精度姿勢安定度を達成するために、従来の衛星との相違点や新たな技術的問題点を明確にし、超小型衛星の持つ厳しい制約条件の中でこれらの問題を解決する方法論を体系化することを目的としている。

超小型衛星では重量や電力、利用できる予算に関して厳しい制約が存在する。これらの制約下において秒角オーダーの高精度姿勢安定度を得るためには、慣性モーメントが極端に小さく外乱により姿勢が乱れやすい点、姿勢制御機器の地上較正や地上でのEnd-to-End試験の実施が困難である点、および従来の中・大型衛星にて使用されるサイズやコストの大きな高精度でダイナミックレンジの広い姿勢制御機器の使用が困難である点の三つの問題点を解決する必要がある。本論文では、これらの問題点を整理した後、まず、磁気擾乱などの支配的な軌道上姿勢外乱を地上設計の工夫と軌道上での衛星モデルの構築により抑圧する手法と、小型リアクションホイールと磁気トルカの組み合わせでトルクの大きさを維持しつつ低擾乱を達成する手法を提案し、第一の問題点に対処している。第二の問題点に対しては、新しい概念である軌道上でのパラメータ較正と制御系チューニングの手法を提案し、第三の問題点に対しては、光学センサーを角速度推定に利用する手法、複数の小型センサ、アクチュエータを段階的に切り替えて高安定度を実現する手法を提案している。さらに、これらの各種手法を、詳細なシミュレーション、および、一部はすでに打ち上げられた超小型衛星PRISMによる軌道上実験により実証している。最後にこれらの提案手法をバランスよく組み合わせて、要求される姿勢安定度を実現するシステマティックな設計手法を新たに提案し、それらをまとめて、超小型衛星の高精度姿勢制御手法の体系化をはかっている。

第1章では、近年の超小型衛星を用いた宇宙利用ミッションの高度化や姿勢制御系への要求の推移等をまとめ、それをふまえて、本論文の目的と構成について述べている。

第2章では、従来の中・大型衛星における姿勢制御系について概観した後、超小型衛星の特徴から導かれる、高精度な姿勢制御を達成する際の問題点についてまとめている。

第3章では、それらの問題点の解決手法をいくつかのカテゴリに体系的に整理して提案することで、第4章以降の各種手法の詳細な説明への導入を図っている。

第4章では、軌道上で衛星モデルを推定する手段による第一・第二の問題点の解決策を示している。まず、超小型衛星において支配的な姿勢外乱は磁気外乱である事を示し、残留磁気モーメントを軌道上で推定して磁気トルカーにより補償する手法を提案している。また姿勢制御機器の軌道上較正については、適切なる手順で行うことでより精度よく効率的な較正が可能である事を示している。以上の手法を、詳細なシミュレーションおよび超小型衛星PRISMを用いた軌道上実験により検証している。

第5章では、姿勢擾乱の低減手法を述べている。磁気トルカーと小型のホイールの組み合わせでトルクの発生と低擾乱を両立する手法、電流ループ等による高周波の磁気変動に設計の工夫で対応する方法などを提案し、第一・第二の問題点の解決に寄与すると主張している。

第6章では、第三の問題に対して、小型で低消費電力の従来機器を有効利用する方法について述べている。小型でダイナミックレンジの小さい姿勢センサーやアクチュエータを段階的に組み合わせて次第に安定度を高める手法、光学姿勢センサーの出力を用いた高精度姿勢レート決定手法を提案し、シミュレーションでそのフィージビリティを検証している。

第7章では、これまで述べた各種手法を組み合わせ、図式を使って効率的に制御系の設計を行うことを支援する「設計錘」の概念を提案し、いくつかの超小型衛星姿勢制御系設計問題に適用することでその有効性を検証している。

第8章は、 本論文の結論と今後の課題について述べている。

以上要するに、本論文は、超小型衛星において高精度姿勢安定を達成するための問題点を整理し、それらを解決するための方法論を広い視点から提案すると同時に体系化しており、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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