学位論文要旨



No 127921
著者(漢字) 永田,靖典
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ヤスノリ
標題(和) 極超音速弱電離プラズマ流の電磁流体干渉効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 127921
報告番号 甲27921
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7689号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 小紫,公也
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 教授 大崎,博之
内容要旨 要旨を表示する

大気突入機のような極超音速で飛行する飛行体にとって空力加熱から機体を保護することは非常に重要な問題であり,機体内部の機器やペイロードを保護するためには熱防御システムが必須である.現在このような空力加熱に対する防御法としては,耐熱タイルや断熱材,アブレータを用いた方法が実用化されているが,これらは厳しい加熱環境に曝されることで破損や損耗が起き,繰り返し使用することが難しく,運用コスト増大の一因として考えられている.宇宙輸送機の開発主体は民間へ移行しつつあり,これに伴い宇宙空間からの物資回収や人員帰還の需要も高まると予想され,より経済性の高い熱防御システムが求められている.

大気突入機の空力加熱を低減させる方法として,電磁力を用いる方法が1950年代から提案されている.高速で飛行する機体の前方には強い衝撃波が発生し,それを通過した気体は高温となることで電離反応が起こり,弱電離プラズマ状態となる.この弱電離プラズマ流は導電性を持ち,機体周りに発生させた磁場と相互作用させることで電磁力が発生する.この電磁力は主に流れに逆らう方向に作用し,流れ場を変化させることで衝撃層拡大や,加熱量低減,抗力増大といった効果が期待されている.

この電磁ヒート・シールドに関するこれまでの研究では,鈍頭形状周りで磁極を機軸に対して平行に配置した状況が主に検討されているが,実際の大気突入機に適用することを想定すると次のような状況も考えられる.印加する磁場は任意に設定することができ,実際には磁場強度とともに磁極の向きも自由に選択可能であるため,磁極を傾けることで発生する揚力を利用することが検討されている.また,有翼型大気突入機のような複雑形状を持つ機体の場合,その周囲には複雑な流れ場が形成されるため,印加磁場による影響は鈍頭形状周りの流れ場とは異なる様相を示す可能性がある.これらの状況における印加磁場の影響の詳細は知られておらず,その影響を知ることは弱電離プラズマ流と印加磁場との電磁流体干渉効果を利用したシステムの応用範囲を広げ,設計する上での知見となり得る.

そこで本研究では,実際の大気突入飛行時に想定される状況における印加磁場の影響についてCFD計算を通して定性的な評価を行う.ここでは印加磁場効果としてこれまでに検討されていない状況に着目した.その1つとして,鈍頭物体周りの流れに対し様々な磁場(磁極の向きおよび磁場強度)を印加した際に生じる流れ場について論じる.もう1つとして,極超音速流における複雑構造流れの典型例である2重円錐形状周りのShock-Shock干渉およびこれに伴う流れの剥離や局所加熱を含む流れ場に対し磁場を印加した際の影響について論じる.

第1章では,本研究の研究背景および研究目的について述べる.

第2章では,弱電離プラズマ流と印加磁場との干渉効果を含む流れ場における支配方程式について述べる.電磁場に関するMaxwell方程式は電磁流体力学的近似と低磁気Reynolds数近似を用いて簡略化し,Navier-Stokes方程式には電磁場の効果を考慮する.

第3章では,理想気体に簡易的な導電率モデルを組み合わせた3次元電磁流体計算の手法について概要を述べる.鈍頭物体周りの流れ場の場合,温度が高く,導電率の高い領域は物体前方の衝撃層内のみであるため,この領域の導電率をうまく模擬できる簡易的なモデルを採用する.

第4章では,熱・化学非平衡性を考慮した軸対称電磁流体計算の手法について概要を述べる.導電率は気流温度や化学組成等の気流状態に依存し,流れ場が複雑である場合には導電率の分布を予め予想することは難しい.そのため,2重円錐形状周りの流れ場に関しては実在気体効果を考慮したより現実的なモデルを採用する.

第5章では,電磁流体干渉により生じる鈍頭物体周りの複雑な流れ場について述べる.弱電離プラズマ流と印加磁場の干渉効果は,流体に作用するLorentz力により引き起こされ,これは印加する磁場分布に依存する.そこで,磁場分布に関して磁極の向き(磁場配位)と磁場強度を変化させた際の影響について論じる.また,弱電離プラズマ流において重要となるHallパラメータによる影響についても論じる.

磁極を機軸に対して傾けると物体には揚力が作用することが予想され,カプセル型の機体でも大気突入時に揚力飛行することで空力加熱の小さい経路を飛行できるようになると考えられている.磁極の向きを変えることで鈍頭試験模型に作用する力や加熱量が変化することがアーク加熱風洞を用いた実験により報告されている.一方,数値計算においても磁極の向きに対する影響が報告されているが,電場の評価が簡略化されており,その影響が不明であるという問題がある.そこで,電場の影響を含めたより現実に近い電磁場モデルを採用した数値計算を実施し,鈍頭物体周りの流れ場に対して印加する磁場の磁極傾斜角の影響について評価を行った.計算条件としては,地球大気突入飛行を想定した条件を用いた.

計算結果として,磁極傾斜角を変えると流れ場,電磁場がともに変化し,物体に作用する空気力および加熱特性も変化する.磁極が機軸に対して平行および垂直である場合を除いて,物体には垂直力が作用する.機軸に対する磁極の傾きが大きい場合には,大きなJoule加熱が生じることで対流加熱が増大する.磁極を傾けると物体周りには電位差が生じ,電位差による電場は主に誘導電場を弱める方向に作用する.このことは電流分布に影響を与えるため,空気力や加熱特性を評価する上で電場の影響は大きく,無視できないものである.また,Hall効果による影響として,物体に作用する空気力が減少する傾向にあり,磁極回転面に対して垂直方向の力,横力が新たに物体に作用する.このことは,気流条件によって機軸に対して垂直方向に作用する力の方向が変化することを意味しており,大気突入飛行経路を予測する上で重要な知見といえる.

磁場強度が強い場合,物体周囲には循環領域が形成され,この循環領域の位置は磁極傾斜角によって変化する.機軸に対して磁極が垂直である場合において,循環領域の形成はEulerの運動方程式よりLorentz力と一様流動圧との関係から予想され,このことはCFD計算の結果と一致する.また,流れの剥離は物体表面上に生じる逆圧力勾配と関係しており,この逆圧力勾配はLorentz力によって発生しているため,循環領域の形成される位置は磁場配位に依存している.Hall効果が作用すると,磁極回転面に対して非対称な場が形成されるが,循環領域も同様に非対称となり,より複雑な流れ場が誘起される.循環領域の形成は流れ場,電磁場に影響することで,空気力や加熱特性にも大きな影響を与える.

第6章では,2重円錐形状周りに生じるShock-Shock干渉を含む複雑な流れ場に対して磁場を印加した際の影響について述べる.磁場分布に関して磁場源強度と磁場中心位置(磁場配位)を変化させた際の影響について論じる.

有翼型大気突入機の場合,Shock-Shock干渉に伴い翼前縁において局所的に大きな空力加熱が生じる.2重円錐周りの流れ場は,Shock-Shock干渉を含む複雑な極超音速流れの典型例として,数値計算コードの検証問題としての研究が行われている.これは半頂角の異なる2つの円錐をつなげた形状であり,つなぎ目(Kink位置)付近でShock-Shock干渉が生じ,剥離泡が誘起され,大きな局所加熱が発生することが知られており,複雑な構造を持つ流れ場が形成される.このような流れ場に磁場を印加すると,衝撃層拡大に伴いShock-Shock干渉にも影響を与えることで,鈍頭物体周りに見られるものとは異なる効果が現れる可能性がある.そこで,2重円錐形状周りの流れ場に対して印加磁場の影響を数値計算により評価し,複雑流れに対する印加磁場効果の有効性について検討を行った.計算条件としては,膨張波管実験において予測される試験気流を用いた.なお,Hallパラメータが小さいため,Hall効果の影響は無視した.

計算結果として,磁場中心位置を固定し磁場源強度を強くしていくと,第2円錐前方の衝撃層が拡大することでShock-Shock干渉位置も上流に移動し,剥離泡が拡大する.これに関連して壁面圧力分布や熱流束分布も変化し,印加磁場による影響は主に第2円錐表面上で見られる.磁場源強度が大きくなるほど壁面圧力は低下し,圧力抗力が低下するが,Lorentz力の反力が物体に作用することで総抗力は増大する.また,第2円錐表面上の熱流束は低下し,局所的なピーク値についても減少する.このため,複雑流れに対しても印加磁場による熱防御システムとしての効果が期待される.磁場中心位置を変えた場合の計算を行い,これらの結果をKink位置における磁場強度で整理し,局所的な現象である熱流束のピーク値と剥離泡について注目したところ,熱流束のピーク値はKink位置の局所的な磁場強度と相関がとれているのに対して,剥離泡に関しては単純に相関をとることはできず,局所的な磁場強度のみならず磁場配位にも影響を受けているといえる.また,総抗力に関しても磁場源強度を変化させた場合と磁場中心位置を変化させた場合とでKink位置の磁場強度に対する傾向が大きく異なり,局所的な磁場強度だけではなく,全体的な磁場配位にも大きく影響を受ける.

第7章では,本研究の結論について述べる.実際の大気突入飛行時に想定される流れ場で,印加磁場効果としてこれまでに検討されていない状況に着目し,その弱電離プラズマ流と印加磁場との干渉効果について明らかにした.このことは電磁力を用いた弱電離プラズマ流制御における新たな可能性を示唆するものである.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)永田靖典提出の論文は「極超音速弱電離プラズマ流の電磁流体干渉効果に関する研究」と題し、本文7章から成っている。

大気中を高速飛行する飛翔体周りに生じる極超音速流れは高温であり、そのために生じる飛翔体の空力加熱を防ぐことが機体設計における重要な課題となっている。空力加熱に対する防御として、機体周りの流れが高温のため弱電離していることを利用して磁力により流れを制御することで空力加熱自身を低減する方法がある。この制御は流れ場にローレンツ力という体積力を加えることによるものである。これまでの研究では、比較的単純な流れの制御の可能性が指摘されてきたが、実機で想定される複雑な流れへの適用については十分な研究が行われていない。本研究では、この制御が流れ場に体積力を直接作用させることを基礎としていることから、これまでに見出されていない流れ制御の可能性を示しうることに着目して、数値解析の手法により考察することを目的としている。

第1章は序論であり、大気圏再突入にあたり、空力加熱防御が大きな課題であることを述べ、その防御法として機体まわりに磁場を印加して周囲の弱電離プラズマ流れを制御する手法を述べている。さらに、従来の研究についての経緯も述べ、特に、これまでの研究が比較的単純な流れの制御の可能性を指摘しているのに留まっており、実機で予想される複雑な流れ場の制御の可能性を検討する必要があることを述べている。その際、数値解析に基づいて検討を行うとしている。

第2章では数値解析に用いられる基礎方程式を述べている。基礎方程式は、低磁気レイノルズ数近似に基づいたMHD方程式であり、磁気力との相互作用は電気伝導度を通して生じることになる。流れについてのモデル化として、次章で述べるような2つの近似モデルを使い分けている。

第3章では流れの単純なモデル化について述べている。このモデルでは、流れを理想気体とみなすと共に、電気伝導度に関する簡易モデルについて述べている。また、電流を保持することで誘起される電場についての方程式も含めて、数値解析法について述べている。

第4章では高エンタルピー流れとしての流れのモデル化について述べている。即ち、流れは化学反応、分子内部自由度を考慮した非平衡流れとして扱われるとし、電気伝導度は流れの状態から求めるとしている。また、数値解析法についても述べている。

第5章では鈍頭体周りの流れについて考察する。鈍頭体については、従来より磁極がよどみ点に一致する磁場配位について研究が行われているが、この研究では、特に、印加磁場の傾き方の影響とともに、磁力の大きさについてもその効果を検討している。解析の結果として、印加磁場を傾けるに伴い誘起電流の強さや分布が変わるとともに、空力加熱の強度や分布も大きく変化することを示している。さらに、印加磁場を傾けるに伴い、それまで鈍頭体に加わる軸方向の力のみが磁気効果により増加していたのに対して、さらに横力も発生することを示している。これらの変化では、印加磁場の傾きがない場合は発生しない電場分布が生じることが決定的な役割を果たしていることを示している。さらにこの研究では、磁場の強度がある閾値を超えると、それまでの滑らかな流れから局所的に剥離-再付着を生じる複雑な流れ場に遷移することを見出し、さらにその閾値が圧力と磁気力とのバランスで定まることも見出している。

第6章では2重円錐体周りの流れについて考察している。2重円錐体周りの流れは、衝撃波-衝撃波干渉による局所加熱や剥離流れが生じるなど、実機周りの流れで生じると予想される複雑な流れの典型である。解析の結果として、磁気効果により局所加熱が低減されることや、剥離領域の拡大を促すなどの特徴的な干渉を示すことを明らかにするとともに、それらの干渉への磁気力の強さの効果などを明らかにした。

第7章は結論である。大気への高速再突入時に機体まわりに生じる弱電離プラズマ流れについて飛行体まわりに印加される磁気との干渉の有様を明らかにし、この干渉効果の再突入宇宙機への適用に必要な知見を明らかにしたと結論づけている。

以上要するに、本論文は、飛翔体の大気高速再突入時に生じる弱電離プラズマ流れの磁気力による制御の有様を明らかにしており、宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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