学位論文要旨



No 127925
著者(漢字) 播磨,健
著者(英字)
著者(カナ) ハリマ,ケン
標題(和) 高ダイナミクス飛翔体搭載のGPS受信機に関する研究
標題(洋)
報告番号 127925
報告番号 甲27925
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7693号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,宏文
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 森川,博之
 宇宙航空研究開発機構 教授 山本,善一
 東京大学 講師 五十嵐,浩司
内容要旨 要旨を表示する

宇宙飛翔体における位置と軌道の決定は慣性測定装置IMU(Inertial Measurement Unit)と電波測位装置の組み合わせによって行われることが多かった。IMUは加速度計の積算を基にする位置決定方法であるため、長期に当たっての航法に対応するためには電波測位と組合わせて用いることが多い。電波測位は送信局から電波を送信させ。伝搬時間を計測することで受信機の位置を推定する方法である。従来の宇宙飛翔体用の電波航法システムでは地上レーダによる測位か、地上局との往復の電波リンクによる距離の計測を電波測位方式として用いてきた。しかし地上との通信には地上局の維持費がかかる上に有効な範囲が制限されるという問題点がある。そこで宇宙飛翔体用の電波測位にGPS(Global Positioning System)受信機の使用が進められている。

この宇宙飛翔体搭載用のGPS受信機を開発する上で課題の一つとして「スピン運動への対応」が挙げられている。スピン運動を行う宇宙飛翔体用GPSの研究に関しては過去の例は少なく、観測ロケット用GPS受信機などに少数の例が見られる。ドイツのDLR(MAXIMロケット)と日本のJAXA(Epsilon)等スピン運動を行う直径数mの中型ロケットに搭載用のGPS受信機の技術的課題は現在未解決である。本研究は、高ダイナミクス飛翔体へ搭載用のソフトウエアGPS受信機用のアルゴリズムの研究を目的とする。高ダイナミクス下でのGPS受信機の技術的問題を明確にし、高ダイナミクス下でのGPS測位に必要な搬送波追尾、測距コード追尾及び航法メッセージの復号アルゴリズムを提案し、数値的シミュレーションでこれらを評価する。

本論文は7章から構成されている

第1章では宇宙飛翔体へGPS受信機を搭載する利点を紹介してから、過去の実例を挙げながら宇宙用GPSの研究動向を説明する。その中で更なる高ダイナミクスへの対策の必要性を論じたうえで、本研究の目的と構成を述べた物である。

2章ではGPS受信機に関してその測位原理、システム構成、信号の特徴から、GPS受信機の役割、測位精度を決定する特性などに関して述べる。GPS受信機が測位を成し遂げるために必要な操作としては、信号捕捉、搬送波・測距コードの追尾、航法メッセージの受信そうして実際の時刻・位置・速度の推定である。この中で精度を決めるものが測距コードと搬送波の追尾の精度である。またGPSの安定性・信頼度を決めるのが追尾ループの安定性と航法メッセージ受信の信頼性である。どのようなGPSでもこれらを基準に精度・信頼性を評価することができる。宇宙用GPS受信機の開発における課題は、宇宙飛翔体がおかれる過酷な状況かでいかにしてこれらを現実化するかであることを述べる。

3章では、宇宙分野でのGPS利用の研究動向と技術的課題に関して説明する。宇宙用GPSの研究は1980年代から開発されているが技術的課題の難しさ及び試験する機会の少なさのため未だ発展途上のところが多い。中でもロケット搭載用GPS受信機は日本のJAXA、ドイツのDLRが開発を行っている。現在まで成功した例としては小型の観測ロケット、及び姿勢が安定していてダイナミクスが比較的少ない大型ロケットである。一方高ダイナミクスの存在する中型・大型ロケットには失敗が多く、特に高速スピン(0.8Hz)やタンプリング(ロケットの軸が回ること)などを行った場合信号が途絶することを述べる。

広く知られている信号追尾の誤差以外に回転系のダイナミクスが多い場合、急激に姿勢が変化するので、全方位に利得を確保することが必要である、これを成し遂げるもっとも柔軟性の高い方法は複数のアンテナからのダイバーシティ受信である。しかし、高回転運動の場合この方法を用いると各アンテナのドプラー周波数が異なるため信号合成が困難になる。直径1mのスピンロケットに搭載された複数アンテナGPS受信機で通常方式で安定した信号合成が行えるのはスピンレート0.034Hzまでであることを述べる。

4章では、高ダイナミクス用のGPS受信アルゴリズムを提案する。このアルゴリズムは第3章で述べた高回転系ダイナミクスが起こす信号合成での問題を解決するために考慮された物である。まず姿勢変更への対策として複数のアンテナによるダイバーティ受信を行う。高回転系ダイナミクスが存在する場合、この複数のアンテナから受信された信号には異なるドップラー周波数が含まれている。よってGPS受信機はまず周波数の異なる信号を合成することになる。信号合成には各信号の間の位相差を推定する必要がある、これを行わないと(姿勢変更により受信)受信アンテナが変わる時、搬送波位相の連続性が失われるからである。こうした搬送波位相の急激な変化はPSK変調された航法メッセージによる変化と区別がつかない、よってこのような現象が起きれば航法メッセージのビット同期及び復調に大きな害を及ぼす。しかし、高回転系ダイナミクスが存在する場合、この位相差を推定するのは困難である(通常の場合「ビットより充分長い」時間をかけて推定する)。そこで提案するアルゴリズムでは合成信号によって航法メッセージの復調を行わず、各アンテナからの信号を復調し、その結果を合成する(複数の結果から総合的な答えを生み出す)。同じくGPS計測に必要な搬送波周波数の推定値(Discriminator)、合成信号からではなく、各信号から計算しそれらの値から割り出す。回転運動への対応性の限界は搬送波Discrimnatorの計算可能な領域であってこれは m Hzである。

5章では、第4章で提案した高ダイナミクス用のGPS受信アルゴリズムを数値的シミュレーションによって評価する。ロケット環境に存在する高加速度、高ジャーク及び高スピンが提案したGPS受信アルゴリズムに及ぼす影響を図るために主に搬送波周波数の追尾誤差と測距コード位相の追尾誤差を計算し、評価する。GPS受信機の目的である時刻・位置・速度推定には搬送波周波数の追尾誤差と測距コード位相の追尾誤差である。搬送波周波数は直接的に速度推定に使用する上に、高速機用のGPS受信機に広く使われる搬送波ループ支援付の測距コード追尾ループを使用した場合、搬送波周波数の追尾誤差が測距コードの追尾誤差に大きく関わってくる。さらにロケットや他の高高度飛翔体のようにGPS信号の大気遅延がモデル化しにくくなる場合、大気遅延の情報を得るにも搬送波周波数の追尾誤差は重要である。測距コード位相の追尾誤差はGPS衛星からの擬似距離に基づいた位置推定及び時刻推定の精度を決定する値である。搬送波及びコードの追尾誤差は電波測距だけでなく通信分野でも基礎で広く研究されているので、研究の例が少ないスピン運動による影響に着目することを述べている。

6章では、大きい周波数誤差が存在する状況で有効な航法メッセージふくちょう 方式を提案し理論的に及び数値シミュレーションを用いて評価する。提案詩法は周波数推定を伴うDPSK復調である。この方式は最尤度法を推定法として用いた場合、大きな周波数ごさがありうる状況すなわち周波数が不確定な状況でほぼ最低の復調誤り率を得ることができる。目安となる誤り率10-5以下は信号対雑音比が33dB・Hz以上で達成できる(ダイナミクスによる劣化1dBを含めて34dB・Hz)。

高ダイナミクスが存在する場合その影響はダイナミクスが起こす周波数誤差の変化率によって決まる。また、この劣化は周波数推定の頻度を向上することで低減することが可能である。周波数推定を40ms毎に行った場合、29Gの加速度か2.4m・Hz のスピン運動に対応できる(ダイナミクスによる劣化が1dB以下)、これと比較して20ms毎に周波数推定を行った場合は。87Gの加速度か4.6m・Hz のスピン運動に対応が可能である。

最尤度法以外の周波数推定法も検討する、最も簡単なKay法は、最尤度法と比較して30分の1の計算量で推定ができるが、復調方式に組み込むと復調誤りに7dB以上の劣化が発生し市販のGPSフロントエンドを使用した場合、予測される最低信号対雑音比37dB・Hzの場合誤り率が10-5以上になってしまう。その改善版のKay 法とQuinn-Fernandes法の組み合わせは最尤度法と比較して10分の1の計算量を要するが、復調誤にも2-3dBの劣化が見られる。これは復調法として使用できるぎりぎりの範囲である。

航法メッセージの復号に関しては、PSK変調のメッセージをDPSK復調した場合に発生する連続的エラーの復号(誤り訂正)のため復号方式を提案する。まずは通常の場合と同じSyndromeによる判断である。しかし、Syndromeのみの復号を用いれば、復調誤り1回によるエラーパターン4つが訂正不可能となる、これを避けるためPeriodogram比による軟判断復号方式をも提案した。

以上のように本研究は高ダイナミクス、特に回転系ダイナミクスがGPS受信機に及ぼす影響を明白にし、この影響によって決まるGPS受信機の起動不可能な状態を突き止めている。限界が現在予定されている宇宙飛翔体の要求以下か近い場合、よりダイナミクスへの対応性があるGPSアルゴリズムを提案し、それを数値的シミュレーションで評価した。

審査要旨 要旨を表示する

宇宙飛翔体における位置と軌道の決定は,従来から,加速度計測値を積算していく慣性航法装置IMU(Inertial Measurement Unit)と,レーダー等の地上局の支援を受ける電波航法装置の組み合わせによって行われることが多かった.しかし,後者は地上局の維持費がかかる上に,有効な空間範囲が制限されるという問題点があった.そこで,宇宙飛翔体用の電波航法に,地上局を必要としないGPS(Global Positioning System)受信機の使用が切望されている. この宇宙飛翔体搭載用のGPS受信機の開発における技術的課題の一つとして, 高ダイナミクス,すなわち「高速かつ複雑な運動」への対応が挙げられる.回転運動を行う宇宙飛翔体用GPS受信機の研究に関しては,主に無指向性アンテナを搭載しやすい小型ロケット用GPS受信機の研究開発に限られていた.数Hz(1秒間に数回転)の回転運動を行う直径数mの中型大型ロケットに搭載用のGPS受信機の技術的課題は,未だ,未解決であった.

本研究では,回転運動を含む高ダイナミクス飛翔体搭載用のGPS受信機を実現するための技術的課題に対して,GPS測位に必要な搬送波追尾,測距コード追尾及び航法メッセージの復号アルゴリズムを提案したものである. 提案するGPS受信機アルゴリズムの有効性は数値的シミュレーションによる評価で検証している.

本論文は6章から構成されている

第1章は序論であり,宇宙飛翔体へGPS受信機を搭載する利点を挙げてから,過去の実例を通して宇宙用GPS受信機の研究動向を概説する.その中で更なる高ダイナミクスへの対策の必要性を論じた上で,本研究の目的と構成を述べたものである.

第2章では,GPS受信機に関しての一般事項を紹介している.GPS測位の原理を説明し,システム構成及び現在使用されているNAVSTAR衛星とその特性が述べられている.次いで,GPS受信機が測位するために必要な処理である,信号捕捉,搬送波・測距コードの追尾,航法メッセージの受信,及び実際の時刻・位置・速度の推定アルゴリズムが説明され,高ダイナミクスによる宇宙用GPS受信機の精度は,高ダイナミクスの環境下で生じる搬送波と測位コード位相追尾誤差で決まることを述べている.

第3章では,宇宙分野でのGPS利用の研究動向と技術的課題が説明されている.ロケットの推力による加速度やジャークが大きい情況では,搬送波の位相追尾は困難であり,搬送波の周波数追尾が行われる.更に,大きな回転運動が存在するロケットの場合,急激に姿勢が変化するので全方位にアンテナ利得を確保する必要があり,複数のアンテナからのダイバーシティ受信方式が必要であることが述べられている.

第4章では,回転運動を含む高ダイナミクス下での搬送波周波数と測位コード位相追尾を可能にする提案手法が説明されている.従来の信号合成方法を採用すると,複数のアンテナからの異なるドップラー周波数を持つ信号を合成する必要があり, 伝送情報の1ビットよりも短い時間内に各信号の間の位相差を推定する必要があり,現実的ではないことが述べられている.このため,本研究で新たに提案しているアルゴリズムでは,各アンテナからの信号から,搬送波周波数追尾とコード追尾に対しては各々の推定値(discriminator)の結果を,航法メセージに対してはビット復調結果を求める.そして,それらの結果をアンテナ毎に合成することで,各々,搬送波周波数追尾,コード位相追尾,航法メッセージ復号を行うことを提案している.提案手法の搬送波追尾とコード追尾に関して,シミュレーションにて評価を行なっている.

第5章では, 回転運動を含む高ダイナミクス下でのGPS航法メッセージの復調方式と復号方式が提案されている.搬送波は位相追尾ではなく周波数追尾されているため,航法メセージの復調はDPSK復調であり,かつ,搬送波の周波数追尾精度はこのDPSK復調には不十分であるため,オープンループ動作として周波数の最尤推定を併用する方法が提案されている.周波数推定をする時間間隔の検討,および,飛翔体上での周波数推定に必要な計算量が少ない計算法の提案を行ない,数値シミュレーションにてその効果を確認している.また,航法メッセージの復号に関しては,PSK変調のメッセージをDPSK復調した場合に発生する連続的なエラーに有効な,Periodogram比による準軟判定復号方式を新たに提案している.

第6章は結論であり,本論文をまとめ,研究の成果について総括している.

以上のように,本研究は,従来実現が困難であった,回転を含む高ダイナミクスな運動をする宇宙飛翔体搭載用GPS受信機を実現するため,複数アンテナと接続するGPS受信機の構成,信号追尾方式,復調方式,誤り訂正符号の準軟判定復号方式などを提案し,数値シミュレーションを用いて評価したものであり,電子工学,宇宙工学上貢献するところが少なくない.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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