学位論文要旨



No 127929
著者(漢字) 秋山,了太
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,リョウタ
標題(和) Mnドープ磁性半導体における磁性と伝導特性 : 構造的均一性と不均一性の影響
標題(洋) Magnetic and transport properties of Mn-doped magnetic semiconductors : Influence of structural homogeneity and inhomogeneity
報告番号 127929
報告番号 甲27929
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7697号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 竹中,充
 東京工業大学 准教授 菅原,聡
内容要旨 要旨を表示する

半導体に磁性元素をドーピングすることで作製される磁性半導体は、スピン自由度を利用して高密度記録、高集積化、高速度演算を達成するためのデバイスを実現し、次世代のエレクトロニクスを創生する上で大きな鍵を握る物質である。また同時に、物質科学の観点からも磁性半導体は新規な物性をもつことから注目を集めている。本研究ではIII-V族ベースおよびIV族ベースにおける、Mnドープした磁性半導体について、成長技術、基礎物性、伝導特性、磁気特性を中心に研究を行った。磁性半導体においては、低温分子線エピタキシー法などによる非平衡状態での結晶成長を行うことがほとんどであるが、この場合、ドープした磁性元素がどのような空間分布や構造をなしうるのかという点は大きな関心を集めている研究課題の一つである。理由として、応用面からは、膜の組成均一性が高ければ界面スピン散乱などを最小限にすることができ、効果的にスピンを半導体に注入・検出できる一方で、粒子性の高い膜では、金属‐半導体間の伝導度ミスマッチを最小限にし、なおかつ高いキュリー温度(Tc)を確保できるというように、それぞれの場合で長所・短所があることから、構造の均一性を研究することが重要な意味を持つためであり、また物質科学的観点からは、構造が均一性であるか不均一であるかが伝導特性、磁気光学効果、磁性に大きな影響をもたらし、例えば粒子性の高いMnリッチナノコラムGe1-xMnxを含むGe半導体における巨大な磁気抵抗効果[ ]など、興味深い現象を引き起こすからである。本研究ではこの重要な因子である磁性元素のドーピングによる構造の均一性、不均一性に注目し、磁性半導体における磁性と伝導特性がMnドーピングによってどのような影響を受けるかを調べたものである。

III-V族系の磁性半導体として比較的長い歴史をもつものの一つに1996年に発表されたGaMnAsがあり、多くの先行研究がなされている。そのGaMnAsを480℃で20分アニールすることで得られるのが閃亜鉛鉱型の強磁性グラニュラー構造(GaAs:MnAs)である。この構造は強磁性ナノ微粒子であるMnAsがGaAsマトリクス中に自己形成したものであり、Tcはおよそ360Kと高く、異方性エネルギーも大きい。強磁性微粒子がマトリクス中に分布した理想的な不均一系であり、不均一系ならではの現象を調べるのに適した材料である。これをGaAs基板上に成長し、ヘテロ構造を作製して温度依存伝導特性、磁気依存伝導特性などを調べた。ヘテロ構造の縦方向のI-V特性が図1(a)である。降温していくに従って50mV以下付近の低バイアス領域で抵抗が高くなり、非線形性が顕著になってくる。これは、微粒子のエネルギー準位が低温で上がることで、クーロンブロッケードが生じていることを示している。図1(b)に、I-V特性のlog-logプロットを示す。これは低温で特徴的な非弾性コトンネリングの振る舞いを示しており、またトンネル接合数は2であるとわかる。また、伝導率の温度特性を図2(a)に示す。活性化エネルギーを示す傾きが60Kから180K、180Kから300Kの2つの領域で観測された。前者は、伝導率がexp(-Ea/2kBT)で表されるような、シークエンシャルトンネリング時の活性化エネルギー(50.7meV)を示し、これは電極‐微粒子間の帯電エネルギー計算値47.6meVにおおよそ一致する。後者はGaAsマトリクスの欠陥由来と思われるポーラロンホッピングの活性化エネルギーと考えられる。これらの実験結果より、ヘテロ構造をトンネルするキャリアは非磁性電極(アルミニウム)‐MnAs微粒子‐非磁性電極(GaAs:Be)という経路を辿ることが分かった。抵抗の磁場依存性を図2(b)に示す。低温に行くに従ってゼロ磁場近傍で抵抗が高くなるという磁気抵抗(MR)が増強されて行くのがわかる。MRの温度依存性と非弾性コトンネルの強さの温度依存性を比較すると図3(a),(b)のようによく似ており、非弾性コトンネルがMRを増強していることが示唆される。しかし、本系の電子の経路では強磁性体は1つの微粒子しかなく、MRの起源はこれだけでは説明できない。強磁性薄膜GaMnAsにおいては、異方的トンネル磁気抵抗(TAMR)の存在が示されており[ ]、これは強磁性体のフェルミ面付近の状態密度が磁気モーメントの向きに依存することに起因しているため、単一の強磁性膜でもMRが生じうるとされている。現時点までに強磁性微粒子系でのTAMRの報告はなされていないが、その可能性について検討した。TAMRは昇温によってMRが急減する、MRの磁場方位依存性があるなどの特徴がある。図4にMRの磁場方位依存性を測定したものを示す。磁場方向が[100]の方が[110][1-10]に比べてMRが全温度で顕著に小さいことがわかる。これはMnAs微粒子の状態密度に磁化方位依存性があることを示していると考えられ、MnAsにおいては、[110]、[1-10]方向の磁場印加時の方が[100]方向磁場印加時よりも状態密度が大きいことが考えられる。これらの結果から、本系のMRはTAMRによって生じている可能性が高いと考えられる。そしてMRを生じさせるような磁場依存するエネルギー障壁を考えた時、その値は0.26meVほどであることがフィッティングから求められた(フィッティングは図3(a))。これらの結果から、強磁性微粒子においてもGaMnAsにおいて観測されたようなTAMRが生じうることが初めて示唆された。これはコトンネルなど、均一性の低い微粒子系ならではの現象と協奏して、TAMRが現れるという興味深い結果を示している。

IV族系の磁性半導体としては、Ge1-xFex[ ]、Ge1-xMnx[ ] 、GeCo[ ]、などが報告されているが、まだ比較的歴史が浅いために強磁性になる条件など基礎物性で不明な点が非常に多い。本研究で扱ったGe1-xMnxについては、Ge中へのMnの固溶度が低いために、ほとんどの成長条件でMnリッチな析出物(クラスター、ナノコラム)が生成するということが報告されている[1]。一方で2010年に、Ge(111)基板上への成長では、成長機構が変わるために均一性の高い強磁性膜が成長できると報告された[ ]。本研究ではGe(111)基板上Ge1-xMnx について、Mnドーピングによって構造的均一性がどこまで保たれるか、構造、磁性を中心とした基礎物性がどのように影響を受けるかを中心に調べた。Ge1-xMnx 薄膜のMn濃度は3,4,6,7,9,14%としてGe(111)基板上に低温MBE成長した。それぞれのMn濃度において反射の磁気円二色性(MCD)の磁場依存性を測定した結果を図5に示す。一般にMCD値はほぼ磁化に比例しているのでMCD強度の磁場依存性を測れば磁化特性を評価することができる。この測定によってMnが3,4%においては強磁性になっていないことがわかる。一方で、Mn濃度6%以上の場合には保磁力を示し、強磁性であることが磁化測定からも確認されている。また、図6にMCDのスペクトルを示す。Ge(111)基板と比較して、Mn濃度6%まではほぼ基板のスペクトルと同じピークを示していることがわかる。一方でMn9%以上になると2.5eV付近のピークが増大し始め、Mn14%になるとE0'(~3eV)付近にブロードなピークが出現する。これより、Mn9%以上の濃度ではホストのGeとは違うエネルギー帯に吸収ピークを持つ物質が形成していることが示唆される。なおスペクトルの磁場依存性を規格化すると、Mn6%以上では各磁場での振る舞いが一致することから、磁化的には一様な物質が強磁性を発現していると考えられる。図7にMn濃度が6、9、14%のそれぞれの場合について透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す。Mn6%ではほ均一性が高いことがわかるが、Mn9%以上になると濃淡が不均一に現れている。これは組成の不均一に由来するものであり、Mn9%の像ではMnリッチなナノコラムを形成し、Mn14%になるとさらにその密度が高くなっている。Ge(001)基板上ではMn濃度6%でもMnリッチナノコラムを形成することが報告されているが、Ge(111)基板上の成長では、本結果からMn6%においては均一性の高い膜が形成できることが分かった。Mn6%の膜について更にその構造を確かめるため、X線小角散乱を行ったのが図8である。Mn濃度9%を超えると矢印1近傍に先鋭なピークが出現する。これはナノコラムなどのMnリッチな析出相の形成を示していると考えられ、Mn9、14%でそれぞれ22、24nmの粒子相関長が得られた。またMn濃度が9%を超えると、矢印2の近傍q~0.4においてブロードな散乱ピークが顕著に減少している。これは15nm程の間隔で存在していた粒子がMn濃度の上昇と共に減少したことを示している。つまり、Mn濃度が6%程度まではTEMで観察できない程度の微粒子が15nm程度の間隔で均一に存在しており、Mn9%以上になるとより広い間隔(22~24nm)でナノコラムのようなMnリッチ相が凝集すると考えられる。このように、Ge(111)基板上にGe1-xMnxを成長すると、Mn濃度の違いをパラメーターとして強磁性膜の均一性を制御できることが初めて明らかになった。

以上まとめると、まずIII-V族半導体GaAs結晶中に埋め込まれたMnAs微粒子を含むヘテロ接合において、不均一系の引き起こす特異なMRとしてTAMRを微粒子系で初めて観測した。今後さらに微粒子系でのTAMRの研究が進めば、微粒子が帯電することで引き起こされるコトンネルのような様々な興味深い現象とともに起こる磁気依存伝導との相乗効果が期待できる。一方でIV族系であるGe1-xMnx薄膜において、従来は不均一な強磁性ナノ構造しか報告されていなかったが、Ge(111)基板上の成長においては、Mn濃度を変化させることで均一性を制御できることを明らかにした。強磁性微粒子・ナノ構造体は、ある時はそれぞれの粒子・構造体が独立して単磁区として振る舞い、またある時はMnの局在モーメント間のスピンをキャリアスピンが交換相互作用によって揃えて強磁性を発現するキャリア誘起強磁性の可能性も秘めているなど、単一の膜よりも非常に変化に富んだ振る舞いを見せる。どの程度の均一性が、どのように磁性や伝導特性に影響するかというのは、今後磁性半導体をデバイスに応用していく過程でも、また不均一系の引き起こす新奇な現象の解明にも必ず必要な知見であり、今後更に研究が深まることが期待される。

[1] M. Jamet et al., Nature materials 5, 653 (2006).[2] C. Gould et al., Phys. Rev. Lett. 93, 117203 (2004).[3] Y. Shuto et al., J. Appl. Phys. 99, 8D516-1, (2006).[4] Y. D. Park et al., Science 295, 651 (2002).[5] V. Ko et al., Appl. Phys. Lett. 89, 042504 (2006).[6] S. Yada et al., Appl. Phys. Exp. 3, 123002 (2010).[1] S. Yada et al., Appl. Phys. Exp. 3, 123002 (2010).

図1(a)I-V 特性曲線(b)対数I-V 特性曲線

図2(a)伝導率の温度依存性(b)各温度における磁気抵抗効果

図3(a)磁気抵抗の温度依存性(b)コトンネルの強さの温度依存性

図4磁気抵抗の温度依存性

図6各Mn 濃度におけるMCD の磁場依存性

図6MCDスペクトルのMn濃度依存性

図7Mn 濃度6[1],9,14%における透過型電子顕微鏡像

図8各Mn 濃度におけるX 線小角散乱パターン

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Magnetic and transport properties of Mn-doped magnetic semiconductors: Influence of structural homogeneity and inhomogeneity(Mnドープ磁性半導体における磁性と伝導特性: 構造的均一性と不均一性の影響)」と題し、英文で書かれている。本論文では、に関する研究成果を記述しており、全5章から成る。

第1章は「Introduction」であり、スピントロニクス分野のこれまでの流れと、その中で磁性半導体が研究されるようになった背景を述べ、特に本研究で中心的に扱うGaAsにMnをドープしたGaAs:MnAs微粒子系とGeにMnをドープしたGe1-xMnxを取り上げ、その概要を示している。そして、磁性半導体としてこれまで主に研究されてきた構造的に均一性の高い膜と、第二相の析出やドーパントの疎密によって構造的に不均一性を示す膜についてそれぞれの特徴を述べた上で、構造的均一系に加えて不均一系膜における物質科学的な観点からの物性探求、そしてデバイス応用の可能性について述べるという本論文の位置付けを示している。

第2章は「Transport and magnetism of the heterostructures containing zinc-blende MnAs ferromagnetic nanoparticles」であり、低温分子線エピタキシー(LT-MBE)法によってGaAs(001)基板上に成長したGa1-xMnxAsをアニールすることで得られる、閃亜鉛鉱型MnAs微粒子を含むヘテロ構造について、伝導特性を中心に物性評価を行なっている。GaAs:MnAsを含む本構造は、GaAs:MnAs部が強磁性MnAs微粒子のために構造的に不均一となっており、微粒子系に特徴的な特性を示す。縦方向伝導の温度依存特性から低温域では非弾性コトンネルが支配的であり、昇温に従ってシークエンシャルトンネルが現れてくることを示している。そして非弾性コトンネルが低温で支配的になるに従って、磁気抵抗(MR)が増大してゆくことを示している。磁気抵抗の起源については、キャリアの伝導路に強磁性微粒子が一つしかないこと、MRの急峻な温度依存性と外部磁場方向依存性などから、トンネル異方性磁気抵抗効果(TAMR)が最有力であることを述べている。

第3章は「Structures, magnetic properties and magneto-transport of Ge1-xMnx」であり、第2章では第二相であるMnAs微粒子の析出した系の示す特性を述べたのに対し、本章ではドーパントのMnが不均一な分布を示す系における特性について述べている。作製したGe1-xMnx薄膜をX線回折、透過電子顕微鏡(TEM)、小角X線散乱(SAXS)、反射磁気円二色性(MCD)測定、磁化測定、電気伝導測定などを用いて、Mnドープ濃度を軸として多角的な評価を行なっている。構造的には、Ge1-xMnx層はダイヤモンド型構造を保持しながら若干のアモルファス領域を含んでおり、第二相の析出は確認されず、またMn原子はGe1-xMnx層全体に分布し、Mnドープ濃度を増すほどにMnリッチな領域の形状が変化してゆくことが示されている。磁気的には、強磁性相は単一磁気相由来であることが示され、x=0.14においては面直の磁気異方性が確認されたことが示されている。また面内電気伝導において3.5Kにおいて比較的大きな40%ほどの正のMRが観測され、抵抗の温度依存特性で観測された急峻な落ち込みの温度がブロッキング温度と一致し、ホッピング相関長の見積りがMnリッチな領域間の距離に一致する。これらの実験結果から、Ge(111)基板上に成長したGe1-xMnx層における強磁性がパーコレーションモデルで説明できることを示し、不均一な系における長距離強磁性の発現を示している。

第4章は「Magneto-transport in the epitaxial Ge1-xMnx/Si1-yGey/Ge1-x'Mnx' or Co magnetic tunnel junctions (MTJs)」であり、Ge1-xMnx膜のデバイス応用の可能性を示している。強磁性アモルファスナノコラムを含有するGe1-xMnx電極、Si1-yGey障壁、Co電極の層を成長し、磁気トンネル接合(MTJ)構造を作成、磁気依存伝導を測定したところ、面内、面直の両方の磁場において磁気依存伝導が得られた。これはGe1-xMnxをスピン注入・検出電極として用いることができる可能性を示している。

第5章は「Concluding remarks and outlook」であり、本論文で得られた結果のまとめと今後の展望を述べている。

以上これを要するに、本論文は、GaAs:MnAs含有ヘテロ構造、およびGe1-xMnx強磁性半導体の構造と磁性を詳細に評価したもので、前者においては強磁性微粒子系で初めてトンネル異方性磁気抵抗効果を観測、不均一系に現れるスピン依存伝導特性を明らかにし、後者においてはMnドープ濃度の変化によるGe(111)基板上Ge1-xMnx層の均一・不均一構造の制御、ヒステリシスを持つ大きな正の磁気抵抗効果、および不均一系における長距離強磁性の発現を示したもので、電子物性工学およびスピントロニクスの発展のために寄与するところが少なくない。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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