学位論文要旨



No 127931
著者(漢字) 河辺,賢一
著者(英字)
著者(カナ) カワベ,ケンイチ
標題(和) FACTS機器・二次電池による事故影響の極小化を目的とした電力系統緊急制御手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 127931
報告番号 甲27931
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7699号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 教授 日髙,邦彦
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 馬場,旬平
 東京大学 准教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

一般に電力系統は,単一設備故障に対して停電を発生させないように設備形成がなされており,多重設備故障に対しても保護リレーシステムの導入や系統運用段階での予防制御によって,大規模な停電に至らないように対応している。しかし,稀頻度ながらも広範囲に停電をもたらす重大事故が発生する可能性は未だなくならず,実際に欧米諸国では送電線の複数回線停止等の多重設備故障を契機として大規模な停電が発生している。当然,想定外の事象を含む全ての事象に対して停電を防ぐことは困難であるが,停電を免れることのできない大事故が発生した場合であっても,事故波及を防止し,その停電範囲をできる限り小さく抑えることが重要である。そのような観点で電力系統の供給信頼度を考えたとき,現実には広域停電を伴う事故波及現象が世界各国で発生しており,今後は事故影響の極小化という新たな観点からも,対策を検討していく必要がある。広域停電の原因となる過酷事故は,想定外の事象である可能性が高く,発生頻度も低いと考えられることから,事故影響の極小化に対しては,リアルタイムの計測情報を利用した新たな緊急制御技術の導入など,監視制御技術の更なる高度化によって対応することが望ましい。

一方で,将来の電力系統では,新たに緊急制御の対象となり得る高機能な電力制御機器の導入が予想される。その代表的なものが,パワーエレクトロニクス技術を応用した電力制御機器であるFACTS(flexible AC transmission systems)機器や,電池電力貯蔵システム(以下,二次電池とする)である。これらの機器は,系統平常時における潮流制御や電圧制御,需給調整制御等を主目的として導入が進むと考えられる。

そこで,広域停電を伴う稀頻度の重大事故の発生も想定した事故影響の極小化対策として,それらの電力制御機器を制御対象とした新たな緊急制御技術の開発が,経済的かつ効果的な対策となり得る。

2.研究目的・内容

本論文では,電力系統における事故影響の極小化を目的として,今後の電力系統において導入が進むと予想されるFACTS機器や系統用二次電池を制御対象とした新たな電力系統緊急制御手法を検討した。FACTS機器や二次電池は,系統平常時における運用を主目的として導入されると想定されるが,緊急制御手法の開発を通じて,事故影響の極小化に対する各種機器の効果を明らかにすることで,それらの機器に更なる付加価値を見出すことも期待される。

本論文の前半では,事故直後の過渡安定度領域における過渡安定度問題と電圧安定度問題について扱い,系統安定化を可能とする動的な緊急制御アルゴリズムの提案と,計算機シミュレーションによるその評価を行った。ここでは,直並列接続型FACTS機器であるUPFCや,系統用二次電池を緊急制御の対象とし,各種機器の操作変数を高速かつ連続的に変化させることによって,系統安定度の安定化を図った。

過渡安定度の安定化に対しては,系統のエネルギー関数の増加速度の減少や,危険発電機の回転子角速度の加速(または減速)の抑制を制御指標とした電力制御機器の制御手法を開発した。この系統安定化制御手法では,上述の二つの安定化指標を用いることで,事故直後の非線形性の強い動揺現象に対しても,高い信頼度をもって安定化効果を得ることができる。さらに,二次電池の有効電力と無効電力を制御対象とするにあたっては,同一容量の変換器を用いてできるだけ高い安定度向上効果が得られるように,二つの操作変数の変化量に対して最適な変換器容量配分を行う手法を開発した。ここでは,エネルギー関数の時間微分値を負の方向に最大化するように,変換器容量の配分を行う。これらの提案法の有効性について,UPFCや二次電池が設置された幾つかの多機電力系統において検証し,以下の知見を得た。

・提案法によってUPFCや二次電池を制御することによって,系統構成や,系統内の機器の設置位置・台数に依らず,高い信頼度で電力系統を安定化できる。

・第一波脱調ケースの安定化に対しては,地絡事故中にも動作可能と想定される並列接続型機器の利用が有効である。UPFCの直列印加電圧制御部のように,変換器保護の観点から事故中の動作が難しいとされる機器については,第一波動揺の抑制効果は小さいが,系統の制動能力(ダンピング)の向上に対しては十分に貢献できる。

・過渡安定度の安定化のためには,事故直後の相差角動揺の大きい時間帯において,電力制御機器の定格に近い電力制御を行うことで,相対的に加速または減速した発電機群の動揺を抑制することが有効となる。そのため,電力制御機器を過渡安定化制御に利用する場合,設置点周辺の電気量は大きく変動する。

・並列接続型機器による無効電力の制御は,系統電圧に与える影響が大きい。そのため,それらの機器を事故時の過渡安定化制御に利用するのであれば,系統電圧への影響を考慮して,系統内の複数地点に分散的に設置することが望ましい。

電圧安定度を考慮した電力系統の安定化に対しては,系統電圧の制御効果が高い並列接続型の電力制御部(ex. UPFCによる無効電力制御,二次電池による有効電力・無効電力制御)を制御対象として,過渡安定度・電圧安定度安定化制御手法を提案した。この手法は,先に述べた系統安定化制御手法を基本として,過渡安定度を高めることができるタイミングで系統側に有効電力や無効電力を注入することで,過渡安定度と電圧安定度の双方を高める安定化制御手法である。提案法の有効性について,二次電池の設置を仮定した複数の多機電力系統において検証し,主に以下の知見を得た。

・提案法によって並列接続型の電力制御機器を制御することによって,電圧安定度が不安定要因となる事故ケースに対しても,系統構成や,系統内の機器の設置位置・台数に依らず,高い信頼度をもって系統を安定化できる。

・過渡安定度領域における電圧不安定現象は,発電機の相差角動揺と密接に関わった不安定現象であり,系統安定度の安定化のためには,発電機側の位相角安定度,負荷側の電圧安定度の双方を高めるような電力制御機器の動作が有効となる。

さらに,上述の系統安定化制御システムに対して,その経済性や実現性を高めるための基礎検討を行った。それまでの安定化制御システムでは,電力制御機器の操作変数の変化に対する発電機出力の変化の感度係数を,広域情報を用いた行列演算によって算出し,制御に利用することを想定しているのに対し,本検討では,より少ない計測情報から,より少ない計算負荷で,感度係数を推定する手法を提案した。ここで得られた主な結果,知見について以下にまとめる。

・UPFCの無効電力操作変数や直列印加電圧の操作変数に関する感度係数に対して,それぞれ等価電圧源の定理や直流法に基づく推定手法を提案し,感度推定値を用いた複数台のUPFCの制御による高い系統安定化効果を確認した。

・系統構成が大きく変化する地絡事故中や事故除去直後の時間帯では感度推定の誤差が大きくなる傾向があり,感度理論値を用いた制御システムと比較して,信頼性の面では劣る。

次に,本論文の後半では,事故後の定常時領域における送電線の過負荷問題とそれに伴う需給不均衡問題を扱い,停電範囲の極小化を可能とする静的な最適潮流制御手法を提案した。FACTS機器を利用した過負荷現象の波及防止に関する研究は過去にも行われてきたが,その際に,FACTS機器によって過負荷を完全に解消することのできない過酷事故は扱われてこなかった。その理由には,連続的な制御となるFACTS機器の潮流制御と,離散的な制御となる発電機の遮断制御を協調制御し,発電機遮断量を最小化することが難しい点にあった。この最適化問題は,通常であれば混合整数計画問題に帰着するが,整数計画問題のNP困難性に代表されるように,一般に本手法の大規模系統への適用は困難であることが知られている。これに対して,本論文では複数の非線形計画法の組合せによる最適潮流制御手法を提案した。提案手法では,非線形計画問題において独自の目的関数を利用することで,発電機の出力変数をできる限り離散値に近い形で扱うことを可能とし,上述の最適化問題を非線形計画法によって解き,最適化計算の複雑化を回避した。これによって,大規模系統における過負荷問題に対して,適用可能性の高い各種機器の協調制御手法を確立した。提案法の有効性について,複数台のUPFCや系統用二次電池が設置されたメッシュ状の電力系統において検証した結果,主に以下の知見を得た。

・過負荷現象の発生時において,UPFCによる潮流制御や二次電池による充電制御によって送電線の過負荷を緩和しつつ,解列する発電機を選択することで,発電機遮断量の合計が極小となるような遮断発電機の組合せを決定し,UPFCや二次電池を利用しない場合と比較して大幅に供給支障電力(PNS)を削減できる。

・UPFCや二次電池による停電範囲削減効果の大小は,事故直後における発電機解列量を削減できるか否かに大きく関わっており,この発電機解列量の削減効果は,事故地点・過負荷となる送電線・UPFCの位置関係に依存する。特に,過負荷となる送電線潮流の制御に対して効果の高い位置に機器が設置されている場合に,大きなPNS削減効果が表れる。

このように,提案した新たな緊急制御手法によって,送電網に設置された応答性の高いFACTS機器や二次電池を制御することで,電力系統の安定化や線路過負荷の緩和に貢献でき,発電機の脱調や,負荷側の電圧崩壊,送電線の過負荷現象といった事故波及現象を防止できる可能性があることが明らかとなった。また,停電を免れられない厳しい事故に対しても,系統安定化や過負荷緩和の効果によって,必要となる電源制限量や負荷制限量が削減され,事故影響の極小化に寄与できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「FACTS機器・二次電池による事故影響の極小化を目的とした電力系統緊急制御手法に関する研究」と題し、5章よりなる。

第1章は「序論」で、本研究の背景と目的を述べている。

第2章は「電力系統における事故時の異常現象とその対策」と題し、本研究で扱う電力系統における事故時の異常現象として、事故直後の過渡安定度領域における過渡安定度問題と電圧安定度問題、事故後の定常時領域における送電線の過負荷問題とそれに伴う需給不均衡問題について、その進展機構や進展時間について概要をまとめ、本研究で検討する緊急制御による対策の位置づけについて述べている。

第3章は「過渡安定度領域における過渡安定度・電圧安定度の安定化制御手法」と題し、FACTS機器や系統用二次電池を緊急制御の対象として、事故直後の過渡安定度領域における系統安定度向上を目的とした制御アルゴリズムを検討している。まず、過渡安定度向上を目的とした電力制御機器の制御アルゴリズムとして、電力系統のエネルギー関数や危険発電機の回転子角速度を制御指標とした系統安定化制御手法を提案し、二次電池の有効電力と無効電力を制御対象とするにあたっては、同一容量の変換器を用いてできるだけ高い安定度向上効果が得られるように、操作変数の変化量に対して最適な変換器容量配分を行う手法を開発している。次に、過渡安定度領域における電圧安定度を考慮した系統安定化制御アルゴリズムを検討している。ここでは,系統電圧の制御効果が高い並列接続型の電力制御部を制御対象として,過渡安定度・電圧安定度安定化制御手法を提案している。ディジタルシミュレーションでは,複数台のFACTS機器や二次電池が設置された多機電力系統において、地絡事故や電源停止事故を模擬し、提案法で制御した各種機器による系統安定化効果や、多機電力系統における過渡安定度,過渡電圧安定度の安定化メカニズムを明らかにしている。

第4章は「事故後の定常時領域における停電範囲極小化制御手法」と題し、事故後の定常領域における送電線の過負荷問題とそれに伴う需給不均衡問題を扱い、FACTS機器・二次電池を用いた最適潮流制御手法を開発している。提案手法では,保護リレーシステムによる発電機や負荷の遮断制御と、FACTS機器・二次電池による潮流制御を協調することで、供給支障電力で表される停電範囲の極小化を図っている。ここでは、非線形計画問題において独自の目的関数を利用することで、発電機の出力変数をできる限り離散値に近い形で扱うことを可能とし、最適化計算の複雑化を回避することによって大規模系統における過負荷問題に対して適用可能性の高い制御手法を確立している。ディジタルシミュレーションでは、複数台のFACTS機器や二次電池が設置されたメッシュ状の多機電力系統において、送電ルートの分断事故等の過酷事故を想定し、各種の電力制御機器による停電範囲削減メカニズムを明らかにしている。

第5章は「結論」で、各章の結論についてまとめ、今後の課題を述べている。

以上を要するに、本論文は、送電網に設置される応答性の高い複数台のFACTS機器や二次電池に対して、電力系統事故時の系統安定化や供給支障電力の極小化を目指した送電線過負荷解消のための新たな協調制御手法を提案し、発電機の脱調や負荷端の電圧崩壊、送電線の過負荷などの事故波及現象を防止できる可能性があることをシミュレーションにより明らかにしたもので、電気工学、特に電力システム工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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