学位論文要旨



No 127933
著者(漢字) 田中,大樹
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ダイキ
標題(和) 気体中沿面放電の進展機構
標題(洋)
報告番号 127933
報告番号 甲27933
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7701号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日髙,邦彦
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 特任教授 池田,久利
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
 東京大学 准教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

従来沿面放電現象は、電力機器の設計上防ぐべき対象として、研究・解析が行われてきた。特に誘電体表面上の沿面放電現象は気中放電に比べて進展しやすく、電力機器や電子素子の絶縁設計上その抑制が重要であるといえる。また一方で、沿面放電による放電プラズマは、有害ガス処理に有用であるなど積極的利用としての工学的応用範囲の広い現象である。誘電体バリア放電の特性について抑制と同時に利用する立場から、その進展機構の解明が強く望まれている。そこで、電極形状・誘電体特性/形状・ギャップ距離などが誘電体バリア放電のギャップ進展段階(気中放電)及び、界面進展段階(気中沿面放電)の二つのフェーズにおいて、電位分布・電界強度、電荷密度分布、電子密度の分布などへ与える影響を知ることが重要となる。

沿面放電の前駆現象である沿面ストリーマについては、その進展長、開始電圧、電圧の極性、進展形状などの観点から多くの研究がなされてきた。しかし沿面ストリーマが、異なる誘電体間境界に生じる複雑な物理現象であること、進展開始から終了までが100 ns以下という短い現象であることなどから、過渡現象の定量的結論を得ている研究は少ない。特にその進展機構の物理的解釈には、電荷図形による沿面放電特性としての結果ではなく、電位分布の時間変化や残留電荷密度分布などの現象そのものを示すデータが必要となる。また、放電電極への印加電圧が十分に高い場合などには、沿面ストリーマから沿面リーダへの転換が発生し、沿面ストリーマだけの場合に比べて沿面放電の進展長はさらに長くなる。気中の長ギャップ放電におけるストリーマからリーダへの転換については、ストリーマチャネルのジュール加熱による負イオンからの電子脱離による電界の低下が原因であるとするモデルが提唱されているが、沿面放電の場合については有力なモデルが未だに存在しないのが現状である。そこで、本研究では沿面ストリーマのみの場合の進展及びストリーマのリーダ転換まで含めた放電機構について電気光学効果のひとつであるポッケルス効果を用いたポッケルスセンサシステムによる電位分布測定と流体モデルを用いた数値シミュレーションにより解明することを試みた。

ポッケルス効果を利用した電位・電界分布測定システムは、放電路の電位分布について(1)放電そのものに擾乱を与えることなく(2)その過渡変化を(3)定量的に(4)高空間・高時間分解能をもって測定できるという非常に優れた利点があるが、一方で測定システムが大掛かりになり、測定対象となるとなる電圧範囲がポッケルス結晶の物性値に限られること、測定範囲がポッケルス結晶の大きさに制限されること、S/N 比が電気的な測定手法に比べて良くないという欠点がある。

本研究で用いた2次元ポッケルスセンサシステムは, ダイオード励起固体(Diode-Pumped Solid-State, DPSS)パルスレーザ, 光学系, CCDカメラから構成され, ポッケルス結晶(比誘電率16, 厚さ2.56 mm)上の25.4 mm平方の領域を0.5 nsの高時間分解能で単発測定することが可能である. 空間分解能は, 電位分布については100 μm, 電荷密度分布は逆計算を含めると0.64 mmである.

本論文においては2次元ポッケルスセンサシステムを用いて、大気圧中におけるストリーマ、リーダ、減圧空気中におけるストリーマ、SF6中におけるリーダ、SF6/N2混合ガス中におけるリーダの測定を行った。また、電位分布測定とは別に高感度高速度カメラによる放電に伴う発光の撮影を行った。

正極性沿面ストリーマの場合には、ストリーマヘッドにおいては水平方向電界成分が大気圧空気の臨界電離電界強度 2.4 kV/mmに近い値であること, ストリーマチャネルではほぼ0.5 kV/mm一定であることがわかった. 進展に要する時間は50 ns程度である。逆計算手法から得られた帯電電荷密度はストリーマチャネルにおいて200 pC/mm2 一定であり、針電極周辺では、電極に近づくほど増加する。放電の発光はストリーマヘッド及び針電極先端で見られた。これは、先端で窒素分子に電子が衝突することによる電離が活発に発生していること、ストリーマチャネルを通った電流が針先先端に流れ込んでいることによる。

負極性沿面ストリーマの場合には、ストリーマヘッドにおいては水平方向電界成分が約3.2 kV/mm程度であり、正極性沿面ストリーマと同様に大気圧空気中の臨界電離電界強度を少し超えた値であった。進展に要する時間は25 ns程度であるが、正極性沿面放電に比べて進展長が短い。帯電電荷密度は針電極周辺を含む全体で-300 pC/mm2一様であった。放電の発光は正極性沿面ストリーマと同様の理由により、ストリーマヘッドと針電極先端で見られる。また、負極性沿面放電の場合にも細い1本1本のストリーマが存在することが確認された。

高感度高速度フレーミングカメラを用いた放電発光の測定より、各ガス中におけるストリーマからリーダへの転換は、既に進展したストリーマの1本が発光を伴ってリーダチャネルへと変化することによることが確認された。ストリーマからリーダへの転換後、その先端から次のストリーマ群が発生する。ストリーマからリーダへの転換は、発光が見られるにもかかわらず、背後電極を流れる電流はほぼ0であった。

次に、誘電体バリア放電の数値シミュレーションを用いて, 正負極性の気中ストリーマと沿面ストリーマのシミュレーションを行った。計算には電界を計算するためのポアソン方程式、電子、正・負イオンの移流拡散、電離、付着、再結合、光電離を計算するための連続の式、電離・付着の係数を計算するためのボルツマン方程式を用いた。計算領域を三角形メッシュで分割し、ポアソン方程式及び連続の式の離散化には有限要素法を用いた。また、0.2 nsごとに電界、各粒子数密度の分布に応じて計算用メッシュの再生成をすることにより、計算精度を保ったまま、計算時間の削減を行った。

気中ストリーマの計算条件は、針平板配置、ギャップ長5 mm, 印加電圧は±13 kV、電圧の立ち上がり時間は10 nsである。沿面放電の計算条件はポッケルスセンサシステムを用いた大気圧空気中における沿面ストリーマの測定と合わせるため、針平板配置、誘電体バリアの比誘電率16、厚さ2.56 mm、印加電圧は正極性の場合+9 kV、負極性の場合 -7 kVとし、電圧の立ち上がり時間を50 nsとした。

気中の正極性ストリーマは19 ns程度で接地電極側に達し、ストリーマの半径は0.5 mm程度で一定であった。電子、正イオンの数密度はストリーマチャネル中において10(20) m(-3)程度である。負イオンの数密度は酸素の付着係数が小さいため、電子、正イオンに比べて小さく、10(18) m(-3)程度であった。このため、負イオンはストリーマの進展に影響を与えない。換算電界はストリーマヘッドにおいて600 Td、ストリーマチャネル中は50 Td程度となる。

気中の負極性ストリーマは34 ns程度で接地電極側に達し、ストリーマの半径は正極性の場合よりも太く、2.5 mm程度となる。電子、正イオンの数密度は10(17) m(-3)程度であり、正味の電荷も正極性ストリーマに100分の1程度である。換算電界はストリーマヘッドにおいて150 Td、ストリーマチャネル中で100 Td程度である。

正極性沿面ストリーマは誘電体バリア表面から50 μmほど浮いて、両者間に正イオンが多く、電子が少ない陰極降下領域を作りながら進展する。これは、誘電体表面からの電子放出が少ないためである。誘電体表面の帯電は正イオン衝突によって数ns程度の時間をかけて発生する。帯電電荷密度は針電極周りで多く、ストリーマチャネル部分においては300 pC/mm2ほぼ一定となる。ストリーマヘッドにおける換算電界の水平方向成分は1000 Td程度に達するが、誘電体表面においては100 Td程度となる。この結果は、ポッケルスセンサシステムを用いた測定結果とよく一致している。

負極性沿面ストリーマは誘電体バリア表面に沿って進展する。誘電体表面の帯電は電子の衝突によってなされる。電子のドリフト速度は正イオンに比べて100倍程度速いため、ほぼストリーマ到達とともに、誘電体表面の電界の垂直方向成分が緩和されるまで帯電する。帯電電荷密度は全体で-600 pC/mm2一様である。誘電体表面におけるストリーマヘッドの換算電界の水平方向成分は150 Td程度であり、進展長は3.4 mmである。これらの結果は、ポッケルスセンサシステムを用いた測定とよく一致している。

最後に, ポッケルスセンサシステムより得られた結果と数値シミュレーションから得られた結果について比較を行い, 沿面放電の進展機構について考察を行った。沿面ストリーマについては、気中、沿面共に大気圧空気中の場合は数値シミュレーションによって十分、その特性を模擬できており、進展特性を説明することができると考えられる。ストリーマからリーダへの転換条件について、プリカーサーモデルを基に考察を行った。

審査要旨 要旨を表示する

誘電体表面上を進展する沿面放電は気中放電に比べて進展しやすく、電力機器や電子素子の絶縁設計上その抑制が重要となる一方、沿面放電で発生した放電プラズマは、有害ガス処理に利用されるなど工学的応用範囲も広いことから、その進展特性の解明が望まれている。本論文は、空気やSF6ガス中の沿面放電を対象として、高時間分解能を有する二次元ポッケルスセンサシステムを用いて、放電進展時の物理パラメータを集積し、また、数値シミュレーション手法により、進展時の放電内部様相を解析し、それらを合わせて進展機構を検討したもので、「気体中沿面放電の進展機構」と題し、全10章から構成されている。

第1章「序論」では、本研究の背景である沿面放電について述べた後、その測定手法であるポッケルスセンサシステム、数値流体力学を用いた数値解析手法の概要について説明し、本研究の目的を示している。

第2章「誘電体バリア放電および沿面放電の基礎特性」では、本研究で解明の対象としている誘電体バリア放電および沿面放電の基礎特性について述べている。また、沿面放電の場合については有力なモデルが未だに存在しないという現状について述べている。

第3章「ポッケルス効果を用いた電位・電界分布測定システム」では、沿面放電発生時に誘電体表面上の電位・電界分布を測定するためのポッケルスセンサシステムについて説明している。本研究で用いた2次元ポッケルスセンサシステムは、ダイオード励起固体パルスレーザ、光学系、CCDカメラから構成され、ポッケルス結晶上の領域を最高0.5 nsの高時間分解能で単発測定することが可能である。 空間分解能は、電位分布については100μm、電荷密度分布は逆計算を含めると0.64 mmである。

第4章「ポッケルスセンサおよび高速度フレーミングカメラによる沿面放電測定」では、前章のシステムを用いて、大気圧空気中、減圧空気中、SF6/N2混合ガス中、SF6中ガス中におけるストリーマとリーダの測定を行い、併せて高感度高速度カメラによる放電に伴う発光の観測も行い、それらの結果を詳述している。

大気圧空気中の正極性沿面ストリーマでは、ストリーマヘッドにおいて進展方向電界成分が大気圧空気の臨界電離電界 2.4 kV/mmに近い値で、またストリーマチャネルではほぼ0.5 kV/mm一定であり、進展に要する時間は50 ns程度である。帯電電荷密度はストリーマチャネルにおいて200 pC/mm2 一定であり、針電極周辺では、電極に近づくほど増加する。

大気圧空気中の負極性沿面ストリーマでは、ストリーマヘッドにおいて進展方向電界成分が大気圧空気中の臨界電離電界を少し超える3.2 kV/mm程度で、進展に要する時間は25 ns程度であるが、正極性沿面放電に比べて進展長が短い。帯電電荷密度は針電極近傍で-400~-600 pC/mm2であり、電極からの距離に従い緩やかに密度が低下する。

沿面ストリーマから沿面リーダへの転換は、既に進展したストリーマの1本が発光を伴ってリーダチャネルへと変化することによることが確認され、転換後にリーダ先端から次のストリーマ群が発生する。ストリーマからリーダへの転換においては、背後電極を流れる電流はほぼ0であった。

第5章「シミュレーション手法」では、放電シミュレーションに用いた手法について述べている。計算には電界を計算するためのポアソン方程式、電子、正・負イオンの移流拡散、電離、付着、再結合、光電離を計算するための連続の式、電離・付着の係数を計算するためのボルツマン方程式を用いている。計算領域を三角形メッシュで分割し、ポアソン方程式および連続の式の離散化には有限要素法を用いている。

第6章「シミュレーション結果」では、大気圧空気中における正負極性の気中ストリーマと沿面ストリーマのシミュレーション結果について述べている。

正極性沿面ストリーマは誘電体表面から50μmほど浮いて、両者間に正イオンが多く、電子が少ない陰極降下領域を作りながら進展する。誘電体表面の帯電は正イオン衝突によって数ns程度の時間をかけて発生する。帯電電荷密度は針電極周りで多く、ストリーマチャネル部分においては300 pC/mm2ほぼ一定となる。ストリーマヘッドにおける換算電界の水平方向成分は1000 Td程度に達するが、誘電体表面においては100 Td程度となる。

負極性沿面ストリーマは誘電体バリア表面に沿って進展する。誘電体表面の帯電は電子の衝突によってなされる。電子のドリフト速度は正イオンに比べて100倍程度速いため、ほぼストリーマ到達とともに、誘電体表面の電界の垂直方向成分が緩和されるまで帯電する。帯電電荷密度は針電極近傍で-600 pC/mm2であり、電極からの距離に従い緩やかに低下し、ストリーマ先端近傍で約-400 pC/mm2となっている。誘電体表面におけるストリーマヘッドの換算電界の進展方向成分は150 Td程度であり、進展長は3.4 mmである。

シミュレーション結果は、ポッケルスセンサシステムを用いた測定結果とよく一致している。

第7章「考察」では、ポッケルスセンサシステムより得られた結果と数値シミュレーションから得られた結果について比較を行い、沿面放電の進展・停止機構について考察を行っている。沿面ストリーマについては、数値シミュレーションによって、その特性を模擬できており、これにより進展特性を説明することができる。ストリーマからリーダへの転換条件について、プリカーサモデルを基に考察ができることを述べている。

第8章「結論」では、以上の成果をまとめ、内容を総括している。

第9章「今後の方向性」では、本研究で示された沿面放電進展モデルの更なる精緻化を行うために必要となる、実験および数値シミュレーション手法の方向性を提案している。

以上これを要するに、本論文は、電気機器の絶縁設計や放電プラズマ応用において進展特性の解明が待たれている沿面放電について、放電物理パラメータの測定と数値シミュレーションの両面から検討を進め、その構成要素である沿面ストリーマの定量的な進展モデルおよびストリーマからリーダへの変換モデルを構築している点で、電気工学、特に高電圧、放電工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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