学位論文要旨



No 127937
著者(漢字) 原,賢二
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ケンジ
標題(和) 太陽電池材料に対する原子間力顕微鏡を用いた局所的光熱分光測定に関する研究
標題(洋)
報告番号 127937
報告番号 甲27937
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7705号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高橋,琢二
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 年吉,洋
 JAXA宇宙研 教授 田島,道夫
 東京大学 准教授 岩本,敏
 東京大学 准教授 野村,政宏
内容要旨 要旨を表示する

太陽電池は地球温暖化やエネルギー問題への対応策の一つとして注目されており、太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する効率のさらなる向上が望まれている。変換効率の向上を図る上で必要となるものの一つが、変換効率向上の妨げとなる再結合の正確な観測・評価手法である。

民生用の太陽電池として最も主流なものは結晶系Si、特に多結晶Si太陽電池である。多結晶Si太陽電池の変換向上のためには、結晶粒界による再結合の影響を抑えることが重要であり、面内に多数分布している様々な結晶粒界の再結合特性を個別に評価可能な手法が求められている。一方、薄膜系太陽電池は結晶系Si太陽電池に比べて低コストであることから、次世代の民生用太陽電池として注目されている。特にCu(lnGa)Se2[CIGS〕太陽電池は、吸収層の厚さが結晶系Siの100分の1ほどでありながら、多結晶Si太陽電池と遜色ない変換効率を達成している。CIGS太陽電池も多結晶材料であるが、多結晶Siに比べて格段に小さい結晶粒から構成されているのにもかかわらず高い変換効率を有しており、結晶粒界における再結合特性について盛んに議論がなされている。

以上のような背景から、本研究では、多結晶系太陽電池材料の局所的な非発光再結合特性を評価する手法を提案する。試料が光を吸収すると非発光再結合によって熱が放出される。この熱または熱による現象を観測することで、非発光再結合特性を評価でき、これを光熱分光測定という。そして、面内方向に高い空間分解能をもつ手法である原子間力顕微鏡を用いて光照射時に試料に生じる熱膨張の面内分布を観測することで、試料の局所的な非発光再結合特性を評価可能である。本研究の目的は、まず、原子間力顕微鏡を用いた局所的光熱分光測定を多結晶Si太陽電池に適応し、その結晶粒界近傍における非発光再結合特性の評価を行うことである。その結果について、他の様々な評価手法と比較・検討することで、本手法の有効性を確認するとともに、結晶粒界近傍における非発光再結合特性を多角的に評価する。次にCIGS太陽電池に対して同様に本手法を適応する。CIGS結晶中の結晶粒界近傍の非発光再結合特性を評価し、結晶粒界が太陽電池特性に与える影響を議論する。

多結晶Si太陽電池に対する実験では、まず、Si材料に対して光を照射したときの発熱による温度分布を計算し、検出する熱膨張量(光熱信号)の推定を行った。その結果、検出している熱膨張量がピコメートルオーダーであることを確認した。

次に、あるΣ3結晶粒界の周辺において局所的光熱分光測定を遂行すると、結晶粒界近傍に光熱信号の増大が見られた。その領域には、非発光再結合中心が多く存在していると考えられる。また、同一の結晶粒界の別の領域における光熱信号分布では、光熱信号の増大が特定の領域にのみ見られた。この結果は、同一の結晶粒界であっても、非発光再結合中心の分布にはばらつきが存在することを示す。このように、本手法により多結晶Si太陽電池の結晶粒界近傍における非発光再結合中心分布の観測が可能となることを確認できた。

また、フッ酸洗浄処理により表面状態の異なる単結晶Siを2枚用い、表面再結合が光熱信号に与える影響を確認した。その結果、本測定条件においては、表面再結合は光熱信号強度のみに影響を与えることを確認した。そのうえで、多結晶Si太陽電池の結晶粒界近傍の複数点において光熱信号の照射光エネルギー依存性を観測すると、信号強度で正規化した依存性の強さに違いが見られた。この違いには、少数キャリア拡散長が影響していると考察し、光熱信号の照射光エネルギー依存性測定から少数キャリア拡散長の議論が可能であることを確認した。

他手法との比較について、まずはケルビンプローブフォース顕微鏡(KFM)による表面ポテンシャル測定結果との比較を行った。複数の結晶粒界が存在する領域において、局所的光熱分光測定を遂行すると、特定の結晶粒界周辺にのみ光熱信号の増大が見られた。一方で表面ポテンシャル測定結果では、光熱信号の増大が見られた領域と同じ領域において、表面ポテンシャルの低下が見られた。これらの結果から、その結晶粒界周辺では、不純物の偏析により表面ポテンシャルが低下し、そこに集められた光励起電子が不純物準位を介して頻繁に非発光再結合を起こすことで光熱信号が増大したといえる。このように、本手法と表面ポテンシャル測定とを比較することで、非発光再結合中心の起源について、キャリアダイナミクスとともに議論できることを確認した。

次にフォトルミネッセンス(PL)法との比較を行った。まず深い準位からのPL信号のマッピング測定から、特徴的な領域を観測した。その領域において、深い準位からのPL信号に相当する近赤外光を照射して光熱信号を取得すると、本来Siでは吸収されない光であるにもかかわらず光熱信号の増大が確認できた。これは、深い準位に起因した光吸収による非発光再結合が起こったといえる。このことから、そのような深い準位を形成するような結晶欠陥や重金属不純物の分布を観測できたと考えている。以上のようにPL法と比較し、かつ深い準位に相当する近赤外光源を用いた局所的光熱分光測定を遂行することで、非発光再結合中心の要因の分布を取得可能であることを確認できた。

CIGS太陽電池に対する実験では、CIGS薄膜に対して局所的光熱分光測定を遂行した。その結果、結晶粒および結晶粒界での光熱信号に大きな違いは見られなかった。つまり、結晶粒および結晶粒界で非発光再結合確率に大きな違いがないといえる。このことは、多結晶Siとは異なり、結晶粒界が変換効率低下の原因とならないということを示している。一方で、数ある結晶粒のうち、特定の結晶粒にのみ光熱信号の増大が見られた。この結果は、その結晶粒の結晶性が悪く、非発光再結合中心として働いているということを示す。このように、本手法によりCIGS薄膜中に存在する結晶性の悪い結晶粒を特定可能であることを確認できた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「太陽電池材料に対する原子間力顕微鏡を用いた局所的光熱分光測定に関する研究」と題し,光照射下に置かれた被測定試料において生じる光吸収による熱膨張量を,高い測長能力を有する原子間力顕微鏡(AFM)によって計測する光熱分光測定を実現するとともに,同手法を太陽電池材料に適用して,その局所的な非発光再結合特性の評価を行った結果について述べたものであり,全5章から成っている.

第1章は「序論」であり,本研究の背景を解説している.地球温暖化やエネルギ問題への対応策として注目されている太陽電池について,本研究において注目した多結晶Si太陽電池とCuInSe2 [CIS]系太陽電池の研究背景に言及している.太陽電池の高効率化を実現するためには非発光再結合に関する知見が有用であり,その評価に適した手法としての光熱分光法を紹介している.さらに,局所領域において光熱分光法を実現するための走査プローブ顕微鏡技術について述べている.また,本論文の構成を述べている.

第2章は「原理」と題し,一般的なAFMの原理について述べた後,AFMによる局所的光熱分光測定の原理を述べている.AFM光熱分光測定では,断続光照射の条件下にて試料に生じる周期的な熱膨張の量を光熱信号(PT信号)として観測しているが,このPT信号を高感度に検出し,かつ断続光照射時に生じる不要な信号成分を除去する目的で著者らが開発した二重サンプリング(DS)法について,その動作原理を述べるとともに,基本的な実験系を示している.その後,被測定試料として用いた多結晶Si太陽電池試料とCIS系材料のひとつであるCu(In,Ga)Se2 [CIGS]薄膜試料について,その構造等を述べている.

第3章は「多結晶Si太陽電池に対する局所的光熱分光測定」と題し,多結晶Si太陽電池におけるPT信号の測定結果を述べている.まず,試料の熱膨張量について,熱拡散方程式に基づく計算値と実験で得られる値がオーダ的に一致することを示している.また,Σ3結晶粒界近傍にてPT信号の増大が観測されることを示し,その領域に非発光再結合中心が多く存在していることがその理由として考えられることを述べている.次に,単結晶Si太陽電池に対する表面清浄化処理の有無と観測されるPT信号との関連性などを元にして,正規化したPT信号の照射光波長存性から少数キャリア拡散長の比較が可能であること,また,実際,多結晶Si太陽電池において異なる結晶粒の間に少数キャリア拡散長の差違が見られること,を示している.さらに,本測定とケルビンプローブフォース顕微鏡(KFM)による表面ポテンシャル測定をそれぞれ遂行して,PT信号が増加する領域と表面ポテンシャルが低下する領域との間によい一致が見られることを見出すとともに,これらの結果は,偏析した不純物が非発光再結合中心として働いている可能性を示す一方で,結晶粒界の電気的活性度は粒界の種類には単純には依存せず不純物の偏析によって強く影響されることを示唆している,ということを指摘している.さらに,フォトルミネッセンス(PL)法にて深い準位(0.77 eV付近)からの発光が確認できる結晶粒界の近傍にて,0.78 eVを中心光子エネルギとする近赤外光レーザを照射光源としたAFM光熱分光測定を行った結果,そのような領域ではPT信号も増大することから,AFM光熱分光測定では,照射光波長を適宜選択することによって,そのような深い準位の空間分布の可視化が可能であることを明らかにしている.これらの結果を通じて,AFM光熱分光法が非発光再結合特性の評価に有効であることを明らかにしている.

第4章は「CIGS薄膜に対する局所的光熱分光測定」と題し,CIGS薄膜におけるPT信号の測定結果を述べている.まず,PT信号の空間分布と結晶粒や粒界の位置との間には一般性を持った対応関係が確認できなかったことから,CIGS材料の結晶粒界は基本的には電気的に不活性であることを指摘している.その一方で,一部の結晶粒界近傍においてはPT信号の増大が見られており,それらの結晶粒界は非発光再結合中心を多く含んだ質の悪いものとなっていることを明らかにしている.また,0.89 eVを中心光子エネルギとする近赤外光レーザを光源とした光熱分光測定を行い,特定の結晶粒界近傍においてPT信号の増大が確認されたことから,そのような結晶粒界近傍に深い準位が存在している可能性を指摘している.

第5章は「結論」であり,本論文全体の研究成果をまとめて要約しているとともに,今後の展望として,光子エネルギの異なる光源によって深い準位を選択的に励起する光熱分光測定を行うことで不純物空間分布の可視化を実現できる可能性があることや,他の計測手法との併用によってバンドプロファイルと非発光再結合特性の関連性の議論が可能となることを述べている.

以上これを要するに,本論文は,新たに提案した二重サンプリング法を導入したAFM局所光熱分光測定法について,まず,多結晶Si太陽電池上での計測を通じて,光熱信号の空間分布の観測やその起源の議論が可能であること,太陽電池材料の主要パラメータのひとつである少数キャリア拡散長の差違を議論できること,などを明らかにすることによって,計測手法としての有効性を示すとともに,同手法を太陽電池用CIGS薄膜に適用して,結晶粒界が基本的には電気的に不活性である一方で,一部の領域には深い準位などの非発光再結合中心が偏在している可能性があることを指摘するなど,同材料を応用する上で有益な知見を示したものであり,電子工学上,寄与するところが少なくない.

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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