学位論文要旨



No 127938
著者(漢字) 益田,泰輔
著者(英字)
著者(カナ) マスタ,タイスケ
標題(和) 可制御な多数台の需要家機器を利用した電力系統需給制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 127938
報告番号 甲27938
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7706号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 教授 日髙,邦彦
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 岩船,由美子
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

地球温暖化対策や環境政策の一環として,我が国では風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー電源が大量に電力系統に導入されていくことが予想されている。また,2011年3月11日に発生した未曾有の大災害である東日本大震災を機に,この再生可能エネルギー電源大量導入の動きが今後ますます加速していくものと推測される。大容量の風力発電や太陽光発電の出力変動は電力系統の周波数や電圧に悪影響を及ぼす場合があるため,何らかの系統安定化対策が必要となり,対策費用の増大が問題となっている。情報通信技術(Information and Communication Technology: ICT)を応用した新しい電力系統の概念としてスマートグリッドが世界中で注目を集めているが,我が国では大量の再生可能エネルギー電源が導入された状況においても経済性と信頼性を両立できるスマートグリッドの構築が望まれている。

再生可能エネルギー電源の大量導入に伴う系統安定化対策としては蓄電池の設置が一般的であるが,蓄電池はその高コスト性からできるだけ設置容量を小さくすることが望ましく,蓄電池の代替となりうる可制御負荷としての需要家機器を利用した電力系統制御も注目されている。これからの電力系統では,風力発電や太陽光発電などの出力が一定でない電源の大量導入という供給サイドの変化だけでなく,ヒートポンプ給湯機(Heat Pump Water Heater: HPWH,HP給湯機)や電気自動車(Electric Vehicle: EV)といったエネルギー蓄積装置をもつ新しい需要家機器の増加という需要サイドの変化も同時に進むものと推測される。需要サイドの変化は,電力系統とその制御に新たな可能性をもたらす。これらの機器は,使用者の利便性を損なわない範囲であれば,系統状態の変化に応じてその消費電力・充放電電力を変化させても機器の使用には支障がない。本研究では可制御な需要家機器として,HP給湯機とEVの2種類の機器に注目し,これらを利用した電力系統需給制御手法の確立を目指す。

本研究では,太陽光発電や風力発電が大量に導入され,さらに蓄電池システム(Battery Energy Storage System: BESS)が設置された将来の電力系統において,多数台のHP給湯機とEVを利用した電力系統需給制御手法を提案し,その効果を明らかにすることを目的とし,以下に示す事項について検討を行った。

1.多数台の需要家機器の制御手法の提案と検証

多数台の需要家機器の制御を行う上での課題として,需要家の利便性および不確実性の考慮がある。本研究では,HP給湯機とEVという2種類の機器の電力系統需給制御への利用を想定するが,従来の研究では,実際に制御を行ったときに,HP給湯機であれば給湯需要や貯湯量,EVであればバッテリーの充電状態(State Of Charge:SOC)や走行・停車状態など,1台1台の状態がどうなるか,また1台1台の状態を考慮した上でどのように制御を行うのが効果的であるかについて十分な検討がなされていなかった。そこで本研究では,多数台の需要家機器を電力系統需給制御に利用するための,利便性と不確実性を考慮したHP給湯機群およびEV群の集約制御手法を提案した。

はじめに,電力系統需給制御のための多数台のHP給湯機の集約制御手法の検討を行った。本研究では図1に示すように中央給電指令所と多数のローカルコントロールセンター(Local Control Center:LCセンター)からなる二階層制御システムを想定し,まずLCセンター単位でHP給湯機を起動・制御する制御システムの下層部分(LCセンター-HP給湯機)におけるHP給湯機群の制御手法を提案した。本手法の電力系統周波数制御に与える効果は,給湯需要など需要家の不確実性を考慮した周波数シミュレーションによって検証し,湯切れの発生や必要湯量の沸上不足の発生など需要家の利便性を損なうことなく,周波数変動を抑制できることが分かった。また,本手法を用いてHP給湯機を制御することを前提に,多数台のHP給湯機の動作を模擬する集約HP給湯機モデルを設計した。集約HP給湯機モデルの妥当性はシミュレーションによって検証し,集約HP給湯機モデルを周波数解析などの電力系統解析シミュレーションに利用することが可能であることを明らかにした。詳細なHP給湯機モデルを想定台数だけ用いた電力系統解析シミュレーションは非常に大規模かつ複雑であるが,多数台の詳細HP給湯機モデルの代わりに集約HP給湯機モデルを用いることで,シミュレーションを簡単化することができる。さらに,多数のLCセンターをLCセンター群としてグループ化し,グループごとに群制御を行う制御システムの上層部分(中央給電指令所-LCセンター)におけるHP給湯機群の制御手法も提案した。

次に,電力系統需給制御のための多数台のEVの集約制御手法の検討を行った。HP給湯機の場合と同じように中央給電指令所と多数のLCセンターからなる二階層制御システムを想定し,まずLCセンター単位でEVを制御する制御システムの下層部分(LCセンター-EV)におけるEVの制御手法としてSOC同期制御手法を提案した。本手法は,SOCの大きさに応じてEV群に制御信号を割り当てることで,EV群のSOCを制御可能な範囲に保って制御能力の低下を防ぐだけでなく,EV群のSOCを同期させることでEV群の管理を容易にし,制御可能なEV群を集約して制御することを可能にする手法である。SOC同期制御の効果は,制御可能なEVの台数など使用者の不確実性を考慮したシミュレーションによって検証し,本手法によってLCセンター単位でSOCを同期して変化させることができることが分かった。また,本手法を用いてEVを制御することを前提に,多数台のEVの動作を模擬する集約EVモデルを設計した。集約EVモデルの妥当性はシミュレーションによって検証し,集約EVモデルを周波数解析などの電力系統解析シミュレーションに利用することが可能であることを明らかにした。集約EVモデルは集約HP給湯機モデルと同様に電力系統解析シミュレーションを簡単化することができる。さらに,中央給電指令所がLCセンターごとに,LCセンター単位で同期して変化しているSOCに応じて制御信号を割り当てることで,系統全体の制御可能なEV群のSOCを同期させることができる制御システムの上層部分(中央給電指令所-LCセンター)におけるEV群のSOC同期制御手法も提案した。

2.新しい電力系統需給制御手法の提案と検証

需要家機器群の集約制御手法を提案した次は,その制御手法を実際の電力系統需給制御にどのように適用するか検討する必要がある。現在の電力系統の需給調整は中央給電指令所と可制御な発電機群による集中制御によって行われており,この集中制御に多数台のHP給湯機とEVによる制御を組み込む必要がある。

本研究では,電力系統の需給変動のうち数分~数十分程度の周期の変動を補償する負荷周波数制御(Load Frequency Control: LFC)に多数台のHP給湯機とEVを利用する手法を検討した。通常のLFCにおいては,中央給電指令所が補償すべき電力の制御信号(LFC信号)として可制御な発電機群に送信し,それに応じて各発電機が出力を調整しているが,本研究ではこのLFC信号を変動の周期と大きさに応じて,可制御な発電機群,BESS,HP給湯機群,EV群に割り当てる新しい協調LFC手法を提案した。本手法の効果は,HP給湯機群とEV群の機器としての使用を考慮するため長期間(24時間)の周波数シミュレーションによって検証し,EV群とHP給湯機群による周波数変動抑制効果を確認した。また,時間帯ごとに制御効果を評価し,周波数変動の大きくなる時間帯に周波数変動を抑制できていることが分かった。さらに,BESSのインバータ容量をパラメータとして同様のシミュレーションを行い,HP給湯機群とEV群によるBESSのインバータ容量削減効果を定量的に評価できることを明らかにした。

さらに本研究では,電力系統の需給変動のうち数十分以上の周期の変動を補償する経済負荷配分制御(Economic Dispatching Control: EDC)にも需要家機器群を利用する手法を検討した。LFCには需要家機器群のMW価値(どれだけの電力を制御できるか)が重要となるが,経済性を考慮するEDCにはMWh価値(どれだけの電力量を制御できるか)が重要となるため,MWh価値の高いHP給湯機群をEDCに利用するとし,系統全体で確保すべきLFC容量を制約条件として考慮し,火力発電の運転コスト(燃料費および起動費)を最小化するHP給湯機群の運転計画作成手法を提案し,シミュレーションによって検証した。本手法は,系統全体として確保すべき制御容量(LFC容量)を制約条件として考慮し,系統内の全HP給湯機を多数のグループに分割し,グループごとにHP給湯機群をLFCとEDCに利用するものとして,火力発電の起動停止計画(日間運用計画)を作成し,HP給湯機の運転台数および運転時間帯を決定する手法である。本手法を用いることで電力系統の運用コストが最小になるようLFCおよびEDCに利用するHP給湯機群の運転計画を作成できることが分かった。また本手法によって作成した計画に従ってHP給湯機群を運転・制御した場合の周波数変動をシミュレーションによって解析し,提案するHP給湯機群を利用したEDC手法を行った場合の周波数変動についても,本研究で提案したシミュレーションモデルを用いて評価することができることを確認した。

図1 HP給湯機とEVの制御システム

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「可制御な多数台の需要家機器を利用した電力系統需給制御に関する研究」と題し、8章よりなる。

第1章は「はじめに」で、本研究の背景と目的を述べている。再生可能エネルギー電源の大量導入に伴う系統安定化対策としては蓄電池の利用が一般的であるが、蓄電池はそのコスト高からできるだけ設置容量を小さくすることが必要で、蓄電池の代替となりうる可制御負荷としてヒートポンプ給湯機(HP給湯機)と電気自動車(EV)を取り上げ、これらの需要家機器を利用した新しい電力系統需給制御手法を提案することを述べている。

第2章は「電力系統需給制御」と題し、現在の電力系統で行われている需給制御(負荷周波数制御:LFC)についてまとめ、近年注目を集めている可制御負荷の需給制御応用に関する研究動向および本研究での可制御負荷の利用について説明している。また、本研究における可制御負荷の制御システムについても述べている。

第3章は「周波数解析モデル」と題し、電力系統周波数解析のためのシミュレーションに用いる解析モデルと、その構成要素であるEDC(Economic Dispatching Control)システムモデル、火力プラントモデル、BESS(Battery Energy Storage System)モデルについて述べている。

第4章は「ヒートポンプ給湯機群の制御およびモデリング」と題し、電力系統需給制御への利用を考えている可制御な需要家機器であるHP給湯機について、その集約制御手法を提案している。まず、ローカルコントロール(LC)センターごとの一般家庭の多数のHP給湯機の運転制御方法を提案し、シミュレーションにより、個々の需要家の不確実性を考慮した上で,個々の需要家の利便性を損なうことなくHP給湯機群を効果的にLFCに利用できることを明らかにしている。次に、中央給電指令所からの制御システムを設計する際に必要となる多数台のHP給湯機の動作を模擬する統計的集約モデルを提案し、その妥当性をシミュレーションによって検証している。

第5章は「電気自動車群の制御およびモデリング」と題し、電力系統需給制御への利用を考えているもう1つの可制御な需要家機器であるEVについて、その集約制御手法を提案している。ここでは、多数台のEVへの制御システムおよび通信ネットワークをできるだけ簡易なものとすることを目的として、LCセンターごとのEV群のSOCを同期して変化させることができるLFC信号の割当手法(SOC同期制御手法)を提案し、この制御手法を前提とした多数台のEVの動作を模擬する集約EVモデルを設計し,シミュレーションによってSOC同期制御手法及び集約EVモデルの妥当性を示している。

第6章は「ヒートポンプ給湯機群と電気自動車群を利用した負荷周波数制御」と題し、電力系統の負荷変動のうち数分~数十分程度の変動成分を補償するLFCに対して、多数台のHP給湯機とEVの両方を利用した新たな制御手法を提案し、シミュレーションによりその効果を検証している。本手法では、補償すべき制御信号(LFC信号)をその変動の周期と大きさに応じて、可制御な発電機群、BESS、HP給湯機群、EV群に割り当てるものとしている。大量の再生可能エネルギー電源が導入された電力系統においては、応答の速いBESSの設置が必要となるが、そのBESSの必要設置容量を削減できるという点で、HP給湯機群とEV群を利用したLFC手法は効果的であることをシミュレーションによって明らかにしている。

第7章は「ヒートポンプ給湯機の経済負荷配分制御への応用」と題し、火力発電の運転コスト(起動費および燃料費)を考慮した電力系統需給制御への需要家機器制御の応用を検討している。ここでは,kWh価値の高いHP給湯機群を経済負荷配分制御(EDC)に利用するものとし、系統全体で確保すべきLFC調整容量を制約条件として考慮し、火力発電の運転コストを最小化するHP給湯機群の運転計画作成手法を提案し、HP給湯機群の運転開始時間を適切に制御することで、火力発電の運転コストを下げられることを示している。

第8章は「おわりに」で、各章の結論をまとめている。

以上を要するに、本論文は、大量の再生可能エネルギー電源が導入され需給制御が困難となる電力系統において、可制御な需要家機器である多数台のヒートポンプ給湯機と電気自動車の蓄電池を需給制御に利用するための集約モデル化手法やそれらに基づいた周波数制御手法、そして火力発電の経済的な運用を考慮したヒートポンプ給湯機群の運転計画手法を提案し、効果的な需給制御を行うことが可能であることをシミュレーションにより明らかにしたもので、電気工学、特に電力システム工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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