学位論文要旨



No 127939
著者(漢字) 皆木,亮
著者(英字)
著者(カナ) ミナキ,リョウ
標題(和) 電気自動車の人間親和型モーションコントロール
標題(洋)
報告番号 127939
報告番号 甲27939
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7707号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 教授 橋本,樹明
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 藤本,博志
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、電気モータの優れた制御性を利用して、運転者と電気自動車の親和性を向上させる新しいモーション制御に関して論ずる。特に人間の感覚特性に基づくパワーアシスト手法と高精度な車両状態及び、路面状態推定法を取り入れ、一体感のあるマン―マシンインタフェースを実現する。

電気モータは、従来の内燃機関エンジン車と比較して、以下の理由により制御性に優れている。(1) トルク応答が2桁以上速い、(2) モータの電流を測定することにより、精確なトルクが検出できる。この2つの特徴を用いたオブザーバを設計することにより、電気モータを高性能なセンサとして利用し、高速かつ高精度な制御が可能となる。また、(3) 小型化が可能なため、インホイールモータとして各輪に分散配置し、駆動力差によって車両運動を制御することができる。これらの利点を有する電気モータをアクチュエータとして、電動パワーステアリングと電気自動車に搭載し、運転者の操作ミスを軽減する操舵支援や高性能な路面状態推定に基づく車両運動安定化制御を実現する。

第1章は、研究背景と目的、自動車安全技術に関する先行研究に関して述べる。近年の自動車交通事故に関して調査したところ、交通事故による死亡者数や重傷者数は年々減少しているが、交通事故発生件数は減少傾向にない。また、交通事故の大半は、安全不確認や運転操作ミス等のヒューマンエラーに起因している。つまり、今後の自動車安全技術は人間のミスを的確に検出し、能動的に危険回避をアシストする手法が必要とされている。この課題に対し、本論文は、運転者と電気自動車の親和性を向上させることにより、運転者は操作ミスを認識し易くなり、かつ操作性の向上により、危険回避をアシストする制御手法を提案する。

第2章は、タイヤ力学と車両運動力学に関する基礎的な理論を展開し、能動的な操舵を支援するアクティブ前輪操舵(AFS)を適用した場合の車両運動制御について、シミュレーションを用いて、運動力学上の有効性を示す。しかしながら、AFSは運動力学上においては簡単に効果を説明できるが、運転操作と干渉するため、親和性が低下する。この操舵干渉を解決する非干渉化制御については第4章にて述べる。

第3章は、タイヤと路面間のグリップマージンを定量的に推定し、さらにタイヤグリップマージン(TGM)に基づきインホイールモータの制駆動力を制御することにより、車両運動を安定化する手法を提案する。これまでの研究は、タイヤと路面の摩擦係数μを推定する手法等が提案されてきたが、摩擦係数μは物理量ではないことから、タイヤのグリップマージンを定量的に推定することは困難であった。本論文は、タイヤの力学モデルを拡張し、電気モータによるタイヤと路面間の反力推定により、TGMの推定を可能とする。また、路面反力推定はステアリング機構のモデルを精度よく同定する必要があり、ハンドルを操作しながら最尤推定法に基づくモデル同定により実現している。

第4章は、ステアリング機構の運動方程式を導出し、運転者と電気自動車の親和性を向上させる人間親和型モーション制御を3つ提案する。(1) 操舵感度線形化制御、(2) ヨーレート線形化制御、(3). 操舵干渉の非干渉化制御。人間が与えた刺激強度に対して、感じた刺激の大きさの比を感度と定義し、一般的に人間の感度は非線形特性となる。操舵感度線形化制御は運転者の入力トルクに対して、感じる操舵反力を線形化するようにフィードフォワード(FF)制御する。操舵感度の線形化により、重ね合わせの理が成り立ち、車両運動と一体感のある操作が可能となる。また、人間の前庭器(三半規管、耳石)は平衡感覚(回転加速度)を司る器官であり、自動車を運転する場合はハンドルを操作しながら、車両のヨーレート運動を制御している。そこで、操舵角からヨーレートの応答を線形化させる二自由度制御を提案する。フィードバック(FB)制御は外乱に対するロバスト性を考慮し、FF制御はヨーレート応答を線形化させる。ヨーレートの線形化により、運転者にとって操作し易い車両運動を提供する。

3つめは、運転操作とアクティブ前輪操舵(AFS)に生じる操舵干渉の低減化について提案する。運転操作ミスを検知し、AFSによる修正操舵支援が介入する際に、前輪が受ける路面反力が変化し、運転者へ予期できない反力が伝達され、運転操作を妨げる操舵干渉が生じる。本論文は前輪舵角に応じて、パワーアシストモータのアシスト量を制御する可変アシスト制御や路面反力推定に基づく操舵反力制御により、操舵干渉の非干渉化を提案する。

第5章は、これまで提案してきた制御手法を1組の遊星歯車と2つの電気モータを備えたステアリング機構により、実現する。遊星歯車の角度式とトルク式の関係から、1つの電気モータで制御できるのはトルクか角度のどちらか一方となる。そのため、2つの電気モータにより、前輪舵角と運転者の反力を同時に制御している。また、各モータの制御則を導き、ドライビングシミュレータ(DS)を製作する。DSはステアリング機構や電気モータはハードウェアとし、車両運動のみソフトウェアにより模擬し、パソコンモニタへ出力する。車両や路面状態に応じた路面反力は電気モータを介して、運転者へ伝達される。

第6章は、これまで提案してきた制御手法をシミュレーションやDSによる実験機で検証し、有効性を議論する。

第7章は、結論と今後の展望について述べる。

本論文は、電気モータの優れた制御性を利用することにより、精確な路面状態推定と人間の感覚特性に基づく親和型制御により、自動車安全の向上を目指した。

電気モータとオブザーバにより、タイヤが路面から受ける反力を推定し、タイヤのグリップマージンが推定可能となる。また、タイヤグリップマージンに基づきインホイールモータの駆動力差を制御することにより、車両運動の安定化が可能となる。運転者の操舵感度を線形化することにより、車両運動と一体感のある操作が可能となり、操舵反力を介して、車両の横滑りを検知し易くなる。また、横滑り検知後に、ハンドルから少し手を離すと、路面反力の外乱感度が上がり、ハンドルを戻すように反力がフィードバックされ、横滑りを抑制する。操舵角からヨーレート応答を線形化することにより、運転者の車両操作性が向上し、修正操舵が軽減される。結果として、運転操作ミスが抑制されることが示唆された。アクティブ前輪操舵支援による操舵干渉においては、前輪舵角に基づきアシスト量を制御する可変アシスト比制御や路面反力推定に基づく操舵反力制御により、非干渉化が可能であることが実験により示された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「電気自動車の人間親和型モーションコントロール」と題し,電気モータの優れた制御性を利用して,運転者と電気自動車の親和性を向上させるモーションコントロール法を開発した結果をまとめた全7章と付録よりなる。

電気自動車は電気モータによって駆動されるため,エンジン車と比較して以下の点で優位にある。(1) トルク応答が2桁以上速い,(2) モータ電流から発生トルクが精確にわかる。この二つの特長を用い,路面状態推定にもとづく優れた運動制御が可能となる。また,(3) 電気モータは小型化して各輪に分散配置できる,という特長を利用したさらに高度な車両運動を実現することができる。

本研究では,電気モータを電動パワーステアリングと車体駆動に用い,運転者の操作ミスを軽減する操舵支援や路面状態推定にもとづく車両運動の安定化制御を実現する。とくに人間の感覚特性にもとづく電動パワーステアリング制御に,車両および路面状態の推定法を取り入れ,運転者と一体感のある制御法を実現している。

第1章は「序論」であって,研究背景と目的,自動車安全技術に関する先行研究について述べている。近年,交通事故による死亡者数や重傷者数は減少しているが,事故発生件数は減少しておらず,事故の大半は,安全不確認や運転操作ミス等のヒューマンエラーに起因していることを示している。その結果,今後自動車の安全性を高めるには,人間の操作ミスを的確に検出し,能動的に危険回避をアシストする手法の開発が必要であるとしている。

第2章「自動車の運動力学」では,タイヤ力学と車両運動力学に関する基礎理論を展開し,アクティブ前輪操舵(AFS)の有効性をシミュレーションによって示している。AFSの運動力学上の効果は容易に示せるが,運転者の操作と干渉があるため親和性の低下は避けられない。この操舵干渉を解決する制御法の開発については第4章で提案するとしている。

第3章「電気自動車によるタイヤグリップマージンと車両運動制御の提案」では,車両運動を安定化するために,タイヤと路面間のグリップマージン(TGM)を推定し,TGMにもとづいてインホイールモータの制駆動力を制御する手法を提案している。従来の研究ではタイヤと路面の摩擦係数μの推定に固執してきたが,μは無次元量で運動制御に直接用いるには不便であった。本論文では,タイヤの力学モデルを拡張し,タイヤと路面間の反力推定によってTGMの推定を可能にした。なお,路面反力推定にはステアリング機構の精確なモデルが必要であるが,ステアリングホイールを操作しながら実験を行い,最尤推定法にもとづくモデル同定によりこれを実現している。

第4章「人間親和型操舵制御の提案」では,まず,ステアリング機構の運動方程式を導出し,運転者と電気自動車の親和性を向上させる操舵制御を三つ提案している。すなわち,(1) 操舵感度線形化制御,(2) ヨーレート応答線形化制御,(3) 操舵干渉非干渉化制御,である。

与えられた刺激強度に対する人間の感度は一般に非線形となるが,操舵感度線形化制御では運転者の入力トルクに対して感じる操舵反力を線形化するフィードフォワード(FF)制御を行う。操舵感度の線形化により重ね合わせの理が成り立ち,車両運動と一体感のある操作が可能となる。

運転者はステアリングホイールによって車両のヨーレートを制御している。そこで,操舵角からヨーレートへの応答を線形化させる二自由度制御を提案する。フィードバック(FB)制御は外乱に対するロバスト性の向上に用い,ヨーレート応答の線形化はFF制御によって行っている。

最後に,運転操作とAFSに生じる操舵干渉の非干渉化法を提案している。AFSによる修正操舵が介入する際には前輪の路面反力が変化し,予期できない反力が伝達されて運転操作を妨げる。そこで,前輪舵角に応じてアシスト量を変化させる可変アシスト制御や,路面反力推定にもとづく操舵反力制御を提案し,操舵干渉を低減している。

第5章「ステアリング実験装置」は,これまで提案してきた制御手法を1組の遊星歯車と二つの電気モータを備えたステアリング機構によって実現したものである。遊星歯車の角度とトルクの関係式によると,前輪舵角と運転者の反力を同時に制御するには電気モータは二つ必要である。各モータの制御則を導き,ドライビングシミュレータ(DS)を製作している。DSは車両運動のみソフトウェアにより模擬し,モニタへ出力する。車両や路面状態に応じた路面反力は電気モータを介して運転者へ伝達される。

第6章「シミュレーション及び実験検証」は,これまで提案してきた制御手法の有効性を,シミュレーションや自作したDSによる実験によって検証した結果を述べている。

第7章は結論であり,本研究の成果と今後の展望をまとめている。

最後に付録として,提案手法の有効性を実験によって検証するために開発したDSの詳細を記している。

以上これを要するに,本論文は,電気モータの優れた制御性を利用した,路面反力推定やタイヤグリップマージンにもとづく車両運動制御,操舵感度線形化・ヨーレート応答線形化・操舵干渉非干渉化などの操舵制御を提案し,シミュレーションとドライビングシミュレータによる実験によって,車両運動の安定化や操作ミスの軽減に効果があることを実証したものであって,電気工学,制御工学,自動車工学への貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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