No | 127941 | |
著者(漢字) | 吉田,健治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシダ,ケンジ | |
標題(和) | 強磁性電極を用いた単一分子トランジスタの作製とその量子輸送現象 | |
標題(洋) | Fabrication of single molecule transistors with ferromagnetic leads and their quantum transport | |
報告番号 | 127941 | |
報告番号 | 甲27941 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7709号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電気系工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ナノギャップ電極間に単一有機分子を挟んだ構造を持つ単一分子トランジスタ(SMT)は、その極小サイズを生かした集積回路の高密度化や分子スピンを利用した量子情報処理への展開が期待されており、近年注目を集めている。SMTの特性は、用いる分子材料とその分子と結合する電極材料という2つの材料の自由度によって決定されため、分子と電極材料の組合せによって多様な機能が発現することが期待されている。本研究は、単一分子素子のスピントロニクスへの応用を鑑みて、電極材料に強磁性体を用いたSMTの輸送特性を評価することを目的とした。そこで、強磁性体であるNi電極を材料として用いた際のSMT作製プロセスの最適化を行った。さらに、C(60)分子にNi電極を作製したSMTの輸送特性を評価し、単一C(60)分子におけるスピン依存伝導を調べた。 本論文は、7つの章で構成される。第1章は序章であり、本研究分野における研究動向を踏まえて本研究の背景及び研究目的を述べた。第7章は、本論文の結論について述べた。以下では、本論文の本論である第2章から第6章までの要旨を述べる。 第2章では、SMTで発現する伝導特性について単一電子トランジスタ(SET)の伝導モデルを基に概説した。分子がクーロン島として振舞うSMTで特異に観測される、分子内振動やナノギャップ電極間での分子の空間的振動に起因した励起準位の発現機構について説明した。 第3章では、Niを電極材料として用いた際の通電断線法適用条件について検討した。最初に、従来の汎用リソグラフィ技術を用いた金属ナノワイヤの作製プロセスについて述べ、単一分子と同程度の寸法の空隙を有するナノギャップ電極の作製法である通電断線法に関して説明した。特に電圧印加時におけるナノワイヤの伝導度を印加電圧にフィードバックさせることで段階的な通電断線工程が可能なフィードバック通電断線法の制御アルゴリズムを説明した。次に、化学的に活性であるNiにおける通電断線法の適用環境に関して検討を行った。その結果、大気解放条件下で適用した場合、Ni電極表面に付着した大気由来の水分を介した陽極酸化反応が起こり、電極の酸化による変質が生じることを示した。これより、化学的に活性な金属材料の通電断線法適用環境の必要条件は無水環境であることを見出した。さらに、Ni原子接合が通電断線する際の断線電圧を統計化した結果、断線電圧がNiの表面拡散ポテンシャルEDと一致することを示した。これは、Ni原子接合の通電断線機構においても、1電子が金属原子にEDに相当するエネルギーを与えることで、原子が接合部から外れるという通電断線機構が妥当であることを確認したものである。さらに、Ni原子接合への印加電圧がED/e未満であれば、10(10) A/cm2という高電流密度を印加した場合でも断線が生じないことを示した。このことは、原子接合を利用した超微細素子が、ED/e以下の印加電圧で駆動されれば安定であることを示している。 第4章では、SMTの作製歩留りの向上を目的としたSMT作製プロセスの最適化を行った。SMTは、通常、分子を塗布した金属ナノワイヤに通電断線法を施すことでナノギャップを形成し、そのナノギャップ間に分子が捕縛されることで実現される。一方で、分子のナノギャップ間への捕縛は偶然に依拠したものであるため、SMT作製歩留りは数%に留まっているという課題があった。本研究では、従来の作製プロセスでは2つの事象によって、ナノギャップ近傍に存在する分子数の減少が生じる事を考察した。第一に、通電断線過程に生じるジュール熱によって分子がナノワイヤ表面から脱離する、または分子が熱的に分解するため、ナノギャップ形成時点にナノギャップ近傍に残存する分子数が減少することである。もう一方は、分子はナノワイヤ表面上に存在するため、通電断線法によって生じるナノワイヤを構成する金属原子のエレクトロマイグレーション(EM)に伴い、分子がナノワイヤ表面から移動する可能性が考えられる。これらの問題を解決するため、ナノワイヤに対し通電断線法を適用し、ナノワイヤを量子ポイントコンタクト(QPC)状態まで狭窄後、分子を塗布し、再び通電断線法を適用しナノギャップを作製するプロセスを開発した。実際に本プロセスを用いて、SMTを作製した結果、90%以上の素子で、分子がナノギャップ間に捕縛された際に特徴的な伝導特性である単一電子トンネリング特性が観測されることを確認した。以上から、本工程がSMT作製歩留り向上に高い効果を有することを示した。 第5章では、不純物原子が吸着したNi QPCに通電断線法を適用して作製した2~3原子幅のNi QPCで、近藤効果が発現することを示した。観測された近藤効果に起因する伝導度の上昇幅は2e2/h程度とこれまで報告されてきた強磁性ナノ接合における近藤効果で観測された値よりも高く、さらに、伝導度がゲート電圧によって変調可能であることを確認した。これらの結果は、強磁性体の寸法が原子レベルまで縮小した系においては、伝導電子のスピンとNi原子の局在スピンとが反強磁性的に結合することを示したものである。 第6章では、Niナノギャップ電極を用いて作製したC(60)をクーロン島としたSMTの伝導特性について検討した。本研究において、第3章で述べた工程を用いることで、Ni電極を用いたSMT作製に成功し、明瞭なクーロンダイアモンド(CD)特性を世界で初めて観測した。Ni電極を用いたSMTでは、これまでに報告されたAuを用いたSMTや他の材料系を用いたSETでは見られなかった励起準位のゲート電圧依存性を確認した。この結果について、Ni-C(60)間で電子軌道の混成によって、ゲート電極との結合が異なるいくつかの分子軌道が伝導に寄与している可能性について議論した。また、SMTの磁気抵抗効果を測定した結果、外部磁場によって抵抗が最大で100倍以上、変調可能であることを確認した。この結果から、強磁性電極を用いたSMTは磁気記録素子や磁気センサーとしても極めて有望であることを示した。 | |
審査要旨 | 単一分子に電極で電気的にアクセスし、分子の持つ多彩な機能をエレクトロニクスに応用しようという取り組みが、近年注目を集めている。単一分子トランジスタの特性は、用いる分子と電極材料という2つの自由度によって決定されるが、これまで強磁性などを示す遷移金属で単一分子トランジスタを作製することは極めて困難であった。本論文は、"Fabrication of single molecule transistors with ferromagnetic leads and their quantum transport"(「強磁性電極を用いた単一分子トランジスタの作製とその量子輸送現象」)と題し、主に強磁性金属であるNiの通電断線法によるナノギャップ電極作製の最適化とC60分子/Ni電極単一分子トランジスタの量子輸送現象について論じたものである。論文は6章より構成されており、英文で記されている。 第1章は序論であり、本研究の背景と目的について述べられている。分子エレクトロニクスは1974年に提唱され、走査プローブ顕微鏡や機械的断線法により分子のダイオード特性が研究されてきた。しかし、2000年のエレクトロマイグレーションを利用した通電断線法による単一C60分子トランジスタの実現は、分子デバイスの可能性を大きく拓いた。しかし、これまでの研究は金を電極に用いたものがほとんどであり、強磁性や超伝導を示す金属の特徴を素子に付加し、新たな機能の開拓をすることが必要だと述べている。 第2章では、単一分子トランジスタの動作特性を理解する上で重要な単一電子トランジスタの伝導機構とその特徴について概説している。単一分子トランジスタでは分子がクーロン島の役割を果たし、単一電子トランジスタとして動作する場合が多い。特に、単一分子トランジスタに特徴的に観測される分子振動に起因した励起準位の発現機構について説明している。 第3章では、まず強磁性金属であるNiを電極材料として用いる場合の通電断線を行う環境について論じ、Niのように化学的に活性な金属材料の通電断線を行う場合には、無水環境であることが必要であることを見いだしている。さらに、バリスティック伝導領域において、Ni原子接合の原子移動の臨界電圧を統計化した結果、臨界電圧の最頻値がNiの表面拡散ポテンシャルと一致することを示した。このことにより、Ni原子接合の通電断線機構において、1電子が金属原子に表面拡散ポテンシャルに相当するエネルギーを与えることで、原子が接合部から外れるという機構が妥当であることを確認している。さらに、Ni原子接合への印加電圧が表面拡散ポテンシャル未満であれば、1010 A/cm2という高い電流密度を印加した場合でも断線が生じないことも示している。 第4章では、単一分子トランジスタの作製歩留りの向上を目的とした素子作製プロセスの最適化について述べている。単一分子トランジスタは、通常、分子を塗布した金属ナノワイヤに通電断線法を施すことでナノギャップを形成し、そのナノギャップ間に分子が捕獲されることで作製される。しかし、分子のナノギャップ間への捕獲は偶然によるものであり、単一分子トランジスタの作製歩留りは数%に留まっているという課題があった。従来の作製プロセスでは、第一に通電断線過程において生じるジュール熱によって分子が熱的に分解・脱離する可能性があるため、第二に通電断線法による金属原子のエレクトロマイグレーションに伴い、分子が金属接合部表面から移動するため、ナノギャップ部にある分子数が減少する可能性がある。これらの問題を解決するため、金属電極にまず通電断線法を適用し、金属電極をバリスティック伝導領域となる数十原子まで狭窄後、分子を塗布し、再び通電断線法を適用しナノギャップを作製するプロセスを開発した。本プロセスを用いて、単一分子トランジスタを作製した結果、90 %以上の確率で、クーロン梯子特性が観測される単一分子接合を作製できることを確認し、本プロセスが単一分子トランジスタ作製歩留り向上に極めて有効であることを示した。 第5章では、C60分子をクーロン島とした強磁性電極単一分子トランジスタの伝導特性について論じている。本研究において、第5章で述べた新しいプロセスを用いることで、Ni電極を用いた単一分子トランジスタの作製に成功し、明瞭なクーロンダイアモンド特性を世界で初めて観測している。さらに、Ni電極を用いた単一分子トランジスタでは、これまでに報告された金電極を用いた試料では見られなかった分子軌道のゲート電圧依存性を確認し、反応性の高いNi原子とC60分子の混成の重要性について述べている。さらに、Ni/C60単一分子トランジスタが非常に大きな磁気抵抗変化を示すことを見いだし、強磁性電極単一分子トランジスタが、メモリーや磁気センサーとして有望であることを示している。 第6章は結論であり、博士論文全体を通してのまとめが記されている。 以上のように本論文は、単一分子のスピントロニクスへの応用を目指して、強磁性体金属の通電断線過程を詳細に調べ、フィードバック通電断線法を用いた単一分子トランジスタの作製プロセスの最適化を行うことにより、非常に高い歩留まりで強磁性電極単一分子トランジスタを作製することに成功するとともに、強磁性原子-分子接合に起因する特異な単一電子伝導やスピン依存伝導の観測について報告したものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |