No | 127949 | |
著者(漢字) | 塩見,雄毅 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シオミ,ユウキ | |
標題(和) | 遍歴磁性体における異常及びトポロジカルホール効果 | |
標題(洋) | Anomalous and topological Hall effects in itinerant magnets | |
報告番号 | 127949 | |
報告番号 | 甲27949 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7717号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 磁性体においては、ローレンツ力による通常のホール効果に加え、磁化による異常ホール効果や、非共面的な磁気構造に由来するトポロジカルホール効果が生じることが知られている。強磁性金属における異常ホール効果の起源は古くから研究されており、外因性起源(スキュー散乱)と内因性起源と呼ばれる二種類の機構が散乱率の関数として重要性が移り変わることが明らかとなっていた。我々は、内因性起源による異常ホール効果に対し、ローレンツ比と呼ばれる物理量を有効に使うことで、異常ホール流が理論的に予測されていた非散逸性を液体窒素温度よりも高い温度まで持ち得ることを検証し、さらに散乱強度の増大による非散逸性の破れが起きる閾値を明らかとした。また、外因性起源によるスキュー散乱に対しては、100K以下で大きなスキュー散乱の寄与が見られるFeに着目し、内因性起源からのクロスオーバーによってローレンツ比が負値や発散などの異常を示すことを発見し、またスキュー散乱の不純物元素依存性に関して系統的な研究を行った。 トポロジカルホール効果に関しては、物質例が比較的少なかったことに着目し、物質探索を行うことでトポロジカルホール効果を示す螺旋磁性金属を2つ発見(Fe(1+x)Sb, MnP)した。また、カイラルな結晶構造をもつ螺旋磁性金属MnGeにおいては、スカーミオン格子相と呼ばれる非自明な渦状のスピン構造が周期的に配列した磁気相が存在することが示唆されていた。本研究ではネルンスト効果及び熱ホール効果の測定により、熱流によって駆動されるトポロジカルホール効果の性質を議論した。 I. 強磁性金属における異常ホール効果に関する研究 I - 1.背景 強磁性体の異常ホール効果においては、内因性起源と外因性起源の二種類の起源が知られており、どちらの起源が優勢であるかについて論争が半世紀以上続いてきた。しかし、弾性散乱を考慮した最近の理論的研究により、散乱率の関数として内因性起源と外因性起源(の一種のスキュー散乱機構)が移り変わることが明らかとなった[1]。このことは弾性散乱が主な非常に低温でホール伝導率の縦伝導率依存性を調べることにより、実験的にも検証されている[2]。 I - 2.ローレンツ比を用いた、内因性起源による異常ホール流の非散逸性の検証とその散乱強度依存性の研究 内因性起源に関しては、非散逸的な異常ホール流が流れることが理論的に予測されており、実験的にも非常に低温において、フィリングによって電気伝導率が数桁変化しても異常ホール伝導率は散乱確率に依存しないことが示されていた[3]。本研究では、非弾性散乱に敏感であるという性質をもつローレンツ比(熱伝導率と電気伝導率の比を絶対温度で割った量)という量に注目し、低温から室温に至る広い温度領域で、内因性起源による異常ホール流の非弾性散乱依存性を詳しく調べた。結果として、NiやCuを少量ドープしたNiにおいて、最低温から100K程度までの広い温度領域で異常ホール流が非弾性散乱に依らないことを明らかにした。さらに、Ni、Co、Fe、それらに不純物をドープした試料を用いた系統的な研究により、温度上昇や不純物量の増加に伴う散乱強度の増大によって、その非散逸性が壊れることを明らかにした。その非散逸―散逸クロスオーバーの散乱強度の閾値は、内因性起源において本質的なスピン軌道相互作用によるバンドギャップ程度の大きさ(数十meV)であることを突き止めた。 I - 3. 不純物をドープしたFeにおける外因性(スキュー散乱)起源異常ホール効果 Feにおいては、約100K以上の高温では内因性起源の異常ホール効果が主であるが、それより低温でスキュー散乱機構(外因性起源の一種)による異常ホール効果が支配的な領域に移り変わることが知られていた[2]。本研究では、まず非弾性散乱に敏感なローレンツ比を用いた研究により、内因性―外因性クロスオーバーを調べ、異常ホール流に対するローレンツ比がクロスオーバーの温度付近で負値や発散などの異常を示すことを示した。これは非弾性散乱に依りにくい内因性起源の異常ホール流と、非弾性散乱に依存するスキュー散乱起源の異常ホール流の競合を考えることで理解できる。 また、Feにおけるスキュー散乱誘起異常ホール効果は、理論的に予測されるように強く不純物の種類や量に依存することがわかった。本研究では実際に、不純物の種類、量を系統的に変化させたFeを作製し、スキュー散乱誘起異常ホール効果の不純物元素による性質の違いを、ホール効果測定、ネルンスト効果測定などを用いて詳細に調べた。 II. らせん磁性金属におけるトポロジカルホール効果に関する研究 II - 1.背景 非共面的な磁気構造に対しては、スカラースピンカイラリティが零でない値をとり、それがベリー位相と結びつくことでホール効果を生じさせることが最近明らかとなった[4]。その例として実験的、理論的にも活発に研究されているのが、スカーミオンと呼ばれる渦状のスピン構造であり、これは実際にカイラルな螺旋磁性体MnSiや(Fe,Co)Siなどで実際に存在が観測されている[5]。 II - 2. トポロジカルホール効果を示す螺旋磁性金属の発見1:Fe(1+x)Sb 3点のスピンに対して定義されるスカラースピンカイラリティは非共面的な磁気構造に対して零でない値をとるが、結晶全体で和をとるとしばしば結晶の対称性によって打ち消し合い、マクロなホール効果が生じないことが知られていた。三角格子上の120度磁気構造はその典型的な例である。本研究で扱ったFe三角格子系物質Fe(1+x)Sbは、三角格子上のFeスピンが120°磁気構造を示すのに加え、余剰に含まれるインターカレートした(x量の)Feが非常に低温でスピングラス的な秩序をしめす。我々は、低温強磁場下で余剰Feスピンが偏極(オーダー)した際、DM相互作用による格子Feスピンの変調が引き金となって、トポロジカルホール効果が生じることを示した。 II - 3. トポロジカルホール効果を示す螺旋磁性金属の発見2:MnP MnPは典型的な遍歴螺旋磁性体の一つであり、特にその磁性について精力的な研究が行われてきた。最近、中性子回折実験により、零磁場の螺旋磁気構造がローカルなDM相互作用の影響によってわずかに非共面的になっていることが報告された[6]。単結晶を合成しホール効果を測定した所、磁場をa軸にかけた際のコニカル相とファン相、b軸にかけた際のFAN相などにおいて、トポロジカルホール効果を観測した。零磁場の場合と同様に非共面的な磁気構造が磁場下でも広く存在し、ホール効果に影響を与えていると考えられる。 II - 4. カイラル螺旋磁性体MnGeにおけるトポロジカル熱ホール及びネルンスト効果 MnGeはMnSiなどと同じカイラルな結晶構造を持ち、スカーミオン格子相が広い温度・磁場領域で存在することが強く期待されている[7]。本研究では、MnGeにおいてスカーミオン格子相における熱流駆動によるホール効果(熱ホール効果、ネルンスト効果)について、詳しく調べた。ホール効果[7]においては70K以下で大きなトポロジカルホール項が見られていたのに対し、熱ホール効果においては、トポロジカルホール項が最低温から温度上昇につれて急激に減少し、30K以上ではほとんど認識できないことがわかった。一方、ネルンスト効果においては、螺旋磁気転移点直下の140Kでもトポロジカルホール項を観測することができた。このように電気ホール効果の結果と好対照な結果を得、それぞれの性質について詳しく議論した。 III. 結論 強磁性金属における異常ホール効果に対しては、内因性起源と外因性起源(スキュー散乱)による異常ホール効果の両方に対して研究を遂行し、異常ホール流の非弾性散乱依存性や、スキュー散乱誘起異常ホール効果の不純物元素依存性を明らかにした。 トポロジカルホール効果に対しては、トポロジカルホール効果を示す物質を2つ(Fe(1+x)Sb, MnP)発見した。また、スピンがスカーミオン格子を組むと考えられているMnGeに対し、熱流におけるホール効果が電流駆動のホール効果とは異なる性質を示すことを明らかにした。 このように、強磁性金属の異常ホール効果、らせん磁性金属におけるトポロジカルホール効果に対し、単結晶合成や電気・熱磁気輸送現象測定を用いて包括的に研究を行った。 | |
審査要旨 | 磁性体においては、ローレンツ力による通常のホール効果に加え、磁化による異常ホール効果や、非共面的な磁気構造に由来するトポロジカルホール効果が生じることが知られており、その量子論的な理解は、スピンと電荷の両方を活用する電子技術においても重要である。強磁性金属における異常ホール効果の起源は古くから研究されており、外因性起源(スキュー散乱)と内因性起源と呼ばれる二種類の機構が、散乱率の関数としていずれが重要となるかが変遷することが理解され始めている。また内因性起源による異常ホール効果やトポロジカルホール効果は、伝導電子の量子ベリー位相と関係していることが近年指摘され、特に多くの理論・実験研究の対象となっている。従来の研究が電気的なホール効果測定を用いた研究が大多数であったのに対し、本論文では、熱流によって駆動されるホール効果(熱ホール効果、ネルンスト効果)を用いることで、新たな視点からベリー位相やスキュー散乱などに由来するホール効果の特異な性質を明らかにしている。本論文は6章から構成されており、以下にその概要を述べる。 第1章・第2章では、本研究の背景、即ち異常ホール効果とトポロジカルホール効果についての過去の研究のまとめと実験手法について述べている。 第3章・第4章では強磁性金属(Fe、Co、Niとそれらに不純物をドープした試料)における異常ホール効果を考察している。第3章では、内因性起源において予測される異常ホール流の非散逸性の検証と電子の散乱過程に対する非散逸性の安定性について、ローレンツ比と呼ばれる量を用いて調べている。ローレンツ比は、熱ホール効果の測定によって得られ、非弾性散乱に敏感であるという性質を持つ。内因性起源が主な寄与を占める有限温度の領域で、異常ホール効果に対するローレンツ比は弾性散乱において期待される値と一致し、抵抗率がある閾値を超えるとローレンツ比が減少を始めることが明らかとなった。これは内因性起源に由来する異常ホール流が散乱に依らない性質を本質的に持つが、内因性起源に重要なスピン・軌道相互作用のエネルギーよりも散乱強度が上回るようになると、その非散逸性が壊れることを意味している。 第4章では、Feにおけるスキュー散乱機構の異常ホール効果について調べている。Feにおいては、温度を下げていくと、約100Kで内因性起源からスキュー散乱起源が支配的な領域に移り変わることが知られていた。まず、異常ホール流に対するローレンツ比を用いた研究により、内因性―外因性クロスオーバーが起きる温度で、ローレンツ比が負値や発散などの異常を示すことを示した。これは非弾性散乱に依りにくい内因性起源の異常ホール流と、非弾性散乱に依存するスキュー散乱起源の異常ホール流の競合を考えることで理解できる。さらに、不純物種を変えた時のスキュー散乱の変化を系統的に調べることで、3d金属をドープしたときは不純物の3d軌道がフェルミエネルギー付近に位置することで共鳴的なスキュー散乱が起き、一方Siなどをドープした際は共鳴的な機構によるスキュー散乱は起きず、温度変化に関して簡単な経験式によって異常ホール伝導度が記述できることが明らかとなった。 第5章では、螺旋磁性金属における(Fe(1+x)Sb、MnP、MnGe)トポロジカルホール効果について研究を行っている。螺旋磁性金属において磁場下で存在する局所的なスカラースピンカイラリティは全体で和をとると打ち消し合うことが多く、トポロジカルホール効果を示す物質例は非常に少なかったが、本研究ではFe(1+x)SbやMnPという2つの例を新たに見出した。共にジャロシンスキー・守谷相互作用によるスピン構造の変調がスカラースピンカイラリティにおいて重要であることを明らかにした。また、MnGeにおいて最近観測されていたトポロジカルホール効果に対し、熱流によって駆動されるトポロジカルホール効果の性質を調べた。熱ホール効果においては、トポロジカルホール項は20K以下でしか認識できないのに対し、ネルンスト効果においては140K以下の広い温度領域でトポロジカル項が見られた。これらの対照的なトポロジカルホール項の振る舞いをローレンツ比やモットの式などを用いて説明した。 第6章では、本研究によって得られた成果についての総括をおこなっている。 以上をまとめると、本論文では、電流及び熱流に駆動されるホール効果(熱ホール効果、ネルンスト効果)の測定を相補的に用いることで、強磁性金属の異常ホール効果と螺旋磁性金属におけるトポロジカルホール効果に対して包括的な研究を行い、新たな視点から様々な特異な性質を明らかとした。本研究の結果は、様々な起源によるスピン流の性質を明らかにしており、将来のスピン流の応用の面でも、非常に重要な知見が得られたといえる。今回得られた成果は、物性科学・物理工学の発展に大きく寄与すると期待され、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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