学位論文要旨



No 127958
著者(漢字) 三輪,佳史
著者(英字)
著者(カナ) ミワ,ヨシチカ
標題(和) 奇数光子状態の重ね合わせに対する直交位相振幅スクイージング操作の研究
標題(洋)
報告番号 127958
報告番号 甲27958
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7726号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古澤,明
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 小芦,雅斗
 東京大学 教授 香取,秀俊
 東京大学 准教授 井上,慎
 早稲田大学 准教授 青木,隆朗
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、光の2つの非古典な状態間を直交位相振幅スクイージング操作で遷移させる実験を行った。入出力状態は、単一光子状態と呼ばれる光子がただ一つだけある状態と、互いに位相の反転した2つのコヒーレント状態の重ね合わせである。前者は最も粒子的な光の状態であり、後者はレーザー光の状態であるコヒーレント状態が電磁場に正弦波の波形を持つので波動性を持った状態である。光子数の観点ではいずれも奇数光子状態の重ね合わせであり、位相空間上の準確率密度関数であるWigner関数で表現すると負の領域を持ちかつ非ガウスであることから非ガウス型非古典状態と呼ぶことができる。

スクイージング操作は光子間に相関を持たせる基本的な量子操作である。波動描像ではその名の通り、直交位相振幅の一方がスクイージング(圧搾)され、他方が増幅される操作である。一方で粒子描像では、2光子生成・消滅の繰り返しであり、光子数の偶奇性を保ったまま光子数分布を変化させる。実験では広帯域でかつロスの少ないスクイージング操作を行う必要があり、技術的に難しい。まず、広帯域が必須なのは、入力状態である非ガウス型非古典状態が光子検出を用いることでしか生成できないため、十分な頻度で生成するためには帯域を広くするしかないためである。また、ロスの軽減は、一般に非古典状態を扱うためには必須で、本研究では奇数光子の光からロスして偶数光子との混合を抑える。本研究ではロスの少ない万能スクイーザー[1]を広帯域化した。実験結果の評価では、状態間の遷移とスクイージング操作の特徴とを確認した。

スクイージング操作は任意の量子状態操作に必須の操作の一つであり、量子もつれ操作に用いられる多モードガウス型操作を構築できる [2]。すでに多モード操作に応用が行われていて、それらに非ガウス型非古典状態を組み込むことを可能にした。非ガウス型状態を操作できたことは量子計算の観点でも重要である。ガウス型操作+ガウス型状態では単に可能な量子計算が制限されるだけではなく、古典コンピュータで多項式時間内にシミュレート可能であることから、古典計算に対する優位性を確保できないことが指摘されているためである [3]。

広帯域スクイーザーの重要な応用としては、3次位相ゲートの実現がある。3次位相状態とスクイーザーで構成できる。用いられる3次位相状態はまだ生成されていないものの、原理上、光子数検出を用いて生成される [4]。そのためスクイーザーも広帯域である必要がある。

以下では、実験に関する理論、実験方法、実験結果についてそれぞれ概説する。また、概要では省略するが、狭帯域のスクイーザーを組み合わせた実験として量子増幅器、量子クローニング、量子消去も行った。

理論:

本実験では量子情報の担い手として、光学定盤上の空間を伝搬する単一モードの光を用いている。具体的には、偏光と空間モードはともに単一で、光源の周波数の回り10MHz程度の帯域の波束を用いる。単一モードは強度と位相の自由度2の系であり、1次元の調和振動子と等価である。

最も粒子的な光の状態といえるのは、単一光子状態|1>であり場の第一励起状態である。エネルギーの固有状態であるため、その振幅の分布は位相に依らない。また第一励起状態であり、振幅=0に分布の節を持つ。

逆に最も波動的な状態はレーザー光の状態であり、電磁場が正弦波の波形を持つ。この波形ゆえに共振器や干渉計で干渉を示す。レーザー光の状態はコヒーレント状態|α>と呼ばれ、光子数状態をポアソン分布に従う重みで重ね合わせた状態である。振幅の平均値は正弦波になり、分散は位相に依らず一定である。

コヒーレント状態を重ね合わせると波動的かつ非古典な状態になる。これはコヒーレント状態の重ね合わせ(CSS: Coherent State Superposition)と呼ばれ、状態ベクトルでは|CSS>∝|α>-|-α>で表される。その振幅の波形はコヒーレント状態2つを足したものに似るが、状態間の干渉によって交点に節ができる。光子数描像ではコヒーレント状態の偶数光子状態の項が打ち消され奇数光子状態の重ね合わせとなる。

実験では単一光子状態とコヒーレント状態の重ね合わせとの間の変換をおこなった。この変換にはスクイージング操作Sq(γ)を用いた。波動描像では直交位相の振幅が増幅あるいは圧搾される。光子数描像では2光子生成と2光子消滅の繰り返しである。

具体的には以下の仕組みである。弱いコヒーレント状態の重ね合わせはスクイーズド光Sq(γ)|0>から1光子を引くことによって生成できるaSq(γ)|0>によって近似できる [5]。この状態は単一光子状態をスクイーズした状態Sq(γ)|1>= Sq(γ)a†|0>∝aSq(γ)|0>と同じである。逆に弱いコヒーレント状態の重ね合わせをスクイーズすることでSq(γ)aSq(-γ) |0>∝a†|0>=|1>となって単一光子状態が得られる。ここでa,a†は光子の生成消滅演算子である。

実験:

実験系は図1のように入力状態の生成、スクイーザー、出力状態の評価となっている。

入力状態生成の部分は茶の実線で囲まれた単一光子状態生成系 [6]、茶の点線で囲まれたコヒーレント状態の重ね合わせ生成系 [7]のどちらにも変えることができる。いずれも光パラメトリック発振器(OPO-1)で生成される相関した光子対を用い、一方の光子の存在をavalanche photo diode (APD)で観測することで、他方の光子検出に対応する波束に非古典状態が生成される。

スクイーザーの部分はまず、ビームスプリッターでスクイーズド光と入力モードとを合波する。ここで、スクイーズド光が入力モードと別々に用意されているので、入力光を直接非線形光学素子に入射する必要がなくロスを避けることができる。ある位相については分散の少ないスクイーズド光と合わさったことでスクイーズされる。一方、直交する位相についてはスクイーズド光が大きな分散を持ち入力状態を覆い隠している。続いて、ビームスプリッターの出力モードの一方を測定し、他方にフィードフォワードすることでスクイーズド光の大きな分散の成分を打ち消し、また交換関係の保存から入力状態の成分が増幅される。

出力状態の評価には量子トモグラフィを用いた。特に、ホモダイン測定を用いるのでホモダイントモグラフィと呼ばれる。ホモダイン測定をしながらLO光の位相をスキャンすることにより、各位相に対する振幅の分布を測定する。この周辺分布から光子数分布やWigner関数を計算するために最尤推定を行った [8]。本実験では光子検出の時のみに非ガウス型非古典状態が得られるので、光子検出をトリガーとして光子検出時間付近の信号波形を10万点程度蓄積していった。

結果:

その結果は図2のようになった。入力状態は周辺分布は位相に依らず振幅0に節を持つ分布になった。これは理想的な単一光子状態とよく対応している。光子数の描像では84% の純度の単一光子状態であった。文献[6]の63%と比較して大幅に改善した。

スクイーズした結果がその右の3列である。左から$T=$0.59、0.48、0.26の実験結果であり、スクイージングレベルが順に強くなっていく。振幅については2つの正弦波の波形に沿って分布が濃くなっており、これらは位相の反転した2つのコヒーレント状態に対応している。また、2つの波形がクロスする部分は分布が薄くなっており、コヒーレント状態が重ね合わせられた時の状態間の量子論的な干渉を再現している。

Wigner関数については、スクイージング操作の名前の通りx軸の方向に圧搾され逆にp軸の方向に引き伸ばされている。また入力状態も出力状態もWigner関数に負の部分を持っていることから、非古典性を維持しつつスクイージング操作ができたと結論する。

また、コヒーレント状態の重ね合わせをスクイージングして単一光子状態とする実験も行い同様に成功した。

[1] J. Yoshikawa, et.al., Phys. Rev. A 76, 060301(R) (2007).[2] S. L. Braunstein, Phys. Rev. A 71, 055801 (2005).[3] S. D. Bartlett, et.al., Phys. Rev. Lett. 88, 097904 (2002).[4] D. Gottesman, et.al., Phys. Rev. A 64, 012310 (2001).[5] A. P. Lund, et.al., Phys. Rev. A 70, 020101(R) (2004).[6] J. S. Neergaard-Nielsen, et.al., Opt. Exp. 15, 7940 (2007).[7] K. Wakui, et.al., Opt. Exp. 15, 3568 (2007).[8] A. I. Lvovsky and M. G. Raymer, Rev. Mod. Phys. 81, 299 (2009).

図1 実験系の概念図.OPO:光パラメトリック発振器、SC:光子対分離共振器、FC=フィルター共振器、APD:avalanche photo diode、BS=beam spIitter、LO=局部発振光、HD=homodyne detector,EOM=electro-optic modulator.

図2 単一光子状態に対するスクイージングの実験結果。左から入力状態、それぞれγ=O.26,0.37,0.67のスクイージングレベルでスクイーズした出力状である.

審査要旨 要旨を表示する

連続量量子情報処理の分野において、量子テレポーテーションは量子情報処理の基本となる構成単位であることが知られている。量子テレポーテーションは任意の量子状態を無条件に伝送する手法であり恒等操作と見なすことができる。これを基本として、リソースとなる量子もつれ合い・射影測定の部分を置き換えることで様々な量子状態操作を無条件に行うことができる。近年、こうした無条件な量子状態操作が報告され始めた中で、強い非古典性を持った状態を操作すること、多モードの状態操作に拡張することの2点はこれまで実現されていなかった。それらの実現が難しい理由としては以下の点がある。前者については、非古典性の強い状態が光子検出を用いることでしか生成できず、時間領域かつ広帯域に状態操作を行う必要があり、従来の周波数領域におけるサイドバンド成分の手法を用いることができなかった点である。また前者・後者ともに、非古典性の強さあるいは量子相関の強さはデコヒーレンスに対する弱さと対応し、デコヒーレンスを十分に小さく抑えることが難しかった点である。本研究は、これらの実験的な問題を解決し、強い非古典性をもった状態である『奇数光子状態の重ね合わせ』をテレポーテーションベースで無条件に操作することと、2モードの状態操作を実現することを目指したものである。

本論文は以下の7章からなる。以下に各章の内容を要約する。

第1章では、本研究の背景となる量子力学の発展の経緯に触れながら、本研究の主眼である量子テレポーテーションを応用した量子状態操作の意義について述べている。また、本研究で扱った種々の量子状態操作それぞれについて、過去の研究や今後の研究の中での位置付けを述べている。

第2章では、本研究に関する量子光学の理論を述べている。その中で、扱う二つの非古典状態である『単一光子状態』と『コヒーレント状態の重ね合わせ』の特徴を、波動的描像である直交位相振幅の分布、粒子的描像である光子数分布、非古典性の指標となる負のWigner関数の3つで示し、比較している。また二つの非古典状態の相互変換が『スクイージング』に対応することを示している。また、スクイージング操作を多モード操作あるいは非ガウス操作に応用する手法を述べている。

第3章では、二つの非古典状態(単一光子状態、コヒーレント状態の重ね合わせ)の生成実験について述べている。非古典状態生成の原理とそれを実験で実現するまでを示し、また、非古典状態が存在する波束の波形を推定する手法の探求をまとめ、そして実験結果で得られた高純度な非古典状態を示し考察している。

第4章では、より粒子的な単一光子状態と、より波動的なコヒーレント状態の重ね合わせとを、相互変換する実験について述べている。変換に用いるスクイーザーは量子テレポーテーションの応用であり、任意の状態を無条件に操作することが可能である。また、非古典状態の波束を扱うために、このスクイーザーを時間領域かつ十分に広帯域に実現する必要があることと、そのために行ったスクイーズド光の広帯域化、12 m の光学遅延光路の安定化、ノイズの低減、干渉計の相対位相安定化を具体的に述べている。実験結果では、直交位相振幅の分布の変化から周期性・非周期性の獲得を、光子数分布から光子対生成・消滅を、Wigner関数から非古典性の維持をそれぞれ確認している。これらから単一光子状態とコヒーレント状態の重ね合わせの無条件な相互変換に成功したことを示している。

第5章では、スクイージング操作を応用した多モード操作について行った研究を解説している。2入力2出力のエンタングリング操作である『量子非破壊相互作用(加算ゲート)』と『光増幅器(2モードスクイージング)』を実現したことを示し、また、それらをさらに応用し、相互作用によるデコヒーレンスを打ち消す操作である『量子消去』、量子状態の『クローニング』を実現したことを示している。

第6章では、量子テレポーテーションを構成要素としてシステム化した一方向量子情報処理について行った研究を解説している。この手法を1モード・1ステップだけ行った『二次位相操作』について述べ、また、多モードかつ多ステップの操作のリソースとして必要となるクラスター状態(多数モードの量子もつれ合い)についてその生成に向けて行った『4モードクラスター状態の多数同時生成』と『クラスター状態のシェイピング』について述べている。

第7章では、本研究をまとめ、今後の展望を示している。

以上のように、本研究では量子テレポーテーションを応用した多数の無条件な量子状態操作を実現した。過去の研究と比較すると、時間的に局在した状態を操作したこと、多モードの操作を行ったことが新しい。またそれにより、粒子性の強い状態と波動性の強い状態間の相互変換という極端な変換を無条件に行った始めての研究でもある。今後の研究においても、非古典状態は光子検出あるいは光子数測定によって時間的に局在して得られることが予想され、本研究で実現した時間領域の状態操作の対象あるいはリソースとして組み合わされることが期待される。本研究の成果は新たな量子状態操作の実現への可能性を示しており、ユニバーサルな量子情報処理を実現する上で重要な意義があるものと認められる。

よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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