学位論文要旨



No 127964
著者(漢字) 飯田,洋平
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,ヨウヘイ
標題(和) 輻射捕獲を考慮したプラズマ中のヘリウム原子に対する分光診断に関する研究
標題(洋)
報告番号 127964
報告番号 甲27964
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7732号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 准教授 長谷川,秀一
 東京大学 特任准教授 石川,顕一
 東京大学 准教授 門,信一郎
 東京大学 准教授 江尻,晶
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景

磁場閉じ込め型核融合装置では,プラズマ対向壁への熱負荷の低減,核融合反応後のヘリウム灰の効率的な排気,不純物の制御などを目的として,閉じた磁気面の周辺部に端が開いた磁力線構造を有するダイバータ配位が採用されている[1].高熱流にさらされるダイバータ板の寿命を長じるためには,放射冷却やプラズマ再結合過程を効率的に誘起し熱流低減シナリオに役立たせるのが有効である.そのためにはパラメータ分布を詳細に計測し,支配的な素過程や輸送プロセスを解明することが欠かせない.一例として,核融合反応の生成物であるために核融合炉の中に元来存在するヘリウム原子からの輝線の強度比を,励起準位の占有密度を記述する衝突輻射(collisional-radiative:CR)モデル[2,3]と比較することによって電子温度(Te),電子密度(ne)を求める輝線強度比法が提案されている[4].中性粒子密度が高いダイバータプラズマでは,光学的に薄い場合に無視されてきた基底準位と1P準位との間の共鳴吸収による自然放出係数Aの実効的減少の考慮が必要である.真のA係数と実効的A係数の比はオプティカルエスケープファクタ(OEF)と呼ばれる.既存研究では観測される任意の上準位分布形状に対するOEFの空間分布を計算する手法がなく,輝線強度比法の分布計測としての利用における課題となっていた.

そこで本研究では, OEFの空間分布を計算する式を導出し,従来のCRモデルに組み込み,輝線強度比法を空間分布計測へ拡張することを目的とした.

2.輻射捕獲の空間構造を考慮したヘリウム原子衝突輻射モデルの確立

2.1.輻射捕獲を考慮したヘリウム原子のCRモデル

CRモデルでは,励起準位の占有密度は,各準位からの流出と流入を記述するレート方程式の解として,基底準位密度に比例する電離進行成分とイオン密度に比例する再結合成分の和の形で記述される[2,3].

輻射捕獲の効果を表すOEFは, 位置rにおける上準位qと下準位pの間の遷移に関するOEFは局所的な自然放出,共鳴吸収,誘導放出のバランスとして以下の式により定義される.

ここで,Aqp,Bpq,Bqpはそれぞれアインシュタインの自然放出係数,共鳴吸収係数,誘導放出係数,nq(r),np(r),Iqp(r)はそれぞれ位置rにおける準位qとpの占有密度,p-q遷移の線スペクトルの分光放射照度であり, と のバーはそれぞれ吸収と発光のスペクトルで重み付けしていることを表す.大塚はこの式を解析的に解き,円筒型プラズマのプラズマ中心部で利用可能な式を与えている[5].

ダイバータプラズマでは基底準位密度が高いため,基底準位と1P系列との共鳴吸収が重要である.一方,励起準位密度は小さいためこれらの準位による吸収は無視できる.

2.2.OEFの空間分布計算[6]

OEFの計算には与えられた上準位と下準位の密度分布に対する局所的な分光放射照度の値を知る必要がある.本研究では,ダイバータプラズマへの適用を考慮して,次の4点,すなわち,1)上準位密度分布nq(RN)は軸対称の任意形状,2)下準位密度分布np(RN)は空間一様,3)上準位密度nq(RN)は下準位密度npに対して十分小さく,誘導放出は無視できること,4)自然放出と吸収のスペクトルとしてどちらも空間一様なガウス型プロファイルを仮定した.これらの仮定下では,必要な入力パラメータは以下の3つ,すなわち,1)上準位の温度Tq及び下準位の温度Tpとの比Tq/Tp,2)上準位の密度分布形状nq(RN)及び上準位分布の特性長Lq(但し,RN=R/Lq),3)吸収スペクトル中心の光学的深さτpq0に集約される.ここでτpq0は,

と表される.Kpq0は吸収スペクトル中心における吸収係数である.

以上を用いて,無限長円筒プラズマ中の任意の軸対称型上準位分布nq(RN)に対する任意の規格化半径位置RNにおけるOEFの計算式を導出すると,

となる.ここで,rNj ,R'Nは,それぞれ,

である.

この式を用いて,上準位密度分布が一様(矩形)分布,放物型分布,ガウス型分布の場合のOEFの空間分布を計算した結果を図1に示す.OEFの値は空間分布を持ち,特に上準位分布が放物型やガウス型の場合の周辺部では負の値を取る.負のOEFは,プラズマ周辺部において局所的に光子の吸収過程が自然放出過程を上回ることを示している.この現象はプラズマ中心のモデルである大塚の式では表現できず,OEFの空間分布を得る必要性を示している.

3.実験装置

実験はダイバータ模擬装置MAP-II[7]でおこなった.本装置は,LaB6をカソードに用いて直流アーク放電により定常プラズマを生成し,8つの磁場コイルにより形成される約20 mTの直線磁場によってプラズマを磁力線方向に輸送する.プラズマはドリフト管を用いて結ばれたソースチャンバーおよびターゲットチャンバーと呼ばれる二つのチャンバーへと運ばれて,ターゲット板にて終端する.各チャンバーには観測窓が取り付けてあり,近紫外~近赤外の分光計測が可能である.ターゲットチャンバーには,径方向に空間スキャンが可能な静電プローブが取り付けてあり,輝線強度比法との比較に用いた.

4.実験結果

CRモデルにおけるOEFの計算に,従来の大塚の式を用いたものを輻射捕獲中心モデル,本研究2章で導いた式を用いたものを輻射捕獲空間分布モデルと呼び,MAP-II装置に適用した.

4.1.輻射捕獲中心モデルの適用[8]

MAP-II装置のターゲットチャンバー中の電離進行プラズマにおいてヘリウム原子の6系列(1S,1P,1D,3S,3P,3D)に対し一縮退準位あたりの占有密度を分光計測し,輻射捕獲中心モデルによる計算結果と比較したものを図2に示す.OEFの計算では,特性長Lqを0 m(輻射捕獲なし),0.025 m,0.25 mとして大塚モデルにより計算を行っている.Teとneは静電プローブの計測値を用いており,それぞれ6.1 eV,1.0×1012 cm-3である.CRモデルの計算値は主量子数n=6における各準位の密度の平均値を用いて実験値に規格化した.図2から分かるように,輻射捕獲を考慮しないCRモデル(Lq = 0 m)で見られる1P系列と1D系列における実験値との間の大きな相違は,輻射捕獲を考慮することによって解消される.この結果から,OEFを用いた輻射捕獲の効果の評価法の妥当性が確認された.

MAP-II装置の純ヘリウム放電プラズマの周辺部において,放射・三体再結合が支配する,いわゆる電子-イオン再結合(EIR)に特徴的な高励起リドベルグ準位からの発光を観測し,CRモデルを再結合プラズマにおける23P-n3D遷移に適用してTe,neを求めた.上準位の特性長Lq = 0 m,0.025 m,0.25 mとしてそれぞれ計算したCRモデルと比較すると,Te,neのベストフィット値として表1の値を得た.リドベルグ準位の占有密度はTeに依存性が高いのに対し,3D系列の低主量子数準位の占有密度比は電子密度に感受性が高いため,Teとneを同時に精度良く決定することができている.但し,輻射捕獲の考慮により,電子密度の評価値は数十%変わることが分かった.

4.2.輻射捕獲空間分布モデルの適用[9]

図3はMAP-II装置の純ヘリウム電離進行プラズマにおいて計測された31Sと31P準位の視線積分密度の空間分布である.MAP-IIでは,上準位の線積分密度の空間分布は典型的に中心位置が同じで幅の異なるダブルガウス分布でよくフィットすることができる.円筒対称性を仮定すると,31P準位の線積分密度の空間分布の計測値は,アーベル逆変換により局所値の半径方向分布に直される.OEFの計算に用いる1P準位の分布のうち,21P準位だけは可視分光による計測ができないため,図4に示すように31P準位の広い成分と狭い成分の比を変えた分布として仮定してOEFの計算を行った.

OEFの計算結果をCRモデルに繰り込み,線スペクトル強度比法を適用することによりTeとneの局所値を求めた.フィッティングに用いた線スペクトルは,471 nm (23P-43S),501 nm (21S-31P),587 nm (23P-33D),667 nm (21P-31D),706 nm (23P-33S)の5本である.図5は,21P準位のOEFの入力パラメータとして(i)~(iv)の分布を用いて輻射捕獲空間分布モデルを適用した場合のTe,neの線スペクトル強度比法の結果と,Lq = 0.025 mとして輻射捕獲中心モデルを適用した場合の線スペクトル強度比法の結果を静電プローブ法の結果と併せて示したものである.neに関しては,線スペクトル強度比法により求まった空間分布形状は,絶対値に違いはあるもののOEFの計算方法によらずプローブ計測による空間分布形状とよく一致している.一方,Teについては,輻射捕獲中心モデルを用いた場合,線強度比法による結果とプローブ計測による結果との間の誤差が周辺部に向かうにつれて大きくなるという従来の報告[10]を再現する結果となったが,輻射捕獲空間分布モデルを用いた場合,4cmより外側において輝線強度比法による値とプローブ計測値がほぼ一致するという結果を得た.これにより,輝線強度比法が輻射捕獲空間分布を用いることで空間分布計測として利用できる可能性が示唆された.周辺部において(ii),(iii),(iv)の分布の任意性にも関わらずTeのフィッティング値に違いに殆ど見られないのは,21P準位のOEFの値が可視領域の線スペクトル強度比にあまり影響を与えないということを示唆している.中心から半径3cmにかけてのTe分布の輻射捕獲空間分布モデルによる計測値とプローブ計測値の不一致は,画像計測を用いて,空間分布の詳細計測を行うことにより解消することが期待される.

5.総括

本研究では,OEFの空間分布計算式を導出して既存のCRモデルに組み込み,MAP-II装置において輝線強度比法を適用した.輻射捕獲中心モデルの適用により輻射捕獲の考慮の必要性を実験的に実証し,再結合プラズマではTeとneを同時に求めた.輻射捕獲空間分布モデルを適用した結果,本手法がパラメータの分布計測に適用できる可能性が示唆された.

今後は,本研究では31P準位の空間分布から仮定した21P準位の空間分布の分布形状を真空紫外分光法や赤外分光法により実際に計測を行い,中性粒子密度の高い領域における輝線強度比法を自己完結した計測法として完成させることが期待される.

[1] M. Nagami, et.al., J. Nucl. Mater., 76-77 (1978) 521-527..[2] T. Fujimoto, J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transfer, 21, 439(1979).[3] M. Goto, J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transfer, 76, 331(2003).[4] B. Schweer, G. Mank, A. Pospieszczyk, B. Brosda and B. Pohlmeyer, J. Nucl. Mater., 196-198, 174(1992).[5] M. Otsuka, et.al., J. Quant. Spectrosc. Radiat. Transfer, 21, 41(1979).[6] Y. Iida, S. Kado, and S. Tanaka, Phys. Plasmas, 17, 123301(2010).[7] S. Kado, Y. Iida, S. Kajita, D. Yamasaki, A. Okamoto, B. Xiao, T. Shikama, T. Oishi and S. Tanaka, J. Plasma Fusion Res., 81, 810(2005).[8] Y. Iida, S. Kado, A. Okamoto, S. Kajita, T. Shikama, D. Yamasaki and S. Tanaka, J. Plasma Fusion Res. SERIES, 7, 123(2006).[9] Y. Iida, S. Kado, A. Muraki, and S. Tanaka, Rev. Sci. Instrum., 81, 10E511(2010).[10] S. Kajita, N. Ohno, S. Takamura and T. Nakano, Phys. Plasmas, 13, 013301(2006), 16, 029901(2009).

図1 一様(矩形)分布,放物型分布,ガウス型分布の上準位分布形状におけるOEFの空間分布計算結果.

図2 ヘリウム電離進行プラズマにおける各系列の励起準位密度の分光計測結果(緑点)とCRモデル計算結果(輻射捕獲の考慮なし(赤実線),輻射捕獲を考慮(Lq=2.5 cm(青点線),Lq=25 cm(青破線)).

表1 再結合プラズマにおけるCRモデルによるTe,neの評価値.

図3 31P準位と31S準位の線積分密度の空間分布計測結果とダブルガウス関数によるフィッティング結果.

図4 仮定した21P準位の空間分布.広い成分と狭い成分の比は,(i)5/12.3,(ii)10/12.3,(iii)30/12.3,(iv)50/12.3である.

図5 OEFの空間分布を考慮した線スペクトル強度比法の空間分布計測への適用結果.(a)はne,(b)はTeに対応.黒はプローブ計測値,赤の点線はOEFの値として大塚の式を周辺まで用いて線スペクトル強度比法を適用した結果,その他は21Pの空間分布を(i)~(iv)の様に仮定してOEFの計算を行い輝線強度比法を適用した結果である.

審査要旨 要旨を表示する

磁場閉じ込め型核融合装置では、プラズマ対向壁への熱負荷の低減、核融合反応後のヘリウム灰の効率的な排気、不純物の制御などを目的として、閉じた磁気面の周辺部に端が開いた磁力線構造を有するダイバータ配位が採用されている.高熱流にさらされるダイバータ板の寿命を長じるために、放射冷却やプラズマ再結合過程を効率的に熱流低減シナリオに還元するには、パラメータ分布を詳細に計測し、支配的な素過程や輸送プロセスを解明することが欠かせない。その一例として核融合反応の生成物であるために核融合炉の中に元来存在するヘリウム原子からの輝線の強度比を励起準位の占有密度を記述する衝突輻射モデルと比較することによって電子温度および電子密度を求める「線強度比法」と言われる発光分光法の一種が提案されている。 本論文は、電離度が低く中性粒子密度の高いダイバータ領域において衝突輻射モデルに大幅な修正を強いる輻射捕獲過程の空間分布を計算する式を導出し、それを従来の衝突輻射モデルに組み込み、線強度比法を空間分布計測へ拡張する考察をおこなったものである。

本論文は5章から構成される。

第1章は序論であり、研究背景として、ダイバータ配位、電子温度・電子密度計測法としての発光分光法の位置づけと、ダイバータプラズマへの適用における輻射捕獲の空間分布構造の考慮の重要性について述べている。

第2章では、発光分光法の計測原理として輻射捕獲を考慮した衝突輻射モデルとその適用法について述べている。2.1節では、従来の衝突輻射モデルと輻射捕獲の取り扱い方法がまとめられている。衝突輻射モデルでは、輻射捕獲の定量的取り扱いにオプティカルエスケープファクタ(OEF)というパラメータを用いることに言及し、OEFの計算の既存研究についてもまとめられている。2.2節では、本研究の主たる結果の一つであり、OEFの空間分布計算法について述べている。発光分光法を空間分布計測として適用するには、各空間点において輻射捕獲の大きさを評価する必要があるが、従来の研究ではそれがなされていない。本研究では、OEFの空間分布計算式(積分式)を光子場としての特徴を表すプラズマパラメータの関数として導いている。導いた式は、テスト計算を行い、既存研究と比較することで結果の妥当性を証明し、輻射捕獲が実際に空間構造を持つことを示している。また、計算結果の利便性を高めるために、実際のダイバータ模擬装置における典型的なプラズマパラメータにおけるOEFの空間分布を表す分数型のフィッティング式を提示している。2.3節では、発光分光法の具体的な適用法について述べている。

第3章では、実験研究に用いたダイバータ模擬装置MAP-II(Material And Plasma)と分光計測系、プローブ計測系について述べている。

第4章は発光分光法の実験結果であり、OEFの計算にプラズマ中心部のみ利用可能な既存の式(大塚の式)を用いた衝突輻射モデルを輻射捕獲中心モデル、本研究で導出したOEFの空間分布計算式を用いたモデルを輻射捕獲空間分布モデルと名付け、それぞれMAP-II装置に適用している。まず、輻射捕獲中心モデルをプローブ計測によりパラメータが既知のプラズマに適用した結果から、中心部では輻射捕獲中心モデルが適用可能であることを実験的に確認している。次に、輻射捕獲空間分布モデルを適用し、パラメータの空間分布を求め静電プローブ計測と比較している。輻射捕獲中心モデルではプラズマ周辺部では静電プローブ法による電子温度・電子密度計測結果と矛盾する空間分布が得られたのに対し、輻射捕獲空間分布モデルを適用した結果ある程度一致する結果を得た。これにより、輻射捕獲空間分布モデルを用いることで発光分光法が空間分布計測法として適用できる可能性が示唆された。

第5章は総括であり、結論と今後の展望が述べられている。

以上要するに、本論文では、核融合境界層およびダイバータプラズマの熱・粒子制御に重要な、電子密度、電子温度計測の信頼度を著しく改善する手法が構築され、直線型ダイバータ模擬装置にて実証されたものである。これらはシステム量子工学、特に核融合境界層プラズマにおける原子分子過程の解明に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク