学位論文要旨



No 127966
著者(漢字) 星野,岳穂
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,タケオ
標題(和) 情報化社会の進展に伴うIT機器の消費電力量及び素材消費量分析モデルの構築
標題(洋)
報告番号 127966
報告番号 甲27966
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7734号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 准教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

1990年代後半から、我が国および世界において、高度情報化社会が本格的に構築され始めインターネットの普及が本格化した。その結果、情報化社会が扱うデジタル情報量は「情報爆発」と呼ばれるほど指数関数的に増大し、インターネット内でのデータトラフィック(情報流通)量が急増した。これに伴って、パソコン、サーバ、ストレージ、ネットワーク機器等のインターネットを構成する機器の稼働台数と消費電力量もそれぞれ急増していることが次第に明らかになってきた。さらに、それらのインターネットを構成する機器には、金、銀などの貴金属やレアメタルが使用されるため、将来、それらの資源の供給に不足が生じることが懸念されている。そのような背景のもと、本論文では、日本および世界を対象に、情報化社会の進展に伴うIT機器の消費電力量及び素材消費量分析モデルを構築した。本論文は、5章より構成されている。

第1章では、インターネットの世界的な普及に伴い「情報爆発」と呼ばれる程に情報化社会が扱うデジタル情報量やインターネット・トラフィック量が急増していることを背景として、ネットワークを構成するIT機器の設置台数の大幅な増加が見込まれているが、情報量の増加率とIT機器の設置台数、電力消費量及び資源消費量の相関及びそれらの中長期的な定量的な予測手法は確立されていないことを指摘した。そして、本論文では、

(1) インターネット・トラフィック量の増加率、IT機器の技術進歩率と消費電力量との相関関係を明らかにし、それを基に、国内のIT機器の消費電力量の予測手法を構築すること

(2) インターネット普及率の実績値を基に各国別の普及曲線モデル式を求め、それを用いてまずインターネット普及率及び利用人口の将来予測を行い、利用人口とIT機器設置台数の相関分析の結果を踏まえて世界全体のIT機器の設置台数及び総消費電力量の中長期的予測を行う手法を構築すること

(3) IT機器の設置台数の予測値を基に、国内及び世界全体のIT機器、特に内蔵されている回路基板が使用する金属消費総量の中長期的な予測手法を構築し、IT機器台数増大に伴う各種金属の需給逼迫の可能性を分析すること

を目的とする旨を述べた。そして、各手法に基づき、2025年までの日本及び世界全体のIT機器に起因する消費電力量及び素材消費量の中長期予測を定量的に行うことを述べた。

第2章では、国内のインターネット・トラフィック量増加率及びIT機器の技術進歩率(情報処理能力及び電力消費効率の向上率)と消費電力量増加率との相関関係を明らかにし、それを基にした、国内IT機器全体の総消費電力量の予測を行うモデルの開発を行った。はじめに現在までのIT機器の国内出荷台数の実績値からPBMを用いて設置台数をIT機器の種類別に詳細に求め、続いて各機器の1台当たり消費電力量の実績値を基に2000年から2009年までの国内総消費電力量をボトムアップで算出した。現在のトラフィック量及び情報処理能力やエネルギー消費効率の変化率が現在の傾向を維持する場合には、2009年の403億kWhから2025年には1820億kWh(4.5倍)から2978億kWh(7.3倍)に達するとの試算結果を得た。特に、高信頼性ルータの消費電力量の増加が大きく、現在1台当たりの消費電力が他のIT機器と比較して唯一増加中である中・大型ルータのエネルギー消費効率を向上させる革新技術を早期に開発・導入しても、なおトラフィック量の増加率を4―7%ポイント抑制しなければ消費電力量の安定化は困難であることを明らかにした。消費電力量の観点から見た持続可能な情報化社会の構築には、今後の各機器の技術進歩速度とトラフィック量の変化率の関係に注視して政策対応を進める必要性の示唆を得ることができた。

第3章では、インターネットが先進国だけでなく新興国・途上国を含め世界全体でその普及が本格化している状況において、日本のように毎年の出荷台数や設置台数、インターネット・トラフィックの統計が必ずしも整備・公表されていない世界各国のIT機器の設置台数及び消費電力量の中長期的な予測を定量的に行う手法を開発した。本章の前半では、2010年時点でインターネット普及率が50%を超えている68か国・地域を含む201か国を対象として、国・地域別にインターネット普及率の成長曲線を設定し、各国の人口を乗じて得られるインターネット利用人口を総計し、世界全体の予測値を算出した。その結果、インターネット普及率の成長曲線には最終到達率に一定の制約を付したゴンペルツ曲線が最も高い適合度を示すことを確認し、世界のインターネット利用人口は、2010年の19.6億人から、2025年には現在の約2.4倍に当たる46.5億人にまで増加、インターネット普及率は世界平均で57%に達するとの予測結果を得た。続いて、インターネット利用人口とPC設置台数との相関を分析し、更に過去の統計を基にPC台数とサーバ、ストレージ及びネットワーク機器とPC設置台数との間に一定の相関があることを示し、本章の前半で得られたインターネット利用人口の予測値を基に世界全体の各IT機器の設置台数予測を行った。その結果、PCの設置台数は、2008年時点の設置台数は11.2億台で、2025年には28.4億~37.1億台の普及が見込まれた。サーバ台数は、今後も仮想化が進展する場合は2025年までに3600万~4797万台、仮想化が進まない場合は6900~8980万台にまで世界全体の設置台数が増加し、ストレージは2025年までに4.1億~6.1億台、ネットワーク機器は18億~24.9億台が設置されるとの予測結果を得た。世界全体のIT機器の消費電力量は、2025年には1.4兆~2.2兆kWh/年と予測され、世界全体の消費電力量の4%~5%をIT機器が占めることを明らかにした。世界的にも、ネットワーク機器のエネルギー消費効率向上が急務の課題であることが示された。

第4章では、第2章及び第3章において示されたIT機器の設置台数の世界的な増大によって、IT機器に内蔵される回路基板等に使用される貴金属や希少金属等各種金属の総重量の将来予測を行い、今後必要となる素材量を把握するとともに、特にについて需給が逼迫する可能性について検討した。IT機器の消費電力量の現状及び予測ではネットワーク機器が全体の約70%以上を占めたが、総素材重量では、単体では軽量ながら全体で設置台数が圧倒的に多数となるPCの総重量比率が他を圧倒し、2010年には全体の75.9%で2025年には76.9%を占めることを明らかにした。IT機器の回路基板等に使用されるAu, Ag, Pd, Ta等を含む15種類の金属元素について、世界全体のIT機器台数を基に搭載されている金属のストック量や毎年の必要投入量の分析及び予測を行った結果、現時点では、2025年までに金属資源の明確な量的制約が生じることは想定し難いと考えられる。

そして、第5章では、本論文の総括を述べた。

本研究で構築したIT機器に関する消費電力量や資源消費量の中長期的な予測モデル及び予測結果は、今後、IT関連の産業政策や技術開発政策を検討し立案・実践していく上で、大いに貢献できるものである。しかし、情報化社会は、その歴史が未だ浅いことに加え、様々な革新技術の登場で環境に大きな変化が生じ得る分野である。今後の技術変化等を遅滞なく見極め、より精緻な分析モデル手法への改善・開発を継続していくことが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

1990年代後半から、我が国および世界において、高度情報化社会が本格的に構築され始めインターネットの普及が本格化した。その結果、情報化社会が扱うデジタル情報量は「情報爆発」と呼ばれるほど指数関数的に増大し、インターネット内でのデータトラフィック(情報流通)量が急増した。これに伴って、パソコン、サーバ、ストレージ、ネットワーク機器等のインターネットを構成する機器の稼働台数と消費電力量もそれぞれ急増していることが明らかになってきた。さらに、それらのインターネットを構成する機器には、金、銀などの貴金属やレアメタルが使用されるため、将来、それらの資源の供給に不足が生じることが懸念されている。そのような背景のもと、本論文では、日本および世界を対象に、情報化社会の進展に伴うIT機器の消費電力量及び素材消費量分析モデルを構築している。

第1章では、インターネットの世界的な普及に伴い、ネットワークを構成するIT機器の設置台数の大幅な増加が見込まれているが、情報量の増加率とIT機器の設置台数、電力消費量及び資源消費量の相関及びそれらの中長期的な定量的な予測手法は確立されていないことを指摘している。そして、2025年までの日本及び世界全体のIT機器に起因する消費電力量及び素材消費量の中長期予測を定量的に行う必要性を述べている。

第2章では、国内のインターネット・トラフィック量増加率及びIT機器の技術進歩率(情報処理能力及び電力消費効率の向上率)と消費電力量増加率との相関関係を明らかにし、国内IT機器全体の総消費電力量の予測を行うモデルの開発を行っている。現在までのIT機器の国内出荷台数の実績値からPBMを用いて設置台数をIT機器の種類別に詳細に求め、2000年から2009年までの国内総消費電力量を推計している。現在のトラフィック量及び情報処理能力やエネルギー消費効率の変化率が現在の傾向を維持する場合には、2009年の403億kWhから2025年には1820億kWh(4.5倍)から2978億kWh(7.3倍)に達するとの試算結果を得ている。特に、高信頼性ルータの消費電力量の増加が大きく、中・大型ルータのエネルギー消費効率を向上させる革新技術を早期に開発・導入しても、なおトラフィック量の増加率を4―7%ポイント抑制しなければ消費電力量の安定化は困難であることを明らかにしている。そして消費電力量の観点から見た持続可能な情報化社会の構築には、今後の各機器の技術進歩速度とトラフィック量の変化率の関係に注視して政策対応を進める必要性を示している。

第3章では、インターネットが世界全体でその普及が本格化している状況において、世界各国のIT機器の設置台数及び消費電力量の中長期的な予測を定量的に行う手法を開発している。インターネット普及率の成長曲線には最終到達率に一定の制約を付したゴンペルツ曲線が最も高い適合度を示すことを確認した上で、世界のインターネット利用人口は、2010年の19.6億人から、2025年には現在の約2.4倍に当たる46.5億人にまで増加し、インターネット普及率は世界平均で57%に達すると予測している。続いて、インターネット利用人口とPC設置台数、更にサーバ、ストレージ及びネットワーク機器とPC設置台数との間に一定の相関があることを示し、世界全体の各IT機器の設置台数予測を行っている。その結果、PCの設置台数は、2008年時点の設置台数は11.2億台で、2025年には28.4~37.1億台の普及が見込まれることを示している。サーバ台数は、今後も仮想化が進展する場合は2025年までに3600~4797万台、仮想化が進まない場合は6900~8980万台にまで世界全体の設置台数が増加し、ストレージは2025年までに4.1~6.1億台、ネットワーク機器は18~24.9億台が設置されるとの予測している。世界全体のIT機器の消費電力量は、2025年には1.4~2.2兆kWh/年と予測され、世界全体の消費電力量の4~5%をIT機器が占めることを明らかにしている。

第4章では、IT機器の設置台数の世界的な増大により、IT機器に内蔵される回路基板等に使用される貴金属やレアメタル等各種金属の総重量の将来予測を行い、今後必要となる素材量を把握するとともに、特にAu、Ag、Pd、Taについて需給が逼迫する可能性について検討している。IT機器の総金属重量に関しては、設置台数が最も多いPCが他のIT機器を圧倒し、2010年には全体の82%、2025年には72%と、高い比率を維持することを明らかにしている。続いて、IT機器の回路基板等に使用される15種類の金属のストック量を推計している。更に、Au、Ag、Pd、Taの毎年の必要投入量の分析及び予測を行い、2025年までには明確な供給制約が生じるレベルには至らないことを確認している。

以上のように本論文では、IT機器に関する消費電力量や資源消費量の中長期的な予測モデルを構築し、それに基づいて予測を行ったもので、今後、IT関連の産業政策や技術開発政策を検討し立案・実践することに資する可能性を示している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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