学位論文要旨



No 127967
著者(漢字) 阿部,真
著者(英字)
著者(カナ) アベ,マコト
標題(和) 六方晶ワイドギャップ半導体の非線形光学特性
標題(洋)
報告番号 127967
報告番号 甲27967
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7735号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,高志
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 枝川,圭一
 東京大学 准教授 石川,靖彦
 東京大学 教授 黒田,和男
内容要旨 要旨を表示する

2次非線形光学効果を用いた波長変換は,レーザ光を他の波長のコヒーレント光に変換する手法として大変有用である。ワイドギャップ半導体であるSiC,GaN,ZnOは結晶構造に反転対称性が無いため2 次非線形光学効果を示し,それらの透明領域である中赤外から紫外の波長域における波長変換デバイスのための材料として用いることができる。さらに,従来の非線形光学材料と比べて高い熱伝導率,光損傷閾値をもち,既存の半導体微細加工技術を用いて導波路構造などを容易に作製可能であることから,上記波長域で動作する高効率・高出力な波長変換デバイスの材料として期待される。

2次非線形光学定数は材料の光学的非線形性の大きさをあらわし,波長変換デバイスの効率を決定づける重要な物理量である。これらのワイドギャップ半導体の2 次非線形光学定数については既にいくつか報告があるが,互いに値が大きく異なり,信頼できる値が無いのが現状である。例えば,GaNの2次非線形光学定数としてZhangらにより報告されているd33 = -17 pm/V とPasseriらによるd33 = -3.7 pm/Vとの間には5倍近い違いがみられ,ZnOの2次非線形光学定数としてZhangらにより報告されているd33 = -84 pm/VとLarcipreteらによるd33 = -0.90 pm/Vとの間には100 倍近い違いが見られる。この原因としてまず考えられるのは,過去の報告の測定試料の質と測定精度の問題であり,特にほとんどの報告で用いられている (0001) 面試料によりd33を測定する場合,後者が問題となり,d33の値を精度よく決定するためには (11-20) 面,あるいは (10-10) 面の試料を用いた測定が必須である。また,これらのワイドギャップ半導体のような高屈折率材料の平行平板試料を用いて非線形光学定数測定を行う場合,試料内部における基本波および第2高調波の多重反射干渉効果による影響が顕著に現れてくるが,過去の報告のほとんどにおいてこの多重反射干渉効果の影響を無視していることも問題である。さらに,GaNとZnOの2次非線形光学定数測定では,測定試料にサファイアc 面基板上のエピタキシャル薄膜が用いられているものがほとんどである。極性面半導体エピタキシャル薄膜中には自発分極に起因した反電場,歪によるピエゾ電場などの強い静電場が存在する。この静電場が存在することで,3次非線形光学効果によっても第2高調波が発生し(電場誘起第2高調波発生),実験によって得られる正味の2次非線形光学定数が変化する可能性がある。一方バルク試料を用いる場合,自発分極等によって試料表面に生じる分極電荷が吸着イオンにより中和されており,内部電場が存在しないため真の2次非線形光学定数を測定できる。

本研究では,SiC,GaN,ZnOの (0001) 面および (11-20) 面あるいは (10-10) 面のバルク単結晶を測定試料に用いたメーカーフリンジ測定を行い,その結果を試料内部における多重反射干渉効果による影響を厳密に考慮して解析することで,これらの材料のもつ,内部電場の影響を受けていない真の2 次非線形光学定数を正確に決定した。また,n型GaNバルク単結晶の内部電場を変化させながら2 次非線形光学定数の精密測定を行うことで,結晶の内部電場が2 次非線形光学特性に与える影響を定量的に評価した。本研究は大きく分けて以下の3つの部分からなる。

第2章 多重反射干渉効果を厳密に考慮したメーカーフリンジ理論解析法の開発

本研究で用いた非線形光学定数測定法であるメーカーフリンジ法と既報の多重反射干渉の影響を取り扱った理論解析手法とその限界について述べた後,本研究において新たに開発した理論解析手法について記述した。本研究では第2高調波発生のGreen関数を用いて,回転型メーカーフリンジ測定における部分的にしか重なっていない基本波ビーム同士および第2高調波ビーム同士による多重反射干渉効果の影響を厳密に考慮した理論計算手法および試料の面方位がずれている場合の多重反射干渉効果を扱うことの理論解析手法を新たに開発し,次章で行なったすべての測定データを多重反射干渉効果を厳密に考慮して解析することを可能とした。

第3章 SiC,GaN,ZnOの非線形光学定数測定

SiC,GaN,ZnOの3種類の六方晶ワイドギャップ半導体に対する非線形光学定数測定について記述した。GaNおよびZnOはともにウルツ鉱構造をとる。SiCは多くの結晶多形を持つが,それらの中で六方晶である4Hおよび6H構造のものを取り扱ったため,本研究で用いたワイドギャップ半導体はすべて六方晶であり,点群6mmに属する結晶構造をとる。そのため非線形光学定数テンソルは3種類の独立な非0成分,d31 = d32,d15 = d24,d33をもち,本研究ではこれらすべての値を正確に決定した。測定に用いた試料,測定手法について述べた後に,3種類のワイドギャップ半導体に対して基本波波長1.064 μmでメーカーフリンジ測定を行った結果を示し,最後に得られた非線形光学定数の比較,考察を行った。

高品質なSiC,GaN,ZnOのバルク単結晶試料を用い,3 種類すべての半導体について,(0001) 面および (11-20) 面あるいは (10-10) 面の試料を用いることに加えて本研究において開発した手法により試料内部における多重反射干渉効果を厳密に考慮して測定データを解析することで,非線形光学定数テンソルの独立な3成分すべて,特にd33,の値をはじめて正確に決定した。得られた結果を以下にまとめる。2次非線形光学定数

の比d33/d31について考えてみると,結晶構造に歪がなく,正四面体構造からなる理想的な六方晶の場合で,材料のマクロな非線形光学特性が原子間の結合の非線形性の単純な足し合わせで考えられるとすると,d33/d31 = -2となるが,この値からのずれは,6H-SiC,4H-SiC,GaN,ZnOの順に大きくなる。これは,実際の格子定数の比の理想的な六方晶の場合の格子定数の比c/a=1.633からのずれがこの順に大きくなっていることとコンシステントである。

第4章 GaNにおける電場誘起第2高調波発生の定量評価

バルクのn型GaN (0001) 基板の裏面にInでコンタクトを取った試料を作製し,この試料表面を電解液に接触させたときに生じる空乏層の電場を利用して電場誘起第2高調波発生の影響を評価した。外部からGaN試料の電位を制御することでGaNと電解液界面の空乏層の電場を変化させながら,基本波波長1.064 μmで反射第2高調波パワーを測定することにより電場誘起第2高調波発生の影響を初めて定量的に評価した。これにより,電場誘起第2高調波発生の3次非線形感受率をX(3)zxxz(2ω;ω,ω,0) = (-2.1±0.5)×10-21 m2/V2,X(3)xxzz(2ω;ω,ω0) = (-2.4±0.6)×10-21 m2/V2,X(3)zzzz(2ω;ω,ω,0) = (2.3±5.4)×10-20 m2/V2,と決定した。GaNの自発分極の文献値を用いて計算すると,サファイアc板上のGaNエピタキシャル薄膜の内部電場は2 MV/cm程度になる。例として,d31についていうと,この場合,純粋な2次非線形光学定数2.5 pm/Vとくらべて,3次の非線形光学効果による寄与は,0.7 pm/Vとかなり大きくなり,電場誘起第2高調波発生の効果は無視できないということがわかった。この効果は見かけの非線形光学定数を大きくする方向にはたらく。

今回得られたd31の値を既報値と比較するとGaNではおおむね既報値のほうが大きいという結果になった。この理由として,多重反射干渉効果を無視することによる非線形光学定数の過大評価や,電場誘起第2高調波発生による非線形光学定数の増大の可能性が考えられる。唯一バルク試料を用いており,内部電場の影響を受けていない,Sanfordらが報告している値d31 = 2.5 pm/Vは本研究で得られた値と一致している。SiCとZnOについては既報値のほうが小さくなっているため,多重反射干渉の影響や電場誘起第2高調波発生の影響というよりもむしろ,過去の報告の測定試料の質や測定精度に問題があったと考えるのが妥当であるといえる。d33については,ほとんどの報告で(0001) 面の試料が用いられていることが,非線形光学定数の値を正確に測定できていない主な理由であるといえる。

SiCの非線形光学定数d33は,中赤外から可視の波長域で用いられる波長変換結晶と比較して遜色なく大きく,この波長域で動作する高効率・高出力な波長変換デバイスの材料として期待できるといえる。よりバンドギャップの大きいGaNとZnOの非線形光学定数は既存の紫外波長変換結晶と比べてはるかに大きく,また,GaNについてはAlNとZnOについてはMgOとの混晶化よって吸収端波長の短波長化が可能であり,これらの材料は紫外波長域の非線形光学結晶としてのポテンシャルを秘めていると考える。可視から紫外の波長域において,いずれの結晶も複屈折位相整合は達成できないが,半導体微細加工技術を用いて擬似位相整合が実現できるため,原理的に高効率な波長変換が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

六方晶ワイドギャップ半導体であるSiC,GaN,ZnOは結晶構造に反転対称性が無いため光学的2 次非線形性を示し,中赤外から紫外の波長域における波長変換デバイスの材料として有望である。従来の非線形光学材料と比べて高い熱伝導率と光損傷閾値,既存の半導体微細加工技術を用いて導波路構造などを作製可能であることも,上記波長域で動作する高効率・高出力な波長変換デバイス材料として有利な点である。これらワイドギャップ半導体の2次非線形光学定数については,それぞれ既に複数の報告があるものの,測定試料の質,測定精度,測定データの解析法などに問題があり信頼できる値が無いのが現状である。本論文は,SiC,GaN,ZnOの (11-20) 面あるいは (10-10) 面のバルク単結晶を測定試料に用いた精密なメーカーフリンジ測定をおこない,回転型メーカーフリンジ測定における多重反射干渉効果および試料面方位のずれを考慮できる理論計算手法を開発したうえで,これを用いて測定データを解析することで,これらの材料の真の2 次非線形光学定数を正確に決定している。さらに,n型GaNバルク単結晶の内部電場を変化させながら実効2 次非線形光学定数の精密測定を行うことで,結晶の3次非線形性と内部電場が2 次非線形光学特性に与える影響を定量的に評価している。本論文は5章からなる。

第1章は緒言であり,六方晶ワイドギャップ半導体の波長変換材料としての利点について述べた後,SiC,GaN,ZnOの2次非線形光学定数の既報値と過去の報告における問題点をまとめている。特に,ほとんどの報告で (0001) 面試料が用いられていることがd33の測定精度を制限しており,また半導体のような高屈折率材料の平行平板試料を用いて非線形光学定数測定を行う場合,試料内部における基本波および第2高調波の多重反射干渉効果による影響が顕著に現れてくるにもかかわらず,過去の多くの報告においてこの多重反射干渉効果の影響を無視していることが問題であると主張している。さらに,過去の報告で用いられているGaNとZnOの極性面エピタキシャル薄膜においては強い内部電場が3次非線形光学効果を介して第2高調波発生に影響を与えている可能性があることを指摘し,本研究の目的を明確にしている。

第2章では,一般的な非線形光学定数測定法であるメーカーフリンジ法について述べ,既存の多重反射干渉の影響を取り扱った理論解析手法の限界を指摘したうえで,本研究において新たに開発した理論解析手法について記述している。第2高調波発生のGreen関数を用いて,部分的にしか重なっていない基本波・第2高調波ビームの多重反射干渉効果の影響を厳密に考慮した回転型メーカーフリンジの理論計算手法,試料の面方位がずれている場合にも多重反射干渉効果を含めて扱うことのできる理論計算手法を新たに開発し,次章でおこなったすべての測定のデータを多重反射干渉効果を厳密に考慮して解析することを可能としている。

第3章では,SiC,GaN,ZnOの3種類の六方晶ワイドギャップ半導体に対する2次非線形光学定数測定について記述している。測定試料にバルク単結晶を用いることで,試料内部の電場のない状況で真の2次非線形光学定数を測定している。高品質なSiC,GaN,ZnOのバルク単結晶試料を用い,(0001) 面だけではなく (11-20) 面あるいは (10-10) 面の試料も用いることに加えて,本研究において開発した手法により試料内部における多重反射干渉効果を厳密に考慮して測定データを解析することで,これらのワイドギャップ半導体のもつ非線形光学定数の3種類の独立な非0テンソル成分であるd31 = d32,d15 = d24,d33の値を基本波波長1.064 μmで高い精度で決定している。得られた正確な2次非線形光学定数と既報値を比較し,これまでの測定の問題点を指摘している。さらに,2次非線形光学定数の比d33/d31について材料間で比較し,この理想値(ひずみのない理想的な六方晶の場合d33/d31 = -2)からのずれが6H-SiC,4H-SiC,GaN,ZnOの順に大きくなっており,結晶構造のひずみの大きさとコンシステントであることを見出している。さらに,d33/d31の理想値からのずれは,bond-chargeモデルのような電子の波動関数がボンドに局在したモデルでは定量的には説明できず,波動関数の非局在性が2次非線形性の大きさを決定していることも示唆している。

第4章では,電解液中のバイアスしたバルクn型GaN (0001)試料表面の空乏層電場を利用して電場誘起第2高調波発生の影響を定量評価した結果がまとめられている。基本波波長1.064 μmでの反射第2高調波発生測定により,電場誘起第2高調波発生の3次非線形感受率の値を決定している。この3次非線形性とGaNの自発分極の大きさから見積もられるGaNエピタキシャル薄膜中の内部電場を考慮すると, 3次の非線形光学効果による第2高調波発生への寄与は,真の2次非線形光学効果と比較して無視できないことをあきらかにしている。

第5章は総括である。

以上のように,本論文は,高品質バルク試料に対する極めて精密なメーカーフリンジ測定および厳密な理論解析手法を組み合わせることで,SiC,GaN,ZnOの2次非線形光学定数を正確に決定し,また,GaNの内部電場による電場誘起第2高調波発生が2次非線形光学特性に与える影響を初めて定量的にあきらかにしている。本論文の化合物半導体の材料科学,非線形光学材料の分野への寄与は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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