学位論文要旨



No 127968
著者(漢字) 今川,成樹
著者(英字)
著者(カナ) イマガワ,シゲキ
標題(和) フォトニック・アモルファス・ダイヤモンドの光伝播特性
標題(洋)
報告番号 127968
報告番号 甲27968
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7736号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 枝川,圭一
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 教授 近藤,高志
 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 准教授 羽田野,直道
内容要旨 要旨を表示する

【1.緒言】

フォトニック結晶とは、誘電体が光の波長程度の周期性をもって配列した人工的な構造体である。その大きな特徴は、結晶構造をうまく設計することにより、特定の周波数領域の光の伝播をあらゆる方向で禁止する3次元フォトニックバンドギャップ(3D-PBG)を形成することである。これを利用することで光の制卸性を飛躍的に高めることができることから、近年幅広い方面から注目されている。その3D-PBGの形成は従来周期的結晶格子によるフォトンのブラッグ散乱によると考えられてきた。ところが、最近、周期的結晶格子を持たないアモルファス構造であるにもかかわらず、明確に3D-PBGを形成するフォトニック・アモルファス・ダイヤモンド(PAD)が計算機シミュレーションにより発見された[1]。

本研究では、このPADの光伝播特性を明らかにすることを大目的とし、以下の5つの小目的について研究を行った。1.PADにおける3D-PBG形成の実験的な証明、2.PADにおけるパスバンド周波数の光伝播特性を解明、3.PADにおける3D-PBG形成機構の解明、4,誘電体球で構成したPADにおける3D-PBG形成の発見とその形成機構の解明、5.PADを用いた点欠陥共振器の光閉じ込め性能の評価

【2.方法】

2.1 実験方法

マイクロ波帯サイズのPADと比較のために結晶ダイヤモンド構造を誘電体ロッドで構成したフォトニック結晶ダイヤモンド(PCD)を粉末焼結積層造形法[2]により作製した(Fig.l)。材料粉末にはナイロンと二酸化チタンを用い、ロッド部の屈折率を高めるため作製した試料のロッド部内の空孔を適量の氷とした。最終的に、PADが十分大きな3D-PBGを形成する屈折率、また十分小さく吸収による影響は無視できる損失係数とした。

電磁波透過スペクトル測定は、ベクトルネットワークアナライザー(HPModeI8722D,agilent Tbchnologies)を用いた自由空間法で行った。直線偏光の電磁波を一つのアンテナ(発信器)から発射し、もう一つのアンテナ(受信器)によって透過波を測定した。このとき二つのアンテナの偏光方向を相対的に変えて入射偏光と平行な透過波の直線偏光成分(平行成分町)と垂直な直線偏光成分(垂直成分Tc)の強度と位相、すなわち複素透過スペクトルを測定した。

2.2 計算方法

計算機上でのロッドと球で構成したPADとPCDを作成した。これらについてFinite Difference Time Domain(FDTD)スペクトラル法[3】を用いて光固有状態の周波数分布を計算した。

PADとPCDに点欠陥を導入し、その欠陥部を中心とする大きさの異なる立方体スーパーセルを作成した。これらについてFDTD法を用いて、欠陥部から欠陥準位に対応したガウシアンパルスを励振させたときの、欠陥部内のエネルギーの減衰を計算し、光共振器の光閉じ込め性能を示すパラメータであるQ値を見積もった。

【3.結果と考察】

3.1 3D-PBG形成の実証

PADのTcの測定結果(Fig.2(b))にはスペクトルの明確な落ち込みがみられ、その落ち込みの周波数域は6つの異なる入射・偏光方向の結果でよく一致している。このことは入射方位によってスペクトルの落ち込み周波数域が異なる従来のフォトニック結晶の結果とは大きく異なる。また、6つのスペクトルの落ち込み周波数は光固有状態の周波数分布の計算結果にみられる3D-PBGの位置と一致している。このことはPADにおいて等方的にPBGが形成されていることを示唆している。一方、PADDのTp,には特異な特徴がみられる。というのも、Tpの減少は計算で示された3D-PBGの下端周波数よりもずっと低周波数から始まっており、上端より高周波数域においてもTpは10-1程度の小さな値にとどまっている。

3.2 光伝播特性の特徴

本実験では、受信器の指向性は比較的大きいため、Tp成分は主にバリスティック伝播成分、Tc成分は拡散伝播成分とみなすことができる。そのため、Fig.2(a)に見られたPADのバリスティック伝播成分における特異な減衰は電磁波の進行方向と偏光方向を変える散乱が生じたためであると考えられる。ここで、これらの電磁波がPAD中を伝播する際の散乱平均自由行程を見積もると、低周波数端では、lは試料厚さよりも大きく、伝播は完全にバリスティックであり、周波数が上がるにしたがって1は小さくなり、拡散伝播が支配的になってきていることが分かる(Fig.3)。また、3D-PBGより高周波数域においても拡散的な伝播が支配的となっている。

上述の通りPADは強い拡散伝播特性を示すので、光のアンダーソン局在が実現している可能性がある。そこで、PADについてアンダーソン局在が生じる指標であるLoffe-Regel条件[4】を当てはめると3D-PBG上下端の平均自由行程はその条件をほぼ満たすことが明らかとなった。また、FDTD法を用いて3D-PBG上下端について固有状態の電場強度分布を計算し、実際に光が局在いることを確認できた。

3.3 3D-PBG形成機構の解明

PCDとPADについての3D-PBG上下端近傍の電場集中度の計算結果から、PCD、PAD共に3D-PBG上端近傍の周波数では空気領域に電場が集中し、下端近傍の周波数では誘電体領域に電場が集中していることが分かった(Fig.4)。これは従来のフォトニック結晶における誘電体バンドと空気バンドの描像にそのものであり、このことが3D-PBG形成に寄与していると考えられる。また▽・(ε(r)E(r))=0より、3D-PBG上下端近傍の周波数において電場が誘電体(空気)領域のネットワークに湧き出し・吸い込みない流れを形成している必要がある。実際に流れを形成するために必要不可欠な構造体が持つネットワークを少しだけ分断した構造体において3D-PBGが急激に消失していることを確認した。しかし、ただネットワークをもつ構造であれば良いのではなく、PCDやPADのように誘電体、空気領域が双対性のある構造であることが3D-PBG形成に有利であると考えられる。

3.4 光閉じ込め性能の調査

PCDとPADの全ての構造体サイズについてQ値を見積もった(Fig.5)。PADの3種類の結果は全ての構造体サイズにおいてほぼ一致して構造体サイズが増すに従ってQ値が指数関数的に増加していることが分かる。また、これらの欠陥中に閉じ込められているモード体積はPCD.PAD共にほぼ同程度の0.1(λ/n)3であった。以上のことから、PADの光閉じ込め性質は従来のフォトニック結晶と同程度であると言える。

3.5 誘電体球で構成したPADについての3D-PBG形成の発見とその形成機構の解明

3種類の誘電体球で構成したPADとPCDについての光固有状態の周波数分布の計算結果から、ネットワークの連続性に起因する3D-PBGとは別に球が小さくなりネットワークがなくなったr=0.45dにおいて高周波数側に上記の3D-PBGとは別の3D-PBGが形成されていることを発見した(Fig.6)。

この高周波数側の3D-PBGの形成機構を明らかにするため、孤立した1つの誘電体球とその誘電体球の周りにPCD構造の第一近接まで、第二近接まで、第三近接までの誘電体球を配置した構造体中の誘電体球において、共鳴状態を形成する周波数を調べた。孤立した誘電体球の結果においては飛び飛びの周波数が共鳴状態を形成しており、第一近接、第二近接と誘電体球を配置するに従ってこれらの周波数が幅を持つようになり、最終的に第三近接まで配置した構造体中においては、幅広い周波数において共鳴状態が形成されていることを明らかにした。また、共鳴状態が形成されていない周波数帯は光固有状態の周波数分布で示された3D-PBG位置と一一致していた。このことは、高周波数側の3D-PBG形成は電子論における強束縛近似とよく一致している。

【4.総括】

本研究では、マイクロ波帯サイズのPADを作製し、電磁波透過スペクトル測定を行い、PADにおける等方的なPBG形成を実験的に証明した。また、その3D-PBGには局在状態などは存在せず、光閉じ込め性能は従来のフォトニック結晶と同程度であることを明らかにした。3D-PBG形成機構の説明として、従来のフォトニック結晶における誘電体バンドと空気バンドの描像がPADの3D-PBG形成にも同様に適用できることを示した。一方、パスバンドにおいては光拡散や光局在に関連して特徴的な振る舞いを示すことを明らかにした。また、誘電体球で構成したPADが高周波数側に3D-PBGを形成することを確認し、その形成機構が電子論における強束縛近似のモデルと良く一致知ることを示した。

[1] K.Edagawa,eta1.,Phys.Rev Lett.100013901(2008).[2] S.Kumar,etal,.J.Minerals Metals & Materials 55,43(2003).[3] CT.Chan,etal,.Phys.Rev.B61,13458-13464(2000).[4] A.F.Ioffe,etal.,(Heywood & Company,London),237(1960).

Fig.1 (a)作製したPAD(上段)、Computer graphics像(下段)(b)作製したPCD(上段)、Computer graphics像(下段)

Fig.2 PADの透過スペクトルTp(a)と町(b)の測定結果と光固有状態の周波数分布(c)

Fig.3 バリスティック透過成分から算出した、PADの散乱平均自由行程の周波数依存性

Fig.5 PCD(黒)と3種類のPAD(赤、青、緑)についての値の構造体サイズ依存性

Fig.6 誘電体球で構成したPADとPCDについての光固有状態の周波数分布

Fig.7 PADの光伝播特性のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

誘電体が光の波長程度の周期性をもって配列した人工的な構造体である「フォトニック結晶」では、結晶構造をうまく設計することにより、特定の周波数領域の光の伝播をあらゆる方向で禁止するフォトニックバンドギャップ(PBG)が実現する。そのようなPBGをもつフォトニック結晶中に欠陥を導入することにより、その欠陥の微小領域にギャップ内周波数の光を閉じ込めることができる。このような微小領域への光の閉じ込め効果を利用すれば、極小な光共振器、急峻な曲げに対してもロスのない光導波路、極小なレーザー等の従来実現不可能であった光制御素子が実現可能となり、さらにはそれらを高密度で集積した光集積回路の実現も視野に入れて研究が進められている.

従来、PBGの形成は周期的結晶格子による光のブラッグ散乱に起因するものと考えられていたが、最近、周期的結晶格子を持たないアモルファス構造であるにもかかわらず、PBGを形成する構造が計算機シミュレーションにより発見された。これは、ダイヤモンド結晶構造と同様な4配位のネットワークからなるアモルファス構造で、フォトニック・アモルファス・ダイヤモンド(PAD)とよばれている。本研究はPADの光伝播に関わる基本的な特性を計算機シミュレーションとマイクロ波透過実験により明らかにしたものである。本論文は8章からなる。

第1章は序論であり、まずフォトニック結晶とその応用例、フォトニックバンド構造の概念を説明している。続いて、本研究の対象であるPADの構造を説明し、これがPBGを形成することを明らかにした計算機シミュレーションによる研究について述べている。

第2章では、本研究で用いた計算方法と実験方法の概要を説明している。計算方法ではFinite Difference Time Domain(FDTD)法と、これを用いた光固有状態の周波数分布の計算方法について説明し、実験方法では粉末焼結積層造形法を用いたマイクロ波帯サイズの試料作製とネットワークアナライザを用いた電磁波透過スペクトル測定について説明している。

第3章では、マイクロ波透過スペクトル測定によりPADがPBGを形成することを実験的に示した研究について述べている。粉末焼結積層造形法により作製したPADについて種々の入射方位、入射偏光で測定したマイクロ波透過スペクトルに共通周波数域で透過率の落ち込みがみられ、これがPBGによるものであることが示されている。また、このPBGは完全に等方的であることが示されている。このような等方的なPBG形成は、従来のフォトニック結晶では実現不可能なPADの大きな特長の一つであることが述べられている。

第4章では、PADのフォトニックバンド内周波数の光伝播特性について調べた結果が示されている、測定したマイクロ波透過スペクトルからバンド端近傍の周波数の電磁波が拡散伝播することが明らかになっている。また、計算機シミュレーションによりバンド端の非常に狭い周波数領域において光局在状態が形成していることが示されている。

第5章では、PADにおけるPBG形成機構について述べている。バンド端近傍の光固有状態の電場集中度を計算し、従来のフォトニック結晶のPBG形成機構の説明に用いられる誘電体バンド・空気バンドの描像が当てはまることを明らかにしている。また、その描像を実現するためにPAD構造が持つネットワークの連続性と、誘電体領域・空気領域の双対性が重要であることを指摘している。

第6章では、PADに点欠陥を導入することにより光閉じ込めが実現する可能性について検討している。任意の誘電体ロッドの屈折率を低くすることにより形成される欠陥モードについて、そのモード体積とQ値を計算している。その結果、PADにより従来のフォトニック結晶と同程度の強い光閉じ込めが実現可能であることが示されている。

第7章では、誘電体球で構成したPADにおけるPBG形成について述べている。孤立した誘電体球で構成したPADにおける光固有状態の周波数分布の計算から、誘電体球で構成したPADでは、誘電体ロッドで構成したPADとは異なる周波数領域でPBGが形成することが示されている。このPBGの形成機構は固体電子論における強束縛モデルと同様なモデルで説明できることが示されている。

第8章は本論文の総括である。

以上を要するに、本研究では、PADのようなアモルファス構造でもPBGが形成し得ることを初めて実験的に証明し、これを利用して強い光閉じ込めができることを示している。またPADのPBGが従来のフォトニック結晶では実現不可能な高い等方性をもつことを示している。さらにPADのバンド内周波数の光伝播の特徴を明らかにしている。これらの成果はフォトニック物質によるPBGの形成機構や光局在状態の形成機構についての新たな知見を与え、光制御技術の更なる発展に寄与するものである。以上のように、本論文の光制御工学、材料光学への寄与は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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