学位論文要旨



No 127970
著者(漢字) 立山,真司
著者(英字)
著者(カナ) タテヤマ,シンジ
標題(和) 鉄bcc/fcc変態における界面キネティクスの分子動力学法解析
標題(洋)
報告番号 127970
報告番号 甲27970
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7738号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 准教授 井上,純哉
 東京大学 講師 澁田,靖
内容要旨 要旨を表示する

鉄の異相界面構造と相変態界面キネティクスは鉄鋼材料組織制御の重要な要素であり,様々な研究を通じ多くの知識が蓄積されてきた.また、相変態や相変態時の界面構造の研究における数値シミュレーションは実験的に直接観察困難な鉄原子の運動を明らかにできることからその意義は大きく,とりわけ古典分子動力学法は原子間ポテンシャルを用いることにより計算負荷を低減でき,大規模な原子モデルにおける原子運動を直接的に解析し得る手法として有効であると考えられている.一方,この分子動力学法の解析適用範囲は原子間ポテンシャルに依存し,既存の原子間ポテンシャルを用いた場合には鉄の面心立方結晶(以下,fcc)相から体心立方結晶(以下,bcc)相への変態を定性的に再現出来るものの,逆変態を含めた双方向的な固相変態の解析が困難であるという課題が残されている.しかし,既存の代表的ポテンシャルであるFinnis-Sinclair ポテンシャル(以下,FSポテンシャル)の再現する物性を詳細に検討すれば,凝集エネルギー差が温度に依存せず常にbcc相が安定であるにもかかわらず,fcc-bcc変態を再現可能であることが指摘できる.すなわち,この点に着目すれば,FSポテンシャルを用いた古典分子動力学法において鉄異相界面を高温熱緩和することによりfcc-bcc変態を再現し,異相界面毎の原子配置に依存した変態キネティクスの比較解析も可能である.このような視点から,本研究では、FSポテンシャルを用いた古典分子動力学法による鉄fcc-bcc変態の解析,双方向変態の解析が可能な新規ポテンシャルの開発、新規ポテンシャルを用いた解析を行うことにより,高温における鉄の相変態の界面キネティクスと異相界面エネルギーを検討することを目的とした.

第1章は緒論であり,本研究における位置付けとその目的を述べた.

第2章では,分子動力学法シミュレーションの計算手法について総括的に述べた.すなわち,解析対象によって異なる部分をのぞき、第3章以降で共通した分子動力学法の計算方法,FSポテンシャルの性質,鉄異相界面モデルの作成方法,計算結果として得られる原子座標データの可視化処理方法のそれぞれについて述べた.その概要は以下の通りである.分子動力学法計算方法は従来の鉄に対する解析で用いられてきた一般的な方法を選択した.FSポテンシャルでは第一原理計算に基づいた鉄の弾性定数や格子定数などの力学的物性を保証するポテンシャルパラメータが開発されているため,本研究ではこのポテンシャルパラメータを用いた.また,解析には数万原子オーダーのbcc(110)//fcc(111)界面を持つ異相界面モデルを作成し,異相界面の周期境界を厳密に作成することで無限平板を仮定したモデル系を用いた.そして,可視化手法として,変態構造を捉えるのに有効な手段である,配位数および原子応力の数値を基準として原子着色する方法を採用した.

第3章では、FSポテンシャルを用いた分子動力学法計算により、実験的に観察されるbcc(110)//fcc(111)界面であるNishiyama-Wassermann関係(以下,N-W関係),Kurjumov-Sachs関係(以下,K-S関係)及びその中間の界面について、それらを熱緩和した際に生じるfcc-bcc変態の界面キネティクスを解析した。その結果,N-W関係およびそれから2°回転させた界面では平面的な変態が進行した。一方で、N-W関係から4°回転させた界面およびK-S関係では最初は平面的な変態が進行し、界面揺らぎが徐々に増大した後に針状の変態にシフトした。また,これらのfcc-bcc変態は全て整合領域から始まるBainの変形パスから開始していた.そして,変態過程の違いは初期界面における整合領域の分布の差異に起因することを明らかにした.また、整合領域は原子応力の小さい部分と一致し、原子応力を用いた可視化により変態開始点と進行方向が明示されることを示した。これらの結果は、鉄異相界面の原子構造による界面キネティクスの差異を解析する手段としての分子動力学法の有用性を示したと言える。

第4章では、鉄におけるfcc-bcc変態およびbcc-fcc変態の双方向変態が解析可能なポテンシャル関数形の開発を行った結果を述べた.ここでは,従来のFSポテンシャルが鉄fcc-bcc変態を定性的に再現可能であることから,FSポテンシャルを開発ポテンシャルのベースとした.FSポテンシャルの関数形はbcc結晶とfcc結晶の最近接原子数を基準に電荷密度項の計算原子数を決定していることから、電荷密度項に影響距離とカットオフ関数を導入したモデルを構築した.この影響距離RCを基準にbcc結晶とfcc結晶の物性変化を確認した結果、RC =3.20 A付近を境として結晶安定性が入れ替わることを確認した.また,カットオフ関数の導入はFS ポテンシャルが保証する力学的物性値に影響を与えず、bcc/fcc変態を定性的に再現することを確認した.さらに,N-W関係モデルを用いて界面キネティクスを観察した結果,結晶安定性の変化に従って界面移動方向が変化し,界面の停止する平衡状態も存在することが示された.これらの結果よりRCのパラメータ値を決定し,平衡点(1516K,以下A3点)付近での界面キネティクスの解析を可能とした。この新規ポテンシャルは異相界面の解析に最適化されていると同時に、従来のFSポテンシャルの性質を包含し,FSポテンシャルを用いたこれまでの研究と同様の解析に適用することが可能であることを示した。

第5章では,前章で開発した鉄の再現する新規ポテンシャルを用いてA3点前後における双方向的な変態の分子動力学法解析を行った結果を述べた. ここでは,N-W関係を0°,K-S関係を5.26°として様々な角度に回転したbcc(110)//fcc(111)界面モデルを用いて界面キネティクスと界面エネルギーの比較を行った.全てのモデルで,A3点より低い1511Kではfcc-bcc変態が生じ,逆にA3点より高い1521Kではbcc-fcc変態が生じた.界面の回転角によって変態過程と速度は異なるが,幾何学的な対称性から60°周期で同等界面が現れ,0°を挟んだ正負でほぼ同じ計算結果が得られた.また,1511Kにおけるfcc-bcc変態過程では,まずN-W関係からK-S関係に至る範囲では第3章と基本的に同等の結果が得られた.すなわち,N-W関係からは高速な平面的変態,K-S関係からは平面的な変態から針状成長へのシフトが起こり,N-W関係からK-S関係にかけて平面的成長の速度が遅くなる傾向が見られた.界面を回転させたモデル全体としては, K-S関係の平面的成長速度は極小値となり,他に回転角16°の原子関係が極大値,回転角26°の原子関係が極小値の界面移動速度を持っていた.1521Kの界面移動速度の傾向は1511Kの場合と同様で,同じ回転角に界面移動速度カスプが現れていた.変態過程は平面的成長の場合以外に,bcc-fcc変態に伴う収縮から周期境界が途切れ,その面からbcc-fcc変態が起こる場合も見られた.A3点で解析した界面エネルギーは,N-W関係で最も低く,次いでK-S関係が低い値となった.一方で界面移動速度の場合と異なり,界面エネルギーの明確なカスプには現れず,±30°に近づくにつれて界面エネルギーが高くなる傾向は見られたものの,界面移動速度との相関性は見られなかった.

第6章では本論文の総括を述べた.

以上,本研究では分子動力学法を用いた鉄の異相界面キネティクスの解析を行い,分子動力学法シミュレーションが鉄異相界面のキネティクス解析に有効な手法であることを示した.その後、FSポテンシャルを基にした新規ポテンシャルを開発し,分子動力学法による鉄固相変態の解析範囲を従来のfcc-bcc変態からbcc-fcc変態及び界面停止状態を含めた双方向的な変態の領域まで大きく拡張し,N-W関係, K-S関係以外の異なる変態進行界面を明らかにすることで,分子動力学法解析が異相界面解析に新たな知見をもたらすことを示した.

審査要旨 要旨を表示する

鉄鋼材料における異相結晶界面構造と相変態界面キネティクスの理解は材質制御にとって重要な要素として多くの実験的研究がなされてきた。一方、界面構造や相変態の研究における数値解析手法の最近の進歩は著しく、とりわけ古典分子動力学法は原子運動を直接解析する手法として期待されている。分子動力学法の適用は原子間ポテンシャルに依存するが、代表的ポテンシャルであるFinnis-Sinclair ポテンシャル(以下、FSポテンシャル)は鉄の面心立方結晶(fcc)相から体心立方結晶(bcc)相への変態を再現し、その詳細な解析も可能である。本論文はそのような視点から分子動力学法による鉄のfcc-bcc変態の解析、逆変態を解析可能な新規ポテンシャルの開発、開発ポテンシャルを用いた相変態界面キネティクスと異相界面エネルギーの解析に関する研究成果をまとめたもので、6章よりなる。

第1章は緒論であり、本論文の研究の位置付けとその目的を述べている。

第2章では本論文で用いられる分子動力学法解析手法について述べている。すなわち、解析対象によって異なる部分をのぞき、第3章以降に共通した分子動力学法の計算方法、FSポテンシャルの性質、異相界面モデル作成方法、計算結果として得られる原子座標データの可視化処理方法のそれぞれについて詳述している。

第3章では、実験的に観察されるbcc(110)//fcc(111)界面であるNishiyama-Wassermann関係(以下、N-W関係)、Kurjumov-Sachs関係(以下、K-S関係)およびその中間の界面関係について、熱緩和過程で生じるfcc-bcc変態界面キネティクスを解析した結果を述べている。これらを解析した結果、N-W関係およびそれから2°回転させた界面関係では平面的な変態が進行すること、N-W関係から4°回転させた界面関係およびK-S関係では最初の平面的な変態の後に、針状の変態形態へと遷移・進行することを示した。また、これらの変態過程の差異は初期界面整合領域分布の差異に起因することを明らかにした。さらに、この界面整合領域は原子応力の小さな部分に一致し、原子応力を用いた可視化により変態開始点や進行方向が明確化されることを示した。

第4章では、鉄におけるfcc-bcc変態およびbcc-fcc変態を再現する原子間ポテンシャル開発について述べている。ここでは、鉄fcc-bcc変態の定性的再現するFSポテンシャルではbcc結晶とfcc結晶の最近接原子数を基準に電荷密度項の計算原子数を決定していることから、FSポテンシャルの電荷密度項に影響距離とカットオフ関数を導入したモデルを提案している。そして、影響距離を変化させた場合のbcc結晶およびfcc結晶の物性変化を検討し、影響距離3.20 A付近を境として結晶安定性が入れ替わること、カットオフ関数を導入してもFS ポテンシャルが保証する結晶の力学物性値は変化しないことを確認している。さらに、開発ポテンシャルを用いてN-W関係の界面キネティクスを解析した結果、結晶安定性に従って界面移動方向が変化し、界面停止する平衡状態も存在することを示している。この新規ポテンシャルは鉄の変態および逆変態過程の解析に適用可能であると同時に、FSポテンシャルの性質を包含するものであることを明らかにしている。

第5章では、前章で開発した鉄の再現する新規ポテンシャルを用いて平衡温度(以下、A3点)前後における変態および逆変態の分子動力学法解析を行った結果、特に、N-W関係を0°、K-S関係を5.26°として様々な角度に回転したbcc(110)//fcc(111) 界面関係のモデルにおける相変態界面キネティクスと界面エネルギーを検討した結果を述べている。全てのモデルでA3点より低い温度ではfcc-bcc変態が生じ、逆にA3点より高い温度ではbcc-fcc変態が生じることを示している。また、fcc-bcc変態過程ではN-W関係からK-S関係に至る範囲で第3章と同等の結果が得られること、N-W関係からK-S関係にかけて平面的成長の速度が遅くなる傾向が見られ、全体としてはK-S関係で平面的成長速度は極小となり、16°回転の界面関係で極大、26°回転の界面関係で極小の界面移動速度を持つことを明らかにしている。一方で界面エネルギーの明確なカスプは見られず、界面移動速度との相関性は観察されないことを明らかにしている。

第6章は本論文の総括である。

以上、本論文は分子動力学法を用いることにより鉄の相変態界面キネティクスを解析することの有効性を実証した後、FSポテンシャルを基にした新規ポテンシャルを開発することにより分子動力学法による鉄固相変態解析の適用範囲を従来のfcc-bcc変態から双方向変態領域まで大きく拡張し、鉄の変態界面キネティクスに新たな知見をもたらすものであり、材料工学に寄与するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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