学位論文要旨



No 127971
著者(漢字) 許,峰旗
著者(英字)
著者(カナ) キョウ,ホウキ
標題(和) 衛星画像および地理情報を用いた世界の土木・建築鋼材蓄積量推計
標題(洋)
報告番号 127971
報告番号 甲27971
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7739号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 准教授 松野,泰也
内容要旨 要旨を表示する

天然資源の消費と地球温暖化抑止のために、社会中に蓄積されている素材を二次資源として有効活用することが重要な課題となっている。そのためには、社会中の素材のライフサイクル(資源の採掘、製造、使用、廃棄、リサイクル)におけるフローと蓄積を把握する必要があり、マテリアルフロー分析(Material Flow Analysis, MFA)が盛んに行われてきている。しかしながら、既存のMFA研究では、データの利用可能性により適用できる範囲が限られる問題があった。そのような背景のもと、本研究では、衛星画像および地理情報を用い世界の土木・建築鋼材蓄積量を推計する方法を開発した。本論文は、五章からなる。

第1章において、マテリアルフロー分析(MFA)の資源運用における重要性を説明し、さらにその課題を示し、解決策を提案した。MFAは物質のフローだけではなく、ストックを計算することもできる。しかしながらその計算は統計データに依存していることにより、統計データの制約を継承している。そのため、統計データが整備されている地域しか適用できず、世界大の運用が困難であった。一方、衛星画像は地球全体を観測しているほか、データとして品質が均一であり、また定期的に更新されているなどの特長を持っている。そのため、衛星画像を用いることで、統計データがMFAに対する制約を解除できる可能性があると考えられる。そして、衛星画像において夜間光衛星画像が人間活動と正の相関があるため、資源使用量にも適用することができる。最後に、本研究では、最も使用されている金属である鋼材に関して、最も使用量の大きい土木・建築用途に焦点を絞り、その蓄積量を夜間光衛星画像から推計する手法を構築・検証することが目的であることを述べた。

第2章では本論文で使用した衛星画像および追加のGISデータに関して、その制作、歴史及び本論文による加工手法を説明した。夜間光衛星画像は米国海洋大気圏局(National Oceanic and Atmospheric Administration, NOAA)により制作され、1992年からの画像が配布されている。そして一般の夜間光画像は都市部に飽和する問題を有しており、その問題を解決するため、NOAAと共同でアルゴリズムの開発に携わり、本論文で使用した2006年の輝度校正済み(Radiance calibrated)画像を作成した。そして建築鋼材が大部分都市部に集中していると考えられるため、都市部の夜間光を抽出することが必要であった。したがって、本論文では地球地図運営委員会(ISCGM)が制作した世界土地被覆データGLCNMOを用いた。最後に、油田やガス田などから発生したガスフレアは夜間光としてきわめて明るいが、衛星写真と比較した結果、その明るさが土木・建築鋼材蓄積量との相関が低いことがわかった。そのため、本論文ではさらにガスフレアの位置情報を使用し、ガスフレアを削除した夜間光衛星画像を作成し、分析に用いた。最後に、衛星画像および追加のGISデータから自動的に各国や地域ごとに情報を抽出できるように、IDL言語を用いて作業を自動化するプログラムを組んだ。

第3章では、夜間光衛星画像および追加のGISデータを用いて、土木・建築鋼材蓄積量を推計する手法を提案した。この手法の研究は三段階に分けて行った。まず日本・アジア四カ国での分析は、日本の都道府県において、土木と建築鋼材蓄積量はそれぞれ夜間光総量及び都市部夜間光と高い相関があることを示した。そしてその回帰結果を用いて、中国、韓国、台湾の土木・建築鋼材蓄積量を推計したが、従来の統計データと比較した結果、有意な差異が存在していることがわかった。この差異を解消するため、次に研究範囲をアジア地域15カ国に拡大して分析した。その結果は日本の都道府県による結論と一致しており、またガスフレアの削除によって回帰結果が向上したことを示した。さらに中国各省の土木・建築鋼材蓄積量を推計することにより、夜間光衛星画像を用いることで土木・建築鋼材蓄積量の地理分布を推計できることを示した。この結果を踏襲して、研究範囲を世界全体に拡大し、夜間光総量が最も高い102カ国を研究対象とした。さらに、風土や文化などの地域差異を考慮し、世界各国を七つの地域に分けて地域別で分析を行った。これらの国は、世界夜間光総量の99.5%を占めているため、推計した結果は世界の土木・建築鋼材蓄積量を代表できると思われる。結果として、世界における土木・建築鋼材蓄積量は新しく8.79 Gt が存在していると推計され、その中の15%が今回新しく推計した61 カ国から寄与した。さらに、夜間光の空間分布を応用して、世界の土木・建築鋼材蓄積量分布地図を作成した。

第4章では、第3章にて考慮した地域差異-地震・経済力・文化-が建築鋼材蓄積量に対する影響を検証した。これらの要因の建築鋼材蓄積量への影響は、主に建築形式組成及び原単位に通じて由来すると考えられる。したがって、本章ではまず、世界各国の建築形式組成と構造別原単位を収集し、26カ国の建築鋼材平均原単位を算出した。その結果、国毎に建築鋼材の平均原単位に大きな、最大30倍(台湾0.095 t/m2、パキスタン0.003 t/m2)以上の違いがあることを定量的に示した。 アジア地域とヨーロッパ地域において、各国の建築鋼材の平均原単位を一人当たりGDP と比較した結果、アジア地域がヨーロッパ地域より、相対的に高い建築鋼材の平均原単位を持つことが見られた。その理由は、アジア地域がヨーロッパ地域より高い地震頻度を持ち、地震による被害も大きいと考えられる。しかしながら、一人当たりGDP が低い中国などでは、未だ建築鋼材の平均原単位が低いため、将来、建築鋼材蓄積量の成長するポテンシャルが大きいと予想できる。 建築形式組成以外に、形式別建築鋼材の原単位も各国により異なることも考えられるが、本研究ではその違いが検討できていない。今後のデータ収集により、より精緻な分析が望まれる。また、平均建築鋼材原単位を用いて、夜間光から推計した建築鋼材蓄積量を検証した。その結果、手法の正確性が確認できたが、より細緻な地域差異を考慮することが必要と考えられる。

以上のように、本研究は夜間光衛星画像による土木・建築鋼材蓄積量推計手法を提案し、世界全体を対象に、その実用性を検証した。夜間光衛星画像を使用することによって、従来の統計データに基づいたMFA手法が推計できなかった国の土木・建築鋼材蓄積量を把握することが可能である。さらに衛星画像が持っている空間分布情報を応用することで、土木・建築鋼材蓄積量が存在している地理位置を把握する可能性を示した。こうして得られた結果は、土木・建築鋼材蓄積量がまだ推計することができない地域に対して、早期推定値として使用することができる。また、この手法はこれからほかの物質に適用することが可能と思われる。今後、各種の素材に対して研究を展開することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

天然資源の消費と地球温暖化抑止のために、社会中に蓄積されている素材を二次資源として有効活用することが重要な課題となっている。そのためには、社会中の素材のライフサイクルにおけるフローと蓄積を把握する必要があり、マテリアルフロー分析(Material Flow Analysis, MFA)が盛んに行われてきている。しかしながら、既存のMFA研究では、データの利用可能性により適用できる範囲が限られる問題があった。そのような背景のもと、本論文では、衛星画像および地理情報を用い世界の土木・建築鋼材蓄積量を推計する手法の開発に取り組んでいる。

第1章では、MFAの資源運用における重要性を説明し、さらにその課題を示している。MFAは統計データに依存することにより、データが整備されている地域しか適用できず、世界大での適用は困難であった。一方、衛星画像は、地球全体を観測しているほか、データとして品質が均一しており、また定期的に更新されているなどの特長を有している。衛星画像の中でも、特に夜間光衛星画像は人間活動と正の相関があるため、社会における素材の蓄積量の推計にも適用できることを提案している。さらに本論文では、最も消費量の大きい土木・建築用途の鋼材に焦点を絞り、その蓄積量を夜間光衛星画像から推計する手法を構築・検証することを目的とすることを述べている。

第2章では、本論文にて使用した衛星画像および追加のGIS(Geological Information System)データに関して、その制作の歴史、及び本論文での加工手法を説明した。本論文では、2006年の輝度調整(Radiance calibrated)夜間光衛星画像を作成している。そして建築鋼材は、その大部分が都市部に集中していると考えられるため、地球地図運営委員会(ISCGM)が制作した世界土地被覆データ‐GLCNMOを用い、都市部の夜間光を抽出していることを述べている。また、油田やガス田などから発生したガスフレアは夜間光としてきわめて明るいが、土木・建築鋼材蓄積量との相関が低いゆえに、ガスフレアの位置情報を使用し、ガスフレアを削除した夜間光衛星画像を制作したことを述べている。

第3章では、夜間光衛星画像および追加のGISデータを用いて、土木・建築鋼材蓄積量を推計する手法を提案している。まず日本・アジア四カ国での分析を行い、日本都道府県において土木と建築鋼材蓄積量が夜間光総量及び都市部夜間光とよい相関があることを示し、その回帰結果を用いて、中国、韓国、台湾の土木・建築鋼材蓄積量を推計している。次に解析対象をアジア地域15カ国に拡大し、ガスフレアの削除により回帰結果が向上したことを示している。さらに中国各省の土木・建築鋼材蓄積量を推計することにより、夜間光衛星画像を用いることで土木・建築鋼材蓄積量の地理分布を推測できることを示している。そして、この結果を踏襲し、解析対象を世界全体(102カ国)に拡大し、風土や文化などの地域差異を考慮し、世界各国を七つの地域に分けて地域別で分析を行っている。結果として、世界における土木・建築鋼材蓄積量は新しく8.74 Gt が存在していることが推計され、その中の15%が本論文にて新しく推計した61 カ国の寄与であることを示している。さらに、夜間光の空間分布を応用して、世界の土木・建築鋼材蓄積量分布地図を作成している。

第4章では、第3章にて考慮した地域差異が建築鋼材蓄積量に対する影響を検証している。これらの要因が建築鋼材蓄積量へ影響は主に建築形式組成及び原単位に通じて由来していると考察し、世界各国の建築形式組成と構造別原単位を収集し、26カ国の建築鋼材平均原単位を算出している。その結果、国毎に建築鋼材の平均原単位に大きな、最大30倍以上の違いがあることを定量的に示している。 アジア地域とヨーロッパ地域において、各国の建築鋼材の平均原単位を一人当たりGDP と比較した結果、アジア地域がヨーロッパ地域より、相対的に高い建築鋼材の平均原単位を持つことを見出している。その理由は、アジア地域がヨーロッパ地域より高い地震頻度を持ち、地震による被害も大きいためと考察している。しかしながら、一人当たりGDP が低い中国などでは、未だ建築鋼材の平均原単位が低いため、将来、建築鋼材蓄積量の成長するポテンシャルが大きいと予想している。

以上のように、本論文は、夜間光衛星画像による土木・建築鋼材蓄積量推計手法を提案し、世界全体を対象に、その実用性を検証している。夜間光衛星画像を使用することにより、従来の統計データに基づいたMFA手法では推計できなかった国・地域の土木・建築鋼材蓄積量を把握することが可能としている。さらに衛星画像が持っている空間分布情報を応用することで、土木・建築鋼材蓄積量が存在している地理位置を把握する可能性を示している。そして、本論文にて開発した手法は、他の素材にも適用することが可能と考えられ、素材の循環利用に関する政策の提言などに大いに貢献できるとしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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