学位論文要旨



No 127973
著者(漢字) 岩佐,淳司
著者(英字)
著者(カナ) イワサ,ジュンジ
標題(和) M24L48球状錯体の合成と機能化
標題(洋) Synthesis and Functionalization of M24L48 Spherical Complexes
報告番号 127973
報告番号 甲27973
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7741号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 伊藤,耕三
 東京大学 准教授 但馬,敬介
 東京大学 講師 佐藤,宗太
 東京工業大学 准教授 吉沢,道人
内容要旨 要旨を表示する

ウイルスの殻構造(キャプシド)は、数百成分にもおよぶタンパク質を、1成分のエラーすらも起こさずに自己集合することで構築される。ウイルスキャプシドは正二十面体構造をしており、その構造は60 × Tの数のタンパク質からでしか組み上げることができない。この幾何学的な制約を巧みに利用することで精密な自己組織化を達成している。また、この精密に制御された殻を利用ことで、ミセルやベシクルなどの分散のある構造では得られないような、高度な機能を発現している。所属研究室ではこれまでに、折れ曲がった二座配位子 (L) と平面四配位性の金属イオン (M) から、自己集合の原理によりMnL2n組成の球状錯体が定量的に得られることを報告している。すべての配位結合が形成され、かつ幾何学的に対称性の高い構造のみが生成すると仮定すると、その構造はn = 6, 12, 24, 30, 60に限定される。これまでにM6L12 (n = 6) およびM(12)L(24) (n = 12) 組成の球状錯体の構築を報告している。本研究では、新たに設計した広い折れ曲がり角度を有する配位子と2価のパラジウムイオン (Pd(2+)) から、新たにM(24)L(48) (n = 24) 球状錯体の合成に成功した。合成したM(24)L(48)錯体の一義性・多成分性に着目し、配位子のわずかな混合比の違いが最終構造に劇的に影響する創発的自己集合挙動を見いだした。また、配位子の折れ曲がり角度と自己集合により得られる構造の相関関係を明らかにし、予測に基づいてM(24)L(48)錯体を合理設計できることを示した。さらに、その骨格内面に多数官能基の一義的集積することで機能性M(24)L(48)球状錯体を構築した。

本論文は以下の第7章で構成される。

第1章では、本研究の概要とその研究背景、そして本研究の学問的意義について論じた。

第2章では、新規構造であるM(24)L(48)錯体の合成を行った。その戦略として、二座配位子の折れ曲がり角度に着目した。既知のM(12)L(24)錯体を構築する二座配位子の折れ曲がり角度は127°である。より大きな折れ曲がり角度を有する配位子を用いれば、大きな弧を描いて空間を閉じるため、より巨大な錯体が得られると考えた。そこで、新たに149°の折れ曲がり角度を有する配位子を合成した。得られた配位子を二価のパラジウムイオンと混合しDMSO中、70 °Cで加熱撹拌することで、目的とするM(24)L(48)錯体の新規合成に成功した。その構造は各種NMR、質量分析およびX線結晶構造解析により詳細に決定することができた。一次元およびDOSY NMRにより、既知のM(12)L(24)錯体よりも巨大な構造が得られたことが示唆され、質量分析によりM(24)L(48)組成の錯体であることを確かめた。最終的にはX線結晶構造解析により、斜方立方八面体型の錯体構造を明らかにした。M(24)L(48)錯体は直径5 nmにもおよぶ巨大構造であり、構成成分数(72成分)は人工系の単一分子としては最大である。

第3章では、折れ曲がり角度と錯体組成の関係をより精査するために、既知のM(12)L(24)錯体を構築する127°に折れ曲がった二座配位子および、前章で合成した149°の折れ曲がり角度を有する配位子の、二種類の配位子を混合して錯形成を行った。二種類の配位子を混合することで、系内の平均の折れ曲がり角度を連続的に変化できると考えられる。例えば、1:1の混合比での平均角度は、127°と149°のちょうど中間の138°である。この混合比の配位子溶液に二価のパラジウムイオンを加えて錯形成したところ、DOSY NMRおよびCSI-TOF-MSから混合した化学量論比に従って二種類の配位子が混じり合ってM(24)L(48)錯体を構築していることが確認された。対照的に、M(12)L(24)錯体は全く観測されなかった。混合比を連続的に変化させて錯形成を行なったところ、いずれの混合割合でも、2種類の球状錯体は決して混じり合わなかった。平均折れ曲がり角度が134°では、本来はM(12)L(24)錯体を構築する配位子が多数含まれているにも関わらず、M(24)L(48)錯体のみが選択的に構築していた。一方で、わずかに平均折れ曲がり角度を小さくした131°では、M(12)L(24)錯体のみが選択的に得られた。配位子の折れ曲がり角度と錯体構造の相関を系統的に明らかにしただけでなく、平均角度にして3°以下のほんのわずかな違いにより得られる球状錯体の全く異なる構造を得ることに成功した。このような僅かな初期状態の違いが最終構造に大きな変化を起こす現象は、創発現象とよばれ近年注目を集めているが、これまでは数十ナノメートル以上のマクロの系でのみ議論されてきた。本章では、分子レベルでの創発現象を初めて見いだすことができた。

第4章では、配位子の折れ曲がり角度と錯体構造の知見を基に、経験予測に基づいたM(24)L(48)錯体の合理合成を行った。前章で得られた知見から、折れ曲がり角度が134°から149°の間では、M(24)L(48)錯体が構築すると予想できる。そこで、実際に折れ曲がり角度が147°、143°および135°の二座配位子を新たに合成し、二価のパラジウムイオンとの錯形成を行った。各種NMR、質量分析およびX線結晶構造解析により、いずれの配位子からでもM(24)L(48)錯体の生成を確認した。自己組織化では、自己組織化過程の中間体の柔軟さや溶解性などが原因で、時として思わぬ生成物が得られることがある。特に50を越す成分の自己組織化生成物を予測することはこれまで不可能であったが、本章では、配位子の折れ曲がり角度というシンプルなパラメータを指標として、実際に予測通りにM(24)L(48)錯体の合理合成に成功した。

第5章では、前章の知見によりデザインしてM(24)L(48)錯体を合成できるようになったことを利用し、M(24)L(48)錯体の機能化を検討した。具体的には、あらかじめ官能基を導入した配位子を二価のパラジウムイオンと錯形成することで、正確に48個の官能基を錯体の内側に向けて集積できると考えた。その一例として、48個のアルキル長鎖を集積したM(24)L(48)球状錯体を合成し、各種NMR、質量分析およびX線結晶構造解析により構造決定した。分子モデリングから、内部に集積したアルキル鎖は錯体内部に密に詰まっていることが示唆され、錯体内は疎水性のナノ相を構築していると期待できる。そこで、疎水性色素ナイルレッドを用いて錯体内の環境を調べた。その結果、錯体内は確かに疎水性の環境であり、錯体内に15分子の疎水性ゲストを包接できることがわかった。同様の設計で様々な官能基を集積できることから、M(24)L(48)球状錯体骨格が機能性官能基の集積場や種々の性質のナノ相の構築に有用であることを示した。

第6章では、超分子錯体の研究で得られた自己集合の知見を応用し、有機分子の異性化の制御へと展開した。3分子のアントラセンを親水性のメタフェニレンで連結したアントラセン三量体を新規合成した。この分子はシスおよびトランス体の二種類のアトロプ異性体を有し、室温中性条件中では互いに異性化せずに安定であるが、塩基を添加することでこれらの異性化を促進するように設計した。異性化を制御するためのストラテジーとして、両親媒性のシス体のみが親水性溶媒中で自己集合し、安定化することを利用した。これらの設計により、塩基の添加により室温での異性化を達成し、溶媒環境によりシスートランスの異性体を自由に相互変換できるユニークな分子の構築に成功した。

第7章では、本研究の総括と今後の展望を述べた。

以上のように、本研究ではM(24)L(48)錯体に着目し、その新規合成、多成分に由来する性質評価、合理設計法の開発および機能化を行った。M(24)L(48)錯体は人工の単一分子としては最多成分(72成分)を有する分子である。本研究を通じて、多数成分の超分子錯体の構築法を確立しただけでなく、これまでの少数成分の化学では見えてこなかった、多成分構造における分子の対称性の重要性や、分子レベルでの創発現象および多数の官能基を集めた際の性質などを見いだすことができた。これらの知見は、多数成分を人工的に集積するボトムアップ的な分子集合体の構築に新たな設計指針を与えるだけでなく、未だ明らかにされていない自然界での自己集合の詳細な機構を解き明かす一端になると期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、折れ曲がった二座配位子 (L) と平面四配位性の金属イオン (M) から、人工の単一分子としては最大の構成成分を有する新規M(24)L(48) (n = 24) 球状錯体が合成された。合成したM(24)L(48)錯体の一義性・多成分性に着目し、配位子のわずかな混合比の違いが最終構造に劇的に影響する創発的自己集合挙動が見いだされた。また、配位子の折れ曲がり角度と自己集合により得られる構造の相関関係を明らかにし、予測に基づいてM(24)L(48)錯体を合理設計できることが示された。さらに、その骨格内面に多数官能基の一義的集積することで機能性M(24)L(48)球状錯体を構築された。

第1章では、本研究の概要とその研究背景、そして本研究の学問的意義について論じられた。

第2章では、新規構造であるM(24)L(48)錯体の合成を行った。新たに149°の折れ曲がり角度を有する配位子を合成し、それを二価のパラジウムイオンと混合しDMSO中、70 ℃で加熱撹拌することで、目的とするM(24)L(48)錯体の新規合成が成された。M(24)L(48)錯体は直径5 nmにもおよぶ巨大構造であり、構成成分数(72成分)は人工系の単一分子としては最大である。

第3章では、折れ曲がり角度と錯体組成の関係をより精査するために、既知のM(12)L(24)錯体を構築する127°に折れ曲がった二座配位子および、前章で合成した149°の折れ曲がり角度を有する配位子の、二種類の配位子を混合しての錯形成が行なわれた。二種類の配位子を混合することで、系内の平均の折れ曲がり角度を連続的に変化できる。例えば、1:1の混合比での平均角度は、127°と149°のちょうど中間の138°である。この混合比の配位子溶液に二価のパラジウムイオンを加えて錯形成したところ、DOSY NMRおよびCSI-TOF-MSから混合した化学量論比に従って二種類の配位子が混じり合ってM(24)L(48)錯体を構築していることが確認された。対照的に、M(12)L(24)錯体は全く観測されなかった。混合比を連続的に変化させて錯形成を行なったところ、いずれの混合割合でも、2種類の球状錯体は決して混じり合わなかった。平均折れ曲がり角度が134°では、本来はM(12)L(24)錯体を構築する配位子が多数含まれているにも関わらず、M(24)L(48)錯体のみが選択的に構築していた。一方で、わずかに平均折れ曲がり角度を小さくした131°では、M(12)L(24)錯体のみが選択的に得られた。配位子の折れ曲がり角度と錯体構造の相関を系統的に明らかにしただけでなく、平均角度にして3°以下のほんのわずかな違いにより得られる球状錯体の全く異なる構造を得ることが明らかにされた。

第4章では、配位子の折れ曲がり角度と錯体構造の知見を基に、経験予測に基づいたM(24)L(48)錯体の合成が行なわれた。前章で得られた知見から、折れ曲がり角度が134°から149°の間では、M(24)L(48)錯体が構築すると予想された。そこで、実際に折れ曲がり角度が147°、143°および135°の二座配位子を新たに合成し、二価のパラジウムイオンとの錯形成を行った。各種NMR、質量分析およびX線結晶構造解析により、いずれの配位子からでもM(24)L(48)錯体の生成を確認した。多数成分の自己組織化生成物を予測することはこれまで困難であったが、本章では、配位子の折れ曲がり角度というシンプルなパラメータを指標として、経験予測を基にM(24)L(48)錯体の合理合成が成された。

第5章では、前章の知見によりデザインしてM(24)L(48)錯体を合成できるようになったことを利用し、M(24)L(48)錯体の機能化が検討された。48個のアルキル長鎖を集積したM(24)L(48)球状錯体を合成し、各種NMR、質量分析およびX線結晶構造解析により構造決定された。その錯体内は確かに疎水性の環境であり、錯体内に15分子の疎水性ゲストを包接できることが示された。同様の設計で様々な官能基を集積できることから、M(24)L(48)球状錯体骨格が機能性官能基の集積場や種々の性質のナノ相の構築に有用であることを示された。

以上の結果より、本研究ではM(24)L(48)錯体に着目し、その新規合成、多成分に由来する性質評価、合理設計法の開発および機能化を行った。M(24)L(48)錯体は人工の単一分子としては最多成分(72成分)を有する分子である。本研究を通じて、多数成分の超分子錯体の構築法を確立しただけでなく、これまでの少数成分の化学では見えてこなかった、多成分構造における分子の対称性の重要性や、分子レベルでの創発現象および多数の官能基を集めた際の性質などを見いだすことができた。これらの知見は、多数成分を人工的に集積するボトムアップ的な分子集合体の構築に新たな設計指針を与えるだけでなく、未だ明らかにされていない自然界での自己集合の詳細な機構を解き明かす一端になると期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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