学位論文要旨



No 127974
著者(漢字) 數間,惠弥子
著者(英字)
著者(カナ) カズマ,エミコ
標題(和) プラズモン誘起電荷分離反応場の解析と新規応用の開拓
標題(洋)
報告番号 127974
報告番号 甲27974
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7742号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 准教授 石井,和之
 東京大学 准教授 馬渡,和真
 早稲田大学 准教授 井村,考平
内容要旨 要旨を表示する

貴金属ナノ粒子(NP)は,局在表面プラズモン共鳴(LSPR)により,バルクの金属とは異なる光学特性や,粒子の周りに局在した電場を生じるといった性質を示す.LSPRはそのユニークな性質から,新しい機能の開拓や分析技術の向上を目的として,幅広い注目を集め,近年ますます研究が盛んになっている.

当研究室は,AuやAgのNPと酸化チタン(TiO2)を組み合わせた材料に可視光を照射すると,LSPR励起されたNPからTiO2に電子が移動するLSPR誘起電荷分離を見出し,可視光応答型の光電変換デバイスや光触媒へ応用,さらに無機材料では初の可視域でのマルチカラーフォトクロミック材料,光駆動型のアクチュエーターなど,今までにない機能を実現している.しかしこれまでは,可視域での検討が主で,赤外域でのLSPR誘起電荷分離挙動の知見はなく,また電荷分離機構は未解明であった.そこで本研究では,可視-赤外域に吸収を示す異方性Ag NPをTiO2上に作製し,LSPR誘起電荷分離に基づくAg NPの酸化溶解反応の可視化による電荷分離挙動の解析を目的とした.特に,NPの周りに生じる局在電場の電荷分離への影響に着目し解析を行った.また,これまで未確認であった多極子LSPR励起による電荷分離の観測を行った.さらにLSPR誘起酸化溶解反応によるAg NPの形状・光学特性の可逆変化の実現と,特定波長の赤外光,偏光下でのみ観察される画像の記録・消去が可能な,新規の可視-赤外フォトクロミック材料の開発を目指した.

1章では,まずナノテクノロジーの中でもナノフォトニクス分野の動向,本研究で用いる金属NPのLSPRを含むプラズモン共鳴の理論・性質,ならびにTiO2の構造・物性・反応性について述べる.次に,本研究の背景である金属NP-TiO2界面で起こるLSPR誘起電荷分離の発見,解明,応用展開などの既往研究についてまとめ,最後に本研究の意義について言及した.

2章では,TiO2の光触媒反応による金属NPの作製と,それらのLSPR特性について調べた.表面処理したルチルTiO2単結晶上では,UV照射による光触媒反応によりAg+イオンを還元すると,異方性Ag NPがエピタキシャル成長することを見出した.マスクなどを用いずに,反応条件や基板の結晶面を変えることで,二軸または一軸配向したAgナノロッド(NR)やピラミッド,一軸配向したAgナノプレート,台形のピラミッドなどの異方性Ag NPを作製できた.さらに,粒子の形状・配向制御のメカニズムを検討した.また,形状に依存したLSPR由来の吸収と,配向による偏光特性が得られた.一方,格子定数がAgと近いAuでは,同様の手法によりプレートなどの異方性NPが析出したものの配向はみられず,反応条件の改善の余地があった.AgやAuと同様に,Cu NPもLSPRを示すが,化学的に不安定であることから光学特性に関する知見が少ない.そこで,TiO2上でのCu NPの析出挙動,および粒子サイズの変化に伴う光学特性の変化を調べた.実験およびFDTD法によるスペクトルの理論計算から,TiO2上のCu NPのサイズ増加に伴う吸収ピークのシフトは,Ag NPの場合に比べて極めて小さいため,Ag NPは多色フォトクロミズムに応用されるのに対し,Cu NPは単色フォトクロミズムへの応用が示唆された.

共鳴粒子の周りに局在化した電場は,表面増強ラマン散乱,蛍光増強,光電流増強など,様々な電子遷移,電荷移動の増強に応用される.LSPR誘起電荷分離に寄与している可能性もあるが,これまで明らかではなかった.Ag NRは,短軸,長軸方向に電場が振動する偏光に対し,異なる電場分布を示す.そこで3章では,2章で作製したTiO2(100)上に二軸配向したAg NRのLSPR誘起電荷分離をナノメートルレベルで可視化することで,局在電場の寄与を調べた.TiO2上のAg NRは,電荷分離により酸化溶解し,Ag+イオンを生成する.Ag+イオンはTiO2に引き抜かれた電子と再結合し,NRの近くに新たな粒子として再析出する.光照射時の湿度調整により吸着水の厚みを制御することで,NRの近く(≦ 50 nm)で粒子を再析出させることが可能になる.NRの溶解箇所や再析出粒子の分布をAFM観察により可視化することにより,電荷分離が起こりやすい場所を特定できると考えた.TiO2上のAg NRは可視域に短軸モード,近赤外域に長軸モードに由来する吸収をもつ.特定波長の近赤外偏光を照射すると,偏光方向に長軸が平行な特定アスペクト比のNRの短辺から溶解し,長さが短くなり,短辺付近で再析出粒子がみられた.一方,可視偏光を照射すると,偏光方向に短軸が平行なNRの長辺近傍に再析出粒子がみられた.再析出粒子の分布と,理論計算により求めたLSPRによる電場の空間分布を比較すると,電場が増強されている箇所で顕著な粒子の溶解,再析出粒子が確認された.これにより,LSPRの局在電場が,金属NPとTiO2間の電荷分離を誘起または促進することが初めて明らかとなった.

4章では新規デバイスの開発として,Ag NRの酸化溶解・再成長反応に基づく,可視-赤外偏光フォトクロミズムを検討した.TiO2上に二軸配向したAg NRに,700-1300 nmの特定波長の赤-赤外単色偏光を照射すると,同じ偏光方向,波長の偏光に対する消光が減少し,消光のディップが生成した.波長選択的な消光の減少は,アスペクト比選択的なNRの酸化溶解に由来する.一方,偏光方向に選択的な消光の減少は,配向方向に選択的なNRの酸化溶解に由来する.酸化溶解によりNRの長さが減少することにより,照射波長でディップが生成する.このスペクトル変化は,目に見えない画像記録に利用できる.赤外単色光により書き込んだ画像は,目には見えず,書き込み波長付近の光の下で近赤外カメラを通してのみ認識できた.さらに,多波長の光による書き込みが期待でき,実際に可視光と赤外光で異なる画像情報の多重記録が実現できた.また,偏光で書き込んだ画像は,その偏光下でのみクリアに見ることができ,二方向に配向したNRの一方向ずつに異なる情報を記録できる.

記録した画像を消去するためには,酸化溶解により長さが減少したNRを元に戻し,スペクトルの可逆変化が達成さなければならない.当研究室が報告したAg NP-多孔膜TiO2が示す多色フォトクロミズムでは,Ag NPの酸化溶解により生成したAg+イオンを,UV照射により光触媒還元することで可逆性が達成された.しかし,本系では生成したAg+イオンはTiO2中に移動した電子とすぐに再結合し,小さなAg NPとして再析出するため,従来の方法は適用できない.そこで,本研究では再析出NPに着目し,それらのLSPRを励起する青色光を照射しLSPR誘起電荷分離に基づき再酸化させ,同時に,短くなったNRの再成長を実現した.Ag NRの可逆な形状変化が達成されたことにより,画像の書き込み・消去の繰り返しを実現した.本材料は,波長および偏光方向に選択的な,目に見えない画像の多重記録が可能な全く新しいフォトクロミック材料として,機密情報の記録や認証,偽造防止などへの応用が期待される.

これまでは,双極子のLSPR(1次, m = 1)による電荷分離しか確認されていないが,粒子のサイズ・形状の異方性が大きくなり粒子内部での電場の位相遅延が起こることで現れる,多極子(高次, m ≧ 2)のLSPRによっても電荷分離が起こる可能性がある.それを明らかにすることは,機構解明や新たな応用に繋がると期待される.5章では,多極子由来の吸収ピークが双極子よりも短波長側に明確に分離して現れる,高アスペクト比のAg NRを用いた解析により,多極子LSPRによる電荷分離挙動を調べた.

高アスペクト比のNRが析出したTiO2基板に600-1200 nmの単色光を照射すると,照射波長(λ)におけるディップ(dip 1)に加え,より長波長(λ2, λ3)にもディップ(dip 2, 3)が生じた.ディップの生成後の粒子をAFMにより調べると,アスペクト比の異なる3種のNR群の酸化が確認された.実験結果とFDTD法によるスペクトルの理論計算との比較から,λにおいて1次のLSPRを示すNRに加え,2,3次のLSPRを示すNRも酸化溶解して長さが短くなり,それらの1次の消光もシフト・減少したため,複数のディップが形成されたと結論付けられた.

NRへの光の入射角によって,NR内部での分極分布の対称性が変化し,プラズモン共鳴モードの許容・禁制状態が現れる.理論計算から,基板面に対し垂直な入射(θ = 0°)では,偶数次のモード(m = 2, 4…)が禁制となり,傾くと許容となった.また,奇数次のモードが禁制となる例はほとんど報告がないが,本系ではθ = 37.5°のとき3次の吸収がほとんど現れず禁制となることが示唆された.実際に,サンプルに800 nmの光をθ = 0°で照射した場合には,奇数次モード励起に起因するdip 1, 3のみが生成し,傾くと2次に起因するdip 2も現れた。さらにθ = 37.5°では3次に起因するdip 3はほぼ消滅し,禁制となることが実験的にも確かめられた.本研究により,多極子LSPR励起による電荷分離が初めて確認された.また,同じ波長の光でも入射角度によって異なるディップを形成し,異なる波長情報の書き込みが可能となることから,本手法による複雑な画像情報の暗号化が期待される.さらに,赤外域におよぶ消光のディップを利用したセンシングへの応用も期待される.

6章では,本研究の総括ならびに将来展望について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

貴金属ナノ粒子(NP)は、局在表面プラズモン共鳴(LSPR)により、バルクの金属とは異なる光学特性や、粒子の周りに局在した電場を生じるといったユニークな性質を示す。当研究室は、AuやAgのNPと酸化チタン(TiO2)を組み合わせた材料に可視光を照射すると、LSPR励起されたNPからTiO2に電子が移動するLSPR誘起電荷分離を見出し、可視光応答型の光電変換デバイスや光触媒、さらに初のマルチカラーフォトクロミック材料、光駆動型のアクチュエーターなど、今までにない機能を実現している。しかしこれまでは、可視域での検討が主で、赤外域でのLSPR誘起電荷分離挙動の知見はなく、また電荷分離機構は未解明であった。本研究では、可視-赤外域に吸収を示す異方性Ag NPをTiO2上に作製し、LSPR誘起電荷分離反応の解析を行った。特に、NPの周りに生じる局在電場の寄与に着目した。また、これまで未確認である多極子LSPRによる電荷分離の観測を行った。さらに新規応用として、可視-赤外フォトクロミック材料の開発を行った。本論文は、以上の内容を全6章にまとめた。

第1章は序論として、本研究の背景であるプラズモン共鳴の理論・性質、ならびにTiO2の構造・物性・反応性から、金属NP-TiO2界面で起こるLSPR誘起電荷分離の発見、解明、応用展開などの既往研究についてまとめ、最後に本研究の意義について言及した。

第2章では、TiO2の光触媒反応による金属NPの作製と、それらのLSPR特性について調べた結果をまとめた。ルチルTiO2単結晶上ではAgがエピタキシャル成長し、反応条件や基板の結晶面を変えることで、二軸または一軸配向したAgナノロッド(NR)、一軸配向したAgナノプレートなどの異方性Ag NPの作製に成功した。これにより、形状に依存した光学特性と、配向による偏光特性が得られた。一方Auでは、同手法によりプレートなどの異方性NPが析出したものの配向はみられず、反応条件の改善の余地があった。Cu NPもLSPRを示すが、化学的に不安定であることから光学特性に関する知見が少ない。TiO2上でのCu NPの析出挙動、および粒子サイズの変化に伴う光学特性の変化を調べた結果、サイズ増加に伴う吸収ピークのシフトは、Ag NPの場合に比べて極めて小さいため、Ag NPは多色フォトクロミズムに応用されるのに対し、Cu NPは単色フォトクロミズムへの応用が示唆された。

第3章では、第2章で作製した、赤外・偏光に応答し、異方的な局在電場をもつAg NRを用いた電荷分離反応の解析の結果をまとめた。プラズモン誘起電荷分離に基づくAg NRの酸化溶解には0.95 eV以上の光エネルギーを要し、波長・偏光方向に選択的な消光(=吸収+散乱)の減少(ディップ生成)は、NRがアスペクト比・配向方向に選択的に反応した結果である。さらに、反応サイトをナノメートルレベルで可視化し、局在電場の分布と比較し相関を調べたところ、電場の局在する箇所で優先的に酸化溶解が進行している様子が観測された。これにより、LSPRの局在電場が、金属NPとTiO2間の電荷分離を誘起または促進することが初めて明らかとなった。

第4章では、第3章で見出した赤外域における波長・偏光選択的な消光の変化を利用して、目に見えない画像情報の多重記録への応用を示した。可視-赤外域の多波長の光、また、垂直二偏光による画像の多重記録を実際にデモンストレーションした。記録した画像を消去するため、本研究では新たに、赤外・青色光の交互照射によるAg NRの可逆な形状変化を見出し、これによりスペクトルの可逆変化が達成され、初の赤外・偏光フォトクロミズムを実現した。

第5章では、これまで未確認である多極子のLSPRの励起による電荷分離挙動を初めて観測した。多極子LSPR励起により、高アスペクト比のAg NRが酸化溶解し、照射波長とそれより長波長側で消光の減少によるディップが形成した。これは、Ag NRが酸化溶解して長さが短くなり、それらの1次の消光もシフト・減少したため、複数のディップが形成されたと結論付けられた。さらに、光の入射角によってLSPRの許容・禁制状態が現れることから、入射角度によるディップの形成挙動の解析により、基板面に対し垂直入射では、偶数次のモードが、37.5°のとき3次のモードが禁制となることが実験的に示された。多極子LSPRによるディップ形成を利用して、複雑な画像情報の暗号化が期待される。さらに、赤外域におよぶ消光のディップを利用したセンシングへの応用も期待される。

第6章では、本研究の総括と今後の展望について述べている。

このように本研究では、プラズモン誘起電荷分離の機構解明に向けた電荷分離反応の解析と、本反応を利用した新規の情報記録デバイスやセンシング法への応用を示した。本研究で得られた知見は、プラズモン誘起電荷分離機構の全容解明につながるだけでなく、本反応を利用した情報記録やセンシング、ナノ加工技術への応用につながるものと期待される。以上から、本研究は、光電気化学、ナノフォトニクス、材料化学などの進展に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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