No | 127977 | |
著者(漢字) | 藤田,大士 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジタ,ダイシ | |
標題(和) | 自己組織化球状錯体へのタンパク質の内包 | |
標題(洋) | Protein Encapsulation within Synthetic Molecular Hosts | |
報告番号 | 127977 | |
報告番号 | 甲27977 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7745号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | タンパク質が人工系では再現できない高度な機能を有することは、広く知られた事実である。しかし一般にタンパク質は環境の変化に敏感であり、その構造や機能を制御しようとした場合には困難が伴うことが多い。そこで今日、タンパク質の構造や機能を制御する手法として、ミセルやナノ粒子などに代表されるナノ構造体を用いたタンパク質の包接法の開発に注目が集まっている。しかし既往の研究で頻繁に用いられるナノ構造体は、サイズや形状のゆらぎが原理上避け難く、これが精密な分子制御への妨げとなっていた。 そこで本研究では、巨大中空金属錯体M(12)L(24)を活用し、この構造のゆらぎ問題を解決することを目指した。M(12)L(24)型錯体は、錯体内面および外面の精密な化学修飾が可能であり、構成成分の数、位置、組成がすべて一義的に定まっている点に特長がある。これまでは主にフッ素鎖やアルキル鎖等を用いた官能基集積場として活用が進められてきたが、今回この錯体を生体分子修飾の土台として用いることを考えた。本錯体が直径3-7 nmと、生体分子にも匹敵するサイズを有している点も、修飾上非常に有利である。本研究では、「錯体内部空間を利用したタンパク質の包接」を軸に研究を行った。また、将来的なタンパク質の物性および機能評価を見据えて、「M(12)L(24)球状錯体骨格の水溶化」「M(12)L(24)球状錯体骨格の安定化」も合わせて行った。以下にその概要を示す。 ユビキチン包接球状錯体の合成 明確な構造を持つ中空構造体にタンパク質を内包することができれば、構造の安定化や物性のコントロール、あるいは立体構造の新たな構造解析法の開発が期待できる。しかしいくつもの試みが検討されてきた中、未だ「一分子」のタンパク質を「正確な構造」中に閉じ込めることができた報告例はない。今回、76残基から構成されるユビキチンを共有結合を介して配位子に直接導入し、これを非修飾配位子、Pd2+イオンと共に混合することで、一分子のユビキチンが内部に包接された錯体が合成できたことがわかった。 1H DOSY NMRにより拡散係数を測定したところ、(1)ユビキチンはM(12)L(24)錯体と同速度で拡散運動し、(2)その拡散係数はM(12)L(24)錯体の骨格サイズに応じて変化した。これら結果は、ユビキチン包接錯体の生成を支持している。さらに超遠心分析を行った結果、目的のユビキチン包接錯体が、定量的かつ選択的に生成していることが明らかとなった。なお、[15N] ユビキチンを用いた1H-15N HSQC NMRから、ユビキチンは錯体中で球状構造を保っていることが確認されている。 ユビキチン包接錯体の結晶化は、ユビキチン内包錯体のDMSO溶液に、AcOiPrを気相拡散させることによって得ることができた。放射光を用いた単結晶X線回折実験の結果、ユビキチン包接錯体の骨格構造、および内部に存在する電子密度を可視化することに成功した。 M(12)L(24)球状錯体骨格の水溶化 ユビキチンの包接に用いたM(12)L(24)錯体骨格は、自体の水溶性が十分でないため、完全な水溶液中で取り扱うことができない。そのため、包接されたタンパク質は有機溶媒中に置かれることとなり、結果として天然構造を完全には保持できていないことが明らかになった。今後、タンパク質の立体構造や機能に関連する研究を展開するためには、完全な水溶性を持つ錯体骨格の構築が強く望まれる。 親水性を高める工夫として、アンモニウムカチオンの代わりに多数のヒドロキシ基を有し、生体適合性の高いオリゴ糖を導入する事を考えた。新たに設計した配位子は、中心の芳香環上にアミノ基を有する二座配位子に対し、安価なオリゴ糖であるマルトペンタオースを還元的アミノ化により導入することで合成する事に成功した。このオリゴ糖修飾配位子は、当初の狙い通り配位子単独でも100%水中に溶解した。 オリゴ糖連結配位子はDMSO溶媒中Pd(NO3)2と混合する条件下で錯形成反応を行なった。1H NMRでは配位に伴う化学シフト値の変化が観測され、また1H DOSY NMRによって直径の大きな錯体の形成に伴う拡散係数の減少が観測された。これらの結果から、M(12)L(24)型の球状錯体が得られたと考えられる。本錯体は透析により、溶媒を完全に水に置換しても安定であることがわかった。M(12)L(24)型錯体を水溶性にできたのは本研究が初めてであり、これは生体分子を対象として研究を展開する上で非常に有用な知見である。 M(12)L(24)球状錯体骨格の安定化 M(12)L(24)錯体は、多数のPd(II)-Py結合(Py=ピリジル基)から構成されているため、ピリジル基がプロトン化される酸性条件下では、その構造を保持することができない。そこで、より広いpH範囲で取り扱うことのできる強固なM(12)L(24)錯体骨格の合成検討を行った。 Pt(II)-Py結合はPd(II)-Py結合と比較して102倍程度強い結合を持つ。そこでPd(II)の代わりにPt(II)を用いることを考えた。しかしPt(II)-Py間の結合が強すぎるため、単純にPdをPtに置換するだけでは目的の生成物は得られない。これに対し本研究では、弱いルイス酸をピリジル基と相互作用させ、錯形成反応時のみ「一時的」にPt(II)-Py間の結合を活性化する手法を考案した。 弱いルイス酸として、水素結合供与体であるトリフルオロエタノール(TFE)を用いた。DMSOのみを溶媒とする条件では速度論支配のオリゴマーを与えるのみであったが、TFEの添加により反応速度は劇的に向上し、熱力学支配のM(12)L(24)生成物を選択的に与えた。新規Pt(II)-M(12)L(24)錯体の構造は、NMR、X線結晶解析、ESI-MSにより完全に決定した。添加したTFEは、減圧条件により容易に取り除く事ができ、TFE除去後の錯体は、Pd(II)錯体と比較し、高い酸安定性を示した。 結論 以上のように本研究では、生体分子を結合した有機配位子を自己集合させる手法を用いることで、錯体内部空間を利用したユビキチンのカプセル化に成功した。また将来的なタンパク質の機能・物性評価を見据えた、M(12)L(24)球状錯体骨格の水溶化、および白金を用いたM(12)L(24)球状錯体骨格の安定化にも成功した。これら成果はいずれも新規性が高く、有機-生体分子複合体の化学を展開する上で非常に有用な知見である。今後、本研究を元にして、高度に設計されたナノ空間を用いた、タンパク質の構造・機能を精密に制御するテクノロジーの発展が期待できる。 | |
審査要旨 | 本学位論文は、タンパク質分子の新規カプセル化手法の関する報告である。古典的には、タンパク質のカプセル化は、シリカゲル中への吸着するもの、ポリマー中に閉じ込めるものなど、バルク系で取り扱われるものが主だった。しかし、近年、タンパク質の構造や機能の安定化を目的として、個々のタンパク質分子に着目した、より精密なカプセル化への需要が高まっている。 個々のタンパク質分子に着目したカプセル化手法として、近年、逆ミセルを活用し、その内部にタンパク質を閉じ込めた報告、タンパク質表面にモノマーを導入し、タンパク質表面で高分子重合を行った例などが報告されている。しかしいくつもの試みが検討されてきた中、未だ「一分子」のタンパク質を「正確な構造」中に閉じ込めることができた報告例はない。 第2章から第4章にかけては、ユビキチンをM(12)L(24)錯体に閉じ込める検討について論じられている。本論文においては、76残基から構成されるユビキチンを共有結合を介して配位子に直接導入し、これを非修飾配位子、Pd(2+)イオンと共に混合することで、一分子のユビキチンが内部に包接された錯体が合成できたことを報告している。具体的には、1H DOSY NMRによる拡散係数の測定において、(1)ユビキチンはM(12)L(24)錯体と同速度で拡散運動し、(2)その拡散係数はM(12)L(24)錯体の骨格サイズに応じて変化したことを報告した。これら結果は、ユビキチン包接錯体の生成を支持している。また[15N] ユビキチンを用いた1H-15N HSQC NMRから、ユビキチンは錯体中で球状構造を保っていることが明らかにしている。 また、ユビキチン内包錯体のDMSO溶液に、AcOiPrを気相拡散させることによってユビキチン包接錯体の結晶を得ることに成功している。放射光を用いた単結晶X線回折実験の結果、ユビキチン包接錯体の骨格構造、および内部に存在する電子密度が明らかになった。 第5章、6章においては、将来的なタンパク質の機能評価を見据えて、M(12)L(24)錯体骨格の改良を行っている。 第5章においては、親水性を高める工夫として、アンモニウムカチオンの代わりに多数のヒドロキシ基を有し、生体適合性の高いオリゴ糖を導入した配位子を合成した。新たに設計した配位子は、中心の芳香環上にアミノ基を有する二座配位子に対し、安価なオリゴ糖であるマルトペンタオースを還元的アミノ化により導入することで合成する事に成功した。このオリゴ糖修飾配位子は、当初の狙い通り配位子単独でも100%水中に溶解した。 オリゴ糖連結配位子はDMSO溶媒中Pd(NO3)2と混合する条件下で錯形成反応を行なった。1H NMRでは配位に伴う化学シフト値の変化が観測され、また1H DOSY NMRによって直径の大きな錯体の形成に伴う拡散係数の減少が観測された。これらの結果から、M(12)L(24)型の球状錯体が得られたと考えられる。本錯体は透析により、溶媒を完全に水に置換しても安定であることがわかった。M(12)L(24)型錯体を水溶性にできたのは本研究が初めてであり、これは生体分子を対象として研究を展開する上で非常に有用な知見である。 第6章では、より広いpH範囲で取り扱うことのできる強固なM(12)L(24)錯体骨格の合成検討を行った。 Pt(II)-Py結合はPd(II)-Py結合と比較して102倍程度強い結合を持つ。そこでPd(II)の代わりにPt(II)を用いることを考えた。しかしPt(II)-Py間の結合が強すぎるため、単純にPdをPtに置換するだけでは目的の生成物は得られない。これに対し本研究では、弱いルイス酸をピリジル基と相互作用させ、錯形成反応時のみ「一時的」にPt(II)-Py間の結合を活性化する手法を考案した。 弱いルイス酸として、水素結合供与体であるトリフルオロエタノール(TFE)を用いた。DMSOのみを溶媒とする条件では速度論支配のオリゴマーを与えるのみであったが、TFEの添加により反応速度は劇的に向上し、熱力学支配のM(12)L(24)生成物を選択的に与えた。新規Pt(II)- M(12)L(24)錯体の構造は、NMR、X線結晶解析、ESI-MSにより完全に決定した。添加したTFEは、減圧条件により容易に取り除く事ができ、TFE除去後の錯体は、Pd(II)錯体と比較し、高い酸安定性を示した。 以上のように、本論文では精密構造中へのタンパク質の単分子包接に成功している。一義的に定まった人工構造中へタンパク質を閉じ込めた例はこれまでになく、本論文は、極めて革新的な研究成果であると言える。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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