No | 127978 | |
著者(漢字) | 宮西,将史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤニシ,ショウジ | |
標題(和) | 精密合成した機能性ポリチオフェンによる有機薄膜太陽電池のナノ構造制御 | |
標題(洋) | Nanostructure Control in Organic Solar Cells by Using Functional Polythiophenes with Well-Defined Structures | |
報告番号 | 127978 | |
報告番号 | 甲27978 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7746号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有機薄膜太陽電池は印刷・塗布などの手法で安価に作製できることから、次世代の光電変換デバイスとして近年盛んに研究されている。材料としては、半導体ポリマーなどの電子ドナーと、フラーレン誘導体などの電子アクセプターの組み合わせが主に用いられている。現状ではドナーとアクセプターの単純な物理混合の製膜(混合バルクヘテロ接合構造)により、比較的高い変換効率を有する有機薄膜太陽電池が作成されているが、特に高効率かつ安定性の高いデバイスを作製するためには、両者の混合構造をナノスケールで最適に制御する事が必要である。しかし、単純混合により得られる構造は熱的に不安定である上に、ナノスケールで精密に構造を制御するには限界があると考えられる。これを克服する手法として、有機分子にブロック構造や反応性官能基などの機能性部位を導入することで自発的にナノ構造を発現させ、合理的にドナーとアクセプターの構造を制御する手法が考えられる。特に、最近開発されたポリチオフェンの精密合成法を用いることで、機能性半導体分子を自在に設計・合成することが可能になることに着目し、このような分子を用いて有機層中の構造を狙い通りに制御できるようになると考えた。本研究では、精密に設計・合成した機能性半導体を用いて合理的にドナーとアクセプターのナノ構造を制御することで、混合バルクヘテロ接合を用いた太陽電池の熱安定性を向上させる手法、単一分子の自己組織化を用いて光電変換に有利でかつ熱的に安定な構造を構築する手法を提示することを目的とした。 第一章においては、本研究の背景及び研究目的を示し、有機薄膜太陽電池の分野でこれまで行われてきた研究の中で、本研究がどのような位置づけにあるのかを歴史的な背景も踏まえて示した。 第二章では機能性分子として架橋可能ポリチオフェンの合成とナノ構造制御を行い、有機薄膜太陽電池の熱安定性との相関を考察した。混合バルクヘテロ接合構造では、ドナーとアクセプターのナノスケールの混合形態が熱的に不安定であることがわかっている。実際に長時間加熱条件下に置くと、ポリマーとフラーレン化合物の相分離が過度に進行し、その結果薄膜太陽電池の効率が大幅に低下する事が知られている。そこで架橋可能部位を有する機能性半導体ポリチオフェンを設計・合成し、この分子を混合薄膜中で架橋反応させることで混合によって得られるナノ構造を安定化し、その結果デバイスの長期的な熱安定性を向上させることができると考えた。架橋可能部位として側鎖に二重結合を有するポリチオフェンpoly(3-(5-hexynyl)thiophene) (P3HNT)を設計し、合成した。1H NMRスペクトル、GPCなどの解析から純度、分子量、レジオレギュラリティーが狙い通りに制御されたP3HNTの合成に成功したことがわかった。また、薄膜中のポリマーの紫外可視吸収スペクトル、XRDの結果から、P3HNTがP3HTとほぼ同等の高い結晶構造を有していることが示された。その結果、初期特性としての光電変換効率もP3HTと同等の値が得られていることがわかった。 そこで、合成したポリマーの架橋性、ポリマーとPCBMの混合薄膜の相分離構造の安定性及びデバイスの熱安定性について考察を行なった。 ポリマーの熱架橋性は、ポリマーを窒素下150度で熱処理した後にポリマーが有機溶媒に不溶化することから直接確認した。同様の結果はPCBMとの混合薄膜においても確認されたことから、混合薄膜中でもポリマーが熱架橋することが確かめられた。架橋反応が混合薄膜のナノスケールの相分離構造に与える影響を調べるために、ポリマーのTg以上の温度である150度で混合薄膜を熱処理した際の薄膜表面を光学顕微鏡で観察した。すると、P3HT:PCBMの系では長時間熱処理後にPCBMの大きな凝集体が薄膜表面に形成されたのに対し、架橋可能ポリマーにおいてはそのような凝集体の形成が大きく抑制されていた。この結果はポリマーの架橋反応によって薄膜中の混合形態が安定化されたことを示している。また、AFM高さ像においても、P3HT/PCBMの系では時間の経過と共に薄膜中の膜の粗さが変化し、ナノスケールの相分離形態が変化していることが確かめられた。一方で、P3HNT/PCBMの系においては初期状態(熱処理10分後)でP3HT/PCBMと同様の高さ像を示したのに対し、長時間熱処理後も膜の粗さに変化が見られなかったことから、ナノスケールの相分離形態もポリマーの架橋反応で安定化されていることが示唆された。そこで実際に太陽電池を作製し素子の熱安定性を考察した所、P3HT:PCBMの系では光電変換効率が著しく劣化したのに対し、P3HNT:PCBMの系においてはその劣化が抑制されるという結果が得られた。特に顕著な違いが電流値の劣化に見られ、P3HT:PCBMの系では熱処理によって大きく相分離することによって、ドナーとアクセプターの界面が減った結果電荷分離効率が低下し、電流値が激しく劣化したと考えられる。一方でP3HNT:PCBMの系においては架橋反応によってドナーとアクセプターの相分離形態が安定化された結果、電流値の劣化が抑制されたと考えられる。これらの結果から、精密な分子設計と合成手法を用いることで光電変換効率の初期特性がP3HTと同等の架橋可能ポリチオフェンを得ることに成功し、架橋反応を用いて混合薄膜中のナノ構造を安定化させることで、薄膜太陽電池の熱安定性を向上させることに成功した。 次に、ドナーとアクセプターの物理混合に頼らず、光電変換に有利で熱的に安定な構造を自発的に得ることを目的としてドナー/アクセプター連結分子を用いることを考えた。このような連結分子は、ドナー部位とアクセプター部位がドメインを形成しにくいという問題や、各ドメイン内の結晶性が低下するという問題から、薄膜中の電荷輸送効率が低下し、物理混合の系と比較して光電変換効率が非常に低いのが現状である。そこで本研究では、P3HT部位とフラーレンが高密度に連結されたポリチオフェン部位からなる全共役型ブロックコポリマーを設計した。ブロックコポリマーは、それぞれのブロックの異なる性質を反映して、両者のブロックがナノスケールで分離した構造を形成することが知られている。このため、設計したブロックコポリマーを用いて結晶性のドナーであるP3HTとアクセプターであるフラーレンが高密度に連結されたドメインがナノスケールで自発的に分離した構造を構築できると考えられる。このようにして、電荷分離・電荷輸送に有利な相分離構造が自発的に構築されると同時に、その構造は分子の自己組織化で得られていることから熱的にも安定であると考えられる。本手法はドナーとアクセプターの単純な物理混合に代わり、光電変換に最適なドナーとアクセプターの混合構造を合理的に構築するスタンダードな手法になる可能性があると期待した。 半導体ブロックコポリマーの自己組織化で規則的なナノ構造を構築するには、設計した分子を狙い通りに精密合成することが重要である。第3章において、分子構造が極めて制御されたフラーレン連結半導体ポリマーの合成手法を提示し、実際に得られたポリマーが狙い通りの構造を有していることを示した。このポリマーの合成は、ポリ3-アルキルチオフェンの擬リビング重合による機能性半導体ブロックコポリマーの合成と、クリックケミストリーを用いたフラーレンとポリマーの連結反応により行なった。擬リビング重合時のGPCの変化(一山のピークを保って高分子量側に移動)から、合成したコポリマーがブロックドメインを有していることが示され、また高分子量(Mn >20000)かつ、分子量分布の狭いポリマー(Mw/Mn ~ 1.1)を得た。モノマーの比率を変えることで、ブロック比の異なるブロックコポリマーを合成できることも示した。最終合成物のNMRスペクトルでは、フラーレンとポリマー側鎖の間の共有結合の存在を直接的に確認した。また、ピークの面積比からフラーレンの導入反応がほぼ定量的に進行していることも確認できた。同様の結論はポリマー溶液の吸収スペクトルからも確かめられた。第4章において、フラーレン連結ブロックコポリマーの薄膜構造、及び有機薄膜太陽電電池の特性を示した。合成したブロックコポリマー薄膜表面のAFM位相像からフラーレンとポリチオフェンの相分離構造を観察した。すると、20nm程度の大きさの明確な位相差が得られ、この分子が、薄膜中で規則的なナノ構造を構築していることがわかった。一方で、比較となるランダムコポリマーでは、そのような明確な構造は観察されなかった。 この相分離構造の詳細を調べるために、薄膜の吸収スペクトル及びXRD回折パターンからこのポリマーの結晶性を評価した。薄膜の吸収スペクトルでは、ポリチオフェンの分子間相互作用に由来する吸収の肩が見られ、実際にXRD回折においては、P3HTのラメラ構造に由来するピークとπ-πスタックに由来するピークが観察された。これまでの研究で、P3HTがラメラ構造とπ-πスタックをベースとするファイバー状の構造を形成しやすい事がわかっていることから、P3HTブロックが結晶性のファイバー構造を形成し、その周りをフラーレン連結ブロックが取り囲み凝集する形となって、ドナー部位とアクセプター部位が20nmスケールで規則的に分離した構造を自発的に構築していると考えられる。一方で、ランダムコポリマーでは吸収スペクトルが溶液のものと近く、XRD回折において明確なピークが見られないことから薄膜中でランダムな構造を構築していると考えられる。 次に実際に薄膜太陽電池を作製し、デバイスの熱安定性を調べた。その結果、物理混合膜では130度で長時間熱処理をすると光電変換効率が著しく劣化したのに対して、ブロックコポリマーの太陽電池では80時間熱処理してもほとんど劣化しなかった。この事から、ドナーとアクセプターの相分離構造をブロックコポリマーの自己組織化を用いて自発的に構築する事で、物理混合系では不可避であった混合構造の熱的な不安定性を解決することに成功した。さらに、ブロック比率などを最適化することで、ブロックコポリマーにおいて、単一成分を活性層とする(混合に頼らない)有機薄膜太陽電として最高値となる2.5%の光電変換効率を得ることに成功した。特に外部量子効率EQE(56%)、FF(0.63)は混合バルクヘテロ接合に匹敵する良好な値が得られた。一方で、対応するランダムコポリマーの場合は変換効率が0.5%と低く、FFが0.35と低い値であった。これはドナー/アクセプター連結分子系で一般に見られる傾向であり、連結によって電荷輸送経路が構築されにくくなっていることを示している。このように、ブロックコポリマーを用いてドナーとアクセプターの規則的なナノ構造を構築することで効率的な電荷輸送経路が構築され、連結分子を用いた系において光電変換効率を飛躍的に向上させることができた。さらに、配向制御などのナノ構造制御を行うことで、ブロックコポリマーを用いた単一分子の系が単純な物理混合に代わって光電変換に適した構造を構築する合理的な方法論となりうることを示せたと言える。第5章では、ブロックコポリマーの自己組織化を用いた自発的なナノ構造制御が大面積のデバイス作製においても重要性を持つことを示した。 本研究では、精密合成した機能性半導体高分子を用いて、有機薄膜太陽電池の薄膜中のナノ構造制御を行った。架橋可能部位を有するポリチオフェンでは、架橋反応を用いることで混合バルクヘテロ接合構造を安定化させ、太陽電池の熱安定性を向上させることに成功した。フラーレン連結半導体ブロックコポリマーにおいては、分子の自己組織化を用いてドナーとアクセプターのナノスケールの相分離構造を自発的に構築させることに成功した。その結果、物理混合系で不可避であった相分離構造の熱的安定性の問題を解決することできた。また、ドナー/アクセプター単一分子の系でこれまで問題となっていた電荷輸送を高効率化させることにも成功し、混合バルクヘテロ接合に匹敵する高いFFと外部量子効率EQEが達成された。本研究における成果は、精密合成した機能性半導体高分子によるナノ構造の制御、及びこれらの手法を用いてデバイスの安定性の向上や高効率化が可能であることを示した点で、基礎・応用双方の観点から重要な意義を持つと考えられる。 | |
審査要旨 | 本論文において、学位請求者(宮西 将史)は有機薄膜太陽電池のドナーとアクセプターのナノ構造を分子設計によって合理的に制御し、光電変換素子の性能を向上させる手法を示すことを目的とした研究を行なった。本論文は第6章から構成されている。 第1章では、研究の背景、目的が論じられており、近年までの関連論文の成果や問題点などを示すことで、本論文の研究の意義づけが明確にされている。 第2章の架橋可能ポリチオフェンにおいては、光電変換素子の初期特性と架橋性を両立する立場から、末端二重結合を有するポリマーの設計とそれを精密に合成する手法が示されている。このような分子構造の制御されたポリマーを用いて薄膜中で架橋反応を進行させ、ポリマーの結晶化が阻害されることで、混合薄膜中の相分離構造を安定化させることに成功している。その結果として光電変換素子の熱安定性を向上させることに成功している。本研究はポリマーの架橋反応を用いて光電変換素子の熱安定性を向上させた初めての研究成果であり、その後同様の手法を用いた研究論文が多く報告されていることから、有機薄膜太陽電池のナノ構造を安定化させる先駆け的な手法を示したと評価できる。 第3章と4章においては、ドナーとアクセプターの混合に頼らずに、両者が連結された単一分子を用いて効率的かつ安定性の高い混合ナノ構造を合理的に構築する手法が述べられている。これまで、単一分子を用いた光電変換素子ではドナー部位とアクセプター部位がオーダー(結晶性)の高いドメインを形成することが難しく太陽電池のFFが非常に低いという問題があった。そこで本論文では、結晶性のドナーであるP3HTブロックとアクセプターであるフラーレンの連結された半導体ポリマーブロックからなるブロックコポリマーを設計することでこのような問題を解決する手法を提示している。 第3章において、擬リビング重合を用いた機能性半導体ブロックコポリマーの合成、クリックケミストリーを用いたフラーレンとポリマー側鎖の結合という手法を用いることによって、設計された通りの分子構造の制御されたフラーレン連結半導体ブロックコポリマーの合成に成功している。 第4章において、分子構造の精密に制御されたブロックコポリマーを用いることで、自発的に結晶性のドナー部位とアクセプターの連結部位が20nmスケールで相分離した構造を構築することに成功している。このように、ドナーとアクセプターの相分離構造を自己組織化によって得ることによって、130度という高温で80時間熱処理を行なっても光電変換効率がほとんど低下しないことを確かめている。物理混合の系では熱による相分離の進行と光電変換特性の劣化が不可避であることから、本手法は単一分子を用いた構造制御の有用性を初めて示した研究として認められる。 また、合成したブロックコポリマーのブロック比率を最適化することで最終的にFFの値が63となり、光電変換効率2.5%を達成するに至っている。この光電変換効率は単一成分を用いた系では最高値であり、FFの値、外部量子収率EQEの値が従来の単一分子を用いた系より飛躍的に向上し、物理混合の系とほぼ同等の値となっている。この結果は、精密に設計された単一分子を用いて光電変換に効率的な構造を構築することが可能であることを示しており、単一分子による構造制御が物理混合の系に置き換わる手法となりうることを示している。さらに、配向制御などを可能にする分子設計を行うことで将来的に物理混合を超える構造を構築できる可能性が期待できる点で本研究成果は精密な分子設計に基づいたナノ構造制御の重要性を十分に示せたといえる。 第5章では大面積太陽電池において分子の自己組織化を用いた構造制御の重要性を論じている。 第6章では本研究の総括及び今後の展望が論じられている。 本論文における、機能性半導体の分子設計やナノ構造制御の手法は、今後の有機デバイスの高効率化や安定性の向上に向けての新規材料の創出や構造制御の手法に指針を与える、素晴らしい成果であるといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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