学位論文要旨



No 127980
著者(漢字) 奥,圭介
著者(英字)
著者(カナ) オク,ケイスケ
標題(和) 塗布乾燥によるDNTPD有機半導体薄膜の形成ダイナミクス
標題(洋)
報告番号 127980
報告番号 甲27980
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7748号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 准教授 菊地,隆司
 東京大学 准教授 伊藤,大知
 東京大学 准教授 辻,佳子
 東京大学 講師 梶川,裕矢
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

プリンタブルエレクトロニクスへの期待と需要は近年高まるばかりである。有機半導体分子を用いたデバイスは、分子集合体の構造を制御する必要があり、ウェットプロセスによって有機デバイスを作製するためには、乾燥プロセス中での構造形成ダイナミクスの理解が重要である。本論文は、有機ELに注目し、現状では高分子系と比較して性能の高い低分子有機半導体をプロセス的に有利なウェットプロセスによって製膜するために必要な、乾燥過程における低分子有機半導体の相変化ダイナミクスの理解に加え、乾燥プロセスと薄膜構造の関係を明らかにすることを研究目的に設定した。

第2章 電流電圧特性の塗布プロセス依存性

第2章では、DNTPD (N,N'-Bis[4-[bis(3-methylphenyl) amino]phenyl]-N,N'-diphenylbenzidine)をITO (tin-doped indium oxide)とアルミニウムで挟んだ単層デバイスを作成し、そのデバイス特性についての検討を行った。膜中のDNTPD分子集合体の構造に起因するキャリア移動度に注目し、分光エリプソメトリーを用いた誘電率測定と組み合わせることで、乾燥速度が高いほどキャリア移動度が低下した。乾燥プロセスがデバイス特性に影響を与えることを示し、乾燥過程における構造形成ダイナミクスを理解することの重要性を示した。

第3章 塗布乾燥による相変化ダイナミクスの動的観察

第3章では、in-situ PL (photo luminescence)測定を中心とした、DNTPD/トルエン溶液の乾燥過程における構造形成ダイナミクスの可視化手法の確立と、ダイナミクスの乾燥速度依存性について論じた。滴下乾燥において、重量変化と共に測定したin-situ PL測定の結果から、相変化に伴うPLスペクトル形状の変化を用いて相変化の開始点と終了点を決定した。滴下乾燥膜から得られた知見をもとに、スピンコート法において回転速度を変えることで乾燥速度を制御し、乾燥が速いほど臨界飽和比が上昇するという実験結果を得た。冷却操作において、冷却速度が臨界飽和比に依存することは報告されているが、乾燥操作においても同様の考え方が出来ることを明らかにした。

第4章 乾燥プロセスに依存した構造

第4章では、基板上の薄膜に加え、小型シャーレやガラス容器内での低速乾燥条件でDNTPD/トルエン溶液を乾燥させたサンプルの構造評価を行った。第3章でのダイナミクスとの関連付けを行うために、乾燥過程のマスバランス式によって濃縮速度を定義し、濃縮速度を用いることで乾燥速度の依存性を評価した。XRDによるd-spaceの測定と熱分析を組み合わせることで、乾燥速度が高いほどアモルファス内に存在する短距離秩序構造(微細結晶)の中に存在する残存トルエンの量が減少しd-spaceが減少することを明らかにした。さらにd-spaceが減少することでπ共役が発達しエネルギーギャップが減少することも明らかになった。また、乾燥が速いほど短距離秩序構造内の平均分子間距離は短く、密な短距離秩序構造が形成されるが、膜全体としては非平衡状態の緩和が十分に起こらず、短距離秩序構造体の大きさは減少した。この挙動について第3章の相変化ダイナミクスの検討と核発生理論から説明した。

第5章 塗布乾燥による構造制御

第5章では、DNTPD/トルエン溶液に加え、溶解度の異なるBDXA-PTA (4,4'-bis[di(3,5-xylyl)amino]-4''-phenyltriphenylamine)/トルエン溶液と、沸点が異なり乾燥速度の速いDNTPD/テトラヒドロフラン溶液での検討を行うことで、本論文における構造形成ダイナミクスに関する知見が、DNTPD/トルエン溶液に限らず一般的な溶液の乾燥過程に通じる事が示唆された。ウェットプロセスによる構造形成では、乾燥が速いほうが短距離秩序内のπ共役の発達が見込まれるが、非平衡状態の緩和が十分に進まないために膜全体として短距離秩序構造が少なくなる。このトレードオフを最適化することが、ウェットプロセスでの構造制御では必要であると考えられる。

第6章 総括

本論文では、乾燥過程においてDNTPD/トルエン溶液からのDNTPD固体形成に関するダイナミクスと形成される構造の関係について論じた。スピンコート法において回転速度を変化させることで乾燥速度を制御し、乾燥速度が高いほど臨界飽和比が高くなることを実験的に示した。シャーレ内での低速乾燥による考察と比較することにより、基板上の薄膜形成ダイナミクスを考察し、古典核発生理論をもとに非平衡状態からの緩和速度(相変化速度)と乾燥速度の競合によって薄膜の構造が決定され、膜の持つエネルギーギャップが変化することを明らかにした。乾燥過程における構造形成ダイナミクスと形成される構造(アモルファス中の短距離秩序構造形成)との相関を明らかにしたことが本論文の特徴である。

審査要旨 要旨を表示する

「塗布乾燥によるDNTPD有機半導体薄膜の形成ダイナミクス」と題した本論文は、乾燥過程においてDNTPD (N,N'-Bis[4-[bis(3-methylphenyl) amino]phenyl]-N,N'-diphenylbenzidine)のトルエン溶液からの固体膜形成に関するダイナミクスと、形成される構造や物性との関係についての研究結果をまとめたものであり、全6章から構成されている。

第1章では、研究背景および研究目的を述べている。まず、プリンタブルエレクトロニクスの歴史と現状、有機デバイスに用いられる材料と必要とされる膜構造について述べている。それを受け、膜構造をプロセスによって制御することの重要性を述べ、冷却操作や相変化を伴う液相中の反応など、液相からの構造形成に対するプロセス依存性に関する既往の報告を述べている。最後に、発光強度や寿命の点において、高分子系と比較して優れた性能を持つ低分子有機半導体薄膜を、経済的に有利なウェットプロセスによって作製することを念頭に、乾燥過程における低分子有機半導体の相変化ダイナミクスの理解に加え、乾燥プロセスと薄膜構造の関係を明らかにすることを研究目的に設定している。

第2章では、有機デバイスの性能指標の一つであるキャリア移動度に注目し、乾燥速度がキャリア移動度に与える影響について述べている。DNTPDをITO (tin-doped indium oxide)とアルミニウムで挟んだ単層デバイスの電流電圧特性を測定し、分光エリプソメトリーを用いた誘電率測定と組み合わせることで、キャリア移動度を求めている。乾燥速度がキャリア移動度に影響を与えることを実験結果と既往の理論式を用いて明らかにしている。キャリア移動度が膜中の構造によって変化することから、乾燥過程における構造形成ダイナミクスを理解することの重要性を示している。

第3章では、in-situ PL (photo luminescence)測定を中心とした、DNTPD/トルエン溶液の乾燥過程における構造形成ダイナミクスの可視化手法の確立と、ダイナミクスの乾燥速度依存性について論じている。相変化に伴うPLスペクトル形状の変化とPL強度変化を解析することによって、乾燥過程における相変化の開始点と終了点を決定している。また液滴界面の揺らぎによるレーザー散乱を測定することによって液膜の固体化プロセスを観察し、乾燥における恒率乾燥から減率乾燥へ移行するダイナミクスを実験的に明らかにしている。滴下乾燥膜から得られた知見をもとに、スピンコート法において回転速度を変えることで乾燥速度を制御し、乾燥が速いほど臨界飽和比が高くなるという実験結果を得ている。冷却操作において、冷却速度が臨界飽和比に依存することは報告されているが、乾燥操作においても同様の考え方が出来ることを示している。

第4章では、製膜後の膜構造と物性について述べている。滴下乾燥やスピンコートによって製膜したサンプルに加え、小型シャーレやガラス容器内での低速乾燥条件でのサンプルに対して、X線回折 (XRD)を用いた構造評価と熱分析、光学的測定によるエネルギーギャップを評価することによって、アモルファス膜の中に短距離秩序構造(微細結晶)が存在する可能性を示している。また、短距離秩序内に存在する溶媒量が乾燥速度の上昇と共に減少し、短距離秩序を形成しているDNTPD分子間距離が短くなりπ共役が発達しエネルギーギャップが小さくなることも示している。さらに、乾燥が速いほど短距離秩序構造内の平均分子間距離は短く密な短距離秩序構造が形成されるが、膜全体としては非平衡状態の緩和が十分に起こらず短距離秩序構造体の大きさは減少する、という乾燥プロセスと構造の相関を、第3章の相変化ダイナミクスの結果と核発生理論を用いて説明している。

第5章では、DNTPD/トルエン溶液に加え、溶解度の異なるBDXA-PTA (4,4'-bis[di(3,5-xylyl)amino]-4''-phenyltriphenylamine)/トルエン溶液と、沸点が異なり乾燥速度の速いDNTPD/テトラヒドロフラン溶液での検討を行うことで、本論文における構造形成ダイナミクスに関する知見が、DNTPD/トルエン溶液に限らず一般的な溶液の乾燥過程に通じる可能性を示している。また、乾燥プロセスと構造形成ダイナミクスとの相関から、ウェットプロセスでの構造制御における課題についてまとめている。

第6章では、第5章までの総括を述べている。

以上、本論文の主たる成果は、第3章から第5章において、乾燥過程における構造形成ダイナミクスと形成される構造(アモルファス中の短距離秩序構造形成)との相関を明らかにしたことであると考えられる。第2章で示された構造由来のキャリア移動度の変化から、構造形成ダイナミクスの重要性を示し、プロセス-構造-機能の繋がりを俯瞰しながら、プロセスと構造の関係を明らかにしたことは、化学工学及び化学システム工学への貢献は大きいと考えられる。また、試行錯誤的なプリンタブルエレクトロニクスの分野に対して論理的な検討方法を提案するための基礎的知見を得たことは、産業に対する貢献が大きいと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク