学位論文要旨



No 127982
著者(漢字) 木村,理一郎
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,リイチロウ
標題(和) アルミノシリケート上に安定化されたアルカリ炭酸塩の自動車触媒としての適用
標題(洋) Alkali Carbonate Stabilized on Aluminosilicate as a Potential Catalyst for Automobile Exhaust Aftertreatment
報告番号 127982
報告番号 甲27982
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7750号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 塩見,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文は、これまでに貴金属触媒が多く用いられていた自動車触媒、とりわけディーゼルエンジンから排出されるすす燃焼触媒について、アルミノシリケートおよびアルカリ炭酸塩から構成される触媒による代替可能性を検討したものである。第一章にて緒言を述べた後、第二章にて炭酸カリウム担持ソーダライトの系における相変化現象を明らかにし、新たに発見されたネフェリン触媒について述べる。第三章では、水洗浄耐性を安定性の指標として、アルカリ炭酸塩を安定に保持することが可能な担体の条件を探る。第四章では、すす燃焼触媒メカニズムを解明する。特に、表面に残留する炭酸イオンの役割について考察し、触媒反応経路を提案する。第五章では、カリウム触媒に対するソーダライト層のバリア性を評価する。第六章にて、得られた知見のまとめと今後の展望を述べる。

第一章における緒言の概要を以下に述べる。産業革命の時代以降大きな問題として捉えられている大気汚染の要因として、自動車からの排出ガスが主に挙げられる。内燃機関を用いた自動車は燃料のエネルギー密度の観点から、今後も継続して需要が高いと考えられるため、排出ガス浄化は不可避な課題となっている。排出ガス浄化触媒としては貴金属が主に使用されており、その使用量を大幅に低減する技術が我が国に限らず世界中で期待されている。ディーゼルエンジンはその良好な熱効率ゆえ温室効果ガス削減の観点から期待を集めているが、排出ガス中に含まれる、すすを主成分とした微粒子状物質(Particulate Matter, PM)の除去が課題となる。PM除去のために、ディーゼルパーティキュレートフィルター(Diesel particulate filter, DPF)の搭載が義務付けられている。一方で、連続使用のための定期的なDPF再生すなわちPM除去が求められている。燃料を噴射し、一時的に排気ガス温度を650 °C程度まで上昇させてPMを燃焼除去させる方法が採用されているが、ディーゼルの高い熱効率を低下させることとなる。加えてDPFに熱的負荷がかかるため、安価なコージェライトでなく高価かつ高温での作製が必要なシリコンカーバイド製のDPFに変更を強いられる等の問題がある。したがって、ディーゼルエンジン排気温度(200-400 °C)程度での連続再生が望まれている。これまでに、NO2を酸化剤としてPMを酸化させる方法が実用化されている。酸化剤であるNO2の濃度が排気ガス中には少なく、またNO2生成のためには貴金属であるPtが必要であることから、同じく排ガスの成分である酸素による燃焼が望ましい。酸素により燃焼させる際に、近年実用化に向けて有望視されている元素は銀やセリウムなどの貴金属、遷移金属である。一方で、カリウムの炭素質物質に対する酸化活性が優れていることは知られている。しかし、カリウムは酸化反応中に揮発、また排ガス中の水蒸気成分により溶出するため、実用に向けては技術的な難題が知られている。そのため、カリウムを高活性に保ちつつ安定に保持する材料の開発が求められている。本研究室では、ゼオライトの一種であるソーダライトに炭酸カリウムを担持した触媒が有効であると既に報告した。さらに、それらの触媒は高温処理によって活性が更に増大した。本研究では、アルミノシリケート上に安定化されたアルカリ炭酸塩の自動車触媒としての適用可能性を明らかにすることを目的とし、カリウムとアルミノシリケート担体の系に注目してそのすす燃焼触媒メカニズムを解明し、得られた知見から自動車触媒としての可能性を考察する。

第二章では、ソーダライト担持炭酸カリウムの系で未解明であった、高温処理によって活性が更に増大する現象を追究する。既往の研究では、粒径がマイクロメーターオーダーのソーダライトを用いた。炭酸カリウム濃度を変えて担持し高温まで加熱することで、炭酸カリウムを担持したソーダライトがいずれもネフェリンという(Na, K)SiAlO4を基本単位とする結晶相に変化していることがわかった。ネフェリンはカリウムを含む割合に依存して多様な構造(nepheline、kalsilite、kaliophilite等)を有する。溶液濃度に応じてこれら3種類の結晶相がそれぞれ主要な相として得られることがわかった。触媒活性評価の際には、すすのモデル物質としてカーボンブラックを用いた。炭酸カリウムを担持させたソーダライトよりもネフェリンへの相変化後の方がいずれもカーボン酸化触媒活性は高くなることを明らかにした。すなわち、炭酸カリウムとソーダライトを用いた系において、カーボン酸化触媒として高活性で、かつ繰り返し耐性をもち、水洗浄に耐性をもつ触媒を調製可能であることが示された。ネフェリン担体上には炭酸ナトリウムが出現しており、相変化の際に担体中のナトリウムと炭酸カリウムとで固相イオン交換が起こったものと考えられる。また、本章では本博士論文を通して行うすす触媒活性評価法について、実験条件、カーボンブラックの物性評価、カーボンブラックに付着している高沸点化合物のカーボンブラック燃焼に対する影響について検討した。

第三章では、水洗浄耐性をもつ触媒の調製条件を検討する。第二章で調製されたネフェリンは有望なディーゼルすす燃焼触媒となりうることが示されたが、水洗浄によりある程度の活性の低下が見られた。アルカリ金属炭酸塩と担体(ゼオライト、ネフェリン)の組み合わせを変え、調製条件を体系的に検討した。検討の結果、炭酸カリウムを担持したナトリウム含有ネフェリンに熱処理を施すことで、ネフェリン骨格中のナトリウムとの固相イオン交換が行われ、水洗浄耐性をもった炭酸ナトリウムがネフェリン上に出現することを見出した。また、ソーダライトを用いた系で組成の影響を検討したところ、表面に非晶質のシリカが存在する場合には水洗浄が低下することが明らかになった。結論として、結晶性のアルミノシリケートを担体として用い、アルカリ炭酸塩を担持して熱処理を行うことで、固相イオン交換により水洗浄耐性をもつ炭酸塩が担体表面に出現すると結論した。

第四章では、得られたネフェリン担体およびアルカリ炭酸塩触媒のカーボン酸化メカニズムの解明を行う。本系では、水洗浄耐性に優れた炭酸種が存在することがわかっている。既往の研究では、アルカリ系は高い移動性、すなわち揮発や低融点化合物の形成により高活性が発現するとされている。また、反応後に炭酸種の残留が確認できることから、炭酸種が何らかの形で反応に寄与していると考察されている。さらに、炭酸種の分解が必須とも考察されている。まず本系でのアルカリの移動性について検討し、さらに活性化エネルギー算出、酸素種推定、表面分析のための実験を行い、得られた実験結果をもとに活性サイトおよび反応経路を考察した。まず、通常の透過法と比してより詳細な表面の情報が得られる拡散反射フーリエ変換赤外分光法により、炭酸塩がカーボンあるいは酸素への電子供与体である可能性が示された。また、見かけの活性化エネルギーは、活性種が炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの複合炭酸塩であることを示唆する。すす酸化触媒として一部実用されている銀とセリアの混合物からなる触媒は、固固反応によりすす酸化を行うとされている。カーボン酸化活性評価の結果、銀セリアの混合物はネフェリン担体およびアルカリ炭酸塩触媒とは大きく異なる燃焼反応挙動を示すことがわかった。さらに、ネフェリン担体およびアルカリ炭酸塩の系はカーボンと触媒との接触が良好でなくとも高い活性を示すことがわかっており、これは固気反応が進行していることを示唆している。不活性雰囲気下で触媒試験を行った結果、実用されているPt/CeO2-ZrO2およびカリウムをドープした酸化コバルトでは格子酸素による酸化が見られるが、本系では酸化能がないことがわかった。また、13C同位体を含む炭酸カリウムを用いた触媒活性評価の結果、触媒反応中炭酸イオンは遊離しないことが示唆された。以上の実験結果より、ネフェリン担体に安定に保持された炭酸塩のカーボン酸化反応のモデルを以下のように提案した。このモデルは4つの過程から成り、(1)非局在化している炭酸イオンの電子がナトリウムに移動し、(2)電子を過剰にもったナトリウムが気相のO2分子に電子を与え、(3) O2-を形成しカーボンを攻撃、(4)カーボンはO2-によってCO2-となり、電子を炭酸イオンに与えてCO2となり脱離することで触媒サイクルを完成した。

第五章では、ソーダライト層のカリウム触媒に対するバリア性を評価する。コージェライト基板上に高い被覆率でソーダライト層を合成し、炭酸カリウム溶液を含浸させた時のコージェライト基板へのカリウム種の浸透および炭酸カリウム含浸担持後の熱処理によるカリウム種のコージェライト基板への熱拡散を評価する。ソーダライト層の合成法としてin situ水熱合成法を用いることで、コージェライト基板上に高い被覆率をもつソーダライト層を作製することができた。このとき、合成前の溶液の水の量および合成温度を調整することで、高い被覆率が達成できた。また、走査型分析電子顕微鏡による観察およびエネルギー分散型X線分析法による層断面の元素分析を行った結果、合成したソーダライト層は、カリウム種のコージェライト基板への拡散を防ぐことが可能であるとわかった。

第六章では、本博士論文の総括および今後の展望を述べる。第一章では、これまでの自動車触媒の開発状況を俯瞰した上で、特にディーゼルすす燃焼についてありふれた元素から成るアルミノシリケートおよびアルカリ炭酸塩を用いた触媒系を提案した。第二章では、アルカリ炭酸塩およびアルミノシリケートの系で、ディーゼルすす燃焼に有効な触媒が調製可能なことを示した。第三章では、結晶性アルミノシリケートにおいて、高温での固相イオン交換により水洗浄耐性をもつアルカリ炭酸塩が出現し、ディーゼルすす燃焼に対する活性種となることを示した。第四章では、アルカリ炭酸塩を用いたディーゼルすす燃焼反応において、活性サイトおよび反応経路を提案した。また、炭酸イオンが酸素の活性化および求核性酸素イオンの形成に不可欠な電子の供給源であることを示した。また、炭酸イオンがカーボン酸化触媒サイクルに含まれていることを初めて提案した。第五章では、作製したソーダライト層は、コージェライト基板に対するバリア性、すなわちカリウム溶液に浸漬した際の浸透および熱処理による拡散へのバリア性があることを示した。総括を踏まえた展望を以下のように述べている。本博士論文で、アルカリ炭酸塩を用いると、ディーゼルすす燃焼において排ガス平均温度帯で有効な触媒を調製可能であることがわかった。さらに活性の高い触媒を得るためには、より活性の高いアルカリ炭酸塩を表面に出現させること、カーボン酸化反応の律速となる経路を促進させること、が考えられる。また、アルカリを助触媒や添加剤として用いることも提案し、これらの知見は貴金属フリー自動車触媒の開発につながると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

近年、貴金属フリー自動車触媒の開発が求められている。これまでに酸化セリウムなどの金属酸化物が広く検討されてきているが、元素戦略の観点からはクラーク数の大きい元素を用いることが望ましい。カリウムの酸素によるすすの酸化活性が優れていることが知られているが、カリウムは揮発しやすく、またハニカム基材に移動・反応し化学的損傷を与えるなど、実用に向けた技術的課題が多い。そこで、カリウムを高活性に保ちつつ安定に保持する材料の開発が期待されている。

本博士論文ではアルカリ炭酸塩およびアルミノシリケートを用いた系で新規すす燃焼触媒を調製し、その触媒反応メカニズムを提案し、さらに実用可能性の検討を行っている。特に、これまで明らかにされていなかった炭酸塩のすす燃焼触媒反応における役割について詳細に検討している。さらにアルミノシリケート層のカリウム種に対するバリア性を検討することで、貴金属フリー自動車触媒の開発に向けた指針を得ることを目指している。本論文は以下の全六章から構成されている。

第一章では、世界の大気汚染の状況とそれに対する自動車排ガスの寄与、そして自動車触媒のこれまでの開発状況など本研究の背景を述べている。特に、すす燃焼触媒のこれまでの開発状況を述べ、カリウムを用いた触媒系の開発における課題を示し、本研究の位置づけを明らかにしている。

第二章では、ソーダライト担持炭酸カリウムを熱処理することによって出現する結晶相およびそれに伴いすす燃焼触媒活性が向上する理由について述べている。ソーダライトに炭酸カリウムを担持して熱処理をすることによって、ネフェリンと呼ばれる結晶相に変化することを明らかにし、熱処理後に触媒活性が大幅に向上することを明らかにしている。また、本研究で行う触媒活性評価実験の条件について詳細に述べ、特にすすのモデル物質として用いたカーボンブラックの物性を詳細に評価し、付着している高沸点化合物などが触媒反応の初期過程に影響を及ぼさないことを示している。

第三章では、水洗浄耐性をもつアルカリ炭酸塩を得るための担体の条件について検討している。アルカリ炭酸塩として炭酸ナトリウム、炭酸カリウムを、担体としてA型ゼオライト、ネフェリン、組成の異なるソーダライトをそれぞれ用い、カチオンの種類、担体の結晶性、Si/Al比が、水洗浄耐性をもつアルカリ炭酸塩の出現に与える影響について体系的に検討している。その結果、結晶性のアルミノシリケートを担体として用い、アルカリ炭酸塩を担持して熱処理を行うことで、固相イオン交換により水洗浄耐性をもつ炭酸塩が担体表面に出現することを明らかにしている。

第四章では、アルカリ炭酸塩およびアルミノシリケートの系におけるすす燃焼触媒メカニズムについて検討している。既往の研究では、アルカリ種はその揮発や低融点化合物の形成により高活性が発現するとされている。また、反応後に炭酸種の残留が確認できることから、炭酸種が何らかの形で反応に寄与していると考察されている。さらに、炭酸種の分解が必須とも考察されている。本系でのアルカリの移動性について検討し、さらに活性化エネルギー算出、酸素種推定、表面分析などの検討を実験的に行い、得られた実験結果より、ネフェリン担体に安定に保持された炭酸塩のカーボン酸化反応のモデルを以下のように提案している。モデルは4つの過程から成り、(1)非局在化している炭酸イオンの電子がナトリウムに移動し、(2)電子を過剰にもったナトリウムが気相のO2分子に電子を与え、(3) O2-を形成しカーボンを攻撃、(4)カーボンはO2-によってCO2-となり、電子を炭酸イオンに与えてCO2となり脱離する、というものである。特に、これまでその役割が明らかにされてこなかった炭酸イオンについて、その役割を酸素の活性化および求核性酸素イオンの形成に不可欠な電子の供給源であると提案している。

第五章では、アルカリ炭酸塩およびアルミノシリケートの系の実用可能性を検討している。コージェライト基板上にソーダライト層を形成し、コージェライトへのカリウムの拡散、すなわち炭酸カリウム溶液に浸漬した際の浸透および熱処理による拡散、に対するバリア性を検討している。走査型電子顕微鏡およびそれに付属するエネルギー分散型X線分析装置により観察を行うことで、その高いバリア性を有することを明らかにしている。

第六章では、本研究で得られた結果を総括している。

以上本論文においては、アルカリ炭酸塩およびアルミノシリケートを用いた系で、新規すす燃焼触媒の開発とその触媒反応メカニズムの提案ならびに実用可能性の検討を行っている。得られた結果は新規貴金属フリー自動車触媒の開発に貢献するものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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