学位論文要旨



No 127983
著者(漢字) 久保,優
著者(英字)
著者(カナ) クボ,マサル
標題(和) 多孔質材料へのリチウム導入による新規水素貯蔵材料の開発
標題(洋)
報告番号 127983
報告番号 甲27983
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7751号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 山田,淳夫
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 准教授 下嶋,敦
 東京大学 准教授 内田,さやか
内容要旨 要旨を表示する

将来の水素エネルギー社会の構築へ向けて、温和な条件で水素を高密度に貯蔵可能な水素貯蔵材料の開発が求められている。多孔質材料では細孔表面における分子間力由来の弱い分散相互作用に基づく物理吸着によって水素の可逆的な貯蔵・放出が可能となる。しかし弱い分散相互作用のため、室温下での貯蔵量が少ないことが課題である。近年、金属イオンと有機配位子によって構成された多孔性配位高分子など優れた細孔特性を有する多孔質材料が開発され、水素貯蔵材料として注目されている。しかしながら、弱い相互作用に基づく物理吸着では室温下での水素貯蔵量が少ないという課題がある。そこで水素と強く相互作用する吸着サイトを多孔質材料に導入することによって水素貯蔵量を増加させることが期待されている。

本博士論文では多孔質材料への新しいリチウム導入手法を確立し、リチウム導入により水素吸着量及び水素吸着熱の増加を達成し、実用に耐えうる新規水素貯蔵材料の開発につなげることを目的とし、リチウム導入について以下の二つの手法を検討した。一つは多孔質材料にリチウム塩の溶液を含浸した後、熱処理によってアニオン種のみを脱離させリチウムを導入する手法であり、もう一つは細孔骨格にあらかじめリチウム交換サイトを組み込むことでリチウムを導入する手法である。リチウム導入された各種多孔質材料の水素吸着特性を詳細に検討することで、より優れた水素貯蔵材料の創製へ向けた指針を得ることを目指した。

第1章では水素貯蔵の原理や様々な水素貯蔵材料の種類や特徴など、本研究の背景を述べた。特に多孔質材料を用いた水素貯蔵の現状を述べ、室温下での水素吸着特性を向上させるための課題を示し、本研究の位置づけを明らかにした。

第2章では当研究室で開発されたアニオン脱離によりリチウムを担持したメソポーラスシリカの生成機構、及び低温での水素吸着特性について検討した。細孔内に塩化リチウムのエタノール溶液を含浸した後に加熱処理することによって、塩化物イオンがシリカ表面に存在するエトキシ基と反応し、塩化エチルとして脱離する反応を経て、リチウムがシリカ表面にSiOLi基として存在することを明らかにした。リチウム担持により77 K、1 atmにおける水素吸着量は未担持のメソポーラスシリカと比較して0.68 wt%から0.81 wt%に増加し、さらに水素吸着熱の向上も確認された。更に量子化学計算によってSi-OLi基は水素分子と強く相互作用することを示した。

第3章では多孔性配位高分子MIL-53(Al)へのアニオン脱離によるリチウム導入について検討した。硝酸リチウムのエタノール溶液を含浸後、573 Kで熱処理を行うことによって、硝酸イオンが熱分解し窒素酸化物として放出され、リチウムがMIL-53(Al)中に担持された。硝酸イオンの熱分解は骨格を形成するAl3+の高い電荷密度によって促進されたと考えられる。リチウムが担持されたことによっては77 K、1 atmにおける水素吸着量が1.66 wt%から1.84 wt%に増加した。また導入されたリチウムの位置が水素吸着特性に影響することが示唆された。

第4章では様々なSi/Al比を持つゼオライトをリチウムイオン交換し、その水素吸着特性について検討した。同一構造のプロトン型のゼオライトではSi/Al比が高いほど水素吸着量、水素吸着熱が高くなることを示した。異なる構造のゼオライトの場合では、細孔径が小さいゼオライトほど細孔内での壁面からの分散相互作用が強くなるため、高い水素吸着熱を示した。リチウムイオンは他のアルカリカチオンよりも水素分子との強い親和力があることを明らかにした。ゼオライトの種類によってはナトリウムイオン交換型よりもリチウムイオン交換型の方が水素吸着量が低くなることがあり、これはリチウムイオンがゼオライト骨格中の6員環に沈み込むことで細孔空間への露出が制限され、一つのイオンに吸着できる水素分子数が減少するためであると考察した。更に導入されたリチウム量と細孔表面の被覆率の増加率との関係を導き出した。

第5章ではリチウム交換サイトとして水酸基を骨格中に導入した多孔性配位高分子の合成を行った。多孔性配位高分子MOF-5の合成時に用いる有機配位子であるテレフタル酸の一部を2-ヒドロキシテレフタル酸に置き換えることによって水酸基導入MOF-5(MOF-5-OH)の合成を行った。骨格に含まれるHBDCの量は条件を最適化することによって骨格の有機配位子のうち54%に水酸基が導入されたMOF-5-OHを行った。またHBDCが組み込まれることによって水素吸着量が増加した。これは水酸基が水素吸着サイトとしてはたらいたためであると考えられる。MOF-5-OH の生成機構は、まずMOF-5の核が生成し、そこにHBDCがエピタキシャル成長の形で組み込まれることによってMOF-5-OHが成長していくのではないかと考察した。

第6章では第5章で合成した水酸基導入MOF-5へのリチウム導入を行った。リチウム源としてリチウムジイソプロピルアミドやリチウムアルコキシドを用いることにより、リチウム導入に成功した。その結果77 K、1気圧における水素吸着量が1.23 wt%から1.34 wt%に向上し、更に水素吸着熱も5.1-4.2 kJ/molから5.5-4.7 kJ/molに向上した。以上、リチウム導入によって水素吸着特性が向上することを明らかにした。

第7章では本博士論文で得られた結果の総括を行い、今後の展望について述べた。本博士論文で用いた2つのリチウム導入手法は他の材料への展開が可能であると考えられる。より高表面積や大細孔容量のPCP/MOFへ展開することで実用化に向けた水素貯蔵材料の創製が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

将来の水素エネルギー社会の構築へ向けて、温和な条件で水素を高密度に貯蔵可能な水素貯蔵材料の開発が求められている。多孔質材料では細孔表面における分子間力由来の弱い相互作用に基づく物理吸着によって水素の可逆的な貯蔵・放出が可能となる。近年、金属イオンと有機配位子によって構成された多孔性配位高分子など優れた細孔特性を有する多孔質材料が開発され、水素貯蔵材料として注目されている。しかしながら、弱い相互作用に基づく物理吸着では室温下での水素貯蔵量が少ないという課題がある。そこで水素と強く相互作用する吸着サイトを多孔質材料に導入することによって水素貯蔵量を増加させることが期待されている。

本博士論文では多孔質材料への新しいリチウム導入手法を確立し、リチウム導入により水素吸着量及び水素吸着熱の増加を達成し、実用に耐えうる新規水素貯蔵材料の開発につなげることを目的とし、リチウム導入について以下の二つの手法を検討している。一つは多孔質材料にリチウム塩の溶液を含浸した後、熱処理によってアニオン種のみを脱離させリチウムを導入する手法であり、もう一つは細孔骨格にあらかじめリチウム交換サイトを組み込むことでリチウムを導入する手法である。リチウム導入された各種多孔質材料の水素吸着特性を詳細に検討することで、より優れた水素貯蔵材料の創製へ向けた指針を得ることを目指している。

第1章では水素貯蔵の原理や様々な水素貯蔵材料の種類や特徴など、本研究の背景を述べている。特に多孔質材料を用いた水素貯蔵の現状を述べ、室温下での水素吸着特性を向上させるための課題を示し、本研究の位置づけを明らかにしている。

第2章ではアニオン脱離によりリチウムを担持したメソポーラスシリカの生成機構、水素吸着特性について述べている。細孔内に塩化リチウムのエタノール溶液を含浸した後に加熱処理することによって、塩化物イオンがシリカ表面に存在するエトキシ基と反応し、塩化エチルとして脱離する反応を経て、リチウムがシリカ表面にSiOLi基として存在することを明らかにしている。またこのSiOLi基の存在により、77 Kにおいて水素吸着量、水素吸着熱が向上したことが示されている。さらに量子化学計算により、SiOLi基は水素と強く相互作用することが示されている。

第3章では多孔性配位高分子MIL-53(Al)へのアニオン脱離によるリチウム導入について検討している。硝酸リチウムの溶液を含浸した後加熱することによって、硝酸イオンが熱分解により脱離し、リチウムがMIL-53(Al)中に担持され、その結果、水素吸着量が向上したことが示された。また導入されたリチウムの位置が水素吸着特性に影響することが示唆されている。

第4章ではリチウムイオン交換ゼオライトの水素吸着特性について述べている。リチウムは他のアルカリカチオンよりも水素との強い親和力があることを明らかにしている。ゼオライトの種類によってはナトリウムイオン交換型よりもリチウムイオン交換型における水素吸着量が低くなることがあり、これはリチウムイオンがゼオライト骨格中の6員環に沈み込むことで細孔空間への露出が制限され、一つのイオンに吸着できる水素分子数が減少するためであると考察している。またゼオライトの細孔形状と水素吸着熱に相関があることを示している。更に、導入されたリチウム量と細孔表面の被覆率の増加率との関係を導き出している。

第5章ではリチウム交換サイトとして水酸基を骨格中に導入した多孔性配位高分子の合成について述べている。多孔性配位高分子MOF-5の合成時に用いる有機配位子であるテレフタル酸の一部を2-ヒドロキシテレフタル酸に置き換えることによって水酸基導入MOF-5を合成している。条件を最適化することによって骨格の有機配位子のうち54%に水酸基が導入されたMOF-5の合成が達成されている。またその生成機構について考察している。

第6章では第5章で合成した水酸基導入MOF-5へのリチウム導入について述べている。リチウム源としてリチウムジイソプロピルアミドやリチウムアルコキシドを用いることにより、リチウム導入に成功している。その結果77 Kにおける水素吸着量が1.23 wt%から1.34 wt%に向上し、更に水素吸着熱も5.1-4.2 kJ/molから5.5-4.7 kJ/molに向上している。以上、リチウム導入によって水素吸着特性が向上することを明らかにしている。

第7章では本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文は多孔質材料へのリチウム導入手法の開発とリチウム導入による水素吸着特性の評価を行っている。得られた結果は新規水素貯蔵材料の開発に貢献するものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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