学位論文要旨



No 127986
著者(漢字) 松木,亮
著者(英字)
著者(カナ) マツギ,アキラ
標題(和) すす生成に関わる不飽和炭化水素ラジカルの反応に関する研究
標題(洋) Reactions of Unsaturated Hydrocarbon Radicals Relevant to Soot Formation
報告番号 127986
報告番号 甲27986
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7754号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 三好,明
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 准教授 野田,優
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 教授 津江,光洋
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

高効率かつ低公害な内燃機関を普及させるための基礎研究として、炭化水素燃料の燃焼過程におけるすす生成のメカニズムを解明することは、燃焼化学における大きな課題である。化学反応論の観点では、すすの前駆体である多環芳香族炭化水素(PAH)の生成・成長過程における化学反応機構の解明が研究の焦点となっている。現在までの燃焼反応モデリングの結果、PAH生成の律速過程は初期の芳香族環生成反応であると考えられており、不飽和炭化水素ラジカルの再結合反応がその主要な経路であるとされている。特に、非局在化した不対電子を持つプロパルギル、アリル及びベンジルラジカルなどの共鳴安定化ラジカルや、閉殻構造を持つにもかかわらず反応性に富むオルトベンザインは、酸化・熱分解反応が比較的遅いため、相対的に他のラジカルと反応し易く、芳香族環生成・成長過程へ大きな寄与を持つと考えられている。本研究では、これら芳香族環生成に関わる不飽和炭化水素ラジカルやベンザインを対象として、反応性や反応機構に関する実験的・理論的研究を行い、燃焼におけるPAH生成過程への寄与を検討した。

2. 実験手法

反応速度定数の測定は、パルスレーザー光分解/キャビティーリングダウン吸収分光(PLP/CRDS)法によって行った。流通式反応管に試料ガスを導入し,パルスエキシマーレーザー(ArF, 193nm; KrF, 248 nm)を照射し、光分解によってラジカルを生成した。各ラジカルによる近紫外/可視波長域における吸収を、パルス色素レーザーを用いたCRDS法によって観測した。光分解光と検出光の照射時間を、パルスジェネレータによって制御することにより、吸収量の時間変化を測定し、速度論的解析を行った。

3. 理論および計算手法

不飽和炭化水素ラジカルの再結合反応や、オルトベンザインの関わる反応に関して、反応機構を検討した。量子化学計算によって探索した反応経路を元に、遷移状態理論及びRRKM理論に基づくマスター方程式解析により速度定数と反応機構の解析を行った。

4. 共鳴安定化ラジカルの再結合反応速度定数の測定

プロパルギル、アリル、ベンジル及びオルトキシリルラジカルが関わる再結合反応に関して、PLP/CRDS法によって反応速度定数を測定した。アリル及びプロパルギルラジカルはそれぞれ1,5-ヘキサジエン及び塩化プロパルギルの光分解によって、ベンジル及びオルトキシリルラジカルは、トルエンまたはオルトキシレンとオキサリルクロリドとの混合物の光分解によって生成した。各ラジカルの反応による濃度変化を追跡することによって速度定数を決定した。また、個々の速度定数を比較することにより、再結合反応の系統的理解に有用ないくつかの法則を経験的に明らかにした。

5. 理論化学計算による共鳴安定化ラジカルの再結合反応機構の検討

計算化学的手法を用いて、反応アリル+プロパルギル及びベンジル+プロパルギルに関して反応機構を解析した。その結果、PAH生成で重要とされる温度域(1300-1800 K)では環化反応が進行し、五員環を有する化合物が生成することが分かった。これらの五員環は、燃焼においては容易に芳香族環へと転化するため、これらの反応は、燃焼における重要な芳香族環生成反応であることが示唆された。

6. 理論化学計算によるオルトベンザインの燃焼反応の検討

オルトベンザインの熱分解反応、酸素分子との反応、及び共鳴安定化ラジカルとの反応に関して、計算化学的手法によって検討した。その結果、オルトベンザインの消費反応としては熱分解と酸化が競合して進行すること、また、オルトベンザインと共鳴安定化ラジカルとの反応が燃焼での環成長過程に貢献し得ることが示唆された。

7. トルエンの熱分解におけるPAH生成の反応モデリング

トルエンの熱分解からの環生成・成長過程に関して、特に二環及び三環化合物の生成過程に注目し、反応モデリングを行った。不飽和炭化水素ラジカルの関わる環化反応を含む反応モデルを構築し、既報のトルエン熱分解の質量分析法による実験結果のシミュレーションを行った結果、実験で観測されている環生成・成長過程を概ね再現することができた。反応経路の解析により、共鳴安定化ラジカルの関わる反応が多環芳香族化合物の生成過程に重要な貢献をしていることが示唆された。

8. 結論

共鳴安定化ラジカルやベンザインの関わる反応に関して、速度定数の実験的な測定と、理論化学計算による反応機構の解析を行った。また、トルエン熱分解の燃焼反応モデリングにより、それら不飽和炭化水素ラジカルの反応によるPAH生成過程への寄与を検討し、不飽和炭化水素ラジカルの関わる反応が、燃焼中での多環芳香族の生成過程に対して重要な役割を担っていることが明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Reactions of Unsaturated Hydrocarbon Radicals Relevant to Soot Formation(すす生成に関わる不飽和炭化水素ラジカルの反応に関する研究)」と題し、燃焼からのすす生成の前駆体である多環芳香族炭化水素 (PAH) の生成・成長過程に関して、素過程の反応速度論的測定と理論的検討、反応機構のサブセットの構築と検証を行ったものであり、全8章からなっている。

第1章は緒論であり、炭化水素燃料の燃焼におけるすす生成のメカニズムを解明することは、高効率かつ低公害な内燃機関を実現するための基礎研究として、燃焼化学の重要な課題であることを述べている。 これまでの、すす生成の現象論的研究、反応速度論的研究、反応モデリング研究を調査した結果、PAH生成の律速過程は初期の芳香族環生成反応であると考えられること、不飽和炭化水素ラジカルの再結合反応がその主要な経路であるとされていることを示している。 また、非局在化した不対電子を持つプロパルギル、アリル及びベンジルラジカルや、閉殻構造を持つにもかかわらず反応性に富むオルトベンザインは、酸化・分解反応が遅く、芳香族環の生成・成長過程に大きな寄与をする可能性を指摘している。 これらを受けて本論文が、芳香族環生成に関わる不飽和炭化水素ラジカルとベンザインの反応機構に関する、速度論的測定と理論的検討、PAH生成過程のモデリングから構成されていると述べている。

第2章は、実験手法と実験装置に関する章である。 目的とする反応の速度定数の測定に最適な手法として、パルスレーザー光分解/キャビティーリングダウン吸収分光法 (PLP/CRDS法) を選択し、従来型の装置に比較して反応領域と観測領域の重なりを大きくとることで、感度の向上を図ったことを述べている。 また、ラジカルによる近紫外/可視域における吸収を、パルス色素レーザーを用いたCRDS法によって観測しながら、光分解光と検出光の照射時間をパルスジェネレータによって制御する実験手法と実験結果の解析手法について述べている。

第3章は、本論文で用いた計算手法について記している。 不飽和炭化水素ラジカルの再結合反応とオルトベンザインの反応の量子化学計算による反応経路の探索手法と、遷移状態理論、RRKM理論に基づくマスター方程式解析による反応速度定数の評価手法について述べている。

第4章では、プロパルギル、アリル、ベンジル及びオルトキシリルラジカルの再結合反応に関する、PLP/CRDS法による反応速度定数の測定について述べている。 アリル及びプロパルギルラジカルはそれぞれ1,5-ヘキサジエン及び塩化プロパルギルの光分解によって、ベンジル及びオルトキシリルラジカルは、トルエンまたはオルトキシレンとオキサリルクロリドとの混合物の光分解によって生成している。 ラジカルの濃度変化の追跡によって速度定数を決定しただけでなく、速度定数を系統的に比較することにより、再結合反応速度定数の理解と推定に有用な、いくつかの経験則を導いている。

第5章は、アリルラジカルとプロパルギルラジカル、ベンジルラジカルとプロパルギルラジカルの反応生成物経路の、量子化学計算による検討結果について述べている。 PAHの生成で重要とされる温度域(1300-1800 K)では環化反応が進行し、五員環を有する化合物が生成することを明らかにし、この五員環が燃焼雰囲気においては容易に芳香族環へと転化することから、これらの反応が、燃焼における重要な芳香族環生成反応であることを示している。

第6章には、オルトベンザインの熱分解反応、酸素分子との反応、及び不飽和炭化水素ラジカルとの反応に関する、量子化学計算による検討結果が記されている。 結果として、オルトベンザインの消費反応としては熱分解と酸素分子との反応が競合して進行すること、また、オルトベンザインと不飽和炭化水素ラジカルとの反応が燃焼中でのPAH生成過程に寄与する可能性を示唆している。

第7章では、トルエンの熱分解からのPAH生成・成長過程に関して、特に二環及び三環化合物の生成過程に注目し、反応モデリングを行った結果をまとめている。 不飽和炭化水素ラジカルの関わる環化反応を含む反応モデルを構築することで、既報のトルエン熱分解の質量分析法による実験で観測されているPAHの生成・成長過程を再現することに成功している。 また反応経路の解析により、不飽和炭化水素ラジカルの関わる反応が多環芳香族化合物の生成過程に重要な寄与をしていることを明らかにしている。

第8章は結論であり、本論文の成果をまとめるとともに、すす・PAH生成に関する燃焼化学の今後の展望について述べている。

以上要するに本論文は、燃焼からのすす・PAH生成の反応機構の解明に大きく寄与するものであり、燃焼化学および化学システム工学に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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