学位論文要旨



No 127991
著者(漢字) 大矢,延弘
著者(英字)
著者(カナ) オオヤ,ノブヒロ
標題(和) 動的結合で高分子量化した結晶性高分子の新規機能
標題(洋) Novel functional crystalline polymers with dynamic bonds
報告番号 127991
報告番号 甲27991
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7759号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉江,尚子
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 准教授 北條,博彦
 東京工業大学 教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、結晶性ポリマーと動的結合の組み合わせから得られる新規機能性材料に関する研究の報告を行う。結晶と非晶の領域を併せ持つ結晶性ポリマーの物性は、ポリマーの構造や種類の他に、結晶化度や結晶の構造、結晶の配向に依存している。つまり、結晶性ポリマーにとって結晶化が重要かつコントロール可能な要素である。一方、動的結合とは、結合形成と解離を可逆にコントロールできる結合である。動的結合には、水素結合のような共有結合を形成しない超分子的な相互作用と、ジスルフィド結合のような可逆な共有結合を形成する動的共有結合がある。この動的結合が組み込まれた材料は、その結合形成と解離によって様々な機能を発揮する。この動的結合を結晶性ポリマーと組み合わせることで、結晶性ポリマーから機能性材料を得る研究も行われている。

本論文で報告する研究では、これまで行われてこなかった結晶化速度と動的結合形成のコントロールという要素を導入することで、動的結合と結晶性ポリマーの組み合わせから新たな機能を持つ材料の構築を行った。これまでの動的結合と結晶ポリマーを組み合わせた研究では、動的結合形成が優先的に行われており、結晶化の優先や結晶化と結合形成の同時進行などの検討はほとんど行われていなかった。これは、結晶化と動的結合形成のコントロールが検討されていなかったことを意味している。本論文で報告する研究では、この点に注目した。つまり、動的結合形成や結晶化をより細かくコントロールすれば、材料の高次構造や運動性の制御が可能になり、それによって今まで構築できなかった材料が得られると考えた。具体的には、結晶性ポリマーの結晶化速度に注目し、融解後の結晶化速度コントロールによって動的結合形成を可能する、動的結合形成と結晶化を同時に進める等で、新規機能性材料の構築を行った。

第1章では、研究背景について述べている。

第2章では、光誘起修復可能な結晶性ポリマーについて報告している。修復材料とは生じた傷を直すことが可能な材料であり、通常の材料よりも長期的にパフォーマンスを維持できることから近年注目を浴びている。一方、桂皮酸エステルは300 nm付近の光を照射すると2量化してシクロブタン環を形成し、機械的な外力によって開環することが知られている。この桂皮酸エステルと結晶性ポリマーを用いて、光照射によって修復可能な材料の構築を目指した。桂皮酸エルテルを末端に修飾したPoly(butylene adipate) と桂皮酸を分子中に4つ持つリンカーをモル比1:1で混合し、ポリマーの融点以上に加熱しながら光照射することで、シクロブタン環で架橋されたネットワークポリマーを得た。このネットワークポリマーに衝撃を加えると、シクロブタン環が開環して桂皮酸エステルが形成する。さらに、このポリマーに加熱しながら光を再照射すると2量化が再度進行し、ネットワーク構造が回復した。このことは、得られたネットワークポリマーが光によって修復可能であることを示している。また、本研究ではUV/Visスペクトルの変化から2量化反応の進行を計算で確かめた。この計算から、2量化反応は室温では進行しにくく、融点以上に保つことでよく進行することがわかった。桂皮酸エステル2量化という動的結合形成を結晶性ポリマー中で行う場合、融点以上に保つことで分子運動性を高くする必要があり、そうすることで本研究ではネットワーク形成や修復を行うことができた。

第3章では、室温で修復性を有する結晶性ポリマーについて報告している。動的結合を用いた修復材料では、材料破壊によって切断された動的結合の再形成を修復機構としている。これまで報告されてきた結晶性ポリマーを用いた修復材料の場合、融点以上に加熱して修復させており、室温では分子運動性の低さから修復しなかった。一方、結晶性ポリマーを機械的に切断すると、切断面は摩擦熱によって結晶化度が低下する場合がある。この結晶化度が低下した状態は分子運動性が高くなっている状態であり、この状態を長期的に維持できれば修復機構が室温で機能し、結晶性ポリマーを室温で修復することが可能になると考えた。本研究では、結晶化速度を遅くすることによって上記を実現した。具体的には低融点の結晶性ポリマーであるPoly(ethylene adipate)(PEA)の両末端に嵩高いリンカーを介して水素結合部Ureidopyrimidinone(UPy)を導入したポリマーを用いた。水素結合によって超分子ポリマーを形成させることで、摩擦熱による融解と低結晶化速度を実現し、室温条件下で自発的に修復する材料を得た。この材料は、結晶化した場合でも繰り返し修復可能であった。

さらに、結晶化が速く非相溶な結晶性ポリマーPESをPEA鎖の中央に持つトリブロックポリマーを上記の材料中に少量混ぜることで、機械的物性の向上に成功した。この物性の向上は、PES成分が相分離と結晶化によって物理架橋の役割を果たすためである。また、得られた材料は室温下での修復性を有していた。

第4章では、ポリマーの結晶化と架橋反応を作製温度で競合させることで、物性をコントロールでき且つ各物性に変換可能な材料の報告を行っている。両末端をフランで修飾したpoly(caprolactone)(PCLF2)とそのフランとDiels-Alder(DA)反応するマレイミドを3つ有するリンカー(M3)を混ぜ、DA反応によってネットワークポリマーを得た。材料は、結晶化とDA反応による架橋の結果得られるが、それら2つは温度によって速度を変えることが可能であった。作製時の温度でこれら速度をコントロールすることで、硬く伸びない、硬く伸びる、軟らかくて伸びるという様々な物性に材料を調整可能であった。これら物性の違いは、結晶のサイズ、結晶化度、ネットワーク構造などによって生じていた。この研究から、結晶性ポリマーでネットワークを形成する場合、温度コントロールによる架橋と結晶化の速度制御で物性を調整可能であることを見出した。また、得られた材料は解離反応であるretro-DA反応と結晶の融解によって原料に戻すことが可能であり、各温度で作製し直すと別の物性の材料に変換可能であった。

第5章では、本論文のまとめについて述べている。

このように、本論文では結晶性ポリマーと動的結合の組み合わせに結晶化の速度と動的結合形成をコントロールすることで3種類の新規機能を有する材料が得られた。1つ目の材料は、加熱によって結晶化を抑えることで動的結合形成を可能にし、材料作製や修復機能を実現した。2つ目の材料は分子デザインによって結晶化をコントロールすることで材料の持つ機能を発揮できるようにし、3つ目の材料は結晶化と動的結合形成競合によって材料物性を調整することが可能であった。本研究では結晶化速度と動的結合形成のコントロールによって新規機能材料を構築したが、これは動的結合と結晶性ポリマーから得られる機能材料の可能性を拡げたといえる。例えば、今回得られた室温における修復性は動的結合の再形成と遅い結晶化によって得られる機能であるため、結晶化速度のコントロールをすれば今回用いた結晶性ポリマーと動的結合以外の組み合わせにもこの性質を付与できる可能性がある。また、機械的物性のコントロールも、他の組み合わせに適用可能である。さらに、これらのコントロールは材料の高次構造や運動性の調整を可能にするため、今まで系では得られなかった刺激応答性を生み出す可能性も秘めている。以上のように、動的結合と結晶性ポリマーから材料を構築する場合、結晶化速度と動的結合形成のコントロールは材料の機能化に対して非常に有用で、考慮すべき事項であることを見出した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、動的結合を有する結晶性ポリマーにおいて、結晶化と動的結合形成を制御することによって、高度な機能を持つ材料を構築することを目的に行った研究について述べている。動的結合とは、結合形成と解離を可逆にコントロールできる結合である。動的結合が組み込まれた材料は、その結合と解離によって様々な機能を発揮する。一方、結晶と非晶の領域を併せ持つ結晶性ポリマーの物性は、ポリマーの構造や種類の他に、結晶化度や結晶の構造、結晶の配向に依存している。結晶化は高分子の分子量や架橋構造に依存し、また鎖長延長や架橋は高次構造に依存するため、結晶化と動的結合形成を同時に制御することにより初めて、動的結合を有する結晶性ポリマーの高次構造と物性は一義的に決定され、高度な機能化が達成される。

第1章は序論であり、結晶性ポリマーの高次構造が物性に与える影響、動的結合を有するポリマーの特性、結晶性ポリマーに動的結合を導入することの意義について述べている。

第2章では、桂皮酸エステルの光二量化を利用した光誘起修復が可能な結晶性ポリマーについて報告している。桂皮酸エステルを末端に修飾したポリブチレンアジペートと4つの桂皮酸を有するリンカーの混合物に対して、ポリマーの融点以上に加熱しながら光照射して、桂皮酸エステルを光二量化させ、シクロブタン環で架橋されたネットワークポリマーを得た。このネットワークポリマーに衝撃を加えて破壊すると、シクロブタン環が開環して桂皮酸エステルが再生されるが、再び融点以上の温度で光を照射すると二量化が進行し、ネットワーク構造が回復することを明らかにした。つまり、光によって修復可能な高分子材料を得ることに成功した。

第3章では、室温で修復性を有する結晶性ポリマーについて報告している。動的結合を用いた修復材料は、切断された動的結合の再形成を修復機構としているため、従来、結晶相を有するポリマーの修復には融点以上の温度への加熱が必要であった。一方、結晶性ポリマーを機械的に切断した場合、切断面は摩擦熱によって結晶化度が低下する場合がある。この結晶化度が低下した状態を長期的に維持できれば、バルク結晶性を保ちながら、室温で修復することが可能になると考えた。実際に、低熱量で融解し、かつ、結晶化速度のポリマーとして、低融点の結晶性ポリマーであるポリエチレンアジペートの両末端に、嵩高いリンカーを介して、4重水素結合性を有するウレイドピリミジンを導入した超分子ポリマーを設計、合成し、目論見通り室温で修復性を持つ材料であることを明らかにした。さらに、ポリエチレンアジペート鎖の中央に良好な結晶性を有するポリエチレンサクシネートを導入すると、ポリエチレンサクシネート鎖がハードセグメントを形成し、室温修復性を保持したままで機械的物性を格段に向上できることも明らかにした。

第4章では、ポリマーの結晶化と架橋反応を競合させることが、高次構造と物性に与える影響について、報告している。両末端をフランで修飾したポリ(ε-カプロラクトン)と3官能性マレイミドの化学量論比混合体を、様々な温度で保つことにより、結晶化と架橋速度が同時に制御し、高次構造(結晶のサイズ、結晶化度)や架橋構造の異なるネットワークポリマーを得た。この構造の違いはポリマーの力学特性に大きな影響を与え、硬く強い材料、硬く延性にも優れる材料、柔軟な材料など、様々な材料を同一のプレポリマーから作り分けることが可能であることを明らかにした。さらに、これらの各特性間は、熱的操作だけで変換可能であることも明らかにした。

第5章では、本論文のまとめについて述べている。

このように、本論文では動的結合を有する結晶性ポリマーに対して、結晶化と動的結合形成を制御すると、材料機能の高度化及び物性の精密化が行えることを示した。この成果は、動的結合を有するポリマーのみならず、ネットワークポリマー全般の材料設計に新たな視点をもたらすものであり、高分子材料化学上の意義が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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