学位論文要旨



No 127992
著者(漢字) 木村,聡
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,サトシ
標題(和) 大腸菌における新規リボソーマルRNA修飾遺伝子の同定と機能解析
標題(洋) Identification and functional analyses of ribosomal RNA-modifying enzymes in E. coli
報告番号 127992
報告番号 甲27992
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7760号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 上田,宏
 産業技術総合研究所 研究グループ長 廣瀬,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

I. 研究の背景と目的

リボソームはmRNA上の遺伝情報を解読しタンパク質を合成する翻訳装置である。リボソームはリボソーマルRNA(rRNA)とタンパク質からなる超分子複合体である。近年のX線結晶構造解析や生化学的な解析からリボソームの構造および基本的な機能が明らかにされつつあるが、その生合成過程および高い翻訳精度を維持する機構には未解明な部分が多く存在する。私は本研究において大腸菌rRNAの転写後修飾に着目し、リボソームの生合成や翻訳精度における役割を探求した。

すべての生物ドメインにおいてrRNAは転写後にメチル化やシュードウリジル化に代表される様々な転写後修飾(rRNA修飾)を受けている。これらはリボソームの機能に重要な部位に集中して存在していることから、rRNA修飾はリボソームの機能の微調整をおこなっていると考えられている。しかし、多くのrRNA修飾の機能及び生合成は未解明である。そこで私は本研究で大腸菌におけるrRNA修飾の生合成遺伝子を同定し、rRNA修飾の機能を明らかにすることを目的とした。

II. リボヌクレオーム解析による修飾遺伝子の同定

rRNA修飾遺伝子を同定するために、逆遺伝学な手法と液体クロマトグラフィー質量分析計(LC/MS)による修飾塩基の解析系を組み合わせた方法であるリボヌクレオーム解析を駆使し、大腸菌におけるrRNA修飾遺伝子を探索した。その結果、図1に示した5つの新規rRNA修飾遺伝子を同定した。

III. 23S rRNAのH74に存在する2つのメチル化修飾を行う酵素RlmKLの機能解析

大腸菌23S rRNAのペプチジル転移反応活性中心の近傍に存在するヘリックス74(H74)の2069位および2445位には2つの修飾塩基7-メチルグアノシン(m7G2069), N2-メチルグアノシン(m2G2445)が存在する。m2G2445のメチル化酵素RlmLとしてYcbYが同定されていたが、私はycbYがm7G2069のメチル化酵素RlmKの機能も担っていることを突き止め、rlmKLと命名した。ひとつのタンパク質が異なる二種類の修飾形成をになっている例はrlmKLが初めてであったため、詳細な機能解析を行った。

(1)RlmKLは二つのメチル化酵素ドメインから構成される融合タンパク質である

NCBIのCluster of orthologous groups (COG) によるとRlmKLは二つのメチル化酵素がつながってできた融合タンパク質であることが推測された。そこでrlmKL欠損株へのRlmKL変異体の相補実験を行ったところ、RlmKLに存在する二つのメチル化酵素ドメインのうち、N末側ドメイン(NTD)がm2G2445の、C末側ドメイン(CTD)がm7G2069の修飾反応を担っていることをつきとめた。そこでNTDをRlmL, CTDをRlmKと定義した。

(2) m2G2445の形成においてRlmK (CTD)はRlmL (NTD)と協調的に機能する

In vitroにおけるRlmKL, RlmL (NTD), RlmK (CTD)それぞれのm2G2445, m7G2069修飾反応の活性を比較したところRlmKLはRlmL (NTD)と比べてm2G2445形成の触媒活性が高いことが判明した。さらにRlmL (NTD)によるm2G2445形成能は、RlmK (CTD)を添加することで向上することがわかり、RlmL (NTD)の8倍量のRlmK (CTD)を添加するとRlmKL と同等の活性が得られた。一方、m7G2069の形成能に関しては、RlmKLとRlmK (CTD)で有意な差が観測されなかった。この結果はRlmL (NTD)がRlmK (CTD)と協調的に機能することでm2G2445の形成を触媒していることを示している。

(3)RlmKLはUnwinding活性を有する

RlmLの基質認識機構を検討した結果、RlmLはH74のほどけた構造を好んで認識することが示唆された。RlmK (CTD)はm2G2445の形成において協調的に働くことを考え合わせると、RlmK (CTD)がH74の二本鎖構造をほどくことでRlmL (NTD)にとって好ましい基質を与えている可能性が考えられた。そこで実際にRlmKLがH74の二本鎖構造をほどく活性が見られるかを検討したところ、RlmKLの添加によりH74がほどかれる速度が促進されることが判明した。この結果はRlmKLがH74をほどくことにより、RlmL (NTD)にとって好ましい基質を生じているという仮説を強く支持している。

(4) rlmKLは50Sサブユニットのアッセンブリーに寄与している

rlmKLとシンセティックな生育阻害を示すような遺伝子を探索したところ、リボソームの生合成に関与するRNAヘリケースdeaDの欠損株においてrlmKLとの二重欠損によるシンセティックな生育阻害が観測された。さらにショ糖密度勾配超遠心法によりリボソームサブユニットのプロファイルを観測した結果、rlmKL, deaDの二重欠損株では50Sサブユニットの定常状態量の減少、およびアッセンブリー中間体とみられるフラクションの蓄積が見られた。この結果は、rlmKLがdeaDと協調的に効率的なリボソームのアッセンブリーに寄与していることを示している。

(5) まとめ

以上の結果から考えられるRlmKLのメチル化反応機構のモデルを以下に示す(図2)。(i)RlmK (CTD)が23S rRNAに結合しm7G2069を形成する。この際にH74の二次構造をほどきRlmLにとって望ましい基質が形成される。(ii)RlmL (NTD)がm2G2445を導入する。(iii)RlmKLが離れる。(iv)H74が再び形成される。RlmKLがアッセンブリー因子であるDeaDと協調的に働いていることを考え併せると、このような基質の構造を変化させメチル化反応を行うことはリボソームのアッセンブリーにおいて重要な役割を果たしているのではないかと推察される。

IV. m4Cm1402の修飾遺伝子rsmH, rsmIの同定および機能解析

16S rRNAのP部位におけるmRNA結合部位には二つのメチル基がシチジンに付加されたN4, 2'-O-ジメチルシチジンが存在する(m4Cm1402)。リボヌクレオーム解析によりm4Cm1402の形成を担う遺伝子として私はmraW, yraL を同定した。修飾ヌクレオシドの解析からmraWがN4位のメチル化を、yraLがリボースの2'O位のメチル化を担っていることが明らかとなり、mraWをrsmH, yraLをrsmI と命名した。

(1) m4Cm1402の修飾はP-siteの機能の微調節を行っている

m4Cm1402はP-siteにおけるmRNAの結合部位に存在している。そこでm4Cm1402の修飾がこれらP-siteの機能に影響を与えるかを調べるために、ルシフェラーゼ遺伝子を用いたレポーター系を構築し、non-AUGコドンからの翻訳開始効率、フレームシフト効率、および終止コドンの読み飛ばしの効率の測定を行った。その結果、rsmIの欠損株においてフレームシフト効率および終止コドンの読み飛ばしの増加、rsmH の欠損株においてAUUコドンでの翻訳開始の上昇を観測した(図3)。以上の結果はm4Cm1402がP-siteの機能の微調節に寄与していることを示している。

図3.ルシフェラーゼを用いたレポーター系による開始コドン選別精度、翻訳精度の測定。それぞれWild-typeの値によって標準化を行った。

(2) P-siteの4つの修飾の欠損は深刻な増殖阻害を引き起こす

rsmH, rsmIの欠損株では比較的穏やかな生育阻害のみ観測されていた。そこでm4Cm1402とsyntheticな増殖阻害が見られる遺伝子を探索したところ、30Sリボソームの立体構造上近傍に存在する二つの修飾塩基m2G966, m5C967の形成を担う遺伝子rsmD, rsmBを見出した。これらとrsmH, rsmIを同時に欠損させた四重欠損株において、増殖速度の顕著な減少が観察された。さらにこの株にそれぞれの遺伝子を単独で相補するといずれの場合でも増殖の回復が観測された。この結果は4つのP-siteのrRNA修飾が細胞の増殖において冗長的に機能していることを示している。

V 結論

本研究では、(i)大腸菌において新規のrRNA修飾遺伝子を5つ同定した。そのうちRlmKL, RsmH, RsmIにおいて詳細な機能解析を行い(ii)RlmKLはrRNAの構造変化を引き起こして協調的にメチル化を行いリボソームの効率的なアッセンブリーに寄与していること、(iii)RsmH, RsmIは翻訳開始反応の精度維持に寄与していること、を明らかとした。以上を総じて、本研究はrRNA修飾の生合成と機能の一端を明らかとし、リボソームの生合成および翻訳能を調節する機構の理解に大きく貢献した。

図1 本研究で同定した新規rRNA修飾遺伝子および、修飾塩基の化学構造。

図2 RlmKLのメチル化反応機構の模式図

図3 ルシフェラーゼを用いたレポーター系による翻訳精度および翻訳開始精度の測定

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大腸菌におけるrRNAの転写後修飾を担う遺伝子の同定およびその機能の解明をおこなったものであり、本研究を通じて得られた知見に基づき、生物がリボソームの生合成および機能をどのように最適化しているかについての原理を探求したものである。

これまで、リボソームの機能と構造を主に担っているrRNAには多くの転写後修飾が導入されていることが明らかとなっていた。そしてこれらのrRNA修飾はリボソームの機能部位に集中していることからその機能の微調整を行っていることが示唆されている。大腸菌においていくつかの修飾に関しては解析が進められ、それらが翻訳精度の維持やリボソームの効率的な生合成、抗生物質に対する耐性の獲得などに寄与していることが明らかとなってきている。しかし、多くの修飾においてその正確な機能は把握されていないのが現状であった。その主な要因の一つとして個々のrRNA修飾を導入する酵素を担う遺伝子(rRNA修飾遺伝子)が同定されていなかったことが挙げられる。本研究を始めた当初は大腸菌におけるrRNA修飾遺伝子は34種類のうち約半分が未同定であった。これらの酵素遺伝子を同定し、その遺伝子を欠損した株の表現型を解析することおよび、その遺伝子がコードするrRNA修飾酵素の特性を解析することは、rRNA修飾の機能を明らかにするうえで必須である。そこで、提出者は大腸菌におけるrRNA修飾遺伝子の網羅的探索を行うことでrRNA修飾遺伝子を同定し、同定した遺伝子がコードする酵素タンパク質の機能解析および、その遺伝子を欠損させた株の表現型の解析を行うことで、大腸菌におけるrRNA修飾の機能およびその意義を探求した。

本論第一章で、提出者はRNAの質量分析法と逆遺伝学的な遺伝子同定法を組み合わせたゲノムワイドなrRNA修飾遺伝子探索法を確立し、大腸菌のすべての遺伝子のうち約40%にあたる2000遺伝子分の解析を行った。その結果5つの新規rRNA修飾遺伝子を同定することに成功した。そこで提出者は以下において新しく同定したrRNA修飾遺伝子の機能解析を行った。

本論第二章で、提出者は二種類のメチル化修飾を異なる位置に導入する新しいタイプのメチル化酵素RlmKLの機能解析を行った。解析の結果、RlmKLは二つの別々の修飾反応を担うメチル化酵素RlmK, RlmLが融合してできたタンパク質であり、RlmKが融合することによりRlmLの修飾形成活性が促進されることを見出した。さらにRlmKLが基質RNAの二本鎖構造を一本鎖にほどくRNAヘリケースのような働きをすることにより協調的な修飾形成を行っていることが示唆された。また遺伝学的解析より、RlmKLは生体内においてDeaDというDEAD-box RNAヘリケースとともにリボソーム大サブユニットの組みあがりを促進しており、その活性にはメチル化の形成は必要ではないことが示唆された。以上の結果はRlmKLが基質rRNAの二次構造に作用し、RNAヘリケースのように二本鎖RNAをほどくことによりリボソーム大サブユニットの組み上がりに貢献していることを示唆している。これまでにrRNA修飾を担う酵素がRNAヘリケースのような活性を有しているという知見は報告されていないことから、提出者の結果はrRNA修飾酵素の作用メカニズムの新たな可能性を示した点で意義深いと考えられる。

本論第三章で提出者はリボソームのペプチジルtRNA結合部位 (P-site)に存在する修飾塩基N4,2'-O-ジメチルシチジン(m4Cm1402)の機能について解析した。この修飾塩基には二つのメチル基が付加されているが、提出者はMraW (RsmH), YraL (RsmI)という二つのメチル化酵素がそれぞれN4位のメチル化と2'-O位のメチル化を担っていることを明らかとした。さらに提出者は翻訳精度および翻訳開始精度を評価するルシフェラーゼを用いたレポーター系を構築し、m4Cm1402のそれぞれの修飾欠損が翻訳精度および翻訳開始精度を調節していることを明らかにした。さらにP-siteはメチル化修飾が集中している箇所であるが、提出者はP-siteの4つのメチル化修飾m4Cm1402, m2G966, m5C967の形成を担う遺伝子rsmH, rsmI, rsmD, rsmBを同時に欠損させると増殖速度が著しく低下することを見出した。この結果はP-siteにおける複数のrRNA修飾が冗長的に働くことにより、リボソームの正確な機能を担保していることを示唆している。

以上の解析結果により提出者はrRNA修飾の二つの機能的側面を示した。すなわち、rRNAに導入された修飾がリボソームの機能の調節に寄与している面、およびrRNA修飾を導入する修飾酵素それ自体が組みあがり途中のrRNAに作用することにより効率的なリボソームの生合成に寄与する面の二つである。この事実から提出者は生物が塩基に導入されたメチル基などの修飾官能基、もしくは修飾酵素それ自体をその用途に応じて用いるように進化してきたのではないかと推察し、結論としている。

以上の研究成果は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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